「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」との声が高まりつつある。自社はどう判断すれば良いのであろうかと悩んでいる企業は多いのではないだろうか。

経営者や人事の課題は、それだけに留まらない。「従業員が自律性や創造性を発揮できていない」「リーダーシップに優れた社員がいない」「自分のキャリアについてしっかりと考えようともしない」などとさまざまな声が聞こえてくる。

会社としてどう取り組んでいけば良いのであろうか。人と組織との関係性や職場マネジメント、リーダーシップなどの研究を続けてこられた神戸大学大学院の鈴木 竜太教授に解決に向けた指針を尋ねてみた。後編では、リーダーシップの身に付け方や自律性、創造性ある職場づくりへのヒントなどを伺った。(前編はこちら another-window-icon

01この20年、
革新的なリーダーシップ論
が出ていない

鈴木先生がリーダーシップの研究に取り組まれた経緯をお聞かせいただけますか。

説明が難しいですね。あまり明確な理由はないんですよ。研究として面白そうだったからというのが一番大きいです。沢山の研究が出ていて、「そういう風に考える人がいるのか」とか「そうした研究があるのか」と気づけたり、最前線の研究論文を読んでいたりした時に「これは面白いな」と思えることが多々ありました。

実は、私は失敗の研究もあわせてしています。その中の一つとなるのですが、KPI(重要業績評価指標)を含めて数字による業績管理が企業や大学などで随分流行りました。結果的に、数字が1人歩きをしたと言うんですかね。プロセスよりも結果を重視するようなマネジメントが多くなりました。私はそれがもたらす問題をずっと考えていたのです。

その時に、「最終結果への意識」という概念と出会いました。これは最終結果をどれだけ強調するかということなのです。強調しがちなリーダーのもとでは不正が起きやすいのです。「プロセスは何でも良い」と考えるので、「とにかく結果さえ出せば」みたいなことになってしまうからです。その流れでリーダーシップの研究をするうちに、どんどん面白さに嵌っていきました。

それともう一つ、敢えて言えば今日本ではリーダーシップ全体を俯瞰的に理解し、社会に発信している研究者が驚くほど少ないんです。とても大事であり、皆が好きな理論なのですがね。そういう意味で言うと結構教科書も出てはいるのですが、紹介されている理論としては2000年ぐらいで止まっている気がします。確かに、それ以降は革新的なリーダーシップ論は出ていません。新たなページが開かれていないのです。それ自体を批判する学者もいるほどです。「旧来の延長戦上で研究をしているだけではないか」と。もちろん、何とかリーダーシップと言うのは、ハーバードビジネスレビューなどでも載っていたりしています。書籍も数多く発売されてはいるのですがね。ただ確実にリーダーシップ論の知見は蓄積されています。

こうしたことを踏まえて、この20年ぐらいのリーダーシップ研究の成果をしっかりと紹介しないといけないと思いました。大事な理論、研究領域ですから。そうした理由が幾つかあって、リーダーシップの研究に着手しました。

02リーダーには
フォロワーと向き合える
時間が大切

経営者や人事は、「社員にリーダーシップを身に付けてもらいたい」と考えています。何から着手したら良いとお考えですか。

ぜひ、神戸大学のビジネススクールに来て学んでほしいですね。まあ、それは置いておきますが、幾つか挙げられます。

まずは、個人がリーダーシップを身に付けるためにどうすれば良いかから説明します。良く言われるのは経験をした上で内省することです。それは十分あると思っています。一方で私自身がすごく大事だと位置付けているのは、リーダーの想像力です。自分が、こういうことをしたらフォロワーはどう感じて、どういうふうに動くのだろうかといったことに対する豊かな想像力がないと、リーダーシップをなかなか発揮できないと思います。そういうことを考えるためにも経験は大切です。「なるほど、こうするとこうなるのか」と学べますから。それって、究極的に言えば人間、あるいは人間集団の理解と考えることもできます。リーダーシップに関する本を読んだり、人と接する、話をする、映画を見ることも、日々考えることもそうかもしれません。そうしたところから想像力を付けることはすごく大事だと考えています。戦略などを考えることも含め、リーダーは知的な想像者である必要があると思います。

このことを踏まえて、経営者や人事部向けに言うと、部下のことを考える時間や部下と向き合う時間を現場が作れるような環境にすることが重要です。そうでないとリーダーシップを発揮しようがないと思いますね。実は、リーダーシップの一つの考え方として、すごく極端に言うと、どんなことをしようが関係なくて、リーダーがメンバーとの信頼関係さえ構築できていたら、皆が付いてくると指摘されています。そういう意味で言うと、大事なことは何をするかと言うよりは、良い関係をいかに作るかになってくるかもしれません。

