働き方改革が進み、時間や場所に縛られない働き方が広がる一方、「自律して働く」とは何を意味するのかが改めて問われている。関西大学教授・森田雅也氏は、長年にわたり裁量労働制や自律的な働き方を研究し、現場への聞き取りを重ねてきた。その知見から見えてくるのは、自由を与えるだけでは自律は生まれないという現実である。企業には過重労働を防ぐ自己規制と納得感のある評価が、管理職には部下の個性を見極め、目的と裁量を明確にした上で信頼して任せる姿勢が求められる。そして働く側にも、自己決定だけでなく周囲への配慮と結果への責任が必要だ。学生の就労観や「かしこく働く」という考え方にも触れながら、森田氏に、これからの人的資源管理と「良い会社」のあり方を聞いた。前編では、森田先生が専門分野や裁量労働制などについて語る。 

 

【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】 

① 裁量労働制や柔軟な働き方の導入・運用、評価制度、人材育成を担う人事担当者。制度を整えるだけでなく、社員の自律性を引き出す組織づくりを考える際の示唆を得られる。

② 働く時間や場所の多様化を進めながら、組織として成果を高めたい経営者・管理職。
権限委譲の方法や信頼関係の築き方、管理する側に求められる姿勢を学びたい読者を想定する。

③ 自分らしい働き方やキャリアを考えるビジネスパーソン。自律とわがままの違い、「かしこく働く」という視点、自分にとっての良い会社を見つける考え方に関心を持つ読者を想定する。


【前編のエッセンス】 
日本の働き方改革は長時間労働の是正や男性育休の増加など、生活を重視する良い方向に変化している。そうした中、人的資源管理を専門とする森田教授は、現場の声を重視する質的調査に基づき、裁量労働制と自律的な働き方の実態を考察した。調査からは、社員に自由裁量を認め成果で管理する企業ほど組織のパフォーマンスが向上する可能性があることが分かった。一方で、運用の成功には企業による厳格な「自己規制」や客観的で納得感のある評価体制が不可欠となる。また、働く側にも単なる自己決定だけでなく、周囲への配慮や結果への責任を伴う真の「自律」が求められると示されている。

 

【前編のキーメッセージ】 
① 働き方改革や男性育休の普及は着実に進展しており、時間を拘束する管理から生活と自律性を尊重した働き方への移行が組織成果を高める。
② 裁量労働制の成功には、過重労働を防ぐ企業の厳しい「自己規制」と、成果に応じた適切かつ納得感のある評価制度の構築が欠かせない。
③ 働く側の自律とは単なる我がままではなく、「自己決定」「周囲・組織への配慮」「結果への責任」の3つが揃って初めて成り立つ。

01「生きるために働く」時代へのシフト:男性育休の拡大と働き方改革の着実な進展

まずは、森田先生のご専門分野からご説明いただけますでしょうか。

経営学です。といっても広い領域になりますが、その中で人的資源管理を専門としています。人事管理や労務管理という言葉のほうが、一般の方には馴染みがあるかもしれません。組織における人をどう扱うか、というところを研究しています。

昨今は多くの企業が働き方改革に取り組んでいますが、その現状に関して森田先生はどんな見解をお持ちですか。

総じて言えば、良い方向に変わってきていると思います。従来の日本の働き方、いわゆる「モーレツ社員」という言葉に象徴されるような長時間労働には、経済成長というリターンがあった一方で、体を壊す人が出たり、長時間働ける男性を支えるために働きたくても働けなかった女性がいたりといった負の側面がありました。子どもが生まれても仕事中心の生活を続けざるを得なかったという面もあります。

そうした負の側面が変わってきているのは、とても良いことだと思いますし、そもそも私たちは何のために働いているのかという大きな話をすれば、働くために生きているのではなく、生きるために働いているのであり、生活が先にあるのが本来の人間の姿だと思います。そうした観点から見ても、良い方向に変わってきていると感じます。

良い方向に来ているというお話ですが、そのペース、スピード感についてはいかがでしょうか。

一つの指標として、男性の育児休業取得率がここ3年ほどで10ポイントずつ上昇するという、信じられないような伸びを見せています。これは以前からの小さな積み重ねが実を結んだ結果だと思います。生まれたときからそうした環境で育ち、学校教育を受けた世代が働き手の中心になってきていることもあり、今、大きく勢いを増していると感じますね。

