組織能力とは、限られた経営資源を活用・蓄積・開発し、画期的な製品やサービスを生み出す組織の力のことです。広島大学の秋山高志准教授は、部署の縦割りや上下の階層を越えて協力し合う「労働慣行」こそが組織能力の正体であり、その力を生かして顧客と長期的な関係を築く「リレーションシップ・マーケティング」が、単品売りと低価格競争から抜け出す道だと語ります。
日本の大手エレクトロニクス・メーカーには、スマートフォンを製品化できるだけの技術がありました。それでも世界に先駆けて製品化したのはアップルでした。技術があっても勝てなかったのはなぜなのでしょうか。
本記事では、秋山准教授へのインタビューをもとに、日本企業がイノベーションを苦手とする理由、組織能力の考え方とアップル・トヨタの例、単品売りから抜け出すリレーションシップ・マーケティング、アジア進出で人材を定着させる条件、ゼネラリストの育成と「両利きの経営」、そして規範的なリーダーシップの重要性について解説します。
この記事でわかること
・組織能力とは何か――技術があっても勝てなかった理由と、トヨタの強さ
・組織能力の正体は、縦割りや階層を越えて協力し合う「労働慣行」
・単品売りから抜け出す「リレーションシップ・マーケティング」と、アジア進出の条件
・ジョブ型よりも「経営資源を結合できるゼネラリスト」を育てるべき理由
・両利きの経営と、規範的リーダーシップで自律的に動く組織
取材協力:秋山 高志 氏
広島大学大学院 人間社会科学研究科 人文社会科学専攻 マネジメントプログラム 准教授(取材時)。慶應義塾大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科で経営学を修める。2004年4月から2007年3月まで日本学術振興会特別研究員。2007年4月広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻助教、2009年4月福島大学経済経営学類准教授を経て、2014年4月より広島大学准教授。2010年7月博士(経済学)取得。研究・教育分野は経営戦略論、社会ネットワーク論。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
日本企業はなぜイノベーションが苦手なのか――新陳代謝の遅れと縦割り
日本企業はイノベーションが不得意です。秋山准教授はその理由として、企業の新陳代謝が進んでいないことを挙げます。ベンチャーキャピタルなどの投資家は増えてきたものの、ベンチャー企業を支える体制はまだ十分ではありません。
さらに、大企業の縦割り組織の中で、前任者から引き継いだことをそのまま行う官僚的な人が増え、何も変わらないまま今日に至っていると秋山准教授は指摘します。ワークとライフを対立するものと捉えるのではなく、自分が本当にしたい仕事を見つけ、ワークもライフの一部と捉えられる人が、日本企業には必要だといいます。
組織能力とは――技術があっても、アップルに先を越された理由
組織能力論とは、限られた経営資源を活用・蓄積・開発し、画期的な製品やサービスを生み出す組織の力を、いかに高めるかを研究する分野です。秋山准教授は、アップルを例に説明します。
| 観点 | 当時の日本のエレクトロニクス・メーカー | 当時のアップル |
|---|---|---|
| 技術 | ノートパソコン、カメラ、携帯電話(いわゆるガラケー)を手がけ、スマホを製品化する技術はあった | 会社規模は比較的小さかった |
| 組織 | 基本的に縦割りで、事業部の壁を越えて協力したり、資源を結合したりできなかった | カリスマ経営者スティーブ・ジョブズ氏が、組織内の経営資源を集めた |
| 結果 | スマートフォンを世界に先駆けて製品化できなかった | 経営資源をiPhoneという一つの製品に有機的に落とし込み、今日の収益につながった |
出典:秋山准教授への取材をもとに編集部作成
日本企業も、組織内の資源を有機的に結合できていれば強かったはずだと秋山准教授は言います。そのために重要になるのが、資源を結び付ける組織ルーティン、つまり労働慣行です。
組織能力の正体は「縦割りと階層を越えて協力し合う労働慣行」
自分の仕事以外のことにも関わり、他の人の仕事を見て、自分の仕事と結び付けて何かできないかを考える。そのために、フォーマルにもインフォーマルにもコミュニケーションを取る――そうした労働慣行があるかどうかが、企業の組織能力だと秋山准教授は言います。
「我が社には技術があります」というだけでは、いずれ他社に追いつかれます。製品の性能や仕様の特徴も、短期間で意味を失ってしまいます。事業間の縦割りや上下の階層を越えて行動する労働慣行を持ち、そう行動する従業員を増やすