>今こそ、データに基づく経営を(前編)
日本経済が「失われた20年、30年」と嘆いているうちに、中国や韓国の企業は競争力を高め、日本企業を大きく凌ぐ存在感を確立してしまっている。その流れを加速させる一つの原動力となったのが、日本企業を離れ現地企業に転身したエンジニアだ。自らが培ってきた技術やスキルを活かし、転職先企業の業績拡大に貢献したものが少なくない。今度は、逆に日本が外国人エンジニアから学ぶべき時代が来ているのかもしれないが、越えるべきハードルは高い気がする。どんなマネジメントをしていけば良いのか。技術経営戦略論やイノベーション論を専門とする東北大学大学院の藤原 綾乃・准教授に聞いた。インタビューの前編では、エンジニアの流出入動向や外国人エンジニアが活躍できる職場づくりなどについて語ってもらった。
目次

01データを分析し、エンジニアの流出入動向を読み解く
藤原先生は、2016年2月に著書「技術流出の構図 エンジニアたちは世界へとどう動いたか」(白桃書房)を出版されました。技術者の海外流出に着目された背景や意図からお聞かせいただけますか。
「特許データを使って、人の移動を可視化することができないか」と思ったのがきっかけです。最初にこの研究を始めたときは2012年辺りでした。大手電機メーカー等で「追い出し部屋」のような形で、元々は工場勤務の方が対象であったリストラの対象をもっと広げてエンジニアの方たちにも仕事を与えないみたいなことが、問題視された時期でもありました。
そのニュースを見た際、企業が拙速にリストラを進めることに強い疑問を抱きました。追い出し部屋のような手法で企業を去る人々というのは、実は優秀な人材の方なのではないだろうかと考えたのです。リストラなどの手法は、一見、組織が効率化を図っているように見えますが、実際には逆効果になっている可能性があるのではないだろうか、効率化を図るつもりが実際には重要な才能を失っているのではないかという疑問を、データを通じて明らかにできないかと考えたのが研究の出発点でした。
この問題についてさらに掘り下げるために、大手電機メーカーをはじめとする多くの企業の人事担当者に、退職した技術者についてどのような見解を持っているのかについて直接インタビューを行いました。多くの企業の人事担当者へのインタビューでは『退職者の動向は把握していないが、少数の退職者は企業に大きな影響はない』という見解が一般的でした。しかし私は、個別企業では小さな流出でも国全体では重大な影響があるのではないかと考え、より包括的なデータ分析の必要性を感じました。その観点で行った研究の成果が前著『技術流出の構図』(白桃書房)です。
実は、その続編にあたる著書「技術獲得のグローバルダイナミクス」(白桃書房)も2025年7月頃に出版する予定です。こちらの本では日本企業に流入する外国人材、特にエンジニアの方たちの活用について、かなりのページを割いて議論をしています。その辺りについては非常に細かくデータ分析をしたという経緯があるので、外国人をどういうふうに活用していくのかというところについては、特に注目しながら日頃から分析をしています。
具体的には、どのような分析手法を用いておられるのですか。
私自身は、特許データや論文の書誌情報(書籍や雑誌を特定するための情報)を基に分析しています。具体的には、著者名や出願人の名前、それから所属企業、所属大学を調べてどういう企業からどういう企業に人が移ったのかを、名前を頼りに追跡していき可視化をしています。そういったことを研究テーマとしています。
前著の「技術流出の構図 エンジニアたちは世界へとどう動いたか」は、実は私が東京大学大学院工学系研究科博士課程に在籍していたときに執筆した博士論文をもとに再構成したものです。日本の電機メーカーから中国や韓国などの企業に流れていったエンジニアが、どういう人たちであったのか、それらの企業がどういうふうにして日本企業出身者を活用していたのかを分析しました。逆に、新著では日本企業がどれくらい外国人材を活用できているのかということに関してデータ分析を行っています。

02海外に流出したエンジニアが日本に還流することはない
日本企業から流出したエンジニアは高年齢の方が多いのでしょうか。
