グレーゾーンの事業を社会に受け入れられる形にするには、「漂白」「公然化」「合法化」という3つの段階を踏み、経済や社会への貢献を倫理的に説明できる状態をつくることが必要です。東京都立大学の高橋勅徳准教授は、法と倫理と付き合う経営技術は社会を豊かにも貧しくもするため、悪用せず、社会に貢献するための技術として学んでほしいと語ります。
前編・中編では、法と倫理のはざまに眠るニーズを見抜き、合法的な事業として組み立てる「経営技術」について見てきました。では、実際にグレーな事業を合法化するには、どのような手順が必要なのでしょうか。そして、この技術にはどのような限界があるのでしょうか。
本記事では、高橋准教授へのインタビューをもとに、合法化の3段階と実例、公然化を維持することの難しさ、経営技術を悪用しないための倫理、そして高橋准教授が取り組む「野生の経営学」「ゴンゾー経営学」について解説します。なお、本記事は違法行為や脱法的な手法を勧めるものではありません。
この記事でわかること
・グレーな事業を社会に受け入れられる形にする「漂白・公然化・合法化」の3段階
・制度づくりにまで関わって合法化した事例
・公然化はできても、それを維持できずに行き詰まる理由
・経営技術の悪用と、「合法だが非倫理的」な稼ぎ方への注意
・「野生の経営学」と「ゴンゾー経営学」が目指すもの
取材協力:高橋 勅徳 氏
東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授(取材時)。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師、滋賀大学経済学部准教授、首都大学東京大学院社会科学研究科准教授を経て現職。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞、第17回日本NPO学会賞優秀賞を受賞。著書に『イ・リーガル・アントレプレナーシップ――法と倫理のはざまを漂う企業家精神』(同文舘出版)、『ライフスタイル起業』(大和書房)、『アナーキー経営学』(NHK出版)、『婚活戦略』など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
法と倫理は、守るだけでなく使いこなすもの
高橋准教授は、法と倫理を「守る対象」としてだけでなく、構造を理解して「付き合う対象」として捉え直すことが重要だと言います。法律は、ビジネスを縛る鎖ではなく、構造を理解すれば市場を生む手がかりにもなるからです。
ただし、その技術は悪用もできます。例えば、管理職は労働時間の規制の対象外になるという仕組みを利用し、実態の伴わない「名ばかり管理職」を増やして残業代を払わなかった企業や、従業員を業務委託の個人事業主にして社会保険料の負担を逃れた企業がありました。同じ技術でも、使い方次第で社会を豊かにも貧しくもするのです。
グレーを白に変える「漂白・公然化・合法化」の3段階
地下にある市場の商品やサービスを、ベンチャーとして世の中に流通させるには、次の3つの段階を踏む必要があると高橋准教授は言います。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| ① 漂白 | 事業の中から違法な要素を取り除き、グレーな状態から白に近づける |
| ② 公然化 | 事業を表に出し、社会の目に触れる形で堂々と営めるようにする |
| ③ 合法化 | 法律や制度のうえで、正式に認められた事業にする。必要に応じて、制度の見直しを働きかける |
出典:高橋准教授への取材をもとに編集部作成
合法化の段階では、法律を理解するだけでなく、制度の見直しを働きかけるロビー活動が必要になることもあります。そして高橋准教授が特に重視するのが、「この事業は経済や社会に貢献している」と倫理的に説明できる状態をつくることです。
合法化の実例――成功と行き詰まり
電動モビリティのシェアリング――制度づくりまで関わった例
高橋准教授が、グレーを合法化した成功例として、「経営の教科書に載せたいお手本」と評価するのが、電動キックボードなどのシェアリングサービスを展開するLUUPです。新しい乗り物の位置づけが法律上はっきりしないなかで事業を始め、制度の整備にも関わりながら、公然化から合法化へと進めていきました(日本では2023年7月、改正道路交通法の施行により「特定小型原動機付自転車」という区分が設けられています)。
高橋准教授は、30代前半の世代に、こうした感覚を持つ経営者が出始めていると見ています。
公然化はできても、維持できなければ行き詰まる
一方で、行き詰まる例もあります。高橋准教授が挙げるのが、退職代行サービスをめぐる事例です。日本の雇用慣行では、自分から退職する際の手続きがあいまいで、引き留められて辞められない人が少なくありませんでした。退職代行は、そうしたニーズから生まれた市場です。
しかし、退職の意思を伝える以上の交渉は弁護士にしか認められておらず、弁護士を紹介して報酬を得ることも法律で禁じられています。この境界をめぐって、弁護士法との関係が問題となった事業者もありました。高橋准教授は、こうしたケースを、事業を公然化する手段はつくれても、公然化した状態を維持する技術が足りなかった例として分析しています。
適法かどうかに加えて、経済界や法曹界、社会に受け入れられるかどうかが、事業の行方を左右します。だからこそ、倫理的に説明できる状態をつくり、それを保ち続けることが欠かせないのです。
ルールの範囲で成果を上げることを求めるなら、組織の評価も、成果の数字だけでなく、そこに至る行動や判断の過程を見ていく必要があります。
成果だけでなく、行動と過程も評価できる仕組みをつくる
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悪用厳禁――経営技術の倫理的な限界
高橋准教授は、著書の帯に「悪用禁止」と書きたかったほど、この技術を悪用しないでほしいと考えています。取材時には、出版社の依頼を受けて、悪用のパターンを扱う追補の原稿を執筆していました。