しかし、実際にはリーダーにはそれを作る時間が十分になかったりします。多少は自分の考えがあったとしても、きちんと伝えることができず、メールでパパッと指示しか出せなかったりします。あるいは、部下が20人もいて全員と密にコミュニケーションができなかったりしています。フォロワーとの関係性をきちんと築けるような時間を組織が確保しないといけません。要は、向き合う時間を作ることです。

03コロナ禍は人と人との
関わりを変える
大きな契機となった

コロナ禍を経て、職場での人と人との関わりは変わってきているのでしょうか。

これも難しくて、変わったと言えば変わった感じもするのですが、これまでの流れの延長線上でもあります。働き方改革やワーク・ライフ・バランスは、コロナ禍前から言われていました。さらに、労働時間の問題や女性活躍の話も育児、介護をどうするかもです。それらがずっと続いていて、その延長線でコロナ禍となり、一気に本当に変わったということです。そういう意味では、変わったと言えますけれど、初めて変わったと言うわけでもありません。ただ大きな契機であったことは間違いないと思います。

私が見る中で典型的なのはリモートワークを含めた働き方の柔軟性です。基本的には誰もがそういう気持ちは持っていたし、「あったらいいな」と思っていたのではないでしょうか。ただ、「そんなことは実現しないだろう」と多くの人は思っていたはずです。でも、それができてしまった。もう一気にパンドラの箱を開けたように沢山のことが出て来て、「実は俺もそう思っていたんだ」「その方が働きやすいよね」となっていったわけです。そういう意味で言うと、皆が思っていた人と人との関わり方についてのモヤモヤしたものがバーンと開いたという気がします。

それを変わったと言えば変わったと見ることもできますが、本質的に会社に対する人の考え方が変わったのかと言うと、そこまでは行かないと思います。今でも、「人と会うのが大事だ」と言う人はいますし、「許されるのであれば一人で仕事をしたい」という人もいます。人との関わりに関する考え方がガラッと変わったという人は少ないのではないかと思います。ただ、有り方にバラエティーができてきて、「働き方について思っていることを言っても良い」となれば、皆が言うようになります。むしろ、考えざるを得なくなる気がします。

アフターコロナとなった今、企業は再び出社を促しています。今後、職場での人と人との関わりはどう変わっていくのでしょうか。

私の見立てでは、企業のスタンス次第だと思います。健全にいけば、多様化していくはずです。色々な会社が出てくると言うことです。もちろん、中にはなあなあという感じで進める会社もあるかもしれませんが、はっきりと舵取りをする会社が出てくるのではないでしょうか。「うちは、皆で会って仕事をするんだ」と考えるのか、「全員バラバラでやろうよ。必要に応じてWebで話し合えば十分なのでは」と判断するかは、それぞれの会社で決めれば良いのです。私の学生もそのスタンスを見極めて、「どの会社に行こうか」と決める気がします。

04自律性、創造性ある
職場づくりは
試行錯誤の段階

企業価値の向上に向け、社員はより自律性や創造性を発揮していくべきだという指摘があります。どうお感じになられますか。

基本的にはアグリーです。その通りだと思います。個人の創造性、その人が新たな価値を生むことが大事だという気がします。それぞれの人が自律的に、あるいは創造的に仕事をやっていくことが、当然今の世の中では重要だと思います。ただ、そうではない仕事もたくさんあるのも事実です。

日本企業は自立性や創造性を発揮しやすい職場を作れているのでしょうか。

これは私の観察や、あるいはさまざまな声を聞いている範囲での話ですが、なかなかそうはなっていない気がします。多くの企業は試行錯誤をしています。「もっと自律的、自主的になってほしい」「もっと自分で考えて行動してほしい」などと従業員にリクエストしていますけれど、それがなかなかうまくいってないのが実態です。現場がそうなっていないと言うのは問題だと思いますね。

それはどこに原因があるのですか。

色々あると思います。一つは、マネジメントの中で企業が相反することを従業員にリクエストしています。まるで、アクセルとブレーキを両方同時に踏んでいる感じです。

典型的にはコンプライアンスの問題です。企業は「コンプライアンスを守ってくれ」「下手なことをしてくれるな」と何かにつけて言います。さらには、「ルールに則ってやるように」とさまざまな業務規定ができていたり、色々なチェックリストがあったりして、常に監視されているような感じです。真面目な人であれば、それがもたらす大きな損害がわかるので、やはり怖くてリスクを取れません。

一方で「決められたことだけでなく、思い切ってやってもらいたい」「皆、怖がらずにやれ」みたいなことも言ってくる。企業からすると、「やってはいけないことはやらないでほしい」「やって良いことをどんどんやってもらいたい」という話なのですが、現場レベルではかなり重なってしまっています。「ならば、やらない方が良い」となりがちです。これではなかなか上手くいきません。

