人手不足が加速する中、どの企業も人材の確保には頭を悩ましている。採用が難しいだけではない。ようやく迎え入れることができたと思っても、入社後わずか数年で退職されてしまったという嘆きの声が聞こえてくる。実は、遡ってみるとこれは今に始まった課題ではない。もう30年余りも続いている。どんな理由があるのか。何か防止の手立てはないのか。筑波大学人間系准教授の尾野 裕美氏にインタビューした。前編では、若者の早期離職の推移やその要因などを語ってもらった。

01早期離職をせざるを得なかった理由を会社としても冷静に検証すべき
近年は、若者の早期離職が話題です。今年は退職代行サービスが注目されていました。こうした状況をどう捉えておられますか。
この退職代行サービスは、少し前にニュースでかなり話題になりました。その時に、私の周りにいる人たち、いわゆる中年世代では、「退職の申し出ぐらい自分でできないのか」という声がありました。第一印象として、そう思うのは当然だと思います。恐らく、今まで本当にひどい環境で働いたことがない、恵まれた方からするとそうせざるを得ない状況がイメージできないはずです。ただ、退職代行サービスは無料ではありません。お金を支払うわけです。退職のためにわざわざお金を払って「そのサービスを使いたい」、あるいは使わざるを得ない若者の状況をまず理解してもらいたいと思います。
当然ながら、「退職をしたい」と自分で上司に話してスムーズに進むような会社であれば、恐らくお金を払ってまで、そんなサービスを使わないはずです。自分で手続きをすると思います。逆に、上司が退職を考えている部下にしっかりと向き合ってくれる会社であれば、そもそも早期退職をしないで済む可能性すらあると思っています。
今、会社の中は人手不足なので、とにかく社員を離職させないようにしています。それが良い意味で社員を大事にしよう、やりがいを持って働いてもらおうということではなくて、何か必死に引き止めている印象があります。「部下が離職したら上司である自分の評価がマイナスになる」という懸念も、一部にはあったりします。そうすると、あの手この手を使って阻止するみたいなことが出てきてしまうのではないかと思いました。
私自身は、20年ぐらい前に人材系の会社で転職支援の仕事をしていたことがあります。その時に、転職サービスを使って転職する人もいれば、転職をしない人もいました。「中々退職できない」という方に何人かお会いしたことがあります。「それはどういうことですか」と聞いてみると、「上司が『部下が辞めると困る』と言って取り合ってもらえない」という方が一人だけではありませんでした。「退職届を受け取ってもらえない」「もう疲労困憊している」と語る若手の方もいました。
なかには、「最終的にこうやって退職しました」と説明してくれた方もいました。何をしたのかと言えば、退職届を内容証明郵便で送ったというのです。内容証明郵便は、相手が必ず受け取ったという証拠が残ります。なので、その方法で退職届を出したというのです。
また、私が新入社員であった26年前にもこういった話を聞いたことがあります。ある会社で、若手の無断欠勤が続いて連絡が取れなくなっていました。ある日、デスクの引き出しを開けてみたところ、退職届が中に置いてあったというのです。「本当にそんなことをやるなんて信じられない」と当時の私は思いました。しかし、もし20年前、30年前に退職代行サービスがあったら、その方はきっと利用していたと思います。本人も本心では無断欠勤というか、逃げ出すような形にはしたくなかったはずです。ただ、そうせざるを得なかったのです。もしかしたら、苦しい状況や上司の圧力があったのかもしれません。今回のニュースを聞いた時に、その過去の話を思い出してしまいました。
若手における退職代行サービスの利用は、良い環境にいる方からすると「けしからん」と批判したり、嘆いたりしてしまうと思います。しかし、そうしなければいけない状況もあるのではないかと視野を広げてみる、想像力を働かせることも必要だと思います。自社で退職代行サービスを利用して辞める人がいた時に、「自分の会社の採用方法に何か問題がなかったのか」と考えてみたり、入社後の配属や働く環境、人間関係を振り返り、「何故こんなことになったのか」「自社にも何か問題があったのではないか」と検証していただきたいという気持ちがあります。

02漠然とした焦りから解放されたい若者が多い
尾野先生は、なぜ若者の早期離職を研究テーマに選ばれたのですか。
