>戦略を実行するための組織に組み直そう(前編)
人材の流動化が加速する日本。組織設計は、ますます難しくなってきている。「組織は戦略に従う」と言われていても、そもそも経営者の中には戦略策定という重要な業務を、外部のコンサルタントに丸投げしている例も少なくない。激動の時代を勝ち抜いていくためにも経営者として何をすべきか、改めて原点に立つ必要があるのではないだろうか。そこで、今回は経営戦略論・組織論研究の専門家である中央大学大学院戦略経営研究科教授の犬飼 知徳氏に、組織と戦略の関りを掘り下げてもらった。前編では、近年の研究テーマや組織と戦略の進め方などを聞いた。

01デジタル投資で生じる様々な摩擦や企業アルムナイに着目
犬飼先生は、組織論・戦略経営を研究されておられます。昨今はどういった論点に着目されてらっしゃるのでしょうか。
現在,日本企業の経営という観点から取り組んでいる研究テーマは,2つです。一つ目は、デジタル技術の組織への実装時のコンフリクトとその解消メカニズムです。簡単に言えば,デジタルトランスフォーメーションと言われているような話が、魔法の杖のような便利なだけのものではなく、デジタル技術を戦略として有効に機能させるためには組織への実装時に生じるコンフリクトを前向きに解消していくメカニズムが必要であるということを事例に基づいて議論しています.実際には色々な抵抗勢力がいたり、既存のやり方が捨て切れなかったりします。お客様がFAXを使っているので自社でもFAXを使わざるを得ないみたいなことをやっていて、いつまで経っても変えられないみたいな話もあります。
我々が執筆したリクルート社のホットペッパービューティーのビジネスケースでは、電子予約システムを美容室に入れていくプロセスを記述しています。美容室の予約システムは、元々電話でやりとりをしてその内容を紙台帳に書き込むのが基本でした。別にそれで何も困っていないのに、何でわざわざ変えないといけないのかということになりがちでなかなか導入が進みませんでした。
そこを結構色々なアプローチで変えていったわけです。ホットペッパービューティーの予約システムを導入すると、各美容室の経営を支援するみたいな形でのシステム導入も連動して同時に入れることができるとか。それを地道な営業努力で導入してもらえる美容室を増やしていくことで、徐々に業界全体の予約システムをデジタルへと改革していったのです。
今まで慣れ親しんだやり方にデジタルを入れていくと当然ながら様々な摩擦が起きます。真正面から変えていこうという、ホットペッパービューティーみたいなアプローチもあれば、今までエクセルでやっていたことをRPAにとりあえず置き換えただけみたいな、「少しは自動になって楽になったね」というぐらいの話もあります。本当はビジネスプロセス自体を変えていかないと、デジタル技術の本来の力は発揮されないのですが、やったふりというか、ツールを入れて「うちはDXをやっています」みたいなことを言って終わりになっている話も結構多いです。その辺りのせめぎ合いみたいなところを深掘りしつつ、それを理論化、とは言ってもケースは何本か書いたものの実際に論文にまでは仕上がっていませんが…、今それを蓄積しているところです。
元々、何年か前にこのテーマを研究し始めたときは,RPAによる業務の自動化の話をしていました。実際、RPAがデジタル技術として色々な会社に入っていましたからね。そういう意味では調査もしやすくて、色々なところから話がつきやすかったっていうのがあって取り組んでいました。しかし、去年一昨年ぐらいから生成AIがドーンと入ってきたので、RPAの話は吹き飛んでしまいました。とはいえ、研究としては地道に続けていたりするので、今色々考えていますけれど、そういうデジタル技術の影響みたいな話をまあまあやっています。
もう一つのテーマは、近年日本企業にも導入され始めている企業アルムナイという現象です。企業アルムナイとは,要するにある企業を退職された現役ビジネスパーソンのコミュニティです。研究プロジェクトとして現在、ソニーのアルムナイの運営者とニトリのアルムナイの運営者の方々にご協力いただいて産学連携で研究を進めています。
