働き方改革は、長時間労働の是正から生産性向上へとフェーズが移行しつつある。要は、どれだけの付加価値を生み出すことができるかが問われるようになってきたと言って良い。だが、生産性は簡単に高まるものではないだけに、どの企業も試行錯誤が続いている。こうした中、職場の物理的環境や情報技術の導入、人事施策がどのようにして職場の生産性やクリエイティビティにつながるのかについて研究しているのが、東京大学大学院 経済学研究科 准教授の稲水 伸行氏だ。働き方や働く場をどう変えていけば良いのか。インタビューの前編では、経営学におけるクリエイティビティの定義やワーク・エンゲージメントとの関係性などを聞いた。

01クリエイティビティには、独自性や新規性、有用性が問われる

経営学においてクリエイティビティは、どう定義付けられるのでしょうか。

クリエイティビティは、独自性と有用性のあるアイデアを生み出すことであると一般的には定義されています。なので、単に何か突拍子もないアイデアを思いつくことだけではなくて、経営学ですのでそれが何か社会の役に立つという有用性も同時に必要となってきます。そうしないとイノベーションに繋がらないからです。

クリエイティビティが今何故注目されているかというと、恐らく日本の文脈でいくと生産性との絡みであったりします。やはり、生産性はある程度アウトプットを上げていかないといけないところもあります。既存のやり方だけだと、どうしてもジリ貧になっていきます。そこで新しい製品やサービスを継続的に出していかないとアウトプットが高まっていかないのです。そういった意味で改めてクリエイティビティと併せてイノベーションがクローズアップされています。

遡れば、かつての日本にはクリエイティブやイノベーションを得意とする企業が多いと世界的にも認知されていました。それこそ、一橋大学名誉教授の野中育次郎先生が1990年代に著書『知識創造企業』を執筆された頃です。当時は、日本企業=イノベーティブとかクリエイティブと捉えられていました。それが、失われた何十年かわかりませんが、いつの間にかクリエイティビティやイノベーションという観点が少し後退してしまいました。そうした中で、今改めてクリエイティビティやイノベーションが重要だという論調が日本の中で盛り上がってきている気がします。

クリエイティビティとイノベーションは、どう違うのですか。

一応、イノベーションの方が少し大きい概念だと言えます。クリエイティビティは、どちらかというと先ほどお伝えしたように、独自性や新規性、有用性のあるアイデアを生み出すところに焦点を当てた概念です。言い換えれば、新しいアイデアを生成するフェーズに焦点が当たっています。一方、イノベーションはアイデアを生成するだけではなく、生成されたアイデアを実際の製品やサービスに落とし込んだり、さらにはその製品やサービスをマーケットに出して、ライバルとの競争に勝ち売り上げや利益を上げていくところまで含めた概念と言えます。新しいアイデアをもとに、新しい製品やサービスを立ち上げて高いパフォーマンスを出したという段階で初めてイノベーションが実現したことになります。そういった意味でイノベーションの方がクリエイティビティよりも長いプロセスを見ているという感じになります。そういう違いがあります。

02コスト競争を優先し、クリエイティビティを後回しにした日本企業

日本企業のクリエイティビティは、なぜ低下してしまったのでしょうか。

その辺りは特にエビデンスはないのですが、僕の学生時代、ちょうど学部生だった頃が2000年前後になります。そこから、大体20年ぐらい経営学にずっと携わるとともに、東京大学で藤本隆宏先生(当時は、東京大学経済学部助教授・教授・ものづくり経営研究センター長。現在は早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 研究院教授)らの下で、もの作り経営に関する仕事にもポストドクター(博士研究員)として従事していました。

それで、もの作りをずっと見聞きし、現場回りにも結構行きました。当時は、タイや韓国、中国が話題でした。後は、東南アジアにどう対応するかといった話が続いてたような気がします。その時は、クリエイティブな商品やサービスで、それらの国々の企業に対抗していくというよりも、とにかく生産コストの安さにどう対抗していくかに経営の関心が寄せられていた感があります。何しろ、生産コストが日本の20分の1ぐらいでしたからね。

