技術流出はなぜ起きたのか?エンジニアの海外移動の構図|東北大学・藤原綾乃准教授

 

技術流出とは、企業が蓄積してきた技術やノウハウが、人材の移動などを通じて他社や他国に移っていくことです。東北大学の藤原綾乃准教授は、特許データを使ってエンジニアの移動を追跡し、日本の電機メーカーを離れたエンジニアが中国・韓国・台湾の企業で活躍し、日本にはほとんど戻っていない実態を明らかにしました。

日本経済が停滞するあいだに、中国や韓国の企業は急速に競争力を高めました。その原動力の一つが、日本企業を離れてそれらの企業に移ったエンジニアたちです。そして今、世界のトップエンジニアの移動から、日本は取り残されつつあります。

本記事では、技術経営戦略論と国際経営論を専門とする藤原准教授へのインタビューをもとに、技術流出の研究を始めた背景と分析手法、流出先の国ごとの特徴、海外に移ったエンジニアのその後、日本が優秀な人材を惹きつけられない「日本パッシング」、そして日本で女性エンジニアが力を発揮するための条件を解説します。

この記事でわかること

・特許データで見えた、日本のエンジニアの海外流出の実態

・中国・韓国と台湾で異なる、日本人エンジニアの採用の傾向

・海外に移ったエンジニアが日本に戻らない理由

・世界のトップエンジニアの移動から外れる「日本パッシング」

・女性エンジニアが力を発揮するための配置とロールモデル

取材協力:藤原 綾乃 氏

東北大学大学院 経済学研究科 准教授(取材時)。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(技術経営戦略学専攻)、博士(工学)。大阪大学大学院国際公共政策研究科 特任助教、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 主任研究官、日本経済大学 准教授を経て現職。専門は技術経営戦略論、国際経営論。技術者・研究者の国際流動化、イノベーション、知識移転を研究している。研究・イノベーション学会 女性エンジニア活性分科会の理事も務める。著書に『技術流出の構図――エンジニアたちは世界へとどう動いたか』(白桃書房、2016年)、『技術獲得のグローバルダイナミクス』(白桃書房、2025年)。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

技術流出の研究を始めた背景――「少数の退職は影響がない」は本当か

藤原准教授が研究を始めたのは2012年ごろです。特許データを使って人の移動を可視化できないか、と考えたのが出発点でした。

きっかけの一つは、大手電機メーカーで問題になった、いわゆる「追い出し部屋」でした。リストラは、むしろ優秀な人材を失う逆効果になっているのではないか――そう考えた藤原准教授が人事担当者にインタビューすると、「少数の退職者が出ても影響はない」という見方が一般的だったといいます。

しかし藤原准教授は、一社にとっては小さな影響でも、国全体で見れば重大な影響になりうると考え、包括的なデータ分析に取り組みました。その成果が、東京大学大学院の博士論文を再構成した前著『技術流出の構図』(白桃書房)です。続く新著『技術獲得のグローバルダイナミクス』(白桃書房、2025年)では、日本企業に流入する外国人材の活用を詳しく論じています。

特許と論文の書誌情報で「人の移動」を追跡する

分析の観点 内容
使うデータ 特許データや論文の書誌情報(著者名、出願人、所属企業・大学など)
分析の方法 発明者・著者の名前をもとに所属の変化を追跡し、人の移動を可視化する
前著での分析 日本の電機メーカーから中国・韓国企業へ移ったエンジニアの属性と、受け入れた企業の活用方法
新著での分析 日本企業が外国人材をどの程度活用できているか(半導体産業を中心に)

出典:藤原准教授への取材をもとに編集部作成

日本のエンジニアはどこへ移ったのか――中国・韓国と台湾で異なる採用

海外に移ったエンジニアの年齢層や活用のされ方は、国によって異なります。なお、熟練のエンジニアはアドバイザーや指導者として採用されることも多く、特許や論文に名前が出ないこともあるため、書誌データで動きを完全に把握するのは難しいと藤原准教授は断っています。

移籍先 採用された層 期待された役割
中国・韓国の企業 30代〜40代前半の比較的若い層が中心 研究開発と特許出願の担い手。「教わりたい」というより「どんどん研究開発をしてほしい」という姿勢。スマートフォン関連で活用されたと推測される
台湾の企業 50代・60代など年齢の高い層を好んで採用 日本企業出身者から学びたいという意図がうかがえる