熟練のエンジニアの中には、アドバイザーや指導者として海外企業に採用されるケースも多く見られますが、これらのエンジニアが特許や論文に名前を出さないこともあるため、その動きを特許や論文などの書誌データから完全に把握することは困難です。特に高齢のエンジニアの中には、業績を積み上げることよりも実際の技術指導や知識の伝承に重きを置くことも多く、その名前が文献に記されるとは限らないため、彼らの貢献や活躍がデータ上からは見えにくくなります。このようなケースは、海外への技術流出としては目に見えにくいものの、散見される重要な現象です。
実際のところ、日本企業から中国や韓国に渡った人たちを見ると、国によって扱いが違っていたりします。例えば、中国や韓国は若手の方を日本企業から採用する傾向が非常に強くて、30代から40代前半ぐらいの層を迎え入れています。恐らく、スマートフォン絡みで活用されているのだと思います。
一方、台湾の企業は、比較的年齢層の高めの人たちを採用する傾向があります。50代・60代の方を好んで採用しています。この違いは何かというと、特に台湾が顕著なのですが、どちらかというと日本企業出身者の方から色々学びたいという意図がうかがえます。
中国や韓国の企業はそうではなくて、あくまでも採用した人たちに研究開発をやってもらい、その人たちに特許を出願してもらいたいと思っているのです。「習いたい」「教わりたい」、そういうモチベーションではなくて、どちらかというと「どんどん研究開発をやってくれ」というスタンスです。そういう意味でいくと、年齢が高めのエンジニアはどちらかというと、台湾企業に引き抜かれている状況です。
中国や韓国、台湾などの企業に行かれたエンジニアは、その後どうされているのでしょうか。
その点については、割と日本の政策関係の方も興味を持たれていて、「知りたい」というニーズが強かったりします。実際のところは、日本企業にあまり戻って来ていません。そのまま現地の企業を転々とされる傾向が強いことがわかりました。大体1〜2年契約で最初にオファーが来ます。ただ、そのオファーで年収が日本の3倍から10倍、場合によっては億単位の年収を提示される方も多かったりします。
そんな形で移動されて、契約終了後は最初に契約した企業よりも少しマイナーな別の企業に採用されて、仕事をするという流れです。その方たちが、日本に戻ってきてくだされば、2・3年のブランクがあったとしても、再び日本企業のイノベーションに貢献してもらうことが可能なのかもしれないのですが、一度自社から飛び出した人たちを日本企業にもう1回循環させるというシステムがまだでき上がっていないので、流出したままになってしまっています。日本企業には還流されないというところは、非常に問題だと思っています。

03外国人エンジニアのマネジメントに悩む日本企業が多い
逆に、日本企業における外国人エンジニアの受入れ状況をお聞かせいただけますか。
「それほど多くの外国人材が日本にいるわけではない」というのは想像通りでした。調べたところ、外国人材に該当するのは4%ぐらいです。米国だと25%が非ネイティブと言われており、日本はかなり少ないと言えます。
「それでは外国人材が、日本のイノベーションに貢献できていないのでは」と思いがちですが、そうでもなくて、実は産業分野によっては日本人エンジニアの方たちよりもパフォーマンスを発揮していることを確認できます。代表的なのは、情報通信です。日本人エンジニアよりも外国人エンジニアの方が、業績が良いことが明確に把握できました。その意味では、もっと積極的に外国人エンジニアを活用していくべきだと考えています。
ただ、その際にどういうマネジメントをしていくのかのが、非常に大事になってきます。その辺りについても、アンケートなど色々な形で分析をしましたので、詳細は新著をぜひご覧いただきたいです。
外国人エンジニアの中でも、特に女性に限定すると活用状況はどうなのでしょうか。
こちらも、やはり活用が進んでいないと言えます。それでも、環境としては少しずつ改善されている印象を持っています。というのも、以前は「女子トイレがない」という企業もありました。最近は、「用意されるようになってきた」と聞いています。もちろん、トイレがあるだけで、環境が改善されていると言えるかどうかは疑問です。「少なくともその点では改善されている」といったことを指摘される方が増えているのは事実です。そういう意味で、女性エンジニアの活用、活躍推進は少しずつながらではあるものの進んでいると思っています。