私は、元々会社員でした。新卒で入社した食品メーカーでは、人事部で新卒採用の仕事をしていました。その後も、転職支援サービスであったり、採用アセスメントの開発や企業向けの研修開発など、HR領域の仕事をずっとしてきました。研究の道に来たのは、仕事をしながらでも通学できる、筑波大学の社会人大学院に通い始めたのがスタートでした。
大学院に行こうと思ったきっかけも、転職支援の仕事をしていたことが関係しています。転職のお手伝いをすることもあるのですが、特に入社1年目や2年目の方の相談を受けると、「今転職しても逆にもったいない」とか、「本人のためにならない」というケースも見受けられました。色々と話を聞いてみると、その年次の方は最初は「会社のあそこがおかしい」などと文句を言ったり、「今の会社にいると自分は成長できない。他の会社に行ったらもっと成長できるし、自分らしさを発揮できるのではないか」と発言される方がものすごく多かったのです。
それでも、言いたいことを言えた後は視野が広がるようです。「実は上司のことをおかしいと思っていたけれど、本当は自分を育てるためにこういう仕事を振ってくれていたのか」と気づいていました。1時間半ぐらい話した後はかなり元気になって、「今の会社で頑張ります」と言って帰っていく人がすごい多くいました。
そうした相談を受けているうちに、若い人は先が見えなかったり、自分のキャリアの見通しが立たないので、「とにかく何とかしなければいけない」と焦ってしまう、あるいは漠然とした焦りを抱えていて苦しいので「解放されたい」と思いがちです。そのための一番手っ取り早い方法として、転職を思いつく方が多いとその時に気づきました。
しかし、色々な話を聞いて視野が広がると、今の会社の良いことや可能性に気づいたりしてすごく元気になります。私は、早期離職自体が悪だとは思っていません。それは、前提としてお伝えしておきます。むしろ、転職が自由にできる社会は良いと思っています。ただ、早まって無理な早期離職というか、経験やスキルが身に付かないうちに辞めてしまうと実は転職が上手くいかないことが多いのです。「それを、何とか防げないだろうか」という気持ちがあって、「早期離職を何とかする研究をしたい」と考えました。若者の焦りが一つのキーになるのではないかということで、社会人大学院の時に『キャリア焦燥感』という言葉を作って研究を始めたのがスタートです。結局もう18年ぐらい、この研究を続けています。

03この30年、早期離職の割合は変わっていない
若者の早期退職はいつ頃から顕著になったのでしょうか。
これも企業の方からも良く聞かれます。実は、早期離職の割合はこの30年ほど大して変わっていません。私が会社員であった頃も、20年ぐらい前も10年ぐらい前もです。企業の方から「早期離職が増えているのですが、この問題をどう捉えたら良いですか」とずっと相談されてきました。マスコミ等でもそういう記事が良く取り上げられていました。相談を受ける度に私は、「もうかなり前から大体同じ水準で推移してします」というお話をしていました。
この20年、30年を振り返ってみると、感覚としては社会全体で人手不足感が顕著になってくると、「若者の早期離職が増えている」と言う声が高まる気がしています。「辞められてしまっては困る」という気持ちから「増えている」と発言しがちになるわけです。しかし、それは恐らく、辞めることに対しての課題というか、関心がすごく高いから増えているように感じてしまうのではないかと思います。
昔から良く「七五三現象」と言われてきました。就職して3年目までに中卒の7割が辞める、高卒の5割が辞める、大卒の3割が辞めると言われています。厚生労働省が学歴別に就職後3年以内の離職率を出しています。そのデータを見直してみると、1995年卒以降は大卒の3年以内の離職率はずっと3割を超えています。ただ、2009年卒だけ28.8%と、3割を下回った年がありました。この時は、リーマン・ショックの影響を日本が受けていた頃です。なので、就職が極めて厳しくて、辞めても転職ができないという事情があったと言えます。一番離職率が高かった年は2004年卒です。36.6%もありました。ただ、最近のデータを見ても、2020年卒が32.3%です。なので、全体的に見るとこの30年ぐらい3割程度で推移していて、別に大きな変化はないという感じだと思います。
