労働生産性を上げるには?日本の伸び代と人への投資|学習院大学・滝澤美帆教授

 

労働生産性とは、働く人1人当たり、または労働1時間当たりに生み出される付加価値のことです。日本の労働生産性は国際的に低い水準にありますが、学習院大学の滝澤美帆教授は「まだまだ伸び代がある」と前向きに捉えています。

前編では、経済学における人的資本の考え方と、日本の人への投資が極端に少ない現状を紹介しました。では、日本の労働生産性はどのような状況にあり、どうすれば高めることができるのでしょうか。

本記事では、滝澤教授へのインタビューをもとに、日本の労働生産性の現状と伸び代、柔軟な働き方が生産性に与える影響、今後の見通しと有形・無形のバランスのよい投資、生成AIとの向き合い方、そして人的資本投資と労働生産性の関係について解説します。

この記事でわかること

・日本の労働生産性の国際的な位置づけと「伸び代」

・日本企業の生産性の「異質性」と、日米で差が大きいサービス業

・テレワークなど柔軟な働き方が生産性や利益率に与えた影響

・労働生産性を上げるための有形・無形のバランス投資と、生成AIの活かし方

・人的資本投資が労働生産性を高める仕組みと、継続投資の重要性

取材協力:滝澤 美帆(たきざわ みほ)氏

学習院大学 経済学部 教授(取材時)。2008年一橋大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019年学習院大学准教授、2020年より現職。専門はマクロ経済学で、企業のミクロデータを用いた労働生産性の実証分析に取り組む。中央省庁の複数の委員や、東京大学エコノミックコンサルティングのアドバイザーを務める。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

日本の労働生産性の現状――国際比較では低い水準

日本生産性本部の国際比較によると、2024年の日本の時間当たり労働生産性は60.1ドルで、OECD加盟38カ国中28位でした。就業者1人当たりでは29位で、主要先進7カ国の中で最も低い状況が続いています。

指標 日本の数値(2024年) OECD加盟38カ国中の順位
時間当たり労働生産性 60.1ドル 28位
就業者1人当たり労働生産性 98,344ドル 29位

出典:日本生産性本部「労働生産性の国際比較2025」(購買力平価換算)

日本企業は「異質性」が高い

ただし滝澤教授は、平均値だけで判断すべきではないと言います。日本企業は、経済学の言葉でいう「異質性(Heterogeneity)」が高いのが特徴です。同じ産業、同じ企業規模でも、生産性が非常に高い企業もあれば低い企業もあります。平均で比べると米国に負けていても、米国の優良企業と同じ水準の生産性を持つ企業も日本には存在しているのです。

日米の差が大きいのはサービス業

産業別に見ると、米国との差が小さい産業もあれば、大きい産業もあります。差が大きいのはサービス業です。滝澤教授の分析では、米国を100とした場合、日本のサービス業の労働生産性(1時間当たり付加価値)は平均で50ほど、つまり半分程度にとどまります。

「まだまだ伸び代がある」と希望を持って捉えることができると思っています。

――滝澤教授

大きな差を悲観的に見ることもできますが、滝澤教授は逆に「余力は十分にある」と捉えています。生産性が上がれば1人当たりの付加価値が増え、人口が増えなくても計算上GDPは増えます。政府も生産性を重視しており、滝澤教授は審議会などで、人への投資を継続して支援することや、大企業との差が大きい中小企業の生産性を高めることの重要性を伝えています。

柔軟な働き方は労働生産性を下げるのか

コロナ禍で、働き方は劇的に変わりました。滝澤教授が関わる「日経スマートワーク経営調査」のデータで、テレワークの利用が広がった後の企業の状況を分析したところ、当初の懸念とは異なる結果が得られました。

分析した指標 在宅勤務・テレワーク活用後の変化
労働生産性 下がらず、むしろよい影響が見られた
利益率 よい影響が見られた
ROE(自己資本利益率) よい影響が見られた

出典:滝澤教授への取材より(日経スマートワーク経営調査のデータを用いた上場企業の分析)

