第33回

中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記

「仕事と介護の両立部門」認定企業として表彰

~編集マン出身の女性経営者のきめ細かで、大胆な改革~


2024/12/12

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本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に第DXへの挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。

 


前々回と前回、そして今回は、映像編集の株式会社白川プロ(渋谷区)代表取締役社長の白川亜弥氏にインタビュー取材をした内容を紹介したい。同社は、NHKの地上波から衛星放送まで様々なテレビ番組の映像編集と音響効果に関わっている。

具体的には報道では「おはよう日本」や「首都圏ネットワーク」「ニュース7」「ニュースウォッチ9」などの大型のニュースをはじめ、定時のニュース、あるいは「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」など数々のドキュメンタリーや情報番組、エンターテイメントの番組では「鶴瓶の家族に乾杯」「ファミリーヒストリー」「ドキュメント72時間」などになる。正社員は286人(2024年8月現在)で、売上は19億円(2023年)。

 

 

 

01 ―――

50代以上の社員が増えつつあった

 

父の死後に私が2012年に役員となった頃から、改革を段階的に試みてきたのです。試みとしてはまず、社員たちが働きやすい会社をつくるために就業規則を改訂し、メンタルヘルスケアの制度や環境を整えました。当時、このような問題を抱えていた社員が多数いたわけではなく、私が外から見ても、中から見てもいい会社をつくりたかったためです。

その頃に監査役が、雑誌の記事を見せてくれたのです。「大量介護離職時代がやってくる」といった内容でした。親の介護で現在勤務している会社を辞めざるを得ないケースが増えてくることを取り上げているのです。読んでいくと、白川プロにも該当する部分があると感じました。

50代以上の社員が増えつつあったのです。1980年代後半からNHKがBS放送を開始し、発展していきます。それにともない、白川プロも80年代から90年代にかけて編集マンをはじめ、社員を多数採用しました。この世代の多くが、2015年前後には徐々に50代になっていく見込みでした。

50代ならば、5~10年後に親の介護をする場合がありえます。弊社においても仕事と介護の両立はそんなに先のことではないのかもしれない、と感じました。それで役員会で「社員が介護をしながらも働くことができるようにしたいので、ぜひ取り組ませてください」と申し出て理解を得ました。

 

 

02 ―――

社員への意識調査は、意外な結果だった

 

まず、2016年に全社員を対象にアンケート調査を実施したのです。その結果、介護をする可能性があると回答した社員は6~7割を占めていました。当時、役員や管理職をはじめ、実際にこの問題に直面している社員は少なかったのです。しかし、「介護中」もしくは「5年以内に介護の可能性がある」と回答した人が6~7割であったのは私の想像を超えるものでした。実はこの後、私自身も母(実の母)の介護に直面したのです。

制度を導入する際、社内で反対や疑問の声はほとんどありませんでした。それには、社員の意識もあるかと思います。ニュースやドキュメンタリー番組の映像編集に関わる場合が多く、そこでは介護と仕事の両立を取り上げた内容もあります。こういう中である程度心得ている社員が多数いたことも影響している気がします。

 

 

 

03 ―――

「ソロハラではないですか?」

 

ある社員からは「ソロハラではないですか?」と言われたことはあります。その人は親を亡くし、結婚をしていないと私に話していました。それを「ソロ」と言うそうです。そしてその人たちへのハラスメントになる、との指摘でした。言わんとしていることはわからないでもないのですが、私や役員など改革を進める側にはそのような思いは一切ありません。

個々の社員の私生活がどういう状況であれ、介護と仕事の両立ができる環境を整えるのは必要なのです。その意味での環境を整備するのは、介護の問題に直面していない社員の就労環境をよりよきものにもするのです。

 
 

04 ―――

法定制度を大きく上回る制度を設計 

 

アンケート調査結果を1つの参考にし、導入した制度では介護その他の世話(通院の付き添いなど)のために、半日単位で仕事を休むことができるようにしました。対象家族が1人の場合は年10日、2人以上であれば年20日。1日につき基本給の8割および通勤手当、住宅手当、扶養手当を白川プロから支給します。

有給休暇の未消化分を、介護休暇としても利用できます。積算して40日分までが有給となります。仮に有給をすべて消化した後に、さらに介護のための休暇を求めるならば、その日の賃金は基本給の8割を支払います。

短時間勤務制度も設けています。介護を行うために、1日の所定労働時間を6時間に短縮できるようにしました。この場合、基本給から時短分を減額し、支給します。

実は未消化分の有給休暇を病気の治療などのために翌年の休暇に積み増しできる「積立有給休暇制度」や、育児のための「短時間勤務制度」は以前からあったのですが、それを介護と仕事の両立支援制度にも広げたのです。

これらは、国(厚生労働省)の介護休業制度(法定制度)よりも大きく上回っています。働きながら介護をする立場にしてみれば、介護休暇を充実させた方が社員にとって使いやすい制度になると判断し、法定日数より充実させました。このほか、社員が介護について随時相談できる体制も総務部を中心に整備しました。

 

 

05 ―――

「仕事と介護の両立部門」認定企業として表彰 

 
これらの制度を利用した社員は、制度導入の2015年から現在(2024年9月)までに延べ人数として約20人となります。現在は、数人が利用しています。社内外の評判がいいこともあり、2016年に東京都ライフワークバランス認定企業となりました。仕事と介護の取組は2017年にライフワークバランスフェスタ東京2017で都知事より「仕事と介護の両立部門」認定企業として表彰されました。

2018年に家庭と仕事の両立支援推進企業、2019年に経済産業省の健康優良法人、2021年にはその上位500法人に付加される「ブライト500」にも認定されました。さらに今年(2024年)、2度目となる東京ライフワークバランス認定企業の認定をいただき、今回は認定企業の中でも上位3社にのみ与えられる優秀賞もいただきました。

こうして我が社の取組みを評価してもらえることが、まだ介護をする立場でない社員にも、介護と仕事について少しでも関心を持ってもらえるきっかけになっていると思います。

 

06 ―――

広い範囲で、柔軟にシフト調整  

 

制度を導入したことで、以前よりも介護をしながら仕事がしやすくなったと社員からは聞きます。おそらく、会社として制度を導入したので介護をする社員の周囲の社員たちがそれぞれの部署で何らかの調整をするようになったからだと思います。たとえば編集マンで介護の休暇制度を利用しようとする場合、その所属部署でのシフト勤務の調整はもちろんですが、そこで難しいならばほかの映像編集の部署での調整をする時もあるのです。

広範囲のシフト勤務の調整ができるのは、映像編集者が多数を占める会社であることも影響しているように思います。同じ職種で、同じ編集機を使い、似たような番組の映像を編集しているので編集マンどうしでシフトを調整することができるのだろうと考えています。編集マンが休暇を取ろうとしても、仮にディレクターやカメラマンのように職種が異なると調整は難しくなるのかもしれません。

もう1つの理由として挙げられるのは、NHKの私どもへの支援です。白川プロとして社員が介護と仕事の両立ができる試みをご理解し、各部署で支えていただいているからこそ可能であるのです。たとえば、シフト勤務を仮にNHKが認めなかったら、介護のための休暇は難しくなるのかもしれません。

 

 

 

07 ―――

安心して働ける職場だと認知される

 
制度を取り入れて、職場の雰囲気が変わりました。これまでは介護はプライベートな問題で会社に相談するようなことではないと社員は思っていました。現在は介護の問題に直面したら、社内の介護相談員や上司に相談できるという安心感が醸成されつつあります。

会社が社内制度を整備し、社員に様々な形で発信していると若い社員が育児支援も本格的に取組んで欲しいという要望が積極的に出るようになりました。その結果、育児と仕事の両立支援の制度も充実し、社員にとってより働きやすい環境になりつつあります。

このような取組を行ってきた効果として、介護、育児を理由とした離職はゼロになりました。新卒や中途の採用にも良い影響が出ています。面接の時に志望動機を聞くと介護、育児と仕事の両立を支援する取組をしている企業であることを理由に挙げた人もいます。長く安心して働ける職場だということが認知されつつあると思います。



  08 ―――

「転ばぬ先の杖」 

 

これらの制度は、「転ばぬ先の杖」と言えます。本来は利用する状況にならないほうがよいのでしょうが、介護の問題は時期も状況も人それぞれです。問題に直面する前に、働きながらでも介護が行えるための選択肢を用意し、柔軟に対応できるように準備しておくことが重要であると考えています。福利厚生の一環だけではなく、専門性の高い仕事をいかに維持していくかという経営戦略の一つとしても重要であると考えています。

 



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著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
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