労働力人口の減少や高齢化が加速する日本社会。地方では、さらに人口流出も加わるなど事態はより深刻だ。もはや、旧態依然のビジネスモデルや組織形態では生き残ることはできなくなっている。そうした局面に地域企業の経営者はどう立ち向かっていけば良いのか。

限られた「ヒト」という資本を有効に活用したイノベ―ティブな経営・事業を展開し、地域経済に貢献していくことを期待される。それを実現していくには、「経営者自らが学ぶ姿勢を持たなければいけない」と指摘するのが、東北大学大学院経済学研究科 教授の藤本 雅彦氏だ。事業革新(イノベーション)が新たな雇用機会を創出し、光輝く地域社会を創造していくと信じ、精力的に支援活動を行っている。インタビューの前編では、人的資本経営やジョブ型雇用に対する見解、向き合い方などを聞いた。

01用語は変遷すれど、
日本企業は基本的に
変わっていない

人的資本経営がバズワード的に取り上げられています。どうご覧になられていますか。

「人的資本経営」の重要性を指摘された一橋大学の伊藤邦雄・名誉教授は会計学の先生で、会計的な視点から言及されたように思いますが、そこに経済産業省や金融庁が乗ったという感じで見ています。ですが、基本的には日本企業は半世紀前からあまり変わっていない気がします。

遡ると1980年代後半、当時一橋大学にいらした伊丹敬之先生が「人本主義経営」を唱えました。その頃注目されていた日本的経営が、特殊なのか普遍性があるのかみたいな議論があったわけです。それに対して「日本でしかできない特殊な経営ではなくて、ある程度普遍性があるのではないか」といった話の延長線上に伊丹先生が提唱されたのが「人本主義経営」であったと思っています。

これは、戦後の日本における経済成長の背景には、従来型の特にアングロサクソン系が中心となっている資本主義の企業概念である株主主権(会社は株主の利益を第一の目的とするとの考え)ではなく、「従業員主権」(従業員が企業の主権者であるとの考え)という考え方があるとする主張です。

基本的に従業員主権なので簡単に人をレイオフ(一時解雇)したりしません。当時の代表的な経営者である松下幸之助氏に言わせると、ダム式経営(経営資源にもダムのようなゆとりが必要だとの考え)ですよ。それが、戦略論で言うとRBV(リソース・ベースト・ビュー:経営資源を重視する考え方)やコア・コンピタンス経営(自社ならではのコア・コンピタンス=中核となる企業力を強化していく経営スタイル)へと続いてきているわけです。

そんな流れがある中で最近バズワード的に人的資本経営と言われているのは、どちらかというと会計学の世界から注目が集まったと捉えています。例えば、株式の時価総額の市場価値を見たときに、有形資産よりも無形資産の割合が圧倒的に多くなっています。そうすると、その無形資産のうちの大半が知的資本(労働以外の生産要素)やその中の人的資本というところで説明をするようになってきたのが背景だと思います。

欧米で見ると90年代の終わりぐらいから、人的資本経営みたいな話が出ています。しかも、人的資本経営で開示されている離職率やダイバーシティのリストなども含めて、既に当時から積極的に開示しようという動きがありました。それが最近日本にも広がり、「開示をすべきだ」と言い出しているわけです。

ただ、現状を見る限りでは開示されている内容は乏しく、正確に人的資本経営を表わすような、評価できるレベルにはなっていません。まだスタートしたばかりだから致し方ない。そんな感じがします。

02経営学の立場からすると、
人的資本経営は
今更感が強い

人的資本経営について経営学の先生にお伺いすると、「今更感が強い」というコメントが多いです。

そうですね。会計学の視点から見ると「それはそうだろうな」というわけですが、経営学の研究者からすると、「何を今更言っているのか」という感じですね。人本主義経営が基本的には日本的だと言われていた頃もあったわけですから。ただ、当時は財務的な市場価値における無形資産を開示するとかは、言っていないですよね。経営学において日米の対比がされていた話が続いてきて、それが財務会計の世界に最近及んできた。そこの違いではないかという気がしています。

人的資本経営と戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management;SHRM)は、どう違うのでしょうか。

日本でSHRMが議論されたのは、90年代に入ってからです。80年代までの日本的経営は明確な戦略がないままに、職能資格制度の延長線でも業績が上がっていましたからね。あまり戦略そのものを意識しなくても、80年代までの工業化社会においては既存製品の品質とコストで勝負できていたのではないかと思います。それが90年代になってきて、戦略をかなり意識するとともに戦略と人事を結び付けようという動きが戦略的人的資源管理(人的資源管理を競争優位の資源として注目する論考)という考え方になりました。2000年代に入ると、それが今度はタレント・マネジメントへと変わっていきました。

