人事制度を変える前に考えるべきこと|成果主義の教訓|高橋伸夫教授

 

人事制度を変える前には、「ダメだったときに本当に戻せるのか」を問い、流行ではなく自社の具体的な問題から考えることが欠かせません。東京理科大学の高橋伸夫教授は、既存の人事制度の多くは長年の改良を重ねたよくできたものであり、日本企業は自信を持ち、おかしなところだけを変えればよいと語ります。

新しい人事制度が話題になるたびに、「うちも導入すべきか」と考える経営者や人事担当者は少なくありません。しかし、その判断は本当に自社の問題から出発しているでしょうか。

本記事では、成果主義の最盛期に異を唱えた高橋教授へのインタビューをもとに、成果主義が繰り返し持ち出される理由、制度を変える前に問うべきこと、制度導入の思わぬ副作用、日本企業が自信を持つべき理由、そして人事の責任の重さを解説します。

この記事でわかること

・成果主義が繰り返し持ち出される理由

・人事制度を変える前に問うべき「戻せるのか」という問い

・制度の導入が思わぬ副作用を生む例(自己申告制度)

・日本企業が「自信を持つべき」理由と、変えるべきところの見極め方

・人の人生を左右する人事制度の責任の重さ

取材協力:高橋 伸夫 氏

東京理科大学 経営学部 経営学科 教授、東京大学 名誉教授(取材時)。1957年北海道小樽市生まれ。1980年小樽商科大学商学部卒業、1984年筑波大学大学院社会工学研究科退学。東京大学教養学部助手、東北大学経済学部助教授、東京大学教養学部助教授、同経済学部助教授などを経て、1998年東京大学大学院経済学研究科教授。2023年より現職。専門は経営組織論。組織学会賞(高宮賞)、経営科学文献賞、交通図書賞を受賞。著書に『虚妄の成果主義――日本型年功制復活のススメ』(日経BP社)、『ぬるま湯的経営の研究』(東洋経済新報社)、『組織の思想史』『組織の不都合な真実――経営学は科学なのか?』(日本経済新聞出版)、『知らなかったでは済まされない 経営学の話』(高橋書店)など多数。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

成果主義はなぜ繰り返し持ち出されるのか

高橋教授は約20年前、『虚妄の成果主義――日本型年功制復活のススメ』で、成果主義の導入が最盛期を迎えるなか、その危うさを訴えました。この本はベストセラーとなり、後に文庫化されています。

高橋教授によれば、ある政治学者は、誤りだとわかった考え方を徹底的に批判して決着をつけないために、成果主義や能力主義が不況のたびに復活すると指摘しているといいます。その多くは、安易な人件費の削減策として繰り返されているというのです(ジョブ型と成果主義の違いについては、米倉誠一郎氏の解説記事でも紹介しています)。

高橋教授は、経済団体が毎年まとめる報告書の影響もあり、多くの企業が成果主義の導入に動いたと振り返ります。毎年テーマを設けること自体は悪くないものの、軽い気持ちで導入したり、問題がないのに制度を変えたりすることは、強く戒めるべきだと言います。

人事制度を変える前に問うべきこと

高橋教授は、既存の人事制度の多くは、長年にわたって改良されてきた、よく考えられたものだと言います。そのうえで、制度を変えようとする企業に、次のように問いかけています。

問い 内容
① ダメだったときに、本当に戻せるのか 人事制度は一度変えると、元に戻すのが難しい。失敗したときの影響まで考えておく
② 流行で入れようとしていないか 他社がやっているから、新しいからという理由だけで導入していないか
③ 自社の問題は何か 変えるべき具体的な問題があるのか。おかしなところだけを変えればよいのではないか
④ 副作用はないか 制度の導入によって、社員の受け止め方や職場の関係がどう変わるか

出典:高橋教授への取材をもとに編集部作成

事例:自己申告制度の導入を見送った中堅企業

ある中堅企業で、社長と専務が自己申告制度の導入を検討していました。高橋教授は、制度を導入することで、従業員が「これまで自分たちは理解されていなかったのか」と疑ってしまう副作用があると指摘しました。すると専務が、導入を見送る方向で発言したといいます。

よかれと思って入れた制度が、社員に思わぬメッセージとして伝わることがあります。制度を変えるときには、その制度が社員にどう受け止められるかまで考える必要があるのです(流行の経営手法に惑わされない人事の考え方については、竹内規彦教授の解説記事でも紹介しています)。

否定された学説を教え続けることの問題

高橋教授は、著書『知らなかったでは済まされない 経営学の話』で、経営学者、経営者、マネジャー、人事部長というそれぞれの立場から経営学を解説しています。人事部長の立場を扱った章では、成果主義への疑問とともに、今では実証研究によって支持されていない学説も紹介しています。