外国人の女性エンジニアをどう活用しているのかについても色々と聞いてみたことがあるのですが、日本の企業や研究所などでは、外国人の女性を上手に使えないというジレンマというか、悩みがあるようです。どういう問題かというと、海外の女性は自分の意見をはっきりと言うので、日本人の従業員と常に口論になってしまい、マネジメントもできない。結局「彼女たちは国に帰ってもらったら良いのに」という話になるというのです。そういうところから考えても、なかなかダイバーシティを上手に広めていくというか、進めていくことは、まだまだできていない状況だと感じています。

04待遇と期待値で外国人エンジニアとのギャップが目立つ
藤原先生には、まず日本人エンジニアの海外流出と外国人エンジニアの迎え入れの両面をお聞きしました。ここからは、現状を踏まえてのご提言をいただこうと思います。まずは、日本企業で外国人エンジニアに活躍してもらうためには、どうしたら良いとお考えですか。
新著「技術獲得のグローバルダイナミクス」の執筆を進めるにあたり、私は日本企業や外国人エンジニアなどにアンケートを取りました。日本企業の方々が、「外国人エンジニアに何を期待しているのか」と言うと、環境に馴染むことでした。「環境に上手に馴染んでもらうことによって日本企業に役に立ってもらいたい」と考えているんです。そのためにも、日本語のレベルを高めてほしいと外国人従業員に期待しています。
ただ、外国人エンジニアはそう思っていません。彼らが一番重視しているのは、「自分がこれまでに培った技術を活かせるかどうか」なのです。そこのミスマッチがあまりにも大き過ぎて、結果として外国人エンジニアを上手く活用できていなかったりします。そこがかなり大きい気がします。なので、日本企業の方たちはマインドを変えていかないといけません。「どういうふうにして活躍してもらいたいのか」を改めて考え直すべきだと思っています。
先般、ある大学の先生が、「以前であれば外国人留学生は、大学を卒業ないし大学院を修了した後に、日本企業に就職する人が結構多かった。でも、最近は母国に帰ってしまう。日本で働くことに魅力を感じない方が増えている」と指摘されていました。藤原先生はどうお考えになりますか。
全く同感です。まず、お給料のベースが違っています。特に、情報通信分野は顕著です。日本で働くよりも中国で働いた方が、給料が1.3倍から1.5倍ぐらい高かったりします。なので、日本にわざわざ残る必要はないというのが実状です。そういう意味で言っても、日本企業の魅力がだいぶ薄れてしまっていると感じています。
ただ、治安に関しては、日本が非常に魅力的に映っていることもわかっています。安心して働けると評価されています。魅力はそれぐらいでしょうか。給料や働く際に期待されていることにミスマッチがあり、上手くすり合わせができていないがために活用が進まないということでしょう。
藤原先生が在籍されている東北大学は、オープンイノベーションの創出に注力しており、留学生も多いと思います。「卒業したら、母国に帰ります」という方々ばかりでは寂しいですよね。
そうですね。非常に優秀な留学生が沢山在籍されています。その方たちも、少しずつ日本から離れて母国に戻るようになってしまっています。そうした傾向があるのは、やはり残念でなりません。

05データを分析すれば、活躍しやすい環境が見えてくる
外国人女性に限定されなくても結構ですが、より多くの女性エンジニアが活躍するために日本企業は何をすべきでしょうか。
日本企業から中国や韓国の企業に移った人たちに関する分析をしたところ、見えてきたことがあります。それは、中国や韓国の企業では日本企業出身者を上手にマネジメントしているということです。実は、日本企業出身者を複数人同じ研究チームに入れています。そうすると、チームの業績が非常に高くなるとわかっているからです。
日本の大学や企業も「女性の数を何人に増やす」「何%にする」というような目標を掲げがちですが、むしろ、採用した方たちをどうマネジメントしていくのかを重視すべきだと思います。たとえば、女性スタッフを各部署に単独で配置するのではなく、支援やコミュニケーションが活発に行われるよう複数配置することで、彼女たちの能力がより発揮されるかもしれません。また、女性がチームで協力しやすい環境を整えることが、彼女たちの満足度や業績向上に直結する可能性も考えられます。
