ただでさえ、先行き不透明なVUCAの時代。コロナ禍が混迷さにさらなる追い打ちを掛けた。組織の変革と個人の成長に向け、経営者や人事部はいかにリーダーシップを発揮していけば良いかが改めて問われている。こうした中、リーダーシップ論やキャリア自律を専門とするTHS経営組織研究所代表社員の小杉 俊哉氏は、今や組織と個人の関係性に変化が生まれており、リーダーシップの在り方も新たなフェーズへと移行しつつあると説く。経営者や人事部にどのような視座が求められるのか。小杉氏にアドバイスを求めてみたい。後編では、リーダーシップの変遷や新刊に掛けた思いなどを聞いた。(前編はこちら another-window-icon

全員戦力化により企業価値の向上を目指す。 その実現に向け「戦略人事」を実践したい(後編)

01時代に合わせて変遷する
マネジメントのスタイル

小杉先生は、リーダーシップ論に精通されておられます。リーダーシップのスタイルがどのように変遷しているのか、ご説明いただけますか。

私は多くの企業研修を担当させていただいています。以前は、受講者の方々のスタイルを分析するとリーダーシップ1.5が多かったです。これは、「調整型のリーダー」。家父長型のリーダーとも言い換えられます。日本的なリーダーのあり方で、1960年代後半から90年代初頭までは世界のお手本だったと言ってもよいと思います。マッキンゼー出身の世界的コンサルタント、トム・ピーターズらが執筆しロングセラーとなった「エクセレント・カンパニー」や社会学者エズラ・ヴォーゲルの著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などでも礼賛されていました。

ただ、この10年色々なところで話していると、環境や世代も変わってきたこともあって、「リーダーシップ3.0(R)」(注)の支援型がすごく増えてきたんです。支援型が自分のスタイルという比率が、かつての1.5に取って変わったと思います。

ここで改めて変遷を整理すると、「リーダーシップ1.0」はリーダーシップの原型で、専制君主型を指します。古くは王様や荘園領主、藩主たちで、企業においては創業経営者が多く該当します。これは、一言で言うととにかく自分の指示通りにやれという、権力を背景にして指示命令していくスタイルです。

そこから分かれたのが、「リーダーシップ1.1」というバージョンです。これは、分権型ですね。機能別組織や事業部制が該当します。自分に与えられた仕事をきっちりやるようにというスタイルです。ただ、相変わらず権力や権限を背景に従わせるというものです。

それから、先ほどお話をした調整型が出てきました。これは運命共同体。組織のために頑張ってくれというスタイルです。これが長らく世界中のお手本となったわけですが、そんなことをしていると「会社が潰れてしまう」「駄目になる」ということで出て来たのが、90年代からの変革型のリーダーシップです。元ゼネラル・エレクトリック(GE)会長のジャック・ウェルチや元IBMの会長兼CEOのルイス・ガースナーをはじめとして、とにかく変革を煽るタイプが主流となりました。日本でも90年代から2000年代に掛けて、この変革型リーダーが増えていきましたが、当時の日本企業の文化で育った生え抜きトップには向いておらず、悉く失敗しました。

それで、21世紀になってからは、私を含めて多くの人が「支援型リーダーシップの時代」であると提唱してきました。私は「リーダーシップ3.0」と名付けました。これは、一言で言うと、「あなたのやりたいこと、強みを活かしたら何ができるのか」を問うことからスタートするリーダーシップです。一人ひとりと向き合って、そのポテンシャルを引き出すということ。3.0の良い点は、カリスマ性がいらないので誰でもできることです。あとは、Googleの本社のあるイベントでも言われたのですが、女性リーダーに適していることです。環境の変化とともに多くの人に支持されるようになってきました。これが、リーダーシップ1.0から3.0までの違いです。

02会社と個人は対等。
キャリア開発の主体も
個人にある

小杉先生は、リーダーシップ論の変遷とともに個人や組織の自律の重要性も説かれています。今の時代に何故、自律が必要なのかを教えていただけますか。

自律もとても重要です。これも長年私が口を酸っぱくして申し上げてきましたが、「それは理想だよね」「そうあったら良いけれど、実際はね…」という反応がほとんどだったわけですよ。

最近になって漸く変わってきました。これもきっかけは「人材版伊藤リポート」です。この中で、会社と個人は選び選ばれる関係であると言っています。要は対等だということです。さらには、キャリア開発の主体は個人だとも明言しています。

新卒一括採用、終身雇用の時代は会社と個人は明らかに上下関係でした。言うことを聞いていれば一生勤め上げられる、会社も釣った魚には餌をやる必要はないという関係性でした。その塀の中で一生過ごすとすると、会社は雇い続けてくれるし、個人も我慢していれば定年退職をした後も退職金と年金で食べていける、幸せな老後を送れるという時代があったんです。