02男性育休取得率の上昇が示す「ゼロからイチ」への変化と今後の課題

男性の育休について、会社が「一日でもいいから取ってほしい」と対象社員に推奨していると聞いています。「それが、結果的に数字に反映されているだけだ」「開示は大事だが、その数字自体に意味があるとは思えない」という疑問の声も一部にはあります。森田先生はいかがお考えですか。

それは当然おっしゃるとおりだと思います。私自身も2004年に育休を取得しました。4ヶ月間です。我々大学教員は4月と10月が区切りになるため、そこにうまく重ねる必要があり、4ヶ月しか取得できなかったのですが。当時は取得率が1%にも満たない水準がずっと続いていました。それが、ここにきて一気に40%を超えるまでに増えています。昔は「男性社員たるもの育児休業なんて一日たりとも取るな」という雰囲気でしたから、一日でも取ること、ゼロをイチにすることには意味があると思います。ただ、おっしゃるとおり、期間で比べると男性は総じて短く、女性は昔と変わらず長いという実態がありますので、男性ももっと長期間を取りたい人は取れるようにするのが望ましいと思います。

一般の方は厚生労働省のデータまでは見に行かれないと思いますが、それを見ていくと男性の取得期間も徐々に伸びてきてはいますので、一日取るから二日取れる、二日取るから三日取れるというように取得日数が伸びていくと思われるので、たとえ短期間でもゼロがイチに変わったことの意味は大きいと思いますね。

森田先生も育児休業をお取りになられたわけですね。確かに、当時としては大学教員としてはなかなか珍しいケースだったのではないかと思ってしまいます。 

数字的なものは把握していませんが、確かに当時は珍しかったと思います。昼間、ベビーカーを押して子どもと一緒にいると、「なぜこの人はこんなことをしているのだろう」というような見方をされました。今であれば、皆さん微笑ましく見てくださると思うのですが、当時は、まあ自分の感覚ですけれども、憐憫の眼差しで見られているような感じは確かにありましたね。

それこそ、当時は旦那さんが休暇を取って子どもの育児を手伝っていると、ご近所の奥様方が「あの家の旦那さんは会社をクビになったのではないか」とヒソヒソ話をするような時代がありましたよね。世間を気にせざるをえなかったと言えます。

そうですよね。

03自律性の追求と現場調査から見えた、権限委譲が組織成果を高める理由

ところで、森田先生が最近お受けになられた日本経済新聞の取材記事を拝見しました。「裁量労働制 管理職の理解が進む」という見出しの記事で、お写真も掲載されていました。森田先生は裁量労働制を30年近く観察されていらしたとのことですが、なぜそこまでこの裁量労働制に注目されたのでしょうか。

一番の原点は、大学院時代の指導教員であった奥林康司先生です。「労働の人間化」(労働をより人間的なものにするための方策の総称)という研究の大家でいらした先生の教えを受け、自律的に働くこと、自律性というところに着目するようになりました。

私自身、もともとは生産現場のチーム作業について研究していたのですが、それと並行して「自律性」というキーワードでホワイトカラーの仕事を見た際、ちょうど1987年の法改正で裁量労働制ができてすぐぐらいの時期だったので、「面白いな」と思って興味を持ったのです。当然、自分で時間を決められれば労働時間は短くなるだろうと考え、自分でも調査をしましたし、他の調査も見てみましたが、実際にはすべて逆に労働時間が延びていました。

そもそも1987年の法改正は週40時間労働への短縮を含むものであり、日本の長時間労働が国際的にも問題視される中で生まれた制度であったにもかかわらず、なぜ長時間労働になるのだろうかと疑問を持ち、さらに研究を続けることになった、という経緯です。

日本経済新聞での取材記事を拝見すると、森田先生は聞き取り調査を重視されていらっしゃるようですね。現場の生の声を聞くということを大切にされているのでしょうか。

そうですね、それはあります。偉そうに言うことではありませんが、量的調査(数値データを用いて全体の傾向や相関関係を明らかにする調査手法)の訓練をそれほど受けていないということもあります。量的調査で勝負しても勝てませんので、質的調査(人々の経験や信念、態度、行動の背景や意味を深く理解するための探索的手法)のほうが自分には合っているという面もあります。

ただそれ以上に、人間が働いている現場に行って、見て、匂いを嗅いで、肌で感じて、生の言葉を聞くということがなければ、その人が本当に思っていること、本当の働き方というものはなかなか掴めないと感じています。ですので、できるだけ現場に足を運んで話を聞くようにしています。もちろん、最近はこうした形でオンラインでお話を伺う機会も増えてきてはいるのですが。

