ジョブ型雇用は、日本にある程度は根付くものの、欧米型をそのまま取り入れた硬直的な形にはならず、現場で仕事を融通し合う「日本型」の形になると考えられます。青山学院大学の山本寛名誉教授は、人的資本経営もジョブ型雇用も、結局は「専門性」が軸になると語ります。そのうえで、人事には「働きがい」と「リスキリング」への着目、そして一人ひとりに寄り添う「個別管理」が求められるといいます。
「メンバーシップ型からジョブ型へ」という流れは、多くの企業で進んでいます。しかし、職務を限定して採用するジョブ型は、本当に日本に根付くのでしょうか。そして、人事の役割はどう変わっていくのでしょうか。
本記事では、働く人のキャリアと組織のマネジメントを研究する山本名誉教授へのインタビューをもとに、人事のトレンドである「働きがい」と「リスキリング」、人的資本の情報開示の意味、ジョブ型雇用の行方、そして個別管理へ向かう人事の役割を解説します。
この記事でわかること
・「働きやすさ」と「働きがい」の違い
・リスキリングを「効果」まで考える必要性
・人的資本の情報開示が企業価値を高める理由
・ジョブ型雇用が日本に「ある程度」根付く理由と、日本型の形
・人事の役割が「個別管理」に絞られていく理由
取材協力:山本 寛 氏
青山学院大学 名誉教授。博士(経営学)。銀行、市役所での勤務を経て大学教員となり、2001年から青山学院大学経営学部で人的資源管理論、キャリアデザイン論を担当(本インタビューの取材時は経営学部教授)。メルボルン大学客員研究員を歴任。日本経営協会 経営科学文献賞などを受賞。専門は働く人のキャリアと、それに関わる組織のマネジメント。主な著書に『人材定着のマネジメント』(中央経済社)、『連鎖退職』『なぜ、御社は若手が辞めるのか』『「中だるみ社員」の罠』(日経BP)、『働く人の専門性と専門性意識』『自分のキャリアを磨く方法』(創成社)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人事のトレンドは「働きがい」と「リスキリング」
山本名誉教授は、最近の人事のトレンドで注目すべき点として、「働きがい」と「リスキリング」の2つを挙げています。
働き方改革は、長時間労働の削減や、正規と非正規の不合理な差の是正などを進めてきました。まとめれば「働きやすさ」の向上です。しかし、山本名誉教授は、働きやすさだけでは労働生産性は上がらないと指摘します。
| 観点 | 働きやすさ | 働きがい |
|---|---|---|
| 意味 | 無理なく働ける環境が整っていること | 働いた後に、本人がプラスの効果を感じられること |
| 主な取り組み・場面 | 長時間労働の削減、正規と非正規の不合理な差の是正など | 上司に褒められ、自分の成長を実感する場面など |
| 位置づけ | 働き方改革の中心 | 生産性を高めるための「第二の柱」 |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
少子高齢化が続く日本では、働きやすさと働きがいの両輪で生産性を考える必要があります。若手が重視するものも、数年前の残業や転勤の少なさといったワーク・ライフ・バランスから、報酬や給与へと移りつつあり、「成長実感」も引き続き重視されているといいます。
人的資本経営では、人的資本の情報を開示するだけでなく、その価値や質を高めることが重要です。そのために従業員エンゲージメントの調査や向上が取り組まれていますが、山本名誉教授は、エンゲージメントに最も近いのが働きがいだと見ています。
リスキリングは「効果」まで考える
リスキリングは、分野によって捉え方が異なり、従来の学び直しの一環と見る人も少なくありません。経営学では、欧米で始まったDX経営への対応として、就業時間内に会社が行う能力開発を指すものでした。それが日本にも広がったのです。
DXやAI、ITに関する最低限のスキルは、全社員に必要です。ただし、それ以外の専門性も一人ひとりが広げていく必要があります。山本名誉教授は、学び直しで終わると中途半端になるため、結果や効果まで考えることが大切だと指摘します。
| 立場 | リスキリングで得られるもの |
|---|---|
| 会社 | 全社員がITやAIに対応できるようになる |
| 本人 | 社内で評価され、長く働ける「エンプロイアビリティ(雇用される能力)」が高まり、転職もできるようになる |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
