個を活かす組織とは、一人ひとりが自ら考えて動き、その力が組織の成果につながっている組織のことです。「個を活かす組織」を研究する専修大学の馬塲杉夫教授は、日本企業は依然として個を活かせていないとしたうえで、まずは自社に「個を活かす必然性」がどの程度あるのかを確かめることが出発点だと語ります。
社会・経済環境の変化によって、既存のビジネスモデルを維持しにくくなり、会社と従業員の関係も変わりつつあります。会社は従業員に自律を期待し、従業員は人を大切にする経営を求めています。
本記事では、戦略経営論を専門とする馬塲教授へのインタビューをもとに、人的資本経営への違和感と「人を大切にする」ことの意味、「日本企業には戦略がない」という論争、日本企業が個を活かせない理由、労働生産性の数字の見方、そして個を活かす組織づくりの出発点について解説します。
この記事でわかること
・人的資本経営への違和感と、これからの「人を大切にする」の意味
・「日本企業には戦略がない」という論争と、日本企業の戦略の実態
・日本企業が今も個を活かせていない理由
・労働生産性の国際比較を見るときの注意点
・個を活かす組織づくりは「必然性の確認」から――両利きの経営と中小企業の矛盾
取材協力:馬塲 杉夫 氏
専修大学 経営学部 教授(取材時)。1966年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は戦略経営論。日本経営学会、組織学会、日本労務学会、Academy of Management、Strategic Management Societyなどに所属。三建設備工業 監査役、日本学生自転車競技連盟 評議員も務める。著書に『「組織力」の経営――日本のマネジメントは有効か』(共著、中央経済社、2002年)、『個の主体性尊重のマネジメント』(白桃書房、2005年)、『なぜ組織は個を活かせないのか』(中央経済社、2019年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人的資本経営への違和感――人を大切にする根底は変わらない
人的資本経営が盛んに叫ばれる現状に、馬塲教授は違和感があると言います。バブル期に欧米の研究者が評価した日本企業の人的な側面が、欧米向けに一部調整され、「人的資本」という言葉で日本に逆輸入された――そんな印象を受けるというのです。
日本企業の人を大切にするという根底は変わっていません。しかし、人の扱い方や、働く人々の意識・仕事観は、昭和の時代と今とでは大きく変わっています。だからこそ、これからの時代に日本企業が人を大切にするとはどういうことかを、改めて考える必要があると馬塲教授は言います。
「日本企業には戦略がない」は本当か
経営学では、マイケル・ポーター氏の「日本企業には戦略がない」という指摘に対し、ヘンリー・ミンツバーグ氏が「むしろ日本企業から戦略を学ぶべきだ」と反論した論争が知られています。
昭和から平成にかけての日本企業は、上から大まかな方針が示される一方で、現場の意見を積み上げて中期・長期の経営計画をつくる「積み上げ方式」が多く見られました。ポーター氏が指摘したのはこの点だろうと馬塲教授は推察します。
一方、指導教授だった清水龍瑩氏(多くの経営者インタビューを行ったことで知られる経営学者)に同行した経験から、当時の経営者は欧米型の経営戦略を目に見える形では示さなかったものの、将来の構想は持っていたと馬塲教授は言います。業績には運の要素もあるため戦略の良し悪しを業績だけで判断するのは難しいとしつつ、経営者たちは将来構想を描き、価値観の共有に重点を置いていたというのです。
| 時期 | 日本企業の戦略・ビジョンの状況 |
|---|---|
| 昭和〜平成 | 大まかな方針を示しつつ、現場の意見を積み上げて経営計画をつくる。経営者は将来構想を持ち、価値観の共有を重視 |
| 1995年ごろ | 企業のWebページは会社案内を写した簡素なものが多く、ビジョンを掲げる企業の事例を探すのに苦労した |
| 2000年ごろ | ビジョンを掲げる企業が増える |
| 現在 | 上場企業で、将来の事業領域について何らかの取り組みをしていない企業はないとみられる。一方、中小企業には経営者の思いが先行し、戦略をあまり考えなくても収益が出る企業もある |
出典:馬塲教授への取材をもとに編集部作成
日本企業は今も個を活かせていない
馬塲教授は2019年に『なぜ組織は個を活かせないのか』(中央経済社)を著しました。研究の原点は学部の卒業論文です。当時「扱いにくい」と言われた「新人類世代」(1960年代生まれ)を、どう活かし、どう火をつけるかを研究しました。