この研究テーマに取り組もうと考えた背景には,日本企業のこれまでの勝ちパターンの機能不全があります。20世紀の経営学では、日本企業は、優秀な人材を囲い込んで、その企業固有の能力を長年かけて蓄積していって、それを強みとして競争に勝つというのが基本論理だったわけです。でも、その強みが21世紀に入ってからもう効かなくなってきてしまいました。むしろ、環境変化が激しくなってきたので、今まで強みだと思っていたものが環境変化に対応できずに陳腐化していくという話が多くなってきました。21世紀以降の経営学では,あまり企業の境界を閉じて内部のみで固有の能力を蓄積するという話ではなく、オープンイノベーションのように企業の境界を開いてもっと柔軟に環境変化に対応できる能力の方が強みとしては大事だという、「ダイナミックケイパビリティ」(環境に適応して組織を柔軟に変化させる力)という話が有力になってきたのですが、残念ながら日本企業の多くでは対応できていません。
日本企業と比べて米国企業では、この変化に簡単に対応できました。それこそ米国企業はジョブ型なので、Job Descriptionさえ合っていれば企業間を移動するのは比較的容易です。ですから、米国では儲かる産業や活気のある企業に人材が集まっていきます。そういった企業の境界を越えた人的資源の組み替えみたいなことはアメリカの方が得意なわけです。例えば,ビッグテックのようなデジタル系の領域だと「いってらっしゃい」「おかえり」といったカジュアルな感覚でエンジニアが転職しています。
もちろん,日本の産業界でも,離職が当然視されるようになったり、転職サービスが充実したりしてきているので,外部労働市場の環境が徐々に整ってきています。とはいえ、そのような働き方は日本ではごく一部の企業に限られていますし、今でも多くの企業、とりわけ伝統的な大企業では辞める社員は、「裏切り者」扱いされることもまだまだ多いと聞いています。ただ、先ほどお話しした通り、囲い込んだ人材を長期育成することによって競争優位を構築するというのは、現実的ではなくなってきているのです。ですから、日本企業として企業の境界を超えた新たな競争優位を構築するにはどうすれば良いのかという文脈の中で、私たちは企業アルムナイという現象に注目しています。
企業アルムナイの中でも、私たちは退職者価値という概念に注目しています。これは企業が退職者と退職後も連携して互いにとっての新たな価値を生み出していくという概念です。例えば、日本企業が苦戦している新規事業開発において、この退職者価値は今後重要性を増していくと考えています。完全にずっと社内にいた人だと、新規事業の開発をしてもあまりアイディアが出てこなくて既存事業の枠組みから離れられません。
その一方で、全く関係ないスタートアップとの協業は共通点が少なすぎて互いにフラストレーションが溜まります。その既存事業と新規事業の絶妙な「のりしろ」の役割を企業アルムナイが果たすのではないか、と我々は考えています。企業アルムナイは一度同じ釜の飯を食った仲間なので社内の事情にも通じていますし、社内にずっといては培われない企業家精神を持っています。実際に私たちの調査の中でも、そのような協業や投資の動きが現れてきています。米国でもコロナ明けぐらいから、結構そういう研究が論文として出始めています.米国でも新しめの研究なので日本では、そもそも現象が本当に始まったところみたいなところなのですが、萌芽的な研究として実態調査を始めたという段階です。

02組織と戦略に生じる相互作用をいかに解決していくかが重要
組織と戦略は、いかに関わってくるのでしょうか。
このご質問への経営学の一番ベーシックな回答は、「組織は戦略に従う」というアルフレッド・チャンドラーの命題です。この命題は,チャンドラーが20世紀のアメリカの大企業が戦略の変化に合わせて機能別組織から事業部制組織へと転換していったことの観察に基づいて導き出されています。ですから、最も単純化した回答は。「事業環境→戦略→組織」の順に変化していくということです。