学説 高橋教授の指摘
マズローの欲求段階説 人の欲求は段階的に高まるとする説。実証研究では支持されなかったとされる
人間関係論(メイヨー、レスリスバーガーら) 職場の人間関係が生産性を左右するとする考え方。後の研究で、当初の主張は支持されなかったとされる

出典:高橋教授への取材をもとに編集部作成

経営学が科学である以上、すでに否定されている学説を、そのまま教え続けるのはおかしいと高橋教授は言います。人事制度を考えるときも、根拠となる考え方が今も支持されているのかを確かめることが大切です。

日本企業は自信を持ち、おかしなところだけ変えればよい

高橋教授は、日本的経営は基本的には最強だと考えています。多くの日本企業がやっていることは間違っておらず、長い歴史の中で生き残ってきたからこそ、さまざまな仕組みややり方を理解しているからです。ただし、何でも日本的経営と呼べるわけではなく、何を日本的経営とするのかを明確にする必要があると言います(日本企業の強みを支える仕組みの理屈については、岸本太一氏の解説記事でも紹介しています)。

高橋教授から経営者へのメッセージ 内容
自信を持つ 日本企業がやってきたことの多くは間違っていない
本当にまずいところは変える 問題がはっきりしているところは、きちんと見直す
流行で変えない 特に問題がないのに「新しいから」と変えると、たいてい失敗する
おかしなところだけ変える 見直しは、おかしなところに絞って行う

出典:高橋教授への取材をもとに編集部作成

自社の制度のどこが本当に問題なのかを見極め、必要なところだけを見直すには、外部の視点も交えて冷静に検討することが役立ちます。

自社に合った人事制度の見直しを考える

人事制度を見直すときは、流行ではなく自社の具体的な問題から出発し、変えるべきところを見極めることが大切です。DEFiDEでは、人事制度や人材マネジメントの課題について相談を受け付けています。

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人の人生を左右する人事制度、その責任の重さ

高橋教授は、学生に対しても「君は人事や労務を軽く考えすぎている」と伝えることがあるといいます。人事制度を不用意にいじれば、心身の健康を損なう人が出るなど、人の人生を大きく左右しかねないからです。

それにもかかわらず、人事に不慣れな人が制度を変え、うまくいかなくても責任を取らずに異動や転職をしてしまうことがある、と高橋教授は指摘します。人事担当者は、その危うさを理解したうえで慎重に取り組む必要があります。人事の責任者は、それだけ重い職務なのです。

肩書きから解放され、遠慮せずに書きたいことを書けるようになったという高橋教授は、今も精力的に執筆を続けています。その根底にあるのは、制度ではなく「人」こそが組織の本質だというメッセージです。

よくある質問(FAQ)

Q. 人事制度を変える前に何を考えるべきですか?

A. 高橋教授は、「ダメだったときに本当に戻せるのか」を問うことを勧めています。あわせて、流行で導入しようとしていないか、自社に変えるべき具体的な問題があるのか、制度が社員にどう受け止められるかという副作用まで考えることが大切です。

Q. 成果主義はなぜ繰り返し導入されるのですか?

A. 高橋教授は、誤りだとわかった考え方に決着をつけないために、成果主義や能力主義が不況のたびに復活し、その多くが安易な人件費の削減策として繰り返されているという見方を紹介しています。

Q. 流行の人事制度を導入するリスクは何ですか?

A. 特に問題がないのに「新しいから」「他社がやっているから」と制度を変えると、たいてい失敗すると高橋教授は指摘しています。既存の制度の多くは長年改良されてきたもので、変えるのはおかしなところだけでよいとしています。

Q. 制度の導入で思わぬ副作用が出ることはありますか?

A. あります。高橋教授は、ある中堅企業が自己申告制度の導入を検討した際、従業員が「これまで理解されていなかったのか」と疑ってしまう副作用を指摘し、導入が見送られた例を紹介しています。

Q. 日本企業は自社の経営に自信を持ってよいのですか?

A. 高橋教授は、日本的経営は基本的には最強であり、多くの日本企業がやっていることは間違っていないと考えています。そのうえで、本当にまずいところは変え、流行で変えるのではなく、おかしなところだけを見直すべきだとしています。

まとめ:流行で変えず、戻せるかを問い、人を中心に考える

  • 成果主義は、誤りに決着がつかないまま、不況のたびに人件費削減策として繰り返されてきた
  • 人事制度を変える前に、「ダメだったときに本当に戻せるのか」を問う
  • 制度が社員にどう受け止められるか、思わぬ副作用まで考える
  • 日本企業は自信を持ち、流行ではなく、おかしなところだけを変える
  • 人事制度は人の人生を左右する。人事の責任者は重い職務であることを自覚する

前編では「やり過ごし」と「ぬるま湯」の組織論を、中編では失敗から学ぶ組織を見てきました。制度を変えることよりも、それを運用する人と、人を大切にする姿勢こそが、組織の強さを支えています。

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Written By: JOB Scope編集部

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