この分析は上場企業に限ったもので、中小・中堅企業を含めた場合の結果はわかりません。それでも、多様で柔軟な働き方が労働生産性や利益率にプラスの影響をもたらしうることがデータで示されたのは事実です。

「全員出社」の画一的な対応への懸念

一方、最近は米国の大手IT企業などで出社を求める動きが目立ち、日本企業でも出社が基本に戻りつつあります。滝澤教授は、働く人のエンゲージメントや気持ちは生産性に大きく影響するとして、根拠のはっきりしない画一的な「全員出社」には残念さを感じていると言います。裁量が与えられると気持ちが安定し、「この会社でもっと頑張ろう」という意欲にもつながるからです。働く人からは、対面のほうが早い場面もある一方で、集中が必要な仕事やイノベーティブな仕事は落ち着ける場所のほうがはかどる、という声も聞かれるといいます。

働き方を見直す際には、制度の効果を社員の意識の面からも確かめながら進めることが大切です。

働き方の見直しが「社員の意欲」に与える影響をつかむ

働き方の変化が生産性につながっているかを知るには、社員のエンゲージメントや働く意識の変化を把握することが欠かせません。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。

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労働生産性を上げるには?――今後の見通しと3つのポイント

人の行動が自由になり、インバウンド需要も戻ったことで、小売業や飲食業、宿泊業などのサービス業では需要が回復しています。滝澤教授は、コロナ禍で最も悪かった時期と比べて、労働生産性は上がっていくと明るい見通しを持っています。そのうえで、生産性向上につなげるためのポイントを示しています。

ポイント 内容
① 人手不足を解消する 需要があっても人がいなければ、適切なサービスを提供できず、生産性の向上に結びつかない
② 有形・無形にバランスよく投資する 過去30年、日本企業は人への投資だけでなく、建物や機械、工場といった有形の投資にも消極的だった。人の訓練と、新しい技術を備えた機械への投資の両方が必要
③ 生成AIを活用し、人を再配置する 生成AIで人手が要らなくなる職場もあるが、どの会社も人手不足のため、うまく再配置できれば全体としてはプラスになる

生成AIは脅威か、力か

生成AIは、労働生産性にとって脅威にも大きな力にもなりえます。ただ滝澤教授は、これは生成AIに限った話ではないと言います。歴史を振り返れば、革新的な機械の導入によって人が要らなくなる職場は何度も生まれてきました。人手不足の今、生成AIで生まれた余力を必要な仕事に再配置できれば、社会全体としてはプラスです。滝澤教授は生成AIを特に脅威とは捉えておらず、むしろ活用して生産性を上げるべきだと考えています。

人的資本投資と労働生産性の関係――費用ではなく「投資」

会計上、教育訓練費や研修費は売上から差し引かれる費用として扱われるため、利益を減らすものと見られがちです。しかし経済学者は、人的資本投資を費用ではなく「投資」と捉えます。投資を続けることで、資産が積み上がっていくと考えるのです。

  会計上の見方 経済学の見方
教育訓練費・研修費 売上から差し引く費用 人的資本を積み上げる投資
利益・生産性への影響 利益を押し下げるものと見られがち 分析では労働生産性とプラスの関係がある
考え方 いくらお金をかけたか いくら投資し、資産を積み上げたか

実際に人的資本投資と労働生産性の関係を分析すると、マイナスの影響はなく、むしろプラスの関係があることがわかっています。その理由は、知識やリテラシーが高まる直接的な効果だけではありません。教育の機会を与えてくれる会社であれば「熱意を持って働こう」という気持ちが生まれ、エンゲージメントが高まる――そうした間接的な効果もあると分析されています。

人への投資は「毎年続ける」もの

新しい機械を導入する場合と違い、人への投資が生産性に表れるまでには時間がかかるかもしれません。それでも、ぐっと我慢して投資を続けることが、労働生産性の向上につながります。設備と同じように人的資本も時間とともに目減りしていくため、人への投資は1回で終わりではなく、毎年継続する必要があります。

