ジョブ型の仕組みのうち、職務内容を明示する「ジョブディスクリプション(職務記述書)」は、社員が社内でのキャリアを描きやすくするという点で、キャリア形成にプラスの効果があります。法政大学の坂爪洋美教授は、一方で職務と雇用を安易に直結させることには懸念を示しています。
日本企業でもジョブ型の導入をめぐる議論が活発になっています。しかし、ジョブ型が社員の自律的なキャリア形成を後押しするのか、日本企業がすべてジョブ型雇用に移行するのかについては、まだ議論の余地があると坂爪教授は指摘します。
本記事では、人的資源管理と組織行動論を専門とし、管理職やキャリア形成を研究する坂爪教授へのインタビューをもとに、人的資本開示の受け止め方、ジョブ型の5つの特徴、ジョブディスクリプションがキャリア形成にプラスになる理由、企業主導から「企業・社員調整型」へのキャリア形成の転換、そして日本企業におけるジョブ型の行方について解説します。
この記事でわかること
・人的資本開示の意義と、「数字をつくる」ことへの注意点
・ジョブ型の5つの特徴
・ジョブディスクリプションが社員のキャリア形成にプラスになる理由
・企業主導型から「企業・社員調整型」へのキャリア形成の転換
・日本企業でジョブ型はどう広がるのか(若手層・上位層・中小企業)
取材協力:坂爪 洋美(さかづめ ひろみ)氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授(取材時)。慶應義塾大学文学部卒業。民間の人材サービス会社勤務を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得退学。博士(経営学)。和光大学を経て、2015年より現職。専門は人的資源管理・組織行動論。著書に『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』(中央経済社、2020年、共著)、論文に「管理職の役割の変化とその課題――文献レビューによる検討」(『日本労働研究雑誌』2020年、単著)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人的資本開示はプラス、ただし「数字づくり」には注意
坂爪教授は、人は企業が成果を上げるための大事な資源であり、人材マネジメントに関わる人にとっては当たり前のことだと考えてきたため、人的資本経営がここまで注目されることに驚いたと言います。それでも、人材マネジメントに直接関わらない人たちが人の大切さを改めて認識したことには、プラスの意味があると評価しています。
情報開示によって、各社の取り組みが客観的な数値で比較できるようになったことにも一定の効果があります。一方で、企業には自社を少しでもよく見せたいという思いがあるため、数字をつくることを意識してしまう点には注意が必要です。
例えば、男性の育児休業取得率を上げようとするあまり、「とりあえず1日でもよいから取ろう」と、取得期間が短くなる現象が起きがちです。本来は、男性が子育てに参画するよいきっかけにすることが法改正の趣旨でした。厚生労働省の調査では、男性の育児休業取得率は2024年度に40.5%と大きく上昇しています。数字の伸びだけでなく、その中身にも目を配ることが大切です。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 男性の育児休業取得率(2024年度) | 40.5% |
| 男性の育児休業取得率(2023年度) | 30.1% |
出典:厚生労働省「雇用均等基本調査」
ジョブ型とは?――押さえておきたい5つの特徴
坂爪教授は、ジョブ型を議論するときは、まず「ジョブ型とは何か」をきちんと押さえることが第一歩だと言います。そのうえで、慶應義塾大学の八代尚宏氏(当時)が挙げるジョブ型の5つの特徴を紹介しています。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| ① 職務と給与の連動 | 担う職務によって給与が決まる |
| ② 職務記述書による明示 | ジョブディスクリプション(職務記述書)で仕事の内容をはっきり示す |
| ③ 中途採用が中心 | 新卒一括採用ではなく、中途採用が採用の中心になる |
| ④ 職務と雇用の直結 | その職務がなくなれば、雇用が継続されなくなる |
| ⑤ ポストの空きが前提 | 職務(ポスト)が空かない限り、昇給・昇格ができない |
ジョブディスクリプションがキャリア形成にプラスになる理由
従業員のキャリア形成に高い関心を持つ坂爪教授は、5つの特徴のうち、ジョブディスクリプションが明示されることは、社員のキャリア形成にプラスの効果があると考えています。
ある仕事をするためにどんな経験が必要かが明確に決まり、それが社員に開示されれば、「自分の経験はこの会社で次にこうつながる」「この会社にいると、こんなキャリアの可能性がある」と考えられるようになります。ぼんやりとしか見えていなかったキャリアの将来像が、描きやすくなるのです。
坂爪教授が海外企業を訪れると、ジョブの仕事内容や必要な能力が明示され、どのポストが空いているかを社員がパソコンで確認できるようになっていることが少なくないといいます。こうした企業では、「次はここに行きたい」「この仕事に就くには、この経験が必要だ」と、社内でのキャリアを考えやすくなります。その情報を使って考えること自体が、自分のキャリアを考える力を育てるきっかけにもなります。
