「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」との声が高まりつつある。自社はどう判断すれば良いのであろうかと悩んでいる企業は多いのではないだろうか。

経営者や人事の課題は、それだけに留まらない。「従業員が自律性や創造性を発揮できていない」「リーダーシップに優れた社員がいない」「自分のキャリアについてしっかりと考えようともしない」などとさまざまな声が聞こえてくる。

会社としてどう取り組んでいけば良いのであろうか。人と組織との関係性や職場マネジメント、リーダーシップなどの研究を続けてこられた神戸大学大学院の鈴木 竜太教授に解決に向けた指針を尋ねてみた。前編では、人的資本経営が仕組み化するなかでのリスクやジョブ型雇用との向き合い方などを伺った。

01人を大事にする側面が
薄らいでいる

昨今の人事を取り巻くトレンドで何か気になる点がありますか。

私はリーダーシップの研究をしています。最近ですと、○○リーダーシップといったリーダーシップが沢山出て来ています。例えば、オーセンティックリーダーシップ(自分らしさを最大限に発揮するためのリーダーの在り方)であるとか。そういうものが沢山出てきている点は少し気になります。

もう一つは、これはトレンドではありませんが、近年は「管理職になりたがらない」傾向が顕著です。一方では、管理職がすごく忙しいと言う問題も指摘されています。この辺りとも関わりがあるのですが、管理職の方から「自分は何をしたら良いのか」「どのようにリーダーシップを発揮すべきであるか」などと質問されることが多くなっています。

少し勉強されている方だと「今話題の○○リーダーシップってどうなんですか」と聞いて来られます。そういうリーダーシップを否定するつもりはないものの、何でも通用する、それがあれば何でもできる、どんな課題でも解決すると捉える方が多いです。間違っているとは言いませんが、気をつけた方が良いと思います。もっと言えば、それぞれはしっかりしたリーダーシップ概念であるのに、トレンドとなってしまうことには、何か違和感を覚えます。

戦略人事や人的資本経営がバズワード的に取り上げられています。どうご覧になられていますか。

戦略人事も人的資本経営も、人を大事にしなければいけないというメッセージであり、考え方です。私自身がリーダーシップや人のマネジメントを研究していることもあるのですが、その考えに共感するところもあります。単純に業績が上がり株価が上がれば良いわけではなくて、人を大事にしていく、人を中心に置くような経営が大事だというのは、これは正しいとか正しくないではなくて、そういうものが良いと思っています。

ただ、実際には戦略人事や人的資本経営が仕組み化、あるいは制度化していく中でそういう良さが失われてしまっている気がします。人を大事にするという側面よりも、今それをしないといけないからやるみたいなことや戦略に沿ってやっていくしかないという形で、「能力が足りないない人はリスキリングしてください」とか、まるで人間をおカネと同じようなものにしてしまっている側面もなくはないので、それは少し危惧しています。

人をカネやモノと同様に扱う流れになっているのではということですね。

人を大事にすることを経営の中心に据えた方が良いという考えはすごく賛同します。ただ、それを実行したり、考えていく中で高齢者や女性などと、人を一つのかたまりとして捉えたり、括ってしまっているところがあります。そうなった瞬間に、人がリソースではあるもののモノとかカネみたいな感じになってしまいがちなところがあります。致し方ないことであるかもしれませんが、マクロに捉える場合には少し気持ち悪いと言うか違和感があります。

日本企業は元々、人を大事にして来たのか、それとも大事にしてこなかったのか。鈴木先生はどうお考えですか。

どちらもあり得ると思います。私は高度成長期にはまだ研究は始めていませんので、あくまでも見聞きしている範囲で言いますと、当時の日本は拡大傾向にある中で、人材のやりくりがとても上手であったというのが私の印象です。少ない中でどんどん新しい事業を進めていかないといけない。少ないリソースを上手にやりくりすると言う意味では、「人のポテンシャルをどう活かすか」「この人はこちらの仕事が良いのでは」みたいな形で、すごく現場の人たちを見て、人事をしていたと言えるだけに人を大事にしていたと見ることができます。