でも、今は違います。好むと好まざるとに関わらず、トヨタでさえ終身雇用を取りやめました。「もうできません」と。新卒で入社してから40何年後まで保証できないということです。その時に会社は何をしているかも分かりませんし、そもそも会社があるのかどうかも分からないのですから。もはや双方の努力がないと、関係性が長期的に継続しなくなっているんです。当たり前ですが、大人の関係になったということです。

なので、会社側は常に人材が魅力を感じるような仕事やキャリア、職場を提供し続ける必要があります。そうしないと有能な人材が入って来ませんし、逆に有能な人材ほど辞めてしまいます。一方、個人も一旦入社したらあとは会社がどうにかしてくれるというわけにはいきません。会社側が用意してくれるOJTやOFFJT(職場を離れた場所での研修や学習全般)だけではなく、組織ニーズに見合うような「エンプロイアビリティ」(雇用され得る能力)を高めるための自己投資をする必要があります。

双方の努力が実を結んで結果として長期雇用になることは、双方にメリットがあり大変喜ばしいのですが、その努力をどちからが怠ると関係性が崩れてしまいます。この文脈で出てくるのが、個人からすれば自分のキャリアは自分で作るという考え方です。以前は、会社側が個人の面倒を見ていたので、そもそもキャリアという言葉を考える必要もなかったですし、意味さえ良く分かっていませんでした。

でも、今は皆知っています。自分でどうにかしなくてはいけないという意識が非常に強いです。なので、副業をやったり、私も教えていますがビジネス・ブレークスルーというMBAをオンラインで取得するプログラムに自費で参加したりしています。しかも、コロナ禍になって受講者が一段と増えています。

ですから、結局自分の将来は自分で作っていくしかないんです。キャリアを自ら作っていかないと誰も面倒を見てくれないということが明らかになってきました。でも、本当は明らかになったのはもっとずっと前からなんです。電機業界などは悲惨でしたから。会社に入ったらずっといようと思っていたのに、次々に事業部ごと放り出されてしまったのです。ライバルと一緒の会社になったり、米国や中国、台湾企業の子会社になったりしたわけです。一旦放り出されたら、株主も雇用主も別ですし、自分で何とかしなければならないのです。それにも関わらず、何となく会社がどうにかしてくれると思っている自律意識の低い人が多かったですね。

それが、個人のキャリアだけでなく、企業経営自体もコロナ禍になって結局組織のトップや上司も「どうして良いか分からない」と慌てふためいたわけです。国のトップもしかりです。それは当たり前で、だれもが初体験だったからです。それで、やはり「自分でどうするか考えるしかない」ということになって、漸く気づいたわけです。

03セルフリーダーシップが、
リーダーシップの
最終ステージ

今年、小杉先生は7月に新刊を2冊出されました。まずは、「リーダーのように組織で働く」(クロスメディア・パブリッシング)は、どのような経緯のもと執筆されたのですか。本の内容もお聞かせください。

私が、「リーダーシップ3.0――カリスマから支援者へ」(祥伝社新書)を執筆してから10年が経ちました。その間に3.0の支援型のリーダーが増えてきている実感があります。一方、「その次は何なのか」ということも良く聞かれるんですよ。「リーダーシップ4.0(R)です」(注)、とずっと言い続けて来たのですが、それを書籍で表現しないといけないという長年考えていました。あとは、事例が、10年前の話であったので、新しい例で証明し直したいという想いもありました。

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ただ、今回は「リーダーシップ4.0」を前面に打ち出すタイトルや内容にはしていません。むしろ、幸いにも『起業家のように企業で働く』(クロスメディア・パブリッシング)という本が、多くの人々に読んでいただけましたので、自律的に働いている人は楽しそうだ、彼らは会社を使って好きなことをやっていて、それは会社にとってもメリットとなっているといったことが共感され、そのような働き方をする人が増えてきたと思います。

正直言うと、このタイトル案を最初に編集者・出版社社長から示された時には「そんな軽いノリではない。自分にとって集大成というつもりで頑張って書くのになあ」と感じました。でも、考えてみるとカリスマ性が必要な創業者のようなリーダーシップを、会社に新卒で入社した、あるいは雇われて入った経営職や管理職の人ができるわけがありません。それで、前のリーダーシップ本では「支援型がならできますよ」と言っているわけです。そうすると、さらに若い人も含めて組織の全員が自律的に、リーダーのように働いてもらわないといけません。すなわち、自らにリーダーシップと発揮するセルフ・リーダーシップで行こうということです。これが、まさに「リーダーシップ4.0」の世界観なのです。

つまり、1.0から3.0は組織を率いる側の人の話です。4.0はすべての組織構成員がリーダーシップを発揮し自律的に働くということなのです。ただ、その4.0は放っておいたら出来ません。3.0の支援型リーダーの支援がどうしても必要になってきます。そして、それを担保する評価の仕組みなど組織的な施策、もです。こういった環境を作って、自律型人材を増やしていかないといけません。それをどのように実現するか、ということを書きました。また、個人に対してはリーダーシップを発揮することは、あなたの最高の武器になる、ということを知ってもらいたいという想いを表現しました。