出典:藤原准教授への取材をもとに編集部作成

海外に移ったエンジニアは日本に戻らない

海外に移ったエンジニアはその後どうなっているのか。藤原准教授によれば、日本企業にはあまり戻らず、現地の企業を転々とする傾向が強いといいます。

段階 傾向
最初のオファー 1〜2年の契約で、年収は日本の3〜10倍、場合によっては億単位になることもある
契約終了後 前の企業より少し規模の小さい企業に移ることが多い
日本への還流 あまり戻らない。一度外に出た人材を日本企業に循環させる仕組みがない

出典:藤原准教授への取材をもとに編集部作成

藤原准教授は、一度日本を出た人材を、再び日本企業に循環させる仕組みがないことを問題視しています。

一人ひとりの退職を「少数だから影響はない」と見過ごさないためには、どんな人材が、どれだけ、なぜ辞めているのかを、自社のデータで把握しておくことが出発点になります。

人材の流出入を、データで見える化する

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世界のトップエンジニアから外れる「日本パッシング」

日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2024」によると、2023年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中29位、就業者一人当たりでは32位でした。藤原准教授は、特許データの分析からも、日本企業の強みだった技術力が薄れている印象を受けると言います。

指標(2023年) OECD加盟38カ国中の順位
時間当たり労働生産性 29位
就業者一人当たり労働生産性 32位

出典:公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2024」をもとに編集部作成

新著で中心的に分析した半導体産業は、世界的に重要な分野で、人材の国際移動も活発です。上位1%ほどのトップエンジニアは、米国、中国、台湾、オランダといった半導体の主要国の間を移動していますが、日本はその動きの外に置かれている。藤原准教授はこれを「日本パッシング」と表現します。

欧米のエンジニアが「アジアに行く」と考えるとき、選ぶのは日本ではなく中国、韓国、台湾であることが多いといいます。優秀な人材は日本に来ないどころか、日本から出ていく。日本企業の人を惹きつける力が、日本人に対しても外国人に対しても機能していないことが、技術力や生産性の低下の一因だと藤原准教授は考えています(労働生産性を高める方法については、滝澤美帆教授の解説記事でも紹介しています)。

イノベーションが加速しない理由――研究資金の削減

日本企業のイノベーションが加速しない課題として、藤原准教授がまず挙げるのが研究資金の削減です。大学でも研究費は減らされ続けています。「良い研究をしなさい」と言われても、制約が多い環境では成果を出しにくく、突飛で独自の研究成果を狙うインセンティブも働きません。結果として、これまでの延長線上の研究にとどまりがちになっているといいます。

女性エンジニアが力を発揮するには――「人数の目標」より「採用後のマネジメント」

海外から人材を惹きつけられないだけでなく、日本には国内の人材の力も生かし切れていない面があります。その一つが女性エンジニアです。

藤原准教授は、日本の大学や企業が女性の人数や比率の目標を掲げることに偏りがちな点を指摘し、採用した後のマネジメントこそ重視すべきだと言います。ヒントになるのが、中国・韓国企業の人材活用です。日本企業出身のエンジニアを同じ研究チームに複数人入れることで、チームの業績が高まることがわかっています。

女性エンジニアについても、部署に1人だけ配置するのではなく複数人を配置し、互いの支援やコミュニケーションを活発にすることで、能力を発揮しやすくなる可能性があると藤原准教授は言います。そのうえで、マネジメントの方法を継続的に評価・改善し、データ分析で最適な方法を見つけていくことが重要だとしています。

評価の軸があいまいな企業ほど、女性エンジニアは困難に直面しやすい

藤原准教授は、文部科学省 科学技術・学術政策研究所に在籍していた2019年に、論文「データ分析で見るジェンダー平等の日本の課題」を発表しています。大学の女性研究者が教授に昇進するまでの時間と、それに影響する要因を、論文の書誌情報や研究者データベース「researchmap」を使って分析したもので、昇進には男女の不平等が存在していたといいます。

大学では論文数などで評価の軸が比較的明確です。一方、企業で働く女性エンジニアは評価の軸が定まりにくく、より困難に直面しているのではないかと藤原准教授は見ています。