次に、高卒の3年以内の離職率を見ると、2015年卒以降が4割未満なので5割もありません。中卒も2017年卒以降は6割未満なので「高卒の5割、中卒の7割が辞める」と言われていた頃からすると、中卒・高卒は早期離職が減っていることがデータから窺えます。そんな状況になっています。
若者の早期離職には、どんな要因が考えられますか。
結局、30年ぐらい前から変わらないということは、時代背景の影響を受けているからではないと思います。例えば、景気が悪い時に妥協して就職した人が辞めるというケースもあるはずです。かといって、景気が良かった時でも離職率はそれほど大きく変わっていません。なので、ダイレクトに時代の影響を受けるのは、誤差程度だと言って良いでしょう。
一応、面接や採用選考のステップをきちっと踏んでいたとしても、やはりそれだけでは仕事に合う、合わないは起こってしまいます。そこは、難しいところだと思います。また、人間関係もやはり選べないところもあります。なので、一定数は上司であったり、先輩や同僚などの職場の人間関係もあるでしょう。他には、早期離職の理由を見てみると条件面も上がってきます。年収や労働時間など、その辺りも昔から割と回答率が高めに出ています。なので、条件がどうしても合わない人もいると考えると、3割ぐらいが辞めることはすごく問題視するほどでもない気がします。
ただ、部分的に見ると、本来辞めなくても良い人が辞めているのが、その3割の中にいるはずです。なので、3割の中身を見た時に辞めなくて良い人が辞めている割合がどのくらいいるのかが気になります。たとえ3年未満だとしても、その会社で一つ成功体験を積んでから次の会社に転職をした方や、自分で起業をした方もいると思うので、前向きな割合が増えていれば良いと思います。そうではなくて、3割の中のネガティブな部分がもし今増えているとするとすごく心配です。そこは、データとしてはないので、ブラックボックスだと思っています。

0420代の転職は焦りに起因する
若者の早期離職を防ぐ手立てはないのでしょうか。
私も企業で採用を担当していましたので、気持ちはものすごく良くわかります。企業からすると、1人を採用するだけでも膨大なコストを掛けています。なので、はっきり言って3年以内に辞められてしまうと、その採用コストを回収できません。「避けたい」というのは、経験者として十分に理解できます。
ただ、その一方で若者の早期離職自体が悪いわけではないと思っています。昔は良く「石の上にも3年」と言われていたものです。実は、私も1社目は3年2カ月しか在籍していません。それでも、「3年は勤務しよう」と思っていました。
中にはそう思って上司のパワハラに耐え続けて、精神的な不調で結局休職してしまった方も目にしています。そこまで自分を犠牲にするぐらいだったら、転職した方が良いという場合もあると思います。今、会社で辛い思いをしているわけではないものの、自分が描いている目標があって、次のステップが見えて転職するという前向きな転職であれば、それはそれで良いと思っています。
ただし、やはり早期離職にはリスクがあります。社会人としてのマナーは身に付いているかもしれませんが、仕事に必要なスキルがまだ身に付いていなかったり、その仕事で成果を出せていないうちに転職しても、転職活動が上手くいかない、あるいは運よく転職できたとしても、その会社で活躍できない可能性もあり得ます。早く転職して成功しましたという人は、周りにも言いやすいので、そういう声が数多く入ってくるかもしれませんが、早まった転職をして後悔している人も、私自身過去に何人もお会いして来ています。それは、会社にとっても本人にとっても良くありません。そういう早期離職であれば防ぐべきだと思っています。
30代、40代のベテランの転職と違って、20代の転職は焦りに起因していることがよくあります。それが、他の年代とは違うポイントだと思っています。
尾野先生の研究テーマには、キャリア焦燥感も挙げられます。なぜ、若者はキャリア形成を急ぐのでしょうか。
まず、時代背景としてはバブル経済の崩壊後、グローバル化やICT化が叫ばれ、本当に働く人の環境が変わったと思います。私が新卒で入社した会社で人事の仕事をしていたのも1990年代の後半でした。その頃は、日本型の終身雇用や年功序列に代わって、仕事の成果を賃金に反映させる成果主義が台頭してきた時代でした。もはや、入社してしまえば何とかなる時代ではなくなっていたということです。