一方で、今となっては結構無茶なことも多々ありました。例えば、全く米国の駐在経験がない人に、現地の社長を頼んだりしていたわけですから。そういう意味ではかなり乱暴な感じもします。あまりのプレッシャーで潰れてしまった人も数多くいたように思います。どちらの側面もあるとは言え、少ない資源をどうやって有効に活用するかに関しては、すごく知恵を絞っていたと言うのが私の見方です。

結果として、それが使い捨てではないですが、まずい方向に出たり、無茶をさせる、無理をさせることもあったでしょう。逆に、それによって成長した人もいると思います。いずれにせよ基本的には、その人のことをしっかりと見ていたという気がします。もちろん、その根本には「家族を含めてこの会社で働いてくれ」みたいなところがあったのだと思います。特に大企業に関して言えばです。

02人的資本の情報開示
ありきの姿勢は疑問

上場企業では人的資本の情報開示が義務化されました。こうした動きは企業価値の向上につながり得るものなのでしょうか。

日本企業に対する見方で言うと、やはり人を大事にすることが大切であると思っています。そういう意味だと、企業価値は高まるはずですし、良い行いをしていると言った方向で進んでいくことでしょう。一方で、やはり今話題の知的資産経営(自社独自の知的資産を認識し、それらを有効に組み合わせて活用し収益に繋げていく経営)のようになってくると、人の能力を高めない限りはなかなか新しい事業で成功するのは難しくなってきています。そういう意味では、大事になります。

さらに、人材獲得と言う側面では、やはり開示された人的資本情報が企業価値になるので、私は依然として人の価値が企業価値にかなり直結すると思っています。もし情報開示が、良い方向に行き評価されることがあれば、企業価値が向上することになるのではと思います。

ただ、先ほどから申し上げているように、形だけという企業もあるかもしれません。一応、外部からは情報開示上、数字としてそれなりに示されているけれど、中はつじつま合わせのような感じでやっているみたいなケースも起こり得ます。そうなってくると本末転倒になってしまいます。だから、その意味では、情報開示そのものが本当に企業価値の向上に繋がるかどうかは、疑問だと言う部分もあります。

情報開示ありきみたいな進め方になってはいけないと言うことですか。

そういうことです。数字を作ってしまうみたいなところですかね。

03ジョブ型雇用が自社に
合うかどうかを検討すべき

ジョブ型雇用に関してはどのような見解をお持ちですか。

煮え切らない回答で恐縮ですが、自社に合うかどうかを考えないといけません。ジョブ型雇用にしろ、メンバーシップ型雇用にしろ、さらにその先にあるものにしろ、やり方は多様です。なので、自分たちに合うように作っていかないといけないのです。それゆえ単純に二つには分けられません。しっかりと考えられるかどうかがすごく大事だと思います。ただ単に、「ジョブ型雇用を取り入れたらきっと上手くいく」みたいな感じになってしまうのは、まずい気がします。

鈴木先生のところにも、「ジョブ型雇用を考えた方が良いですか」というご相談が多数寄せられているのではありませんか。

それは良くあります。企業経営者や人事の方に度々聞かれます。「ジョブ型雇用にしたら色々な課題が解決しますか」「ジョブ型雇用に切り替えれば上手くいくと思うのですがどうですか」などと仰る方が多いです。

その際に先生はどんなアドバイスをされるのですか。

ジョブ型雇用は、ジョブの規定の仕方をどう考えるのかがすごく難しい感じがします。以前、コンピテンシーモデル(ハイパフォーマ―の行動特性を集約し、理想の社員像を作成すること)と言った形でそれぞれのジョブに必要な能力リストを作り、規定しようする試みがありました。しかし、細かくなりすぎ、なかなか実践的には難しくて上手くいきませんでした。

後は、大きい会社の場合は社内で人材を見つけてこられるかもしれませんが、流動性を前提としている会社だとジョブ型雇用が上手くワークするかは疑問です。というのは、最適なマッチングが本当にできるのかと言うことです。企業の中でジョブ型雇用をやりくりするにせよ、外部労働市場を使いながらジョブ型雇用で回していくにせよ、「この仕事でこういう人が必要」と言った時に見つかることも十分あると思いますが、反対に内側にいる従業員からするとミスマッチが起こってしまった時にどうなってしまうのかを危惧してしまいます。いつも必ず、パズルのように綺麗にピタッと当てはまるのかは疑問です。