この順番で変化するのは、組織が戦略実行の手段であるからです。戦略は結局、組織で実行されてこそ価値があるので、戦略を変えたらそれを実行するために組織もフィットさせないといけません。ただ,組織は戦略に比べて変えにくいという性質があります。現代においても、デジタル技術に対応するための戦略が既存の組織構造とフィットせずに、機能不全を起こしている企業がたくさんあります。いわゆる、箱と線の組織図みたいなものは簡単に変えられます。何とか事業部とか。それこそ情報システム部をデジタルイノベーション事業部とかにラベルを貼り替えるといったことは簡単です。しかし,今まで普通にやってきた業務の進め方などの行動パターンは、そう簡単には変わらなかったりします。
あと、頭の中も同様に変えにくいです。例えば、今まで足で稼ぐ営業で成果を上げてきた人に、「これからはデジタルツールでデジタルマーケティングだ」と言っても、「何それ」と言われてしまいます。このような企業固有の行動パターンや思考パターンを経営学では「組織ルーティン」と呼びますが、組織を変えるためにはこの組織ルーティンがネックになってきます。
組織ルーティンは、企業内で長年繰り返されることによって生まれてくる仕事のやり方や頭の動かし方の癖のようなものです。それによって、その会社の個性が発揮されて生き残っているという正の側面もあるのですけれども、それは逆にその会社の行動を縛ってしまう負の側面も持っています。その縛りが強すぎるために今度は戦略を変えられなくなってくるという「組織イナーシャ」(組織や個人が既存の行動様式、プロセス、思考パターンを維持しようとする傾向。イナーシャは慣性)が発生します。組織のイナーシャは、物理学の慣性の法則のメタファなので、ずっと同じように動き続けようとする特徴があります。事業環境が変化して,戦略も変化したにも関わらず,組織が変化できずに企業が衰退してしまうのは、この組織イナーシャが原因であることが多いです。
組織イナーシャを克服するためには、習慣的な仕事のやり方に影響を及ぼすような組織変革が必要です。例えば、デジタルを導入する話でいくと、ある地方銀行がやっていたのは、情報システム部門の組織におけるポジショニングの変更でした。その銀行の頭取は、これからの地銀は今までのように利ざやでは食べていけないので、デジタル技術をてこにビジネスを変えなければいけないと考えて、頭取自身が旗を振って情報システム部門を経営企画部門に組み込んだのです。その組織変更前の情報システム部門は、全社的な立場が弱く、メインの営業部門から「あれやれ」「これやれ」とさまざまな要求を押し付けられて、できないと怒られるし、できても褒めてくれないみたいな結構しんどい仕事でした。
その情報システム部門を経営企画部門の中に入れ込んだことで、まず無理難題を押し付ける声の大きな営業部門から情報システム部門が守られるようになりました。その結果,情報システム部門のリソースを全社戦略に使用できる準備が整いました。さらに、情報システム部門の人材に経営者や経営企画のメンバーが直接声をかけることによって、経営者は自分の意図をデジタルの言葉や考え方に変換して考えられるようになりましたし、情報システム部門だった社員も自分たちの仕事を経営者目線で理解することができるようになっていったのです。このような組織変革によって、この銀行はそれまで社内で十分に能力を発揮できていなかったデジタル人材を活用して新たな事業を開発することができるようになりました。

03戦略と組織のフィットこそがトップ・マネジメントの仕事
どうすれば、組織と戦略を上手く進めていけるのでしょうか。アドバイスをいただけますか。
私からのアドバイスは、2つです.一つは,トップ・マネジメント自身が戦略と組織のフィットを最優先課題としてコミットするということです。
戦略と組織のフィットは、どうしてもずれてしまうものです。環境が変わっていくと戦略もそれにつられて変わったりします。そうすると、戦略と組織にズレが生じます。組織は変わりにくいので、そのズレはどんどん広がっていきます。M&Aで新たな事業を加える場合も、既存の戦略や組織とその事業をフィットさせるためのPMIを適切に行わなければ戦略と組織はズレたままです。このズレを、ミドルマネジメント以下の現場レベルで修正するのは至難の業です。なぜならば、現場の人々はそのズレを組織ルーティンとして「当然のもの」として受け入れているので、ズレそのものに気づかないからです.ですから,組織全体を俯瞰してみることができ,かつ組織全体を変革する権限を持つトップ・マネジメントのみがそのズレを修正できるのです。
