裁量労働制とは、働く時間の配分を働く人に任せ、労働時間ではなく仕事の結果で評価する制度です。関西大学の森田雅也教授は、自由な裁量を与えて結果で評価する方が組織の成果は上がるとする一方、制度を定着させるには、企業による厳格な「自己規制」、納得できる評価、そして働く側の本当の意味での自律が欠かせないと語ります。
働き方改革が進み、働く時間や場所の選択肢は広がってきました。しかし、裁量労働制には「残業代を払わずに長く働かせる制度」というイメージもつきまといます。
本記事では、裁量労働制と自律的な働き方を、現場での聞き取り調査を通じて研究してきた森田教授へのインタビューをもとに、働き方改革の進展、裁量労働制のメリットと導入の壁、うまく運用している企業の工夫、そして制度を定着させるための3つの課題を解説します。
この記事でわかること
・「生きるために働く」時代へ――働き方改革の進展
・裁量労働制とは何か、任せて結果で評価すると成果が上がる理由
・導入をためらわせる壁と、うまくいく企業の「自己規制」
・ジョブ型・成果主義やテレワークとの相性
・裁量労働制を定着させる3つの課題(運用・評価・働く側の自律)
取材協力:森田 雅也 氏
関西大学 社会学部 教授(取材時)。1987年神戸大学経営学部卒業、1989年同大学院経営学研究科博士課程前期課程修了、1992年同後期課程単位取得退学。1992年関西大学社会学部専任講師、1995年同助教授を経て、2002年より現職。1996年博士(経営学、神戸大学)。専門は経営学、人的資源管理論で、裁量労働制や自律的な働き方を、現場での聞き取りを中心とする質的調査で研究している。共著に『経験から学ぶ経営学入門』『経験から学ぶ人的資源管理』(有斐閣)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
「生きるために働く」時代へ――働き方改革の進展
森田教授は、働き方改革は全体として良い方向に進んでいると見ています。かつての長時間労働には経済成長を支えた面がある一方で、健康を損なう人や、男性を支えるために働きたくても働けなかった女性の存在といった負の側面もありました。働くことは生活のためであり、生活が先にあるというのが、森田教授の考えです。
男性の育児休業の取得率も、この数年で大きく伸び、40%を超えるまでになりました。森田教授自身も2004年に4か月間の育休を取りましたが、当時の取得率は1%に満たず、周りから奇異の目で見られたといいます。「1日だけでも取らせているだけ」という批判に対しても、森田教授は、ゼロをイチにすること自体に意味があると言います。今後の課題は、男性も希望すれば長い期間を取れるようにすることです(男性の育児休業の意義については、川口章教授の解説記事でも紹介しています)。
裁量労働制とは――任せて結果で評価すると成果が上がる
裁量労働制とは、仕事の進め方や時間の配分を働く人の裁量に任せ、実際の労働時間ではなく、あらかじめ決めた時間を働いたものとみなす制度です。対象となる業務によって、大きく2つの種類があります。
| 種類 | 対象 | 例 |
|---|---|---|
| 専門業務型 | 業務の性質上、進め方を本人に大きく任せる必要がある専門的な業務 | 研究開発、システム設計、デザイナーなど |
| 企画業務型 | 事業の運営に関わる企画・立案・調査・分析の業務 | 本社などでの経営企画や人事の企画など |
出典:森田教授への取材と、厚生労働省の資料をもとに編集部作成
研究の原点と、現場で見えたこと
森田教授が裁量労働制に関心を持った原点は、大学院で師の奥林康司氏のもとで学んだ「自律性」というテーマでした。1987年の労働基準法の改正で裁量労働制が導入された時期に、ホワイトカラーの自律性に注目したのです。
自分で時間を決められれば労働時間は減るだろう――そう予想していましたが、実際の調査では、逆に労働時間が延びていたといいます。森田教授は、現場に足を運んで生の声を聞く質的調査を重視しています。2025年末には、裁量労働制で働く部下を持つ大手企業の管理職10人に聞き取りを行いました。その結果見えてきたのは、自由な裁量を与え、結果で評価する方が、組織のパフォーマンスが上がるということでした(ただし、聞き取りの対象は、基本的にうまく運用できている管理職です)。
導入の壁と、うまくいく企業の「自己規制」
裁量労働制への理解は進んだものの、導入している企業の割合は大きくは増えていません。委員会の設置などの手続きの手間が壁になっており、特に中小企業では導入を見送る理由になりやすいといいます。
一方、うまく運用している企業には共通点があります。それは、厳格な「自己規制」です。
| うまくいく企業の自己規制 | 内容 |
|---|---|
| 時間の上限を決める | 決めた時間を超えて働いた人は、制度の対象から外す |
| 対象を絞る | 顧客対応など、自分で時間をコントロールできない業務を含む職種は対象にしない |
| 丁寧に協議する | 労働組合などと丁寧に話し合ったうえで導入する |
出典:森田教授への取材をもとに編集部作成
手続きを省いて導入すると、残業代を払わずに長く働かせることにもなりかねません。過重労働による深刻な健康被害などが報じられることで、制度そのものに悪いイメージがついてしまいます。うまくいっている事例は、ニュースとして取り上げられることが少ないのです。
