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賃上げができる会社、できない会社 / ドキュメント 中小企業の賃上げ(その1)

作成者: JOB Scope編集部|2026/02/2

シリーズ あの人この人の「働き方」

賃上げができる会社、できない会社

~ ドキュメント 中小企業の賃上げ (その1) ~

 

政府や経団連、労働組合は2026年1月現在、今年の春闘で賃上げを重視する姿勢である。確かに一部を除き、堅調な業績の企業があり、高水準の賃上げを継続できる余力はあるのだろう。

 

だが、中小企業ではそうならない可能性がある。利益をどれだけ人件費に回したのかを示す「労働分配率」は大企業が3割台なのに対し、中小・零細企業は7~8割台が大半を占める。現状では、賃上げの原資に乏しい。原資を生み出すには労働生産性向上が不可欠となるが、容易ではない。前回は3回連続で中小企業の賃上げについて述べた。今回は、具体的な事例をもとにさらに深く考えてみたい。

 

 

 


 

 

 

01 ―――

毎年の賃上げが難しい7つの理由

 

今回は後半で地方の中小企業を舞台とした事例を紹介するが、なぜ、地方にするのか。その理由を①から⑦として挙げた。大都市圏を含め、中小企業が継続的な賃上げが難しい要因が凝縮されているだけに、賃上げを考えるうえで大切だ。

 

  • ①大都市圏に比べると市場の規模が小さく、経営努力をしようとも売上が大きくは伸びない傾向がある。つまり、賃上げの原資に乏しい。
  • ②価格転嫁が大都市圏よりも難しい。中小企業にとっての顧客(大企業や中堅企業、消費者)は立場が相対的に強く、不満ならばほかの中小企業の商品や製品、サービスを購入する。不満があろうとも、その企業が市場で他社を圧倒できる商品や製品、サービスを持っているならば顧客であり続けるのかもしれない。そこまでの力を持つ中小企業は相当に少ない。
  • ③地方の中小企業にとって価格は競争力の1つの源泉であり、安易な値上げができない。価格以外に、差別化できるものが少ない。
  • ④少子高齢化により、顧客数が減るだけでなく、採用でも苦戦を強いられる。内定のハードルを下げて採用するケースもあるが、定着率が低く、辞めていく社員が20~30代を中心に多い。人の出入りが激しく、チームビルディングや仕組みを作ることが難しい。社内には、業務においてのムリ・ムダ・ムラが増える。こういう中、賃上げをするのはためらいを感じやすい。
  • ⑤金融機関の金利が上がる傾向にある。もともと中小企業には慢性的に業績難や不安定な企業が多く、金融機関から借りるケースが多い。返済の金利が上がり、多少の売上や利益が増えても、設備投資や運転資金に回すにいたらない。都市部に比べると財務事情に難がある中小企業が目立ち、自己資本は薄い傾向にある。
  • ⑥社員(非正規を含む)に多少の賃上げをしても、「給与が上がった」実感がない。
    所得税、住民税、社会保険料が増えている。物価も上がる。今や転職ブ^-ムとなり、退職者は多い。辞めていくのがある程度想定できうるならば、経営側もリスクを冒して賃上げをしようとは強く思わない。
  • ⑦人件費は高い固定費となりがちだ。基本給を下げるのは、容易ではない。正社員の解雇や降格もまた法律上難しい場合はある。大企業の一部では退職金に一定額を上乗せし、リストラを行うケースがあるが、中小企業ではそれも難しい場合が少なくない。

 

 

 

02 ―――

中小企業の賃上げは「成長戦略」

 

これらがほぼ同時にのしかかるがゆえに、賃上げを毎年、高水準のペース(前年度比5%増以上)で10年近く継続させるのは難しくなる。今回取り上げる事例は、①から⑦までに正面から向かい合い、賃上げをしようとした中小企業だ。上手くはいなかった事例もあるが、学ぶべき材料は豊富だ。賃上げが「コスト」ではなく、「成長戦略」であることを強調しつつ、失敗例と成功例を対比させたものとした。下記が、ポイントだ。

