第32回

中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記

「強引に引っ張るのは、白川プロの経営風土や文化になじまない」

~亡き父の思いを秘めて大改革を試みる女性経営者の志~

2024/12/12

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本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に第DXへの挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。

 


前回と今回は、映像編集の株式会社白川プロ(渋谷区)代表取締役社長の白川亜弥氏にインタビュー取材をした内容を紹介したい。同社は、NHKの地上波から衛星放送まで様々なテレビ番組の映像編集と音響効果に関わっている。

具体的には報道では「おはよう日本」や「首都圏ネットワーク」「ニュース7」「ニュースウォッチ9」などの大型のニュースをはじめ、定時のニュース、あるいは「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」など数々のドキュメンタリーや情報番組、エンターテイメントの番組では「鶴瓶の家族に乾杯」「ファミリーヒストリー」「ドキュメント72時間」などになる。正社員は286人(2024年8月現在)で、売上は19億円(2023年)。

 

 

 

01 ―――

改革をする背景や理由を丁寧に繰り返し説明 

 

2020年に社長になった後しばらくは、役員や社員たちに遠慮をしていた時期があります。役員は、私よりも年齢が上の人が多いのです。先代(現在の会長)の頃からの役員であり、私自身がその1人であったのです。前回の記事で紹介した通り、経営者になるために特別な教育を受けてきたわけでもないのです。

経営理念や改革の必要性を訴えても、反対をする人はいないものの、賛同する人も少ない。こういう中でどう説明し、説得をしていいのかわからなかったのです。今振り返ると、私の力が足りなかった一面もあります。経営理念を設ける理由や改革をする理由やその中身をきちんと伝えるところに課題があったのではないか、と思います。

社員への伝え方で言えば、私が社員であった頃、会社が何かをしようとする時、その結果だけを伝えるケースが多かったのです。たとえば、「〇月から~をはじめます」というように。これも大切でしょうが、社員にとっては十分とは言えないのです。理由がわからないから、不信感を持つ人がいるのではないでしょうか。あるいは、「会社が社員のことを考えずに、勝手にはじめた」と冷めた思いを持ちかねないのでしょう。ですので、社長になってからは、経営理念を設けたり、改革をしようとする背景や理由を含めて丁寧に繰り返し説明をしました。

 

 

02 ―――

私たちは変わる必要がある 

 

当初、役員や社員の側から反応があまりなかったのも無理からぬことなのです。かつての私を含め、多くの社員は基本的にはNHKの番組制作に関わることに全力を注いでいます。これでNHKなど関係者からの信頼を得て、とりあえずは白川プロも自分の生活も大丈夫、と思い込んでいたように思うのです。このことは、決して間違いではないはずです。だからこそ、NHKで映像編集をする会社の中では、最も多くの編集マンを各番組に派遣しています。

しかし、今後のテレビ業界は大きく変わっていきますから私たちも変わる必要があるのです。そのことを私は繰り返し訴えてきました。現在(2024年9月)は、20~30代の社員を中心に理解者が増えてきていたように感じています。それは、ありがたいことです。

 

 

 

03 ―――

若い世代に理解者が増えている理由 

 

若い世代に理解者が増えている理由の1つには、研修の効果もあるように思います。前回の記事で紹介したように、入会した東京中小企業家同友会では様々な研修がありますが、その1つに会員である社長が社員とともに受講するものがあります。今後、白川プロの改革や発展に協力をしてほしい若い世代の社員と一緒に受講しました。その場で私の考えを伝え、社員からは日々思っていることや現場のことを聞かせてもらいました。

たとえば、このようなやりとりです。「私はこういう理由で、こんなところをこう変えたほうがいいと思うけど、どう思う?」「こんな具合に変えようとしたけれど、上手くいくかな。だから、こんなところでこういう具合に協力してもらえない?」。このように、社員から協力を得られるようにすることも大事なのだとあらためて感じています。私としては社員とのやりとり、つまり、双方向を大切にしたいのです。独りよがりにならないように気をつけています。

 
 

04 ―――

ベテランから疑問の声? 

 

若い社員を抜擢すると、40~60代のベテランの社員の中には、「我々へのリスペクトがない」などと冗談をまじえ、口にする人が現れます。本人たちにもその場で言いますが、私としてはそんなことはありえないのです。私もかつて編集マンとして20年以上ともに仕事をしてきたので、この世代のこれまでの働きをもちろん心得ています。その貢献にも大変に感謝しています。役員たちも、その思いは同じです。

一方で、白川プロの今後の時代を担う人材を育てることも大切です。若い世代が対象となるがゆえにこの世代の育成に力を注いでいるのです。以前、ベテランの社員から「ランチを一緒にしたい」と言われました。その時にこの社員から「会社が変わろうとしている。進んでいく方向が見えてくる」と聞かされました。厳しい意見を言われるのかな、と思っていたこともあり、うれしくなりました。こういう声を聞くと、励みになります。

 

 