数年後、日本にジョブ型雇用が定着するのかしないのか、鈴木先生はどう予想されますか。

今後ジョブ型雇用の企業が増えていくのは間違いないと思います。ただし、全ての企業がジョブ型雇用へとシフトすることはないと言えます。逆に、「うちの会社はメンバーシップ型雇用でしっかりやっていくんだ」と立ち位置を決める企業も出てくると思います。

単純に割り切れるわけではなさそうですね。

全くそう思います。それぞれが考えなければいけないと思います。現状は、「何となくジョブ型雇用が良さそうだ」という印象が先行しています。どうやら、メンバーシップ型雇用の問題が結構出ており、ジョブ型雇用に移行するとそれが解決できると考えている企業が多いようですが、ジョブ型雇用も欠点がないわけではありません。

とはいえ「ならば、折衷でいこう」みたいな考えになると良さも減ってしまいます。自社の組織形態や企業環境とどう合うかと言うこともありますからね。そこで色々と工夫をしていくことになると思います。

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04従業員に対する
ポリシーが問われている

実際に、メンバーシップ型雇用かジョブ型雇用かを判断する際には何を基準にしたら良いのでしょうか。

シンプルに答えると会社と従業員との関係、あるいは従業員そのものをどういうポリシーで見ていますかという点になると思います。それによって、だいぶ違ってきます。一人の従業員を受け入れて、成長や育成をサポートしながら家族的な付き合いをしていきたいのであれば、まさしくメンバーシップ型雇用の考え方が向いていると思います。

もう少し企業環境を含めて柔軟に人の流動性を動かしながら、あるいは場合によったら、その人がやりたいことをやってもらう、必要な能力を身に付けてもらう、言い換えれば自立的な関係ですよね。そういうことを考えているのであれば、ジョブ型雇用が良いと思います。その意味では、社長にとって従業員がどういう存在であるかに依存する気がします。

今まで日本企業はそのあたりを曖昧にしてきました。もう、昔は当たり前的に家族経営みたいな感じがありましたから。今もまだ残っていますがね。一方で「自律的にキャリアを考えてくれ」と言いながら、「メンバーシップ型のように色々な仕事をやってほしい」とリクエストしたり、あるいはスキルマップ(従業員の能力やスキルを数字で表して見える化した評価)を開示して「あとは、自分でやってください」と言ったりしているケースも見聞きします。

会社は従業員のことをどうしたいと思っているのか、どう付き合っていこうと考えているのか。その辺りのメッセージが従来はあまりなかったと思います。もしこのタイミングで、メンバーシップ型雇用のままで行くか、ジョブ型雇用にシフトするのかを検討するのであれば、自分たちが従業員との関係をどう考えているのかというポリシーを明確にしないといけない気がします。それを曖昧なままにして、どっちつかずでただ何となくツールとしてジョブ型雇用にしてみようだと、上手くいかないのではないかと思います。

それでも、日本企業は曖昧なままにして「何となくまあ良いか」みたいな感じで進むこともあったりするのですがね。

社員との関係性がどうあるべきなのか、どうしたいのかを経営者や人事が考えること。流行っているからという軽いノリだと絶対に失敗してしまうということですね。

そうです。ジョブ型雇用は決して魔法の杖ではないということです。


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鈴木 竜太

神戸大学大学院経営学研究科
経営学専攻 教授

1994年に神戸大学経営学部卒業後、神戸大学大学院博士前期課程を修了し、静岡県立大学経営情報学部助手。1999年神戸大学大学院博士後期課程修了後、静岡県立大学経営情報学部専任講師、神戸大学大学院経営学研究科助教授を経て2013年より現職。専門分野は経営組織論、組織行動論、経営管理論。著書に『組織と個人』(2002)、『自律する組織人』(2007)、『関わりあう職場のマネジメント』(2013)などがある。

【お役立ち資料】
『ジョブ型人事制度設計のためのフレームワークとは』
下の画像をクリックすると、ダウンロードページへ移動します。ジョブ型人事制度 設計 フレームワーク

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