そういった意味では、90年代ぐらいまでは「日本企業は面白いものを生み出す」みたいな印象を持たれていたのですが、一変してしまいました。中国や韓国は莫大な投資をしてきます。韓国の大手テクノロジー企業・サムスン電子はその代表例です。それらにどう対抗するかが経営課題だったわけです。

やはり、中国でもの作りをした方が生産コストが安くなる中で、どうコスト削減に結び付けていくのか。そして、日本に残っている拠点はコスト競争にどう勝っていくのか。その辺りに企業の関心が集中していた気がします。1990年代までの古き良き日本企業のやり方が、質的に変ってしまったという印象です。

03ワーク・エンゲージメントとクリエイティビティには相関性がある

最近、人事の世界ではワーク・エンゲージメントやモチベーションと言う概念が注目されています。これらは、クリエイティビティとどのような関係性があるのでしょうか。

元々、ワーク・エンゲージメント(仕事に対してポジティブな感情を持つことができ、充実している状態)が注目されるようになってきたのは、どちらかというと心理学の方でポジティブ心理学(幸福を科学する学問)が登場したのがきっかけになっています。それまでの心理学はどちらかと言うと、ネガティブな状態をニュートラルな状態にするという捉え方が主流でした。例えば、ストレスを抱えている状況からストレスのない状態にしていく。言い換えればマイナスからゼロへみたいなところを結構やっていた心理学でした。ストレス研究はその代表例です。

そうした中で、これも1990年代から2000年ぐらいになってからですが、ポジティブ心理学の名の下、ゼロからプラスに人の心理状態を持っていくと良いのではという流れの中でワーク・エンゲージメントの概念が出てきて注目されるようになっていったわけです。

そうした時に、クリエイティビティとの関係がどうかと言えば、ワーク・エンゲージメントは特にそうなのですが、根っこのところに「内発的な動機づけ」(内的報酬によって引き起こされる行動)という考え方があります。仕事そのものが面白くて、そこに没頭してやってしまうみたいな感じの状態のことを内発的に動機付けられていると言います。

それと良く対比されるのが、「お金をもらえるから仕事を頑張れ」みたいな「外発的な動機付け」(報酬や評価、罰則や懲罰など、外部からの人為的な動機付け)です。インセンティブを与えられることで「頑張ります」というのが、外発的な動機付けなのですが、そういった金銭的なインセンティブがなくても、「この仕事が面白いからやろう」「この仕事はすごいチャレンジングだけど、何とか達成しよう」みたいな感じでやっていくのが、内発的な動機付けと言われるものです。

ワーク・エンゲージメントも多分、その「内発的な動機付け」の流れを結構受け次いでいる気がします。実は内発的に動機付けられていると、クリエイティビティが高くなるのではないかと、それは結構昔から言われていた話です。そういった意味で結果的には、ワーク・エンゲージメントが高いとクリエイティビティも高くなるというのは、相関性が結構あるのではないかと言われています。なので、そんな感じで繋がってるということじゃないでしょうか。

04オフィス学を職場組織の総合科学と位置付け、研究に取り組む

稲水先生の研究テーマであるオフィス学とは、どのような学問なのですか。また、どうして、その研究に着手されたのでしょうか。

オフィス学には、僕が言い始めたものとしっかりとしたオフィス学会の両方があったりします。後者には、建築学系の研究者やオフィス家具メーカー、不動産会社、ゼネコン系の方々が入っています。そちらの方は、どちらかというと建築デザインの現状やオフィス内のレイアウトなどを踏まえ、それこそストレスや仕事の生産性を研究しています。

それに対して、僕が勝手に言っているオフィス学は、経営学の立場や経営組織論の立場から考えていきましょうという研究のフレームワークです。特にホワイトカラーの職場、オフィスを起点にしながら、そこで何が起こっているのか、物理的なデザインや人的資源管理のデザイン、後は最近だとICTといったデザインもあります。そういったところをしっかりと見ながら、それを前提とした上で、実際に働いている方々のモチベーションやチームのマネジメント、リーダーシップ、組織文化などがどう関係づいているのか。さらには、そのアウトカムとしてクリエイティビティやイノベーションが、どのようにして実現されるのかをトータルで見ていきましょうというのが、僕が言っているオフィス学です。