きっかけは、2000年に実施された大手コンサルティングファームであるマッキンゼーの「ウォー・フォー・タレント調査」です。タレントを巡る争奪戦が激しさを増しており、その辺りからGAFA(グーグル/Google、アマゾン/Amazon、フェイスブック/Facebook、アップル/Appleなど4社の総称)が段々と注目されて来るわけです。そのタレント・マネジメントの延長線上に今度は知的資本や人的資本という言葉にとって代わってきましたが、基本的にはあまり変わっていないのではないかと私は思ってしまいます。

03日本でジョブ型が
フィットするのは
管理職クラス

ジョブ型雇用に関してはどのような見解をお持ちですか。

日本でジョブ型が結構フィットしていて、導入率も高いのは大手企業の管理職クラスです。どちらかと言うと一般社員については、職能資格制度を中心とするメンバーシップ型が大半を占めるのではないかと思っています。とりわけ大手企業では管理職あたりからジョブ型に移行していくパターンがマジョリティー(多数派)だと感じています。ただ、ジョブ型をどう定義して、どこまで厳格にジョブ型だと呼ぶのかは非常に難しいです。成果主義もどこまでが成果主義なのか、研究者の中では曖昧でディスカッションになかなかなりませんでした。

厳格なジョブ型となると、Job Description(職務記述書)を作成する職務給が基本ですよ。完全な職務給は、職務内容に従って給与が決まりますから、そこに新しい業務を追加する度に昇給交渉をすることになるわけです。

厳格な運用になるとそこまでになります。昔IBMは90年代に大リストラを行ったときに3分に1回以上のペースでJob Descriptionを書き換えたという話があります。そのぐらいの覚悟が必要でしたし、コストも掛かったわけです。

日本企業も50年代後半にジョブ型の職務給を入れようとしましたが頓挫しました。そこから職能資格制度に移ってきた経緯もあって、なかなか正社員の長期雇用という枠組みを持つ中で完全なジョブ型を導入するのは難しいだろうと思います。特に大手企業はまだ新卒中心で人材育成を前提としていますから、切り替えることがなかなかできないですよね。そうすると職能資格制度の方がやはりフィットすると思っています。

ですから、厳密にジョブ型を一般社員にまで広げることは難しいでしょう。新卒社員でも初任給がポジションによって違うのは、欧米では当たり前です。ただ、日本企業で総合職ならほとんど一律で初任給は幾らと決まっています。最近になってようやく一部の会社が、職種別の採用を始めて、初任給が違うケースも出てきましたけれど、それほど一般的にはなっていない気がします。あくまでも、一般社員についてですが…。ただ管理職になると、さすがにそうは言っても、同じ支店長クラスで、例えば稚内支店長と新宿支店長は明らかにジョブの重さが違ってきます。管理職については結構金額も大きいので差をつけて、働きぶりや仕事に応じた処置にしていこうという動きは会社として比較的やりやすいですね。

専門性の高い職種でもジョブ型雇用はあると考えても良いですか。

専門性が高いと言ってでも、かなり限られた職種ですよ。長期雇用慣行を前提とするならば、正社員のキャリアラダー(キャリアアップを目指すためのキャリア開発プラン)を会社が用意できて「そこで生きていく」という人たちならジョブ型はあり得ると思います。その職種でキャリアラダーを作るかどうかですよね。

地方企業では、ジョブ型雇用をどう捉えていると感じておられますか。

地方企業はほとんど中小企業ですが、ジョブ型雇用は企業規模にかなり左右されてしまうでしょうね。中小企業でのジョブ型雇用は厳しいです。ジョブ型を入れると人事異動をやろうと思っても窮屈になりますから。多能工化のウェートが高くなると、どうしてもジョブ型は難しいものです。仙台では、今のところ唯一導入しているのは、大手の地方銀行ぐらいです。そこは、従業員数が2000人以上で、金融機関は仕事の内容も明確ですからね。

実際、藤本先生のもとにジョブ型雇用の導入に向けた相談が来ていますか。

いやあ、中小企業の正社員に関しては、はほとんどないですね。

04日本では、曖昧な
ハイブリッド型の雇用を
良しとしがち

ジョブ型雇用は今後、日本企業に広がっていくとお考えですか。

一般の正社員はメンバーシップ型が多いのに対して、非正規の人たちは大半がジョブ型雇用ですよね。もう今や全従業員の3分の1以上は非正規ですから、かなりの人数になります。彼ら・彼女たちに対しては、基本的にはジョブ型雇用です。最初から雇用契約書で仕事内容とその報酬が決まっています。だから、そういう意味では、全体で見ると非正規の人たちは元々日本企業ではジョブ型なのです。ただし、ジョブ型に職能資格の要素が一部バンドルされているというケースも少なくないと思います。