それから、今の若者がどういう教育を受けてきたのかを考えてみることも大切です。彼ら・彼女らが小学校・中学校の時には、個性重視の教育を受けていました。しかも、キャリア教育もずっと受けてきていますので、自分のキャリアについて考えることを学生の段階からしてきているわけです。さらには、就職活動となると、面接で「あなたの長所と短所は何ですか」「自分の強みを教えてください」「将来どうなりたいですか」などと質問を立て続けにされてしまいます。本当に自己分析や将来の目標設定を散々求められてきた世代なのです。
ただ、自分のことや将来のことは、簡単にわかるものではありません。それにも関わらず、常にそういうことを聞かれて来ている世代なので、「自分の可能性や適性を早く見つけなければいけない」などと学生の頃から焦ってしまっています。実際には、全員が就職活動が上手くいったわけではないはずです。希望通りの就職活動ができなかった人は、「今度こそ早く勝ち組に入らなければ」と焦ってしまう。そういった教育的な背景もあると思います。
さらに、入社後の要因を見てみると、昔であれば入社したら割と会社が育ててくれました。しかし、今は入社して、スキルや能力を高めていくだけでなく、キャリア自律が求められるようになってきました。入社したからといって、会社が定年まで面倒を見るわけではありません。「自分のキャリアを主体的に構築していきなさい」と言われるようになり、自律的に働くことが求められるようになると、入社した後に仕事の経験を積んでいける、ないしキャリアを築いていける人は良いものの、「自分らしいキャリアを築けていない」「思い描いていた働き方と違う」としたら、焦燥感を再び感じてしまい、「どうしたら上手くいくのか」と考えるのですが、なかなか答えが見つからなかったリします。それで、「転職をしたら何とかなるのでは」と一番手軽な解決策として選んでしまうのが若者の特徴です。
ここまで、社会的な背景やどんな教育を受けてきたのかなど、そういう時代の背景をお話してきましたが、その一方で、若者が焦るというのは、実は発達的には割と自然なことだと言えます。キャリア発達や生涯発達などの研究領域の理論を見てみますと、20代の頃は、今の仕事を生涯ずっと続けていくのかどうかを検討しながら、自己を確立していくのが発達課題になっています。当然、そういう発達課題に直面して、社会に自分の場を確立しようとあがく時期でもあります。なので、若手が自分のキャリアについて焦りを感じるというのは、見方を変えると健全に発達している証拠だと思います。
今までの研究で、若手にどんな状況でキャリアについて焦りを感じるのかを聞き取っています。その結果、若手がキャリアについて焦る状況が4つに大別されることがわかりました。
1. キャリア探索の停滞
「自分のやりたい仕事がはっきりしない」「現在の仕事が自分に合っているのかわからない」など、自分らしさを発揮できる仕事を求めながらも、その答えが見つかっていない状況です
2. 所属組織からの評価が低い
今の会社や職場で自分が思っているような評価が得られない時にも焦りやすいです。
3. 人との比較
自分が知っている人、例えば友達や知り合いが仕事で活躍している、転職後仕事が上手く回っている…、そういう人との比較です。自分よりあまり上手くいっていない人との比較ではなく、自分よりも良い状態、望ましい状態にある人と比較した時に焦りやすくなります。
4. 仕事とプライベートのアンバランス
「公私のバランスがとれた生活ができていないと感じた」「結婚や子育てを視野に入れた働き方を考えた」など、仕事とプライベートのバランスがとれた生活を求めながらも、それが実現できていない状況です。
これらが、若手がキャリアについて焦りを感じる状況だとわかってきました。

尾野 裕美氏
筑波大学
人間系 准教授
日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)の人事、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立。大学生のキャリア形成支援に従事する。その後、横浜商科大学専任講師、明星大学准教授を経て2023年4月より現職。
筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了、博士(カウンセリング科学)。
主な著書に『働くひとのキャリア焦燥感――キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』(ナカニシヤ出版)、『個人と組織のための男性育休――働く父母の心理と企業の支援』(ナカニシヤ出版)などがある。