その取材記事の内容と重なる部分で恐縮ですが、森田先生は2025年末に裁量労働制で働く部下のいる大手企業の管理職十名に聞き取り調査をされています。その結果、どのようなことが分かったのか、ご説明いただけますか。

分かりました。ただ、まずお伝えしておきたいのは、そうしたインタビューに応じてくださる方は、基本的にうまくいっている方だということです。

そうですよね。そうでなければ答えてくださらないですものね。

そうなんですよ。ですから、その大前提のうえでということになりますが、端的に言うと、そういう働き方をしてもらったほうが組織のパフォーマンスが上がるということです。自由裁量を認め、働きたいように働いてもらう、その代わり結果は出してくださいというやり方にしたところ、実際に結果が出た。従来のように縛りつけて管理するのではなく、委ねられる権限は委ねる。そのほうが結局パフォーマンスが上がるというところに尽きると思います。そういうやり方がうまくいくということが分かっている方が、増えてきている印象ですね。 

04制度導入を阻む煩雑さとイメージの誤解、問われる企業の「自己規制」

実際、裁量労働制への理解は、この30年で大きく変わったと言ってよいのでしょうか。 

そうだとは思いますが、統計的な数字、つまり導入企業の割合で見ると、そんなに増えてはいないですね。 

その要因はどのあたりにあるとお考えですか。

なかなか難しいのですが、委員会を設けるなど手間がかかるということが一因としてあると思います。中小企業などでは、おそらくその煩雑さゆえに導入を見送っているケースがあると思います。また、うまくいっている会社というのは、私が「自己規制」と呼んでいるものを非常に厳しく行っています。例えば、決めた時間を超えて働く人がいれば有無を言わさず対象者から外す、あるいは対象業務を決める際に、お客様対応など自分でコントロールできない仕事が含まれる職種は対象にしない、といったことです。

労働組合とも非常に丁寧に協議を重ねているようです。そこまでの労力をかけられる会社は決して多くないような気がします。しかし、そうした手続きを踏まずに導入してしまうと、残業代を支払わずに働かせ放題になってしまうという危険があります。そうした会社で過重労働により亡くなる方が出たり、労災が発生したりすると、「裁量労働制はブラックだ」というイメージにつながってしまいます。

裁量労働制がうまくいっている会社の事例が新聞に取り上げられることはほとんどなく、裁量労働制の名前が新聞に出るときは、たいてい何か問題があったときです。多くの方はそうした報道を通じて裁量労働制を受け止めておられるような気がしますね。

05ジョブ型・成果主義やテレワークとの親和性がもたらす柔軟な選択肢

成果主義やジョブ型雇用の拡大は、裁量労働制に関してどのような影響を与えていますか。

やはり成果で管理する形にしなければ、極端なことを言えば時間は関係ないという裁量労働制の考え方とは噛み合いません。働く場所も、会社であったり在宅であったりとさまざまになってくると、プロセスを見るということがなかなかできなくなり、必然的に成果で管理せざるを得なくなります。成果主義とは何か、ジョブ型雇用とは何かという定義の話はいったん置くとしても、結果で管理するという考え方は裁量労働制と馴染みやすく、そうした管理を行っている会社ほど、裁量労働制を導入している傾向が強いと思います。

新型コロナウイルスに伴うテレワークの拡大による影響はいかがでしょうか。 

コロナ禍の2021年頃に、裁量労働制のもとで働く方々にお話を伺ったことがあります。私は「時間と空間を共有しない働き方」という言葉を使っているのですが、実際、テレワークはそれまでも制度上は可能であったにもかかわらず実行されていなかったものが、コロナ禍でやらざるを得なくなり、やってみると意外とうまくいくところもあるということが分かりました。実践された方々は非常にありがたく感じており、結果さえ出せば時間や場所は関係ないということが、本人にも会社にも分かった、ということだと思います。裁量労働制が、そのままテレワークや在宅勤務を意味するわけではありませんが、時間や場所についての自分の裁量を発揮する手段としてテレワークがあるという意味では、両者は馴染みが良いと思います。

裁量労働制についても、新型コロナウイルスによるテレワークの拡大は世の中を大きく変えた「黒船」だったのではないかと思う一方、その衝撃が最近少し落ち着いてきて、インパクトが薄まりつつあるようにも感じます。せっかく生まれた機運がもったいないようにも思うのですが、先生はいかがお考えでしょうか。

