>「量の成長」から「質の成長」へ――現場主義の経営戦略論で読み解く、中堅・中小企業の未来(後編)
事業経営の失敗、中小企業診断士の取得、社会人大学院での学びを経て、経営戦略論の研究者となった九州情報大学教授・井上善海氏。その歩みを貫くのは、研究室にとどまらず企業の現場に足を運び、実務と理論を往復する「現場主義」である。AIやDXなど最先端の情報技術を経営に応用する「経営情報」の考え方から、事業承継、人材採用、M&Aまで、井上氏は中堅・中小企業が直面する課題を独自の視点で捉える。企業の成長とは規模を拡大することだけではない。「量」ではなく「質」を高め、自社に適した規模と仕組みを築くことこそ、持続的な企業経営につながる――。豊富な実務経験と研究、教育の実践から導き出された、これからの中堅・中小企業経営への提言を聞いた。後編では、中堅・中小企業を巡る様々な課題にどう向き合っていくべきかを井上氏に語ってもらった。
【後編のエッセンス】
井上氏は中小企業の事業承継について、後継者育成以前に「譲る側」の経営者自身が引退時期を定め、5年前から計画的に準備・組織化する重要性を提唱する。またM&Aの拙速な判断を警戒し、時間を掛けた相互理解やホールディングス化による社員承継を推奨。人手不足に対しては外国人材の定着支援や、新発想を生む異業種人材の採用を提示する。企業の真の成長とは「量(規模)」の拡大や膨張ではなく「質」の向上であり、自社に適した規模を守り利益率や社員還元を高める経営こそが、中堅・中小企業が歩むべき本質的な道筋であると締めくくっている。
【後編のキーメッセージ】
①事業承継のカギを握る「譲る側」の意識改革。経営者自身が引退時期を明確に定め、5年前から組織化や並走の準備を進めることが、後継者不在による廃業を防ぐ要となる。
②時間を掛けた慎重なM&Aとホールディングス化。M&Aは拙速を避けて慎重に対話し、社員への承継では所有と経営を分離するホールディングス化で資金負担を抑える。
③「量の膨張」を脱し、「質の成長」を追求する経営。企業規模の過度な拡大(量)を追い求めるのではなく、適正規模で利益率と独自性(質)を高める経営こそ中堅・中小企業の理想形である。
目次

01経営者自身の「引退時期」設定から始まる計画的な事業承継
井上先生は中小企業経営もご専門分野です。中堅・中小企業にとって重要な経営課題の一つに事業承継があり、後継者不在で廃業に追い込まれるケースも少なくありません。この現状について、先生のお考えをお聞かせください。
実は、この分野も当初は専門ではありませんでした。国が運営する中小企業大学校に、後継者候補が一年間泊まり込みで学ぶコースがあり(東京校、1学年20人程度)、私がそこでイノベーションについて講義するために招かれたのがきっかけです。「事業承継後にイノベーションに取り組むと企業は成長する」という内容を話したところ、それが講座のホームページに掲載されました。
それを見たNHKから「事業承継の専門家らしいですね」と声がかかり、オリックスや大塚商会などなどのホームページでも記事が掲載されるようになりました。さらに公明新聞にも取り上げられ、多くの反響が寄せられました。現在も商工中金が発行する雑誌『商工金融』の10月号・11月号で事業承継特集が組まれ、執筆を依頼されています。
私自身はホームページを持たない主義なのですが、それに気づかれた方も多いようです。ホームページには基本的に良いことしか書かれていないため、あえて検索エンジンでの評価に委ねる形にしています。そうした中で「中小企業大学校で事業承継の講義をしている」という実績が知られるようになり、講演依頼が続くようになりました。結果として「事業承継の専門家」と見なされるようになったのですが、実際には確固たる持論もあります。
その持論とは、経営者自身に「定年」を決めてもらうことです。何歳でも構いません、70歳でも75歳でも良いので、まず自分の引退時期を決め、そこから5年遡って事業承継をスタートしてもらうという考え方です。70歳で引退しようと決めてから後継者を探し始めても、もう間に合いません。65歳の時点で後継者を選定し始め、3年かけて選び、その後2年間並走する。いきなり経営を引き継がせることはできないため、この準備期間が不可欠です。
「ずっと自分がやる」と言い続ける経営者が最も危険です。そうした経営者は、多くの場合、引退の時期を見失ったまま事業を続け、結果として後継者不在のまま廃業に至ります。つまり、意識を変えるべきなのは後継者ではなく、経営者自身なのです。後継者育成を目的とした研修は数多くありますが、実はまず経営を「渡す側」の意識改革こそが必要だと考えています。