 

1.失敗事例:スーパーやまと(山梨県)の倒産

 

  • ・時給を県相場より高く設定(1000円以上)、正社員年収550~650万円と頑張ったのに、人件費増(時給50円アップで年3600万円増)が経営を圧迫。
  • ・市場縮小(少子化)、価格転嫁困難、人手不足が重なり、負債16億円で廃業。
    →「利益が薄い」「価格転嫁ができず、粗利が増えない」といった構造的限界そのもの。単独で賃上げを続けようとしても、3~5年で限界が来る典型例と言えよう。ここは経営者に先見性があり、中小のスーパーを買収することで経営の相乗効果を出し、乗り切ろうとしたが、不幸が重なり、力尽きた。

 

2.成功事例:栗田工務店・アカマツハウジング(愛媛県、みのりグループ傘下)

 

  • ・M&Aでグループ化後、業務標準化・DXで人員削減(20人→15人)し、浮いた人件費を賃上げに充当。
  • ・一貫担当制でリピート率76%達成、広告費削減で利益率アップ → 年2回の評価制度で大幅昇給。
    → M&Aによる規模拡大・効率化が、生産性向上と賃上げの原資を生んでいる。本シリーズ「中小企業の賃上げ」の前回の(その2)(その3)で、「M&Aなしで5~10年連続賃上げはほぼ不可能」「M&A実施企業は生産性20%以上向上」と説明した通り。

 

3.全体の課題と解決

 

  • ・課題:原資不足、補助金の遅用、人材難
  • ・解決策:M&A、DX・業務改善、価格転嫁、評価制度の導入。
    → 政府の補助金(業務改善助成金など)は有効だが、経営の工夫が主役。まさに経産省の「M&A+生産性向上→賃上げ」路線

 

以下が、地方の中小企業の賃上げをテーマとした事例である。

 

 

 

03 ―――

賃上げをしなくとも、しても潰れる

 

「廃業3年程前から無報酬だった。2人娘の結婚資金や貯金、資産を切り崩し、経営を維持したが、売上減少で資金繰りが急激に悪化し、力尽きた。正社員やパートの賃上げをしたくとも、最後はそれどころじゃなかった」

 


スーパーやまと

山梨県韮崎市を拠点とするスーパーやまとの元社長の小林 久氏が語る。創業105年の老舗スーパーを運営する(株)やまとの3代目だ。最盛期の2008年に売上は64億円、店舗数は16、正社員は80人、パート310人に拡大したが、急速に業績難となる。2017年に27億円、店舗9にまで減少し、廃業した。負債額は16億7千万円で、オーナーである小林氏は自己破産。

 

「地方の中小スーパーは少子高齢化の影響が深刻。市場は小さくなる。買い物難民が増え、売上は伸び悩む。最低賃金や社会保険料、物価は上がる。価格転嫁は難しい。大手が中堅、中小を傘下に収め、勢いを増す。パートは時給が高い大手に流れる。人手不足はひどいが、少人数化も容易ではない」

 

スーパーは、典型的な労働集約と言われる。同社の全従業員の約7割がパートで、3割が正社員。パート200人程の時期に、特に優れていた約15人に「スーパーパート」として時給を1000円以上(当時は県内のスーパーの相場が800円前後)にした。優れた正社員を「スーパー社員」として店長など幹部に抜擢し、年収(額面)は平均550~650万円に据えた。一般職(非管理職)は350~550万円。

 


スーパーやまと

「これでも、当時の県内同業他社と比べるとやや高い。時給を50円上げると月300万円前後、年間で3600万円程増になる。払うだけの原資が乏しく、頭が痛かった」

 

人口減のため、採用時にエントリー者が少なく、パートを増やせない。総額人件費を厳密に管理し、一定額に抑え込むためにも少人数で対処するしかない。政府や自治体の補助金や助成金を使い、ITデジタル化やDXを進めた。

 

 