そうですね。ただ、一つの選択肢が確立されたという意味では良かったのではないかと思います。コロナ禍のときは特別な状況でしたので、本来オンラインにしないほうがよいような仕事まで、何でもかんでもオンラインにしていた面があったと思います。大学の授業もすべてオンラインで行っていましたが、それは大学本来の姿ではありません。

オンラインでもやれるということが認識された点では非常に大きなインパクトがありましたし、本来対面で行うべき仕事が対面に戻っていくというのも、それはそれで正しい姿だと思います。オンラインと対面のバランスは組織によって異なりますので、一律にこの割合が正解だとか、オンラインが減っているからこの会社は良くない、といった見方は少し乱暴かなと思いますね。

06裁量労働制定着への鍵:厳格な運用管理・適切な評価・働く側の真の自律

これまでの質問のまとめとして伺いたいのですが、人的資源管理における裁量労働制と自律的な働き方に関して、今の日本企業にどのような課題があるとお感じになっていますか。

まず一つ目は、先ほども申し上げたとおり、裁量労働制をうまく導入し運用するには、自己規制を伴う管理が非常に重要になるということです。間違っても「働かせ放題でやったれ」というようなやり方は絶対にいけません。規則を定め、適材適所を徹底し、問題があればすぐに対応する。神戸大学におられた経営学者の故・加護野忠男先生の有名な言葉に、「経営学は良いことを上手に成し遂げる方法を探求する学問である」というものがあります。経営者や管理者はどうしても「上手にやる」ことばかりを考えてしまいがちですが、AIがどんどん発展していく今だからこそ余計に、それが本当に良いことなのかを自問することが大切だと思います。

裁量労働制についても、それが良いことかどうかを自問すれば、自ずと取るべき行動が決まってくるはずです。性善説に過ぎると叱られるかもしれませんが、そこが大事だと思います。短期的に働かせて儲けるということではなく、長期的に組織がパフォーマンスを上げ続けるにはどうすればよいかを考えていけば、自ずと地道で成熟した関係になっていくだろうと思います。これが一つ目です。

二つ目は、先ほども話に出ましたが、評価の問題だと思います。私が1996年頃に初めて裁量労働制の調査を行ったときも、「長時間労働になったのはなぜだろうか」ということをずっと追いかけていたのですが、当時はまだ企画業務型裁量労働制(業務の性質上、遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があり、労使委員会の決議で事前に定めた時間を労働したものとみなす制度)という制度はなく、専門業務型裁量労働制(業務の性質上、遂行方法を労働者の裁量に大幅に委ねる必要があり、労使協定で事前に定めた時間、労働したものとみなす制度)という名称もなく、研究職や技術職が対象の中心でした。彼(女)らは、それまで研究に没頭すると「生活残業」などと言われていたのが、堂々と研究に没頭できるようになったことを、非常にありがたいとおっしゃっていました。ただ一方で、評価に関してはやや不満があるともおっしゃっていました。

評価の問題は裁量労働制に限った話ではありませんが、裁量労働という形で自由が与えられ、見られるのは結果だけになっている以上、「なぜこの評価になったのですか」と聞かれたときに、きちんと説明ができるような、正しく、そして納得のいく評価を行うことが非常に大事だと思います。

それからもう一つ、働く側の問題として、自律とわがままは違うということが挙げられます。どこで線を引くか、どのような条件で分けるかは人によって異なるかもしれませんが、私は、自己決定をすること、周囲や組織への配慮を持つこと、そして結果への責任を持つこと、この三つが揃って初めて自律的な働き方になると考えています。

最近では、子どもを持たれた方が権利は主張するけれども、残りのメンバーが尻ぬぐいをしているというような話も耳にしますが、裁量労働制のもとで自律的に働くということは、当然、そうではない同僚がいる職場であれば、彼ら彼女らへの配慮や、結果への責任が伴わなければなりません。自己決定さえしていれば自律的な働き方だと考えている方がいるとすれば、それは望ましくありませんし、組織としてもそうした方を裁量労働制の対象者にしてはいけないと思います。

 

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森田 雅也氏のプロフィール写真

森田 雅也 氏

関西大学

社会学部 教授

 

1987年 神戸大学経営学部卒業
1989年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)
1992年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程 単位取得退学
1992年 関西大学 社会学部 専任講師
1995年 関西大学社会学部 助教授
1996年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了 博士(経営学)
2002年 関西大学 社会学部 教授(現在に至る)

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