05 ―――

強引に進めるのは、白川プロになじまない 

 
役員会でも、同じように伝えるようにしました。「経営理念や改革がなぜ必要であるかを社員たちに機会あるごとに伝えているのですが、社内の隅々までは浸透していないようです。皆さんのお考えを聞かせていただけませんか?」

それぞれの役員が回答してくれました。皆で話し合う中で、しだいに意識が変わっていったのだろうと思います。役員全員が参加する合宿もしました。このあたりで空気が多少変わりはじめた気がします。時間がかかるのかもしれませんが、こんな地道な試みこそが大切だと思います。

社長が強いリーダーシップで、少々強引にでも役員や社員たちを引っ張るのも1つのスタイルでしょうが、白川プロの経営風土や文化になじまないのではないか、と感じます。時には強力なリーダーシップは必要ですが、そのような場合でも役員や社員たちに理解されることなく、押し進めるのは避けたいと考えています。

社員のほとんどが、各番組の映像編集の現場に直行直帰で、コミュニケーションをとる機会が少ないのです。ですので時々、社員たちが働くNHK放送センターの1階食堂で半日を過ごすようにしています。全社員が見ることができる社内のイントラネットに「○日の午後、食堂にいます。何か話したいことがある人がいたら、来てください!」と事前にお知らせすると、数人が来て仕事や私生活を話してくれます。私にとっては楽しいひと時で、刺激にもなります。ささいなことなのかもしれませんが、こういうコミュニケーションは大切にしたいのです。

 

 

 

06 ―――

「社長のホウレンソウ」 

 

役員や社員への伝え方について考える機会が多くなりました。最近は、「社長のホウレンソウ」といった名称の週報を書いています。たとえば今週はこんなことをしています、と可能な範囲で具体的に書いて、全社に向けて発信していくのです。

この週報は、執行役員からのアドバイスを受けてスタートしました。その役員は、こう言ってくれました。「役員や社員たちが社長に何かを伝えたり、相談しようとしたりしても、打ち合わせや会議で出かけるケースが多いですから、実際に話し合える時間が限られていますね。あらかじめ、その動きを全社に向けて伝えたほうがよろしいのではないでしょうか。社長がこんなに社内外を動いているのですから、全社に向けてその動きを伝えないのはもったいない気がします」

その時に、なるほどと感心したのです。東京中小企業家同友会の会員である社長や役員の方たちにお聞きしたところ、社長の動きをまとめた週報を全社に伝えている方がいたのです。それで、私もはじめてみました。通常は中小企業では社長が社員たちに報告や相談を求めるケースが多いように感じますが、その逆に私から皆さんへ報告をするところに1つの意味があると考えています。

 

 

 

07 ―――

伝わるまで伝える 

 
東京中小企業家同友会の会員の社長が、「経営理念や改革の内容や理由は社員に伝わるまで伝える」と話していました。この言葉にも共感しました。「理解してもらえる」ところまできちんと繰り返し伝えるのが大切だと思うのです。

避けたいのは社員から「今度、この制度をはじめるのですか?」と尋ねられた時に、たとえば「掲示板にその旨は伝えておいたでしょう?」と回答することです。それだけでは、不十分でしょうね。なぜ、そのようになったのか、今後どうしていくべきか、といったところまで含めてわかりやすく伝え、理解してもらえるようにしたいのです。

ですので、社員たちが集う会議や話し合う場で制限時間5分の挨拶の機会を与えられた時も、たとえば「20分をください。お願い!」とよく言います。皆さんに経営理念や改革について伝わるまで話したいのです。社員たちからは「また、この話かよ」と思われているのかもしれませんが、伝わるまで伝えていきます。ワンパターンと受け止められても、手を変え品を変え、伝え続けます。マンネリと思われようとも、偉大なるワンパターンとしたいのです。
 



  08 ―――

「野球で言うところの送りバントが大切」 

 

毎年1月に役員たちが集う合宿を行い、ここで今年度を振り返り、4月からの次年度の計画について話し合い、2月にかけてまとめていきます。3月に全社に向けて経営指針発表会をします。社員たちも参加します。その時に新年度会もするのですが、このような会では特に繰り返し伝えるようにしてきました。

最近は、社員の中に会社がどういう方向に進んでいこうとしているのか、何をするのか、そこで自分が何を知らなければいけないのか、などに関心を持つ人が増えてきているように思います。まだ十分とは言えないのでしょうが、社員の意識や社内の空気が少しずつ変わりはじめています。それが、うれしいのです。

東京中小企業家同友会の会員の社長から、「中小企業で改革をしようとするならば、野球で言うところの送りバントが大切」とアドバイスをいただきました。送りバントを繰り返していくと、いつかは点が入るという意味のようです。確かにそうだなと思います。ホームランを打とうとしても難しいのかもしれません。浸透するのに一定の時間はかかるのでしょうが、経営理念や改革の必要性を何度も何度も伝えるようにしています。



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著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
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