背景には、高校・大学で打ち込んだ自転車競技でのチーム運営や、中学生向けのスキー学校での指導経験があります。才能があるのに力を出し切れない選手や、やりたいと言いながらトレーニングに没頭できない選手を見て、本人が気持ちよく取り組め、チームも納得できる結果を得るにはどう支えればよいかを考えたことが、このテーマにつながったといいます。
著書の執筆から6年、何が変わり、何が変わらないか
| 観点 | 馬塲教授の見方 |
|---|---|
| 個を活かせているか | 個が活かせていない印象は変わらない(ミクロな事例はあるが、全体のエビデンスはまだない) |
| 一人当たり労働生産性 | 改善していない |
| ヒット商品の継続的な創出 | 改善していない |
| 両利きの経営 | 課題や限界が指摘されるようになり、ゆがみは改善されつつある |
| 若手を取り巻く環境 | 若年人口の減少で人材獲得競争が激しくなり、企業は若手を大切に扱わざるを得なくなった。チャンスは増えたが、考えるきっかけや自ら動くきっかけを得られず伸び悩む人もいる |
出典:馬塲教授への取材をもとに編集部作成
労働生産性の数字には「トリック」がある
日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2024」では、2023年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中29位、就業者一人当たりでは32位でした。馬塲教授は、まずこの数字をどこまで信じてよいのかという問題があると言います。
| 数字を見るときの注意点 | 内容 |
|---|---|
| 為替の影響 | 円安になると、実際の経済力より低く出やすい |
| 外国人の労働の扱い | 海外から働きに来る人の貢献をどう扱うかによって、数字は大きく変わる |
| 上位国の特殊性 | アイルランドやルクセンブルクなど上位の国には、外国から多くの人が働きに来ているなど、日本とは異なる事情がある |
出典:馬塲教授への取材をもとに編集部作成
そのため深掘りしにくい数字ですが、目安としては気にしておくべきで、「まずいよね」と頭の片隅に置いておくことが大切だと馬塲教授は言います。
労働生産性は「労働の成果÷労働の投入量」です。分子を大きく伸ばせる国内の業種があると答えられる人はほとんどおらず、分母を小さくするにしても、ここ数年で大きな変化が出るとは考えにくい――改善できる要素は今のところ見当たりにくいといいます。ただ、働き方改革の浸透で、限られた時間で同じ成果を出す工夫は定着しつつあります。上位国とは事情が異なる日本が国際競争力を高めるには、実質的な生産性を改善する工夫が求められます(労働生産性を高める方法については、滝澤美帆教授の解説記事でも紹介しています)。
個を活かす組織づくりは「必然性の確認」から
では、個を活かす組織、一人ひとりが活き活きと働ける組織になるには何が必要なのか。馬塲教授は、置かれた状況によって、個を活かすべきかどうかは変わると言います。個を活かす必要がある状況にあれば、人は必然的に自ら動こうとするからです。
| 会社の状況 | 個を活かす必然性 | 起きやすいこと |
|---|---|---|
| 安定した不動産収入がある、規制に守られた社会インフラを提供しているなど | 低い | 新しいことに本腰を入れて取り組みにくい |
| 事業の寿命が短く、次々に新事業を探さなければならない | 高い | 多くの従業員が新事業を模索するようになる |
出典:馬塲教授への取材をもとに編集部作成
まずは、自社にとって個を活かす必然性がどの程度高いのかを確認すること。そのうえで自律的な発想が必要なら、その機会をつくり、社内に周知することが重要です。
新しい挑戦は、安定事業の「効率化」に潰されやすい
ところが、データを見る限り、そうした機会は潰されている可能性が高いと馬塲教授は指摘します。新しい取り組みにはお金がかかり、最初はほとんどが失敗します。その資金は安定した収益を生む事業から供給されますが、安定事業では新しいことをする必然性は低く、無駄の削減が求められます。失敗を許さず、自由に使える時間を与えない効率化が、挑戦を妨げてしまうのです。
両利きの経営と、中小企業が抱える矛盾
| 企業規模 | 新規事業(探索)と既存事業(深化)の扱い |
|---|---|
| 大企業 | 事業を分けられるため、探索と深化を分ける「両利きの経営」が推奨される。両者は目指すもの、価値観、評価基準が異なるため、分けないと社内で資源を奪い合う「カニバリゼーション」が起きる |
| 中小企業 | 分けるだけの資源がないため、両方を同時に扱う中で矛盾を抱える。その矛盾をどう吸収するかが経営者の腕の見せどころ |
出典:馬塲教授への取材をもとに編集部作成
経営者がどんな矛盾を感じているかによって、必要な手立ても変わると馬塲教授は言います(相反する要求を両立させる考え方については、関口倫紀教授の解説記事でも紹介しています)。