どこでも通用するスキルを身につけ、その成果まで把握するリスキリングへと広げていくことが求められているのです。
人的資本の情報開示は企業価値を高める
戦略人事や人的資本経営は、バズワードのように語られることもあります。山本名誉教授によれば、戦略人事は経営学では「戦略的人的資源管理」と呼ばれ、経営戦略と人事戦略を適合・連動させることを指します。人事はこれまで、専門知識を持つスタッフ部門であり、業績に直結するライン部門ではないと言われてきました。戦略的人的資源管理では、企業業績に直結することと、能力開発を重視することが加わるのが特徴です(戦略人事の基本的な考え方については、守島基博教授の解説記事でも紹介しています)。
上場企業では、人的資本の情報開示も義務化されました。財務情報だけでは企業を評価できなくなり、株主などのステークホルダーは、非財務情報、とりわけ人に関する情報を重視しています。山本名誉教授は、情報を分かりやすく客観的に、過去からの流れも含めて開示し、人的資本の価値が上がっているストーリーを示せる企業は、伸びると判断されて投資を受けやすくなると言います。それは自然な流れだというのです(情報開示が企業にもたらすメリットについては、川口章教授の解説記事でも紹介しています)。
ジョブ型雇用は日本に「ある程度」根付く
ジョブ型雇用は多くの企業で導入が進み、「うちはメンバーシップ型だ」と言うと流行に遅れているような印象さえあります。山本名誉教授は、すべてではないものの、ジョブ型はある程度は根付くと見ています。
| ジョブ型が広がる背景 | 内容 |
|---|---|
| 職務の整理 | 欧米型をそのまま取り入れるかは別として、職務記述書で職務を整理し、必要な経験や資格をもとに採用する形が定着しつつある |
| AI・ロボットの導入 | 単純で反復的な仕事が機械に移り、人が力を発揮するのは、AIで簡単に代わりがきかない専門性が求められる仕事になる |
| 新卒採用の変化 | 「白紙で入社し、会社が育てる」から、「大学教育である程度の専門性を身につけてきてほしい」という方向に変わりつつある |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
日本では、ジョブ型の前に職種別採用が進められた時期もありました。途中からジョブ型を導入する企業では、すでにいる社員の仕事をどう変えるか、専門性を生かせる配置をどう行うかが課題になります。キャリア教育や学生のキャリア意識の変化も、今後を占う要素だといいます(新卒採用への影響については、亀野淳教授の解説記事でも紹介しています)。
職務記述書で職務を整理することは、採用だけでなく、すでにいる社員の専門性を生かす配置を考える出発点にもなります。
職務を整理し、専門性を生かす配置につなげる
職務ごとに求める経験やスキル、役割を整理しておくと、採用や配置で専門性を生かしやすくなります。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。
鍵を握るのは「ジョブローテーション」
山本名誉教授は、人的資源管理の観点では、ジョブローテーションが残るかどうかが鍵になると言います。就職活動中の学生には、ジョブローテーションにマイナスのイメージを持つ人も多いのが実情です。
しかし、例えば大学院で機械工学を修めた人が、40年間その分野だけで働き続けるのは難しいでしょう。職務に合った人を採用しても、職務そのものが変わることは多いのです。米国でも、ジョブローテーションという言葉は使わなくても、異なる分野を経験させることがあり、早期の選抜・抜擢のための育成の仕組みであるファスト・トラック・プログラムにも、それが組み込まれているといいます。ジョブ型であっても、完全に一つの職務に固定されるわけではないのです。
「日本型ジョブ型」は融通無碍
かつて成果主義も「日本に根付くか」が議論され、やがて「日本型成果主義」という議論になりました。山本名誉教授は、ジョブ型も同じように、融通無碍に形を変えていくのが「日本型」の本質だと見ています。
| 観点 | 硬直的なジョブ型 | 日本型のジョブ型 |
|---|---|---|
| 仕事の範囲 | 就業規則や労働協約、職務記述書に基づく労働契約の範囲に限られる | 現場で仕事が変わることを前提に、チームワークやタスクフォースで別の仕事も手伝い合う |