| 注意すべきパターン | 内容 |
|---|---|
| 合法的な制度を使った不正な流用 | 公的な制度など合法的な仕組みで得た資源や利益を、不正な形で懐に入れる |
| 公的な支援金の悪用 | 非常時の補助金などを、不正に受け取る仕組みをつくる |
| 合法だが非倫理的な稼ぎ方 | 法律には触れないものの、倫理的には問題のある方法で利益を得る |
出典:高橋准教授への取材をもとに編集部作成
高橋准教授は、社会に余裕がある限り、合法的な手続きを踏めば新しい事業を認めるという寛容さが、社会が発展する余地になると言います。悪用は、その余裕を削ってしまいます。
また、「合法だが非倫理的な稼ぎ方」には注意が必要だとしつつも、倫理的な商売まで一緒に一律に排除してしまえば、社会全体の不幸を招くと指摘します。この論点は、読者との議論から生まれたものだといいます。
「野生の経営学」と「ゴンゾー経営学」
高橋准教授は、こうした研究を「野生の経営学」として位置づけています。科学として洗練された従来の経営学が生んだものを「養殖された経営感覚」と呼ぶのに対し、農業が始まって以来、人々が「来年どうするか」「収穫で何人が暮らせるか」と考えてきた感覚を「野生の経営感覚」と呼ぶのです(野生の経営感覚については、高橋准教授の過去の解説記事でも紹介しています)。
経営者が専門職になったこの100年ほどで経営学は学問として洗練され、欧米ではMBAやファイナンスの技能が経営者の前提になりました。しかし、学んでいなくても独自の発想で事業を生み出す人たちがいます。高橋准教授は、そうした現場の経営感覚も学問の対象になると考え、5年ほど前から研究テーマにしています。経営学と文化人類学を融合させる経営人類学とも方向性が重なるといいます。
| 観点 | 養殖された経営学 | 野生の経営学 |
|---|---|---|
| 担い手 | 専門職としての経営者 | 社会で生きるすべての人 |
| 方法 | アンケートや統計による客観的な分析(科学化) | 現場に当事者として関わり、体験から書く |
| 学問の発展の方向 | 頂点を洗練して高くする | 頂点を前提に、横へ広げる |
出典:高橋准教授への取材をもとに編集部作成
高橋准教授は、現場に当事者として入り込み、その体験を自分のこととして書くゴンゾー・ジャーナリズムにならい、自らの研究スタイルを「ゴンゾー経営学」と呼んでいます。読者が「自分にもある」と共感しやすく、経営学の知識がない人にも使いやすい形で届けることがねらいです。
取材時には、模倣(同型化)の重要性を身近な事例で示す本や、経営学を知ればみんなが楽しく生きられるという働き方の本など、一般向けの本と学術書の執筆を進めていました(組織が互いに似た制度を取り入れていく「制度的同型化」については、安藤良祐助教の解説記事でも紹介しています)。
よくある質問(FAQ)
Q. グレーゾーンの事業はどう合法化するのですか?
A. 高橋准教授は、事業から違法な要素を取り除く「漂白」、事業を表に出して堂々と営めるようにする「公然化」、法律や制度のうえで正式に認められた事業にする「合法化」の3段階を挙げています。合法化では、制度の見直しを働きかけるロビー活動が必要になることもあります。
Q. 合法化に成功する事業と、行き詰まる事業の違いは何ですか?
A. 高橋准教授は、経済や社会に貢献していると倫理的に説明できる状態をつくり、それを維持できるかどうかが分かれ目だとしています。事業を公然化する手段はつくれても、公然化した状態を維持する技術が足りなければ、行き詰まることがあります。
Q. 合法化の成功例にはどんなものがありますか?
A. 高橋准教授は、電動キックボードなどのシェアリングサービスを展開するLUUPを、制度の整備にも関わりながら公然化から合法化へ進めた「経営の教科書に載せたいお手本」と評価しています。
Q. 経営技術を悪用しないために、何に注意すべきですか?
A. 高橋准教授は、合法的な制度で得た資源を不正に流用することや、補助金などの悪用、合法だが非倫理的な稼ぎ方に注意が必要だとしています。社会の寛容さが発展の余地になる一方、悪用はその余裕を削るため、社会に貢献するための技術として学んでほしいと述べています。
Q. 「野生の経営学」とは何ですか?
A. 科学として洗練された従来の経営学を「養殖された経営学」とするのに対し、農業の始まり以来、人々が持ってきた現場の経営感覚を対象にする学問です。高橋准教授は、社会で生きるすべての人のための経営学を目指し、現場に当事者として入り込んで体験から書く「ゴンゾー経営学」というスタイルで研究しています。
まとめ:合法化の手順を踏み、社会に貢献する技術として使う
- 法と倫理は守るだけでなく、構造を理解して付き合うもの。ただし同じ技術は悪用もできる
- グレーな事業は「漂白・公然化・合法化」の3段階を踏んで、社会に受け入れられる形にする
- 経済や社会への貢献を倫理的に説明できる状態をつくり、それを維持することが欠かせない
- 合法的な制度の悪用や、合法だが非倫理的な稼ぎ方は、社会の寛容さという発展の余地を削る
- 「野生の経営学」は、現場の経営感覚を学問にし、すべての人のための経営学を目指す
イノベーションは、新しいことを思いつく力だけでなく、既存の制約をどう読むかという技術からも生まれます。法律や業界のルールは不均衡を映すレンズであり、それを抜け道探しではなく、社会に意味のある形で合法化していく想像力こそが求められています。
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▶ 前編:イ・リーガル・アントレプレナーシップとは?法と倫理のはざまにある市場を見抜く企業家精神と、日本で研究されてこなかった理由(内部リンク)
▶ 中編:法規制は新規事業のヒントになる?規制の「不均衡」から隠れたニーズを読む経営技術と、法と倫理との付き合い方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:悪用厳禁!禁断の経営技術とは(後編)(JOB Scopeマガジン)