一応、オフィス学会の先生方にも、「オフィス学って何ですか」という話の流れで、僕の定義としては「職場組織の総合科学です」と言っています。「その言い方って良いよね」みたいな話で了解は得られています。

05内発的な動機付けが、クリエイティビティを高める

クリエイティビティを高めるための職場環境づくりのポイントを教えていただけますか。

クリエイティビティを高めるためには、「内発的な動機付け」が重要です。そうした時に一つは、程良いチャレンジングな仕事が与えられていると内発的に動機付けされます。その結果として、クリエイティビティが高まるというのは多分一つあります。なので、何かしらチャレンジングな仕事を与えられるというか、それを見つけて実際にできる状況にしてあげるというのは一つです。

そういったチャレンジングな仕事にトライできるのは、結構自律的に仕事ができているかどうかということでもあったりすると思っています。やはり、他人から言われて仕事をするのではなくて、「自分から進んで仕事をする」みたいな仕事がやりやすい環境を作ってあげることが良いと思います。

なので、具体的な施策としては、なかなか難しいかもしれませんが、そういう自律性みたいなものをうまく与えていくことです。それで、当然従業員の方々が、自律的に働けるように、マインドセットを変えてかないといけないというところに経営者側としてどう介入していくかも重要ですし、マネジメントの側としても、部下の方との接し方次第で、多分そういう自律性を部下の方が感じられるかどうかが、結構クリティカルに効いてくる気がします。その辺りを上手く設計していくのは、一つ重要なのかなというのがあります。

もう一つは、そういう心理状態を持つことと併せて、恐らく心理学の世界はそうですが、社会学の観点でいくと社会ネットワークは結構重要だったりします。なので、いつも同じメンバーと同じような開発をしているだけだと、なかなか新しい発想は出て来ません。部門部署を越えたり、会社の枠を越えても良いです。そういった繋がりを作れるかどうかもクリエイティビティを発揮する上では、重要な要素になってきます。

例えば、フリーアドレス(オフィスで固定席を設けず、自分の好きな席で働けるワークスタイル)だったり、ABW(Activity Based Working:仕事の内容に合わせて、働く場所を自由に選択できる働き方)だとか、最近だとシェアオフィス(さまざまな企業や個人がシェアして使うオフィス)を使うというケースもあったりします。それらを上手く活用しながら、部門部署を越えたコミュニケーションを活性化させるのも、クリエイティビティを発揮させる上ですごくインパクトがあると思います。

稲水先生は以前、職場と創造性の関係を定量的に探るための調査を手掛けられました。その結果、「CPS(Creative Personality Scale:個人が持つ創造性の高低を示す変数)が創造性に影響するが、そのスコアが低い人であっても職場風土によっては高い創造性を発揮できる」との見解を示されました。CPSが低い人は、職場の中でどう対応していけば良いのでしょうか。

パーソナリティは、そんなに簡単に変えられるものではなかったりします。それを変えるのはなかなか難しいという話だと思います。まず、前提としてお伝えしたいのは、別にCPSでその人のクリエイティビティの全てを説明できるわけではありません。たとえ、CPSが低かったとしても、例えば職場の風土であったり、前向きにチャレンジして新しいアイデアを出す。そういうマインドになっていくとクリエイティビティが発揮できたりすることが結構あったりします。

あとは、チームとしてクリエイティビティを発揮するみたいなシチュエーションだったりすると、必ずしも全員CPSが高くて皆がアイデアをどんどん出したら良いのかというと、必ずしもそうではなくて、当然ある人がアイデアをバーンと出すことになるかもしれないのですが、それを深掘りして磨いていくのは、また違うスキルだったりします。なので、その部分で貢献できていれば、むしろチームとしてはクリエイティビティが優れている可能性もあったりします。

多分、CPSが仮に低かったとしても良い職場の雰囲気を作っていくことができれば、そういう人でもクリエイティビティを発揮できます。後はチームで考えた時に、どの部分で自分が貢献できるかは当然変わってきたりするはずです。全員がCPSが高い必要はないのです。CPSが仮に高くなかったとしても色々なフェーズで貢献して、チームとしてクリエイティビティが高まることもあるのです。アドバイスとしては、その二つでしょうかね。