ハイブリッド型が今後も定着していくということですね。

あるでしょうね。非正規の人たちは完全なジョブ型かいうとそうでもなくて、ジョブ型での雇用にもかかわらず、毎年、時給がアップするようにメンバーシップ型の職能資格制度的な習熟昇給が入ってくるわけです。なので、厳格なジョブ型とは呼ぶことはできません。そういう意味では、厳格なジョブ型と厳格なメンバーシップ型の中間線のスペクトラム(連続体・分布範囲)の中でどこかに入っているわけです。

つまり、非正規だとジョブ型に近くて、一般の正社員はメンバーシップ型に近いところにいるということです。日本企業は、そういう曖昧なところを良しとしていますよね。

メンバーシップ型かジョブ型の二者択一だと短絡的に判断してはいけない。曖昧さも含めて、何が自社に合うかを考える必要があるわけですね。

厳格なメンバーシップ型でも、厳格なジョブ型でもなくて、ジョブ型寄りとかメンバーシップ型寄りもあるということです。例えば昔の組織論では組織の構造に関して、事業部制や職能制などについて良く議論しました。欧米だと事業部制と職能制ははっきりわかれるのですが、日本企業は事業部制を採用していても職能制に近いこともあったりします。要は明確でないということです。それと同じように、上手く新しい考え方を取り入れながら、完全にどちらかに振り切ることのない制度の仕組みを運用できるのが、日本人の特徴なのかもしれません。

05メンバーシップ型から
ジョブ型への移行は
段階的に

「自社にはどのような仕組みが合うのか」を考えるに当たって、何をポイントにしたら良いのでしょうか。

既にメンバーシップ型を入れているのであれば、どこに問題があって、どういうふうに変えなければいけないのかを考える必要があります。現在の会社の給与や処遇に対して何が問題なのかというところから、必要に応じてジョブ型に寄せていくことも考えられます。

既にジョブ型を導入している地元の大手地方銀行はもともと職能資格制でした。それだと、どうしても問題があったわけです。そこで色々変えていったところ、結果的にジョブ型に近い雇用制度になったという話です。だから、スパンと一気に解決するような方程式があるとは思えません。雇用環境がどうなのか、その会社の規模だけでなく職種や仕事の内容や企業文化も絡んでくると思います。

色々な変数が絡んでくるわけですね。実際のところ、ジョブ型雇用を導入することによって何かマネジメントに影響があり得るものでしょうか。

どこまでジョブ型を厳格に行うかによって変わってきます。厳格なジョブ型にしてしまうと報酬と結びついた職種や職能を変えるような人事異動がなかなかできなくなります。だからそこは、どこまでバッファを持ってやるかっていうことです。「もうそういうものだ」と割り切ってやればできることもあるでしょう。そういう意味で良いとこ取りをするので、曖昧なメンバーシップ型あるいは曖昧なジョブ型になりがちです。

従来は一般の正社員であっても、職務手当などがありますからね。その職務手当で、職種や職務内容に応じて少し大きな差をつけていたのですが、それではやはりダメだと言う会社は、ジョブ型に寄っていくことになるでしょう。

制度に曖昧さがある方が、日本人にはフィットするというのは面白い話です。

一番問題なのは、管理職手当です。例えば稚内支店長と新宿支店長の支店長手当てが全く同じだとしたら納得がいかないでしょう。そこは、職責に違いがはっきり出てくるので、職務手当というか職種手当は取り払い、基本給そのものを変えていく必要があると思います。ただ、一般社員でいくとそんなには変わらないということです。

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藤本 雅彦

東北大学大学院
経済学研究科 教授

東北大学 総長特別補佐、大学院経済学研究科 教授、地域イノベーション研究センター長 北海道大学 客員教授
1959年、北海道生まれ。1983年、東北大学教育学部卒業。1999年、東北大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士[経済学])。株式会社リクルートおよび関連会社、IT企業などを経て、2004年、東北大学大学院経済学研究科助教授。2007年、同教授。2011年度より経済学研究科地域イノベーション研究センター長を兼務。著書に『若手社員を一人前に育てる』『人事管理の戦略的再構築』『ケースに学ぶ経営学 第3版』(共著)『経営学の基本視座』(編著)などがある。

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