単に数値目標を追求するだけでなく、マネジメントの方法を絶えず評価し、改善していくことが重要です。職場環境や職種によって最も効果的な戦略は異なりますが、これをデータ分析によって明らかにし、最適なマネジメントアプローチを見つけ出すことができます。このような戦略的アプローチにより、女性が活躍しやすい環境を築くことが、企業にとって最も有益な投資となるでしょう。
ちなみに、藤原先生は2019年12月に、「データ分析で見るジェンダー平等の日本の課題」という論文を執筆されています。どのような問題提起をされたのですか。
その当時、私は文部科学省の中にある科学技術・学術政策研究所の調査研究グループで研究官を務めていました。こちらの論文は、大学の研究者の方たちについて、女性の研究者の方たちが、どういう形で昇進していくのかを書誌情報やリサーチマップという研究者データベースを使って、教授に昇進するまでにかかる時間との関係でどういうことが影響しているのかを分析したものです。なので、企業というよりは大学・アカデミアでの不平等について分析したものになります。
やはり、不平等は存在していましたね。それでも、アカデミアの場合は業績と言うか、論文や書籍の数のような形で評価の軸が明確にあります。企業で働かれている女性エンジニアの方は、なかなか評価の軸が定まっていないだけに、大変な困難に直面されているのではないかと感じています。
中には、「管理職に昇進したくない」という女性もいたりします。「あれほど大変な役職に就くのは遠慮したい」「私にはとてもできない」といった声も聞かれます。藤原先生はどうお考えですか。
「管理職になりたくない」とおっしゃる女性の方は少なくありません。なかなかモデルとなるような女性が企業の中にいないということもありますし、それから協力してくれる人が社内に少ないのも理由だと思います。「その役職でやっていくのが大変」という部分が大きいのかなと思います。特に、30代後半から40代辺りだと子育てや介護であったり、色々なタスクが重なる時期です。やはり、サポートがないと難しい気がします。
対照的に、同じアジアでもフィリピンでは女性が管理職の60%を占め、男女格差が比較的少ないとされています。この背景には、女性が政治やビジネスで高い地位に就くことが一般的で、このことが女性の社会進出を促進するロールモデルとして機能しており、これが女性の職場での成功を支えていると言われています。この事例から学べることは明確です。日本も女性が管理職やリーダーシップを担うロールモデルを積極的に育成し、紹介することで、より多くの女性がキャリアのあらゆる段階で前進することを奨励する環境を作り出す必要があります。社内外のサポート体制を強化し、女性がリーダーとして成功する姿を目にすることができれば、多くの女性が管理職への道を歩みやすくなるでしょう。
藤原先生は、研究・イノベーション学会女性エンジニア活性分科会の理事も務めておられます。こちらは、どういった組織なのでしょうか。
研究・イノベーション学会は、イノベーションの創出に向けた企業経営・マネジメントの向上や科学技術・イノベーション関連政策の分析、評価、提言を目的とする学会です。その中に、科学技術・イノベーション政策や国際問題、人材問題などの分科会が設けられており、女性エンジニア活性分科会もその一つに位置付けられています。主に、科学技術において女性エンジニアがその能力を活かし、活き生きと力を発揮できるよう、我が国においても先進国として21世紀にふさわしい環境づくりを推進するための提言活動を行っています。

藤原 綾乃 氏
東北大学
大学院経済学研究科 准教授
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(技術経営戦略学専攻)。東京大学で博士(工学)を取得後、大阪大学大学院国際公共政策研究科・特任助教、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 主任研究官、日本経済大学・准教授を経て現職。専門は、技術経営戦略論、国際経営論。主に技術者・研究者の国際流動化やイノベーション、知識移転を研究しており、著書に『技術流出の構図: エンジニアたちは世界へとどう動いたか』(白桃書房、2016年2月)がある。