事業承継がうまくいかない経営者には、共通する傾向がありますか。
はい、あります。自分より優秀な人材が現れると、その人物を遠ざけてしまうことです。あるいは、いつ引退するかを明確に決めていないこと。カリスマ経営者の後継体制を構築する際には、「ミニカリスマ」を作ろうとするのではなく、組織的な経営体制へと移行することが重要です。
この点をうまく実践した例として、ジャパネットたかたが挙げられます。二代目であるジャパネットホールディングスの現代表取締役社長 兼 CEOの髙田旭人氏は、自身が先代のようなカリスマ性を持てないことを自覚し、組織で経営する体制を構築しました。その結果、先代の時代よりも売上を倍増させることに成功しています。
一方で、カリスマ経営者は自分の後継者候補、いわば「ダミー」を求めて様々な人材を招き入れては、結局その人材を潰してしまう傾向があります。こうした経営者が最も危険です。引退時期を決めていないからです。
対照的な成功例として、香川県東かがわ市でグローブを製造し、売上50億円規模にまで成長させたスワニーの板野司氏(前・代表取締役社長)が挙げられます。板野氏は60歳での引退を早くから決めており、社内に後継者がいないと判断すると、M&Aによって事業を円滑に譲渡しました。売上が絶頂期にあるときに、自分が組織の重荷になる前に身を引くという決断を、あらかじめ計画していたのです。その後は他の経営者の相談役として、第二の人生を歩んでいます。
こうした事例から、引退年齢は60歳である必要はなく、70歳でも80歳でも構わないと考えています。80歳で引退するなら75歳から準備を始めればよいのです。重要なのは、経営者自身にこの意識を持たせることです。事業を「渡す側」の経営者にこそ、大きな課題があります。後継者候補からよく聞かれるのは、「自分たちは事業を譲り受ける準備ができているのに、経営者がなかなか権限を譲ってくれない」という声です。つまり、事業承継を円滑に進めるためには、まず経営者自身の意識を変えることが不可欠なのです。
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02「 M&Aはお見合い」。時間を掛けた見極めとホールディングス化
中堅・中小企業にとって、M&Aも有効な選択肢となるのでしょうか。
有効な手段である一方、詐欺被害も少なくないのが実情です。M&Aを装って資産を売却し、そのまま姿を消してしまうといった被害が実際に起きています。ですから、M&Aは慎重に進める必要があります。
地震が起きた地域に空き巣が集まるのと同じように、「中小企業のM&Aが活発化している」という状況を察知すると、それを狙う詐欺師も現れます。国の支援機関などをうまく活用するのが望ましいのですが、民間の仲介会社の中にも、いわゆる大手の信頼できる企業がある一方で、怪しい業者が紛れ込んでいるのも事実です。そうした業者に引っかかると、手持ちの資金をすべて持ち逃げされるといった深刻な被害につながります。
私はよく「M&Aはお見合いだ」と言っています。つまり結婚と同じです。相手のことをよく理解し、「この人となら大丈夫」と確信を持ってから決断しなければ、勢いだけで進めた結婚がすぐに破綻するのと同様、M&Aも失敗しやすくなります。
先ほどお話ししたスワニーの板野氏は、時間をかけて自ら様々な相手先を訪ね、話を聞き、最終的に「ここなら自分の考え方を理解してくれる」と確信した相手先を選びました。結婚も出会ってすぐに盛り上がって決めるものではないように、M&Aも本来は時間をかけるべきものです。ところが実際には、拙速に進めようとするケースが目立ちます。
マッチングアプリでM&Aを拙速に決めてしまってはいけませんね。
まさにその通りです。私の知人にも、マッチングアプリで結婚して成功した例が一人だけいますが、多くの場合はうまくいきません。仲介会社に依頼すること自体は問題ありませんが、時間をかけることが何より重要です。事業承継に5年をかけるべきだとお話ししたのと同じように、M&Aについても早い段階から時間をかけて検討し、慎重に決断する必要があります。ギリギリになって慌てて進めるのは、あまりに拙速です。
結局のところ、拙速であるがゆえに焦りが生じ、詐欺の被害に遭ってしまう、という実態があるのですね。
その通りです。もう一つの選択肢として、社員に事業を譲るという方法もありますが、その際に借金まで背負わせるわけにはいきません。そこで私が提案しているのが、ホールディングス化です。オーナーは資本(株式)を保有し続け、社長職は優秀な社員に任せる。そうすれば、後継の社長は借金の心配をすることなく、経営そのものに専念できます。