一方で、職務と雇用の直結は日本企業と相性が悪い
ただし、ジョブと雇用を直結させることや、中途採用を中心にすることについては、日本の、特に大企業とは相性が悪いと坂爪教授は見ています。大企業が新卒採用を手放すことは考えにくく、社員の雇用は基本的に守られるという前提に立てば、ジョブディスクリプションの明示がキャリア形成にプラスに働く、というのが坂爪教授の考え方です。
| ジョブ型の要素 | キャリア形成・日本企業との関係(坂爪教授の見方) |
|---|---|
| ジョブディスクリプションの明示 | 社員がキャリアを描きやすくなり、キャリア形成にプラス。年齢を問わず広がっていく |
| 職務と給与の連動 | 一定の年齢・職位以上ではすでに入りつつあり、今後も広がる |
| 職務と雇用の直結・中途採用中心 | 新卒採用を続け、雇用を守る日本の大企業とは相性が悪く、進みにくい |
ジョブ型をキャリア形成に生かすには、まずジョブをどう定義し、どこまで社員に開示するかを設計することが出発点になります。
ジョブの定義から始める人事制度設計に
ジョブディスクリプションをキャリア形成に生かすには、職務の定義や必要な経験・能力を整理し、評価・報酬・育成と結びつけて設計することが欠かせません。JOB Scopeでは、ジョブ型人事制度を設計するためのフレームワークをまとめた資料を無料で提供しています。
キャリア形成は「企業主導型」から「企業・社員調整型」へ
坂爪教授は共著『シリーズ ダイバーシティ経営』の中で、キャリア形成のあり方を「企業主導型」から「企業・社員調整型」へ移行すべきだと説いています。その理由は2つあります。
- ビジネス環境の変化が激しくなり、企業が長期にわたって多くの社員のキャリアを主導すること自体が難しくなっている
- 社員の希望をある程度反映し、企業のニーズと調整したほうが、社員が活躍すると期待できる。労働力人口が減る中で、社員のニーズを無視して企業主導で押し切るのは得策ではない
例えばリスキリングでも、新しいスキルを学ぶ意欲は、やらされるより、自分の今後のキャリアに必要だと思えるときのほうが高まります。一方で、完全に個人任せにするのも難しいため、企業のニーズと個人のニーズを調整することが重要になります。
| 企業主導型 | 企業・社員調整型 | 個人主導型 | |
|---|---|---|---|
| キャリアを決めるのは | 企業 | 企業と社員が調整して決める | 社員 |
| よい点 | 企業のニーズに沿った配置ができる | 社員の意欲と企業のニーズを両立しやすい | 社員の意欲が高まりやすい |
| 課題 | 環境変化が速く、長期の主導が難しい | 調整の仕組みと運用が必要 | 企業のニーズとずれやすい |
出典:坂爪教授への取材内容をもとに編集部作成(個人主導型の列は、取材での「完全な個人主導には難しさもある」という指摘を補足したもの)
ジョブ型はキャリア自律を支援するが、まず「運用」の土台づくりを
ジョブ型には、社内でのキャリアの見通しを立てやすくし、キャリア自律を支援する可能性があると坂爪教授は捉えています。ただし、日本の多くの大企業で働く人たちが「自分のキャリアを考えよう」と言われ始めてから、まだ10年前後しかたっていません。自分でジョブを選びながらキャリアをつくることは、ようやくスタートラインに立ったばかりです。
それなのに「これからはジョブ型だから、キャリアは自分で描き、自己責任で実現しよう」と言われても、社員は混乱してしまいます。実際に、部下が自己申告で他部署への異動を希望すると上司が反対したり感情を害したりするなど、制度はあっても運用がうまくいかないことが多々あります。移行期だからこそ、個人の意識の醸成、管理職のマネジメント改革、職場風土の改革に丁寧に取り組む必要があります(キャリア自律の考え方は、小杉俊哉氏の解説記事でも紹介しています)。
日本企業でジョブ型はどう広がるのか
坂爪教授は、日本企業におけるジョブ型の広がり方を、次のように見通しています。
| 対象 | 見通し |
|---|---|
| 入社2〜3年前後の若手層 | 大企業が新卒採用を手放すことはなく、入社後一定年数までは、当面ジョブ型の議論の対象になりにくい |
| 一定の年齢・職位以上 | 職務やポジションと給与の連動はすでに入りつつあり、今後も広がる。ただし、職務と雇用の直結は進まない |
| ジョブディスクリプション | 年齢を問わない話であり、それを前提としたキャリア形成が広がっていく |
| 中小・中堅企業 | 必要なスキルを持つ人材を確保したいニーズは大企業以上に高く、広がる土壌はある。ただし、人材獲得力によって導入状況に差が出る |
中小・中堅企業では、採用が難しくなる中で、必要なスキルを持つ人材をいつも確保できるとは限りません。職務と雇用を直結させる取り組みは、人材確保にとってプラスにもマイナスにも働きうるといいます。
教育投資は「企業と個人で分け合う」形へ
転職が珍しくなくなり、若手への教育投資が減れば、ジョブ型のもとで働く力が身につかないのではないか――この問いに、坂爪教授は「それはない」と答えます。若手の獲得が難しく、その傾向が続く以上、多くの企業は育成せざるを得ないからです。そのうえで、キャリア自律は能力の向上に個人も責任を持つという考え方でもあるため、能力獲得のための教育投資を、企業と個人が分け合う形はありうるといいます。
よくある質問(FAQ)