家具メーカーを中心に、新たなオフィス空間の提案が盛んです。それらはクリエイティビティの向上に本当につながるとお考えですか。

オフィス家具メーカーは、ここ数年ぐらいずっとABWだと言ってきています。要は、アクティビティに応じて多様なゾーンを作り、ゾーンを選び移動しながら仕事をするというやり方です。結構何社かでセンシングの位置情報のデータをいただいて分析をした感じだと、やはりABWにすることによって、人的な交流が増えます。対面での繋がりが、部門部署を越えて広がっていくのが観察されます。

ただ、色々なコミュニケーションが発達していることと、クリエイティビティの関係が本当にすごく明確に出てくるかというと、必ずしもそうではなかったりします。もう何個かの条件がその間にあるのではないかという感じです。

弱い関係性は観察されるのですが、オフィス家具メーカーが言っているようなオフィス形態にしたからといって、すぐ劇的にクリエイティビティが上がるという感じでは、まだない気がしています。何かしらの条件が必要だと思うものの、その詳細についてはまだ研究中です。

06チームとしての連携と外部との繋がりのバランスが重要

チームとしてクリエイティビティを高める働き方をいかに実現していけば良いとお考えですか。

この辺りは本当に今、結構ホットイシューになりつつあります。まだ確たるものはないのですが、ここ数年かなりオフィス家具メーカーも含めてABWをプッシュして来ています。最近、その反動が若干出てきていところがあります。ABWや自由席にして、色々な場所を使いながら仕事ができますであったり、メインオフィスに限定されずにテレワークも含めてやっていますと言った時に、確かにチーム外というか、部門や外との繋がりが作りやすくなったものの、「チームとしてのまとまりが少なくなってきているのでは」と危惧する声が聞かれるようになってきました。

なので、多分バランスとしてはチームとして緊密に連携する一方で、外部との繋がりも作っていくというバランスをどうするかが、必要なのではないかという話になってきています。そこのバランスをどう取っていくのか、役割分担をどうするのかです。また、クリエイティビティも新しいアイデアを出す時には、外部の色々な知見を取り入れた方が良いのですが、アイデアが出てきた時にそれを揉んでより良いものに精緻化していくプロセスが必要だと思います。

実はチームメンバー同士でディープな議論ができた方が良かったりするので、そこのバランスやフェーズによる使い分けをどのようにやっていけば良いのかが、多分今議論としては盛り上がっている気がします。まだ確たるものはないのですが、そういうバランスを踏まえた上で、チームとして本当に働き方を考えないといけないと思っています。

チームとしてのバランスを考えるためにも、リーダーシップをどう発揮するかもポイントになってくるのでしょうか。

チーミング(チームワークの構築と最適化を図り続けていくこと)と言ったりしますが、色々な知見を持ったメンバーを集めて、なるべくスピーディーにチームを立ち上げないといけません。そういった意味では、心理的安全性(職場において自分の考えや意見などを同じ組織のメンバーに対してフランクに言い合える状態)が備わったチームにしていくために、リーダーシップがすごく重要だと指摘されています。

一方で、外部と繋がり作っていく時には、リーダーが社内のさまざまな人的なネットワークを張り巡らしている人だと、そうしたアイデアも取っていきやすかったりします。また、出てきたアイデアを実現するとなった時に、社内承認を得やすかったりします。リーダーとしての立ち回りが、結構インパクトとして大きいのではないかと思います。

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稲水 伸行

東京大学大学院

経済学研究科

准教授

2003年東京大学経済学部卒業。08年、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。その後、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員・特任助教や筑波大学ビジネスサイエンス系准教授などを経て、2016年に現職に就任。専門は経営科学、組織行動論。近年は特に職場の物理的環境や人事施策が、どのようにクリエイティビティにつながるのかを研究。主な著書に『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会)。

【アーカイブ動画!】

一橋大学名誉教授 米倉 誠一郎氏との対談動画yonekura

 

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