| 専門外の仕事 | 自分の専門分野以外はやらない | 他のメンバーに協力し、柔軟に対応する |
| 専門性 | 一度決めた専門分野に固定される | 専門性そのものも変わっていく |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
日本には現場を重視する考え方があり、自分の専門以外はやらない、他のメンバーに協力しないという硬直的な形にはならないだろう、というのが山本名誉教授の見方です。
人事の役割は「個別管理」に絞られる
先行きが見えにくい時代に、人事の役割はどう変わるのでしょうか。山本名誉教授は、人事の役割は「個別管理への対応」に絞られると言います。
春闘によるベースアップや、モデル賃金に基づいて入社年次ごとに金額を決める方式は、以前から崩れています。社員は入社年次ではなく、価値観も含めて多様になっており、一人ひとりに寄り添うマネジメントが必要になっているのです。
| 個別管理を支えるもの | 内容 |
|---|---|
| AIの活用 | これまでは入社年次や学歴で大きくまとめるしかなかったが、本人の情報をもとに個別に対応できるようになった |
| 異動時のミスマッチ防止 | 配置転換の際に、その部署に必要な資質や適性をAIで事前に把握し、合う人を異動させる。ミスマッチは入社時だけでなく異動のタイミングでも重要になる |
| 社内キャリアの情報開示 | 求職者には、採用時点の仕事内容や条件だけでなく、入社後の転勤の有無や将来就く可能性のある仕事など、社内キャリアの情報も示すことが国の方針として求められるようになった |
| 価値観の把握 | 個人の価値観や仕事選びの軸は普段聞きにくい個人的な情報だが、人事はある程度把握しておくべき |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
人事管理が集団管理から個別管理へ移ってきた流れについては、山本名誉教授の「人的資源管理はなぜ重要か」の解説記事でも紹介しています。
よくある質問(FAQ)
Q. ジョブ型雇用は日本に根付きますか?
A. 山本名誉教授は、すべてではないものの、ある程度は根付くと見ています。職務記述書で職務を整理して採用する形が定着しつつあり、AIやロボットの導入で専門性が求められる仕事が増えていることが背景にあります。
Q. 「日本型ジョブ型」とはどのような形ですか?
A. 労働契約上の職務の範囲にとどまらず、現場で仕事が変わることを前提に、チームワークやタスクフォースで別の仕事も手伝い合う形です。山本名誉教授は、融通無碍に形を変えていくのが日本型の本質だとしています。
Q. 「働きやすさ」と「働きがい」はどう違いますか?
A. 働きやすさは、長時間労働の削減など無理なく働ける環境のことで、働き方改革の中心でした。働きがいは、上司に褒められて成長を実感するなど、働いた後に本人がプラスの効果を感じられることで、生産性を高める第二の柱とされています。
Q. リスキリングで大切なことは何ですか?
A. 山本名誉教授は、学び直しで終わると中途半端になるため、結果や効果まで考えることが大切だとしています。会社にとっては全社員がITやAIに対応できること、本人にとってはエンプロイアビリティが高まることが効果になります。
Q. これからの人事の役割は何ですか?
A. 山本名誉教授は、人事の役割は「個別管理への対応」に絞られるとしています。価値観も含めて多様になった社員一人ひとりに寄り添うため、AIを活用して異動のミスマッチを防ぎ、個人の価値観をある程度把握することが求められます。
まとめ:専門性を軸に、一人ひとりに寄り添う人事へ
- 働きやすさだけでは生産性は上がらない。「働きがい」を第二の柱にする
- リスキリングは学び直しで終わらせず、効果まで考える
- 人的資本の価値が上がるストーリーを開示できる企業は、投資を受けやすくなる
- ジョブ型はある程度根付くが、現場で融通し合う「日本型」の形になる
- 人事の役割は、AIも生かした「個別管理」に絞られていく
では、育てた若手や優秀な人材が流出していくのを、どう防げばよいのでしょうか。後編では、コミュニケーションの活性化、成長実感と成長予感、キャリア・プラトー、そして専門性を軸にした会社と人の結びつきについて紹介します。
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