このような環境-戦略-組織の関係をダイナミックにフィットさせることこそが、トップ・マネジメントの仕事であり,付加価値であると私は考えています。ただ、昨今の経営者の中には、何が付加価値なのかがよくわからない方もいます。戦略コンサルタントに戦略策定を丸投げしたり、M&Aで高額で事業を購入したりするだけでは、経営者は高額な報酬に見合った付加価値を提供しているとは言えないと思います。戦略は経営者自身で策定してこそ実行組織と連動させることができますし、M&AはPMIまで徹底しない限りはただの買い物です。
もちろん、経営者になるとファイナンス側の責任もあるので、株主とのコミュニケーションも重要ですが、最近の経営者は自社の顧客や社員よりも株主側を見すぎている気がします。結局IRは、事業で生み出した付加価値がどのようなものかを適切に伝えることが本来の話だと思うので、伝え方をブラッシュアップするよりも、伝える内容を充実させることに注力した方が良いと思います。ですから,経営者の最優先課題は本業における戦略とその実行を担う組織のフィットなのです。
もう一つは,あまり流行りのバズワードに惑わされず,自社にとって最適な戦略と組織のフィットを経営者自身が考えるということです。DXやSDGs、両利きの経営、人的資本経営、ジョブ型組織など、経営に関する流行語は毎年多数生まれては消えていきます。誤解のないように言っておけば、それらの流行語の全てがバズワードではないですし、企業経営をする上で重要な概念として定着していく言葉も多々あります。
しかしながら、それらは自社にとっての戦略と組織の文脈にしっかり落とし込んでこそ効果があります。デジタル技術の導入のところでもお話ししましたが、通常は新しい取り組みは組織内の摩擦が大きいものです。その摩擦を乗り越えてもやる価値がある施策なのかは、経営者自身がじっくり考えてみる必要があります。もちろん、流行しているのでなんとなく「やっているふり」をして外向きにはアピールしておくというのも一つの重要な対応ではあります。
具体例でお話ししましょう。米国ではジョブ型の働き方が普通なので、日本でも積極的に導入しようという意見があります。実際には、ジョブ型自体がメンバーシップ型と比べて良い悪いという議論はナンセンスで、問うべき問題はその企業の戦略とフィットしているのはジョブ型かメンバーシップ型か、です。
ジョブ型組織は、レゴブロックのようなもので組織ユニットのインタフェイスがジョブディスクリプションで決まっているので、くっつけたり離したりするのが容易で、組織全体の形を容易に変更できます。ただし、ユニット間の相互作用は、インタフェイスで決められていること以上のことはできません。このような特性を持つ組織は、あまり組織全体の複雑な相互作用を強みとせず、環境変化などに素早く対応できることを強みとする戦略にフィットします。
さらに、その戦略と組織のフィットは、それ以外の事業環境ともフィットしていなければなりません。ジョブ型組織を戦略に素早くフィットさせるには、ジョブディスクリプションにフィットする豊富な外部人材とその労働市場が、適切に機能していなければなりません。そのような環境と戦略と組織のフィットは、企業固有であることが多いので、経営者は流行に流されずに自分自身で考える必要があるのです。

犬飼 知徳氏
中央大学大学院
戦略経営研究科教授
愛知県名古屋市出身。1975年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業。2004年一橋大学商学研究科博士後期課程単位取得退学。2009年博士学位取得(一橋大学、商学)。香川大学経済学部講師、准教授を経て、2013年4月より中央大学大学院戦略経営研究科准教授に就任。2019年4月から現職。2022年9月からUC Berkeley 客員研究員。