個を活かす機会をつくるには、社員一人ひとりが仕事に何を求め、どんなときに自ら動こうとするのかを知ることが手がかりになります。
社員一人ひとりの価値観から、個を活かす手がかりを得る
個を活かす機会を設計するには、社員が仕事に何を求めているかを把握することが出発点になります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」では、従業員が仕事に求める価値観を分析し、配置や育成、機会づくりを考えるヒントを得られます。
パーパスやビジョンは必要か
個を活かす組織にはパーパスやミッション、ビジョンが必要なのでしょうか。馬塲教授は、経営学者としては「必要」と言いたいところだとしつつ、必ずしも必要でない会社もあると言います。
| 会社の状況 | ビジョンの必要性 |
|---|---|
| ビジネスモデルが安定し、規模もそれほど大きくなく、顧客や地域が新しさを期待していない | 全員で一丸となるビジョンは必ずしも必要ない。共有された価値観を大切にし、顧客との関係が壊れないよう注意深く見守ることが、持続的には望ましい場合もある |
| 社長が会社を成長させたい | 今のビジネスから何かを変える必要がある。社長の方向性や将来像を共有・見える化したビジョンを掲げたほうが、会社は大きくなる |
出典:馬塲教授への取材をもとに編集部作成
「パーパス」という名前かどうかは別として、中小企業の経営者の多くは、社員と共有したい価値観を持っていると馬塲教授は感じています。
よくある質問(FAQ)
Q. 個を活かす組織とは何ですか?
A. 一人ひとりが自ら考えて動き、その力が組織の成果につながっている組織のことです。馬塲教授は、置かれた状況によって個を活かすべきかどうかは変わるため、まず自社に個を活かす必然性がどの程度あるかを確認することが出発点だとしています。
Q. 日本企業はなぜ個を活かせていないのですか?
A. 馬塲教授は、新しい取り組みに必要な資金は安定事業から供給されるものの、安定事業では無駄の削減が求められ、失敗を許さず自由な時間を与えない効率化が挑戦の機会を潰してしまうと指摘しています。一人当たり労働生産性やヒット商品の継続的な創出も改善していないといいます。
Q. 人的資本経営に違和感があるのはなぜですか?
A. 馬塲教授は、バブル期に欧米の研究者が評価した日本企業の人的な側面が、欧米向けに調整されて「人的資本」として逆輸入された印象があるとしています。人を大切にする根底は変わらない一方、働く人の意識は変わったため、これからの時代の「人を大切にする」を考え直す必要があると述べています。
Q. 労働生産性の国際比較はどう見ればよいですか?
A. 馬塲教授は、円安の影響や、外国から働きに来る人の扱いによって数字が大きく変わるため、どこまで信じてよいか慎重に見る必要があるとしています。ただし目安として気にしておくべきで、実質的な生産性を改善する工夫が求められるといいます。
Q. 中小企業にもパーパスやビジョンは必要ですか?
A. 馬塲教授は、ビジネスモデルが安定し、顧客が新しさを期待していない会社では必ずしも必要ないとしています。一方、会社を成長させたい場合は、社長の方向性や将来像を共有・見える化したビジョンを掲げたほうが会社は大きくなるといいます。
まとめ:個を活かすかどうかを見極め、必要なら機会をつくって守る
- 人を大切にする根底は変わらない。ただし働く人の意識が変わった今、「人を大切にする」の中身を考え直す必要がある
- 日本企業には戦略がないのではなく、将来構想と価値観の共有を重視してきた
- 日本企業は今も個を活かせていない。一人当たり労働生産性もヒット商品の創出も改善していない
- 労働生産性の国際比較は、為替や外国人の労働の扱いで大きく変わる。目安として頭の片隅に置く
- 個を活かす組織づくりは、自社に個を活かす必然性があるかの確認から。必要なら機会をつくり、効率化で潰さない
では、会社が従業員に自律を求めるとき、何から始めればよいのでしょうか。後編では、帰属意識と対話から始める自律の促し方、事業承継を成功に導く対話、そしてすべてをジョブ型にするとイノベーションが起きにくくなる理由を紹介します。
個を活かす組織と人事のあり方を相談する
個を活かす機会をつくり、挑戦を効率化で潰さない組織にするには、評価や役割、育成の仕組みも見直す必要があります。DEFiDEでは、人事制度や人材マネジメントの課題について相談を受け付けています。
▶ 後編:自律的な社員はどう育てる?帰属意識と対話から始める自律の促し方と、すべてをジョブ型にするとイノベーションが起きにくい理由(内部リンク)
▶ インタビュー全文:従業員との対話からすべてが始まる(前編)(JOB Scopeマガジン)