「リーダーシップ4.0」のその先には何があるのですか。

それはないです。これは、リーダーシップの最終形です。早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄教授も著書「世界標準の経営理論」の中で、「誰もがリーダーシップを発揮するシェアード・リーダーシップが、リーダーシップの行き着く境地」と書かれています。恐らく、それはコンセンサスだと思っていいです。

「プロ経営者・CXOになる人の絶対法則」(クロスメディア・パブリッシング)は、どのような本なのですか。

こちらは、キャリアインキュベーション社長の荒井裕之氏との共著です。この本の前作である「職業としてのプロ経営者 -プロフェッショナルマネジャー論」(クロスメディア・パブリッシング)では、いわゆるプロ経営者の方々へのインタビューした内容をまとめています。何故、それを書いたのかと言うと、大企業に入って自律的に働かず、ただ会社任せにしている優秀な人が滞留・堆積、死蔵している姿を見ていたからです。これは、日本経済全体見るともったいない話です。だからこそ、自分でキャリアを作りプロ経営者を目指す道もあるということを示したかったということです。


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実際、生え抜きでトップになるのは宝くじに当たるよりも難しいです。それに起業してトップになるというのも、成功するのはこれまた大変なわけです。むしろ、第三の道として雇われてプロ経営者があるということを示しました。今回は、CEOやCOOだけでなく、それそれの専門領域でプロのCxOで活躍する、という比較的容易いキャリア・ルートを示しました。だから、この本では様々な企業を経験するために「会社を辞めるという選択肢もありますよ」と言っているわけです。

今回も多くのプロ経営者からお話をお聞きしました。皆さん学生時代の頃からすごいリーダーとして活躍されていたわけではありません。むしろ新卒で企業に入社するまでは同じです。ただ、会社での過ごし方が違っていたということです。入社して2、3年で仕事に慣れても手を抜かない。さらに自分の成長曲線を上方に修正してチャレンジしています。もっとも難易度の高い選択としてコンサルティングファームや留学を選ぶという人もいました。プロ経営者・CxOの必須要件ではまったくありませんが。そして、30代では何らかの収益責任を負っています。それをやらないと必要なスキルやマインドセットが身に付かないからです。そして、遅くとも40代前半でどこかの企業のプロ経営者かCxOを引き受ける。そういうキャリアがあるわけです。しかも、活躍の場は今や幾らでもあります。プライベート・エクィティ・ファンドの人たちも、「日本にプロ経営者、CxOの適任者が足りない」「『5年でV字回復し企業価値を上げる』とコミットしてくれる人が極めて少ない」と嘆いています。

04他流試合に挑み、
多様な経験を自らに課す
気構えが人事に問われる

組織の変革と人の成長に向け、中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

人事を形作る多面的な役割を担えるように、将来的には人事のトップ・CHROになってまさに戦略人事の実行者になっていただきたいです。その可能性を高めるには、やらなければいけないことだけではなくて、やらなくても良いところにも一歩脚を踏み出す、それこそ越境することです。

取り組まれている会社もあると思いますが、転職をしなくとも、自ら手を挙げて全く資本関係のない会社に一時的に移籍したり、スタートアップに行くなどの修行は非常に有効です。自社、業界が全然違う世界であれば、1年でものすごく成長します。それが、海外の途上国であったりすると、カルチャーショックからスタートしていくわけでさらに有効です。こういった世界観とか現場の経験は、たとえば人事の分野ならより味わいやすい(貢献しやすい)はずです。人事がまず、副業を率先して手掛けてみたり、週末にNPO活動する、などでもよいんです。そういう異文化、異業種経験をしていくことです。

実際、今や経営者の出世ルートも変わって来ています。本流でやってきた人が社長になるのではなく、子会社から入ってきたとか、一度会社を辞めてまた戻ってきたとか…。そういう人でないと変革ができないからです。経営者もそのような人の育て方を意識するようになって来ています。人事も他流試合に挑み、多様な経験を自らに課していくことが、人事として成功するためにも自身のキャリアの上でもとても有効だと思います。

小杉先生、貴重なお話をありがとうございました。

注)リーダーシップ3.0(R)、リーダーシップ4.0(R)は株式会社経営者JPの登録商標です。

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小杉 俊哉

THS経営組織研究所代表社員

慶應義塾大学SFC研究所上席所員

ビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科 客員教授

早稲田大学法学部卒業後、日本電気(NEC)入社。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学大学院修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ユニデン株式会社人事総務部長、アップルコンピュータ人事総務本部長兼米アップル社人事担当ディレクターを経て独立。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授などを経て、合同会社THS経営組織研究所を設立。立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科客員教授、慶應義塾大学大学院理工学研究科特任教授などを歴任。現在、慶應義塾大学SFC研究所上席所員、慶應義塾大学大学院理工学研究科非常勤講師。他に、ふくおかフィナンシャルグループ・福岡銀行、ニッコーなど、数社の社外取締役・監査役を務める。

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