Q. ジョブ型はキャリア形成にプラスになりますか?
A. 坂爪教授は、ジョブ型のうちジョブディスクリプション(職務記述書)が明示されることは、キャリア形成にプラスだと考えています。仕事に必要な経験や能力が明確になり社員に開示されれば、社内での次のキャリアや可能性が描きやすくなるためです。
Q. ジョブ型の特徴は何ですか?
A. 坂爪教授が紹介した八代尚宏氏の整理によると、ジョブ型の特徴は、職務と給与の連動、ジョブディスクリプションによる職務内容の明示、中途採用が中心であること、職務がなくなれば雇用が継続されないこと、ポストが空かない限り昇給・昇格できないことの5つです。
Q. 日本企業はすべてジョブ型雇用に移行しますか?
A. 坂爪教授は、日本の大企業が新卒採用を手放すことは考えにくく、職務と雇用を直結させる形は進まないと見ています。一方で、ジョブディスクリプションを前提としたキャリア形成や、一定の年齢・職位以上での職務と給与の連動は広がっていくとしています。
Q. 「企業・社員調整型」のキャリア形成とは何ですか?
A. 企業が一方的に社員のキャリアを決める企業主導型でも、社員に任せきりにする個人主導型でもなく、社員の希望をある程度反映しながら企業のニーズと調整してキャリアを形成する考え方です。坂爪教授は、環境変化が激しく労働力人口が減る中で、この形への移行が必要だと説いています。
Q. ジョブ型は中小企業にも広がりますか?
A. 坂爪教授は、必要なスキルを持つ人材を確保したいニーズは中小・中堅企業のほうが高く、ジョブ型が広がる土壌はあると見ています。ただし、採用が難しくなる中で必要な人材をいつも確保できるとは限らず、業種や職種ごとの人材獲得力によって導入状況に差が出るとしています。
まとめ:ジョブ型は「キャリアを描く道具」として生かす
- 人的資本開示は人の大切さを再認識するきっかけ。ただし、数字づくりが目的化しないよう中身に目を配る
- ジョブ型には、職務と給与の連動、職務記述書、中途採用中心、職務と雇用の直結、ポストの空きが前提という5つの特徴がある
- ジョブディスクリプションの明示は、社員が社内でのキャリアを描きやすくし、キャリア形成にプラス
- 職務と雇用の直結は日本の大企業と相性が悪い。キャリア形成は「企業・社員調整型」へ
- ジョブ型はキャリア自律を支援しうるが、まずは個人の意識、管理職のマネジメント、職場風土の改革が必要
後編では、管理職がなぜ敬遠されるのか、部下のキャリア支援を管理職に丸投げしないための整理、若手を引き留めるための昇進・降格の見直し、ジョブ型で変わる管理職と人事部の役割、そして女性の活躍を阻む「善意の配慮」について解説します。
職務とキャリアパスが見える人事制度へ
社員が自分のキャリアを描けるようにするには、職務の内容や求められる経験、キャリアパスを明確にし、評価や育成と結びつける人事制度が欠かせません。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
▶ 後編:管理職になりたくないのはなぜ?3つの理由と、キャリア支援の丸投げをやめる人事(内部リンク)
▶ インタビュー全文:ジョブ型はキャリア形成にプラスの側面も、雇用との安易な直結には懸念(前編)(JOB Scopeマガジン)