ホールディングス化によって、経営者としての人材も育ちやすくなりますし、社員への引き継ぎもスムーズになります。会社を丸ごと譲渡しようとするから難しくなるのです。
岡山のある企業では、オーナーが経営に一切口を出さず、生え抜きの社長が会社を大きく成長させ、売上を50億円ほどに伸ばしました。この社長はもともと高卒で、工場の現場で手を動かしていた人材です。資産を持たない立場からのスタートでしたが、オーナーがきちんと資本を保有し、経営そのものを社員に任せることで、これほどまでに成長したのです。こうした仕組みづくりこそが必要だと考えています。
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03長期的な外国人材活用とイノベーションを生む異業種採用の力
採用難、働き手不足も大きな課題です。解決策はあるのでしょうか。
成功事例の一つとして、社員の6割がベトナム人というタケウチ建設があります。ベトナムには建築学科を持つ大学が数多くあります。この会社では財団を通じて、学生時代から奨学金を提供し、ベトナムから来日してもらいます。日本で設計などの技術を習得した後、一旦ベトナムに帰国してもらうのですが、その会社はベトナムに現地法人を設立しているため、帰国後もオンラインを通じて引き続き働いてもらえる仕組みになっています。結果として社員の6割がベトナム人となり、非常に優秀な人材が揃っています。
こうした仕組みを構築せず、単に「人件費が安いから」という理由で外国人労働者を雇用しようとすると、うまくいきません。日本で数年間働いて技術を習得し、帰国後も現地法人でオンラインを通じて設計や打ち合わせに関わり続けてもらう、という長期的な視点に立った活用こそが重要です。安易に「安く早く」人材を確保しようとする姿勢が、失敗の原因になっています。
採用に関しては、私は「異業種からの採用」を勧めています。中小企業では新卒採用が難しいため中途採用に頼ることが多いのですが、同業種出身者は即戦力にはなりにくい傾向があります。むしろ異業種出身者の方が、新しい視点で面白い成果を生み出すことが多いのです。
一例として、工業用・医療用ストローの製造で業界トップとなったシバセ工業があります。この会社に転職してきた工場長は、もともと日本電産のエンジニアでした。まだ同社が中小企業だった時代から在籍していた方です。奥様の縁でこの会社に来たのですが、金型を使わずに薄肉の樹脂パイプが作れることに気づき、工業用・医療用ストローを開発しました。現在では、注射針のカバーや、皆さんも経験されたであろうPCR検査で使用する検体採取用のストローなど、年間数千万本規模の生産を行う主力製品となっています。
さらに、飲酒運転防止のためのアルコール検査で使用されるストローにも展開しました。従来は同じマウスピースを使い回して消毒する方式が一般的でしたが、「他人が口をつけたものを消毒しただけで使うのは抵抗がある」という点に着目し、個包装のストローを開発してバス会社やトラック会社に直接営業をかけました。これにより既存の検査機器メーカーとの間で軋轢が生じたこともあったそうですが、ストロー業界とは無縁の技術者だったからこそ気づけた発想だったと言えます。現在では大手企業を中心に千社近くの企業と取引があります。
このように、異業種出身者だからこそ気づける視点があります。同業種出身者は業界の慣習をよく知っている分、意外と保守的になりがちです。一方、異業種出身者は「これは違うのではないか」と率直に疑問を持ち、新しい発想を持ち込んでくれます。また、同業種からの転職者は「より大きな規模の会社へ」とキャリアアップを志向しがちですが、異業種出身者は業界内での規模にこだわらず、横展開的なポジションでも意欲的に働いてくれる傾向があります。
その典型例がアイリスオーヤマです。同社にはパナソニックや日立製作所といった大手家電メーカーの技術者が数多く転職しています。大手メーカーでは、企画段階からコストや社内的な制約によってアイデアが次第に削られていき、本当に作りたいものが作れないという事情があるようです。一方、アイリスオーヤマでは、自分が本当に作りたい家電を形にできるという理由で優秀な人材が集まっており、現在では家電分野の売上が全体の5割を超えるまでに成長しています。優秀な人材は、こうした「やりたいことができる環境」を求めて移ってくるものです。中小企業もこうした発想で採用に取り組むべきだと考えています。
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04売上規模の「量」ではなく利益率と文化を重んじる「質」の成長が重要