女性が管理職を目指しにくい理由と、ロールモデルの重要性

女性が管理職を目指しにくい理由 必要な対策
社内にモデルとなる女性がいない ロールモデルを育成し、社内外に紹介する
協力者が少ない 社内外のサポート体制を強化する
役職の負担が大きい。特に30代後半〜40代は子育てや介護が重なる ライフステージに合わせたサポートを用意する

出典:藤原准教授への取材をもとに編集部作成

藤原准教授は、女性が管理職の多くを占めるとされるフィリピンを例に挙げます。政治やビジネスで女性が高い地位に就くことが一般的で、それがロールモデルとして機能しているといいます。日本でも、ロールモデルを育て、紹介し、社内外のサポート体制を強化していく必要があります(女性が管理職を敬遠する理由については、坂爪洋美教授の解説記事でも紹介しています)。

藤原准教授は、企業経営・マネジメントの向上や科学技術・イノベーション政策の提言を目的とする研究・イノベーション学会で、女性エンジニアが能力を発揮できる環境づくりに向けて提言を行う「女性エンジニア活性分科会」の理事も務めています。

よくある質問(FAQ)

Q. 技術流出とは何ですか?

A. 企業が蓄積してきた技術やノウハウが、人材の移動などを通じて他社や他国に移っていくことです。藤原准教授は特許データを使ってエンジニアの移動を追跡し、日本の電機メーカーから中国・韓国・台湾の企業へ移ったエンジニアの実態を明らかにしています。

Q. 日本のエンジニアはどこへ、どのように移ったのですか?

A. 中国・韓国の企業は30代〜40代前半の比較的若い層を研究開発の担い手として採用し、台湾の企業は50代・60代など年齢の高い層を、日本企業出身者から学ぶ目的で採用する傾向がありました。最初のオファーは1〜2年契約で、年収が日本の数倍になる例もあったといいます。

Q. 海外に移ったエンジニアは日本に戻ってきますか?

A. 藤原准教授によれば、日本企業にはあまり戻らず、現地の企業を転々とする傾向が強いといいます。一度日本を出た人材を再び日本企業に循環させる仕組みがないことが問題だと指摘しています。

Q. 「日本パッシング」とは何ですか?

A. 上位1%ほどの世界のトップエンジニアが、米国、中国、台湾、オランダといった半導体の主要国の間を移動する一方で、日本がその動きの外に置かれている状況を、藤原准教授が表現した言葉です。日本企業の人を惹きつける力が機能していないことを示しています。

Q. 女性エンジニアが力を発揮するには何が必要ですか?

A. 藤原准教授は、女性の人数や比率の目標よりも採用後のマネジメントを重視すべきだとしています。部署に1人だけでなく複数人を配置して支援やコミュニケーションを活発にすること、ロールモデルを育てて紹介し、社内外のサポート体制を強化することを挙げています。

まとめ:「少数の退職」を軽視せず、人を惹きつけ、生かす組織へ

  • 特許データの分析から、日本の電機メーカーのエンジニアが中国・韓国・台湾の企業へ移った実態が明らかになった
  • 中国・韓国は若手を研究開発の担い手として、台湾はベテランを学ぶ相手として採用する傾向があった
  • 海外に移ったエンジニアは日本に戻らず、一度出た人材を日本企業に循環させる仕組みがない
  • 世界のトップエンジニアの移動から日本は外れる「日本パッシング」。研究資金の削減もイノベーションを鈍らせている
  • 女性エンジニアは、人数の目標より採用後のマネジメントを。複数配置とロールモデル、サポート体制が鍵

では、日本企業は外国人エンジニアをどのように採用し、活躍してもらえばよいのでしょうか。後編では、日本企業と外国人エンジニアの期待のミスマッチ、データに基づく人材配置とジョブ型の考え方、そして中小・中堅企業が外国人エンジニアを採用する価値について紹介します。

エンジニアが仕事に求める価値観を把握する

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▶ 後編:外国人エンジニアの採用・活用はどう進める?期待のミスマッチを解消する方法と、データに基づく人材配置・ジョブ型の考え方(内部リンク)

▶ インタビュー全文:今こそ、データに基づく経営を(前編)(JOB Scopeマガジン)

JOB Scope編集部

Written By: JOB Scope編集部

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