「タイミングが遅かった。補助金や助成金の数百万円はすぐに消える。危機になった後では砂漠に水を注ぐようなもの。私には、そんなものは使いたくないといった思いがあった。見栄を捨て早くからセルフレジに切り替えたり、惣菜や刺身の機械によるパッケージ化をして手料理にこそ力を注ぐべきだった。経営資源の分配やメリハリがものすごく大切」

 

 

現在は妻の実家に居候し、講演活動と並行し、オンラインを使い、全国の小売業のコンサルティングをする。大半は、経営が苦しい経営者からの相談だ。

 

 

「政府から毎年、賃上げを求められるから上げざるを得ない。そうでないと、人が辞めていく。賃上げしなくとも、しても潰れると嘆く社長が多い。今後20年程で全国の中小スーパーの約9割は廃業若しくは大手の傘下に入る可能性が高い。売上100億円前後でも、大手の傘下に入るケースが増えるはず」

 

 

 

 

04 ―――

‟賃上げ圧力″と深刻な人手不足

 

賃上げをする時、まず問題になるのは原資の有無だ。理想を言えば売上を拡大することで捻出すべきだが、市場が縮小する中では難しい。特に人口減が激しい地方では困難だ。

 

名古屋市(愛知県)を拠点に30年以上前から労務コンサㇽティングをする社会保険労務士の大津章敬氏は地方の中小企業から賃上げの相談が相次ぐと話す。「増えているのが、賞与や退職金を毎月の給与に振り替えることでベースアップするケース。例えば月額2万円のベアならば1万円は通常の定昇、1万円は賞与や退職金からとする」。

 

主な理由の1つは最低賃金や初任給が急騰する中、原資が十分になくともベアをせざるを得ないため。もう1つは新卒、中途共に求職者は退職金や賞与額よりは月給に関心が強い。

 

「賞与や退職金の比率が高い企業は採用時にある意味で損をする可能性が高くなってきた。それを避けるためにも、分配の調整をして月給に振り替える事例が増えている。賞与や退職金を支給できない企業は難しい。それでも非正規、正社員とも賃上げをしないと、人材確保や定着の面で大きなリスクになる」

 

背景には、政府や社会の強力な‟賃上げ圧力″と深刻な人手不足がある。中小企業は売上が伸びても、物価高や税負担の増額で原資をなかなか捻出できない。とはいえ、最低賃金が頻繁に上がると正社員も短い期間で次々と上げせざるを得ない。

 

非正規、正社員の賃金相場は上昇し続ける。正社員の20代後半~30代の転職では地方の中小企業でも、年収50万〜100万円の増額が可能だ。大津氏が相談を受ける経営者は「自社の20代社員は400万円台だから大丈夫」と話すことがある。「地方でもこの世代で実際には500万円台も珍しくない。この意識が採用難や離職の一因になる」

 

 

 

05 ―――

継続的な利益が持続的な賃上げの原資

 

新たな問題も生じる。かつては賃金を決める時、社員間の公平性を重視した。役割が大きい社員に相応の昇給を、そうでない社員には適切な水準を割り当て社内の納得感を高めた。だが、最低賃金の上昇により、役割の小さい社員や非正規の賃金も上げられる。役割の大きい社員との差が以前よりも小さくなるケースがある。内部公平性の確保はより難しく、重要になる。

 

「転職者が増え、社外の労働市場との公平性も無視できない。例えば、30代前半の中途入社の社員が同年齢で同じキャリアの既存の社員よりも入社時から月給が数万円高いケースは少なくない。そのため、中小企業でも昇格昇給中心の制度にシフトする傾向が見られる。役割や職責が上がると昇給する制度だ。ただし、多くの中小企業では依然として定期昇給が主流であり、役割や職種に応じたメリハリのある制度設計が求められる」

 

政府が推し進める「三位一体の労働市場改革」の1つの狙いは労働移動を促進し、成長産業への転職を通じて構造的な賃上げを図ること。それが着実に形となって現れている。だが、業績や生産性の向上が伴わないと続かない。

 