最後に、中堅・中小企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。
「成長」という言葉について、改めて考えてみたいと思います。生物学的に言えば、成長とは体が大きくなることを指しますが、人間の体の成長は二十歳前後で止まります。しかし、それは「量の成長」の話です。量の成長を追い求め続けると、それは「膨張」になってしまいます。大企業を目指すという発想も、この量的な成長と重なります。
一方で、「質の成長」というものもあります。おそらく皆さんも、体の成長が止まった後も、知識や見識を高め続けているのではないでしょうか。これが「質の成長」です。人間は体の成長が止まっても、知識や見識は生涯にわたって高め続けることができますし、それを怠れば逆に衰えていきます。企業も同じで、必ずしも規模を大きくする必要はないと考えています。
例えば、横浜市にあるさくら住宅というリフォーム会社は、売上が10億円でずっと横ばいです。しかし利益率は30%と非常に高く、社員の給与水準も高い水準を維持しています。この会社にとっては、10億円という規模がまさに「適正規模」なのです。この規模を維持しているからこそ、優秀な人材が集まり、より質の高い会社であり続けられています。無理に売上を20億円に拡大しようとすると、この30%という利益率は維持できなくなるそうです。だからこそ、あえて10億円の規模にとどめているのです。
この会社では、月間売上が1億円を達成すると、社長も社員も一律1万円ずつを受け取る仕組み(大入)があるのですが、それだけでなく、たまたま来訪した宅配便のドライバーにも、達成を祝う1,000円の祝儀袋を渡すのだそうです。誰からも不満は出ず、来訪者にも「達成しました」と喜びを分かち合う、そうした企業文化を大切にしています。営業エリアも神奈川の一部地域に絞り込み、株主を顧客にするというユニークな仕組みも取り入れています。横浜のホテルで株主総会を開催し、配当金を現金で手渡しするのです。顧客は「自分たちの会社」という愛着を持ち、新たな顧客を紹介してくれるため、積極的な営業活動をほとんど行わずとも受注が続いているといいます。
売上10億円という規模を維持しながら、社員の給与水準も高く、利益率も30%を確保する。これこそが「質」を追求する経営です。大企業は規模、つまり「量」を追求することでコストを削減する戦略を取ります。しかし中小企業は「質」を追求することで、「あの会社は良い会社だ」と評価されるようになるのだと思います。量ではなく質。これが、中堅・中小企業の経営者や人事責任者の皆様にお伝えしたいメッセージです。
井上先生、現場に根ざした貴重なお話をありがとうございました。
【編集後記】
井上善海先生のお話を伺って最も印象に残ったのは、「現場主義」という言葉の重みである。事業経営の失敗を経験し、コンサルタントを経て研究者となった井上先生は、経営理論を知識として語るのではなく、自らの経験と企業の現場を通じて捉え直している。だからこそ、AIやDXについても「経営に使えるITは何か」と探すのではなく、「情報技術はここまで進んでいる。それを経営にどう活かすか」と発想を逆転させる。事業承継についても、後継者を探す以前に「譲る側」が引退時期を決めるべきだと説く。その言葉の一つひとつには、経営者自身が変わらなければ組織は変わらないという強いメッセージが込められている。そして最後に語られた「量ではなく質」という考え方は、本記事全体を貫く象徴的な言葉ではないだろうか。規模の拡大だけを成長と捉えず、自社に適した規模で利益率を高め、人を大切にし、独自の価値を磨く。変化の激しい時代だからこそ、企業経営の原点を改めて考えさせられるインタビューであった。

井上 善海 氏
九州情報大学
経営情報学部
学部長/教授
神奈川大学法学部卒業後、会社経営、経営コンサルタントを経て、福岡大学大学院商学研究科で博士(商学)取得。
広島大学教授、東洋大学教授、法政大学教授を経て、九州情報大学経営情報学部長・教授。広島大学名誉教授。
日本マネジメント学会会長、人を大切にする経営学会副会長、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」実行委員会副委員長、「日経統合報告書アワード」審査委員(日本経済新聞社)。
『衰退産業の勝算』(幻冬舎)、『負けない戦略: 経営は勝つことではなく、負けないこと』『経営情報入門』『事業創造入門』『企業経営入門』『経営戦略入門(第2版)』(いずれも中央経済社)など編著書多数。