中小・中堅企業へのメッセージ――DXと人への投資を同時に

長い景気低迷の中で、中小・中堅企業はなかなか投資ができませんでした。裏を返せば、ICTやDXへの投資の余地はまだ大きいということです。滝澤教授は、政府の中小企業向けの支援も活用しながら、次のような取り組みを同時に進めることを勧めています。

  1. ICT化・DXを進める:政府の補助金などの支援も活用する
  2. 使いこなせる人材を育てる:ICTやDXに投資しただけでは生産性は上がらない。人への投資を同時に行う
  3. 組織も合わせて変える:投資を生かせるよう、組織のあり方も見直す

「何か一つをやれば良いということもありません。」

――滝澤教授

あの手この手で生産性を上げる工夫を続けること。それが、中小・中堅企業が人手不足の時代を乗り越えるための道筋です。

よくある質問(FAQ)

Q. 日本の労働生産性はどのくらいの水準ですか?

A. 日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2025」によると、2024年の日本の時間当たり労働生産性は60.1ドルでOECD加盟38カ国中28位、就業者1人当たりでは29位で、主要先進7カ国の中で最も低い状況です。ただし滝澤教授は、日本企業は生産性の差が大きく、米国の優良企業と同水準の企業も存在すると指摘しています。

Q. 日米で労働生産性の差が大きいのはどの産業ですか?

A. 滝澤教授の分析では、差が大きいのはサービス業です。米国を100とした場合、日本のサービス業の1時間当たりの労働生産性は平均で50ほどと、半分程度にとどまっています。滝澤教授はこの差を、改善の余地が大きい「伸び代」と前向きに捉えています。

Q. テレワークは労働生産性を下げますか?

A. 滝澤教授が上場企業のデータを分析したところ、コロナ禍で在宅勤務やテレワークを活用した後も労働生産性は下がらず、むしろ労働生産性や利益率、ROEによい影響が見られました。中小・中堅企業を含めた場合の結果はわかっていませんが、多様で柔軟な働き方がプラスに働きうることが示されています。

Q. 労働生産性を上げるには何が必要ですか?

A. 滝澤教授は、人手不足の解消、人への投資と新しい機械などの有形の投資をバランスよく行うこと、生成AIを活用して人を必要な仕事に再配置することを挙げています。また、ICTやDXに投資するだけでなく、使いこなせる人材を育て、組織も合わせて変えていく必要があるとしています。

Q. 人的資本投資は労働生産性にどう影響しますか?

A. 会計上は費用として扱われる教育訓練費も、経済学では資産を積み上げる投資と捉えます。分析では、人的資本投資と労働生産性にはプラスの関係があります。スキルが高まる直接的な効果に加え、教育の機会を与えてくれる会社で働く意欲やエンゲージメントが高まる間接的な効果もあります。効果が表れるまで時間がかかるため、毎年継続して投資することが重要です。

まとめ:労働生産性の向上は、人への継続的な投資から

  • 日本の労働生産性はOECD加盟国の中で低い水準だが、企業間の差が大きく、特にサービス業に伸び代がある
  • 上場企業の分析では、テレワークなど柔軟な働き方が労働生産性や利益率にプラスの影響を与えた
  • 生産性向上には、人手不足の解消、有形・無形のバランスのよい投資、生成AIの活用と人の再配置が鍵
  • 人的資本投資は費用ではなく投資。労働生産性とプラスの関係があり、エンゲージメントを通じた間接効果もある
  • 人への投資は毎年継続するもの。中小・中堅企業はDXと人への投資、組織の見直しを同時に進める

人口が増えにくい日本で豊かさを保つ道は、一人ひとりが生み出す付加価値を高めることです。その最も確かな手段が、人への投資を続けることだといえます。

人への投資を「続けられる仕組み」をつくる

人的資本投資の効果を生産性につなげるには、育成を単発で終わらせず、役割や評価と結びつけて継続できる仕組みが必要です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。

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▶ 前編:人的資本投資とは?経済学から見た「人への投資」の意味と、日本の投資が少ない理由(内部リンク)

▶ インタビュー全文:経済学の視点から語る、人的資本投資の意義とは(後編)(JOB Scopeマガジン)

JOB Scope編集部

Written By: JOB Scope編集部

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