ジョブ型・成果主義、テレワークとの相性
裁量労働制は、時間ではなく成果で管理する考え方であり、成果主義やジョブ型との相性が良いと森田教授は言います。働く場所が多様になると仕事の過程が見えにくくなり、結果で管理することが多くなります。結果で管理する企業ほど、裁量労働制を導入する傾向があるといいます。
コロナ禍の2021年ごろに森田教授が行った聞き取りでは、裁量労働制のもとでもそれまでテレワークは行われていなかったものの、実際にやってみると機能する場合がありました。森田教授はこれを「時間と空間を共有しない働き方」と表現します。ただし、コロナ禍の一律のオンライン化は特殊な状況で、対面が向く仕事は対面に戻すのが正しく、オンラインと対面の比率に唯一の正解はないとしています(ジョブ型と成果主義の違いについては、米倉誠一郎氏の解説記事でも紹介しています)。
成果で評価するには、職務ごとに何を期待し、何を成果とするのかをはっきりさせておくことが前提になります。
職務と成果を明確にする
時間ではなく成果で評価するには、職務ごとに期待する役割や成果を明確にしておくことが欠かせません。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。
裁量労働制を定着させる3つの課題
森田教授は、裁量労働制を定着させるための課題を、次の3つに整理しています。
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| ① 企業の運用管理 | 自己規制を伴う管理を行う。規則を整え、適材適所を徹底し、問題が起きたら素早く対応する |
| ② 納得できる評価 | 結果だけで評価される以上、説明ができ、納得感のある評価が欠かせない |
| ③ 働く側の自律 | 自分で決めるだけでなく、周りや組織への配慮と、結果への責任がそろって初めて自律になる |
出典:森田教授への取材をもとに編集部作成
森田教授は、師と仰ぐ経営学者の一人、加護野忠男氏(神戸大学名誉教授)の「経営学は、良いことを上手に成し遂げる方法を探求する学問である」という言葉を引き、経営者は「上手にやれているか」の前に、「それは良いことか」を自らに問うべきだと言います。短期的な働かせ方ではなく、長期的な組織の成果を重視することが大切です。
1996年ごろに森田教授が初めて行った調査では、対象の多くは研究職や技術職でした。研究に堂々と没頭できるようになったことは歓迎された一方で、評価への不満も見られたといいます。働く側の自律については、中編で詳しく解説します。
よくある質問(FAQ)
Q. 裁量労働制とは何ですか?
A. 仕事の進め方や時間の配分を働く人の裁量に任せ、実際の労働時間ではなく、あらかじめ決めた時間を働いたものとみなす制度です。研究開発などの専門的な業務を対象とする「専門業務型」と、企画・立案・調査・分析の業務を対象とする「企画業務型」があります。
Q. 裁量労働制のメリットは何ですか?
A. 森田教授の聞き取り調査では、自由な裁量を与え、結果で評価する方が、組織のパフォーマンスが上がることが見えてきました。研究などに没頭しやすくなるほか、働く時間や場所を自分で選びやすくなる点もメリットです。
Q. 裁量労働制の課題は何ですか?
A. 森田教授は、企業の運用管理、納得できる評価、働く側の自律の3つを課題に挙げています。手続きを省いて導入すると、残業代を払わずに長く働かせることにもなりかねず、実際に労働時間が延びていたという調査結果もあります。
Q. 裁量労働制をうまく運用するにはどうすればよいですか?
A. うまくいっている企業は、厳格な「自己規制」を行っています。決めた時間を超えた人は対象から外す、顧客対応など時間をコントロールできない業務を含む職種は対象にしない、労働組合などと丁寧に協議するといった工夫です。
Q. 裁量労働制とジョブ型はどう関係しますか?
A. 裁量労働制は時間ではなく成果で管理する考え方のため、成果主義やジョブ型との相性が良いとされます。森田教授によれば、結果で管理する企業ほど裁量労働制を導入する傾向があり、テレワークとも相性が良いといいます。
まとめ:任せて結果で評価し、自己規制と納得できる評価で支える
- 働き方改革は良い方向に進んでいる。働くことは生活のためにある
- 裁量労働制は、自由な裁量を与えて結果で評価すると、組織の成果が上がる
- 手続きの手間が導入の壁。うまくいく企業は厳格な「自己規制」を行っている
- ジョブ型・成果主義、テレワークとの相性が良い
- 定着の鍵は、企業の運用管理、納得できる評価、働く側の自律の3つ
では、部下に裁量を任せる管理職は、何に気をつければよいのでしょうか。中編では、「強制された自発性」を超えて部下の自律を育てる5つのマネジメントの原則と、自律とわがままを分ける3つの条件を紹介します。
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▶ 中編:部下に任せるマネジメントとは?「強制された自発性」を超える5つの原則と、自律とわがままを分ける3つの条件(内部リンク)
▶ インタビュー全文:自律して働くとは何か――裁量と責任を両立させ、誰もが幸せに働ける組織をどうつくるか(前編)(JOB Scopeマガジン)