もう一つは、仕事のルーティン化、フォーマット化、マニュアル化がかなり進んでいることです。これも色々な理由があると思います。新人教育などを行うにしても、そうしたものが用意されたいた方が良いということなのでしょう。あるいは、忙しいがゆえに自分たちなりのやり方を構築してしまっているのかもしれません。仕事の進め方がきっちりと決められていて、それをこなすので精一杯。マニュアルをきちんと理解していないととてもできない。「こちらのやり方が良いのでは」と考える余裕もなかったりします。そういう意味で言うと、自由度を発揮する場があまりないのです。裏を返せば、業務がマニュアル化、ルーティン化できていて、それを落とし込むことによって生産性を上げたり、あるいは属人化しないようになっているので、自律性が発揮しにくいのかもしれません。

自律性や創造性をもっと発揮しやすい職場を作っていくためには、何から取り組むべきであるとお考えですか。

一つ目は、仕事がパンパンになっていないかどうかです。パンパンになっていたら、当たり前ですが、これまでのやり方でやるのが一番早いんです。たとえ、無駄があったとしてもです。だから、そこで工夫する余地がありません。時間的な余裕もないですから。今までのやり方を踏襲していれば、確実に一定の時間で一定の成果が出ます。ならば、そちらを選択してしまいます。計算できますからね。工夫して何かを変えていこうとは思わないですよ。

二つ目は、リスクを取ってでもチャレンジすることを賞賛する企業文化を醸成することです。それは上司の態度かもしれませんし、会社の姿なのかもしれませんが、それを皆で共有できるかということです。例えば、公務員に創造性が生まれにくい大きな要因は減点主義があるからです。何かをやって成功するよりも失敗した時の減点の方が遥かに大きいだけでなく、何もやらなくてもそれほど評価が変わらなかったりします。ならば、「余計なことはしない」「手堅くやっておこう」と誰でも考えてしまいます。

05キャリアや人生を
考える大切さを伝えたい

鈴木先生は、2023年4月に『1からのキャリア・マネジメント』(碩学舎)を編著されました。どのような問題意識を読者と共有されたかったのですか。

キャリア論は人生に近い話なので、色々な考え方があります。ただ、学生と接するとキャリア教育や採用もそうですが、「あなたは将来何になりたいですか」「あなたの目標は何ですか」みたいな到達目標やありたい姿を決めて、「そこに向かうためにあなたは何をしますか」みたいな感じで考えるのが普通になっています。

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『1からのキャリア・マネジメント』(碩学舎)
詳細はこちら  another-window-icon

企業側も就職活動の中でそうリクエストしてきますし、学生もそれを思い描けないと就活が上手くいかないと考えています。それがすっとできる学生もいますが、見つからない学生も数多くいます。それですごく悩んでしまうわけです。「自分にはそういうものがない」「見つけなくてはいけない」と焦ってしまいます。でも、そんなものを別に今すぐ見つけ、決めなくても良いのです。長い人生の中で変わっていけば良いし、いつか見つかっても良いし、見つからなくても十分良いのではと思っています。もちろん、見つかることはそれはそれで幸せです。実際には、「見つからない」と言って悩む真面目な人が多いんですよ。「見つからない自分は駄目な人間なのでは」と捉えてしまいがちです。

本質的には、キャリアを考える、仕事や人生を考えるというのはすごく楽しい話なのです。未来への希望ですから。であるのに、考えるのが嫌と言うか、悩ましいと言うか、憂鬱になり、下手をすると自由にキャリアを考えられなくなってしまったりします。それで、キャリアマネジメントを色々な角度から解き明かして、プレッシャーから少しでも解放してあげたいと思ったのです。

06人事のポリシーを
考えることで他社との違い
を打ち出せる

最後に、本コンテンツのメイン読者である中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いします。

中小・中堅企業には、人事のポリシーや人材についてどう考えるか、あるいは実際にどういうふうにマネジメントしていくのかが今突きつけられていると思います。人材の獲得に向けても、そこを考えないとなかなか良い人材を採用できなく、せっかく迎え入れても人材を上手く活用できなくなってしまいます。なので、考えざるを得ない、すごく難しい課題だと思います。でも、中にはしっかりと考え、色々工夫をしたり知恵を絞ったりすることによって成果を導いている企業もあります。もちろん、すごく大変ではあると思います。しかし、別の言い方をすれば、今ここで考えることで、上手くいけば他社との違いを明確にすることができます。それで、人材が集まってくることも十分にあり得るので、ぜひ考えていただきたいです。

鈴木先生、貴重なお話をありがとうございました。



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鈴木 竜太

神戸大学大学院経営学研究科
経営学専攻 教授

1994年に神戸大学経営学部卒業後、神戸大学大学院博士前期課程を修了し、静岡県立大学経営情報学部助手。1999年神戸大学大学院博士後期課程修了後、静岡県立大学経営情報学部専任講師、神戸大学大学院経営学研究科助教授を経て2013年より現職。専門分野は経営組織論、組織行動論、経営管理論。著書に『組織と個人』(2002)、『自律する組織人』(2007)、『関わりあう職場のマネジメント』(2013)などがある。

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