原資はどうすべきか。大津氏は可能な範囲での価格転嫁、つまり値上げをまず挙げる。商品や製品に競合優位性がない中小企業にとっては怖いかもしれないが、値上げなくして賃上げが難しい一面はある。「賃上げを継続するためには原資を増やすだけでは不十分で、IT化やDXを通じて生産性を向上させることが不可欠」。

 

価格転嫁で売上単価を上げ、効率化でコストを下げる。この2つがそろって持続できうる。一方だけでは社員らに負担がかかる。職場が疲弊し、生産性が下がったり、離職につながったりする。

 

大津氏が知る小売業の中小企業は限られた人員でも成果を上げる体制を作ってきた。例えばベテランの正社員がする業務をパート社員でもできるように細分化、標準化した。この業務設計とDXの組み合わせで社員、パート合わせて20人の職場が今は15人で動く。5人分の浮いた人件費が賃上げの原資になる。「賃上げに直結しうる業務改善助成金など公的支援も活用可能だが、賃上げの主役は経営改善努力による収益だ」と強調する。

 

その着実な試みが商品・サービス・製品の付加価値をさらに高める。顧客が対価を支払う理由が生まれ、継続的な利益が持続的な賃上げの原資となる。賃上げはコストではなく、企業の成長戦略の一部とも言える。

 

 

 

06 ―――

高利益率が賃上げの原資

 


たんぽぽ不動産

「売上が増えず、利益が出ない。物価や金利は上がる。税負担が重い。これで上げたら会社がすっ飛ぶ。これが、地方の中小企業の共通認識」

 

人口1万5千人程の愛媛県喜多郡内子町で空き家物件に関する相談を手がける(株)たんぽぽ不動産の代表取締役社長の松岡秀夫氏がつぶやく。社員700人程の総合建設会社の役員、社員約20人の不動産会社社長を経て2022年からは地元で不動産会社を経営する一方、中小企業のコンサルティングを手掛ける。

 

「市場が小さくなる地方では値上げによる価格転嫁は難しい。したとしても物価上昇に追いつかす、実質賃金は増えず、社員や会社が疲弊する。そもそも全員一律のベースアップは地方の小さな会社では現実的でない」

 

悪条件の中、コンサルティングする(株)栗田工務店(正社員約20人)と(株)アカマツハウジング(正社員9人)は賃上げをしている。栗田工務店ではベースアップも行うが、基本は昇格昇給だ。年2回の評価(上期・下期)を実施し、昇格・昇級に伴い、賃上げを行う。例えば店長になった時点で大幅に上がる。2017年に中途入社した店長は昇格時の年収が入社時の1,7倍となった。逆に評価が下がれば減額もあり得るが、現在までそのような社員はいない。

 


たんぽぽ不動産

同社は地場で住宅、不動産、介護を手掛ける「みのりグループ」が2009年、社員3人の会社をM&Aで傘下に収め、リフォーム専門としてスタート。現在3店舗、社員約20人で売上約6億円。利益率は非公開ながら、毎年高水準を維持する。「地方のリフォーム会社として極めて高い水準にある利益率は、賃上げや社員モチベーション向上の原資になっている」

 

秘訣は、社員1人が営業、設計、施工、管理、引渡しまで一貫して担当することにある。多くの会社は営業担当が受注してきた案件を施工担当に引き継ぐ分業制のため、そこでの齟齬が生まれ易い。1人が最初から最後までワンストップで関わることで顧客との関係が密になり、再発注(リピート率)は累計1820件中、1390件と76%に及ぶ。

 

「同業の中小では驚異的に高い。多額の宣伝広告費や販売促進費をかけることなく受注できるため、浮いた費用を顧客サービスに投じ、さらにリピートを呼ぶ。この循環が利益を生み出し、賃上げの原資となる」

 

評価制度と業界の常識を破る仕事の仕方でリピート率の向上―。地方の中小企業では苦しみ抜いた末の知恵と工夫で賃上げができるのかもしれない。

 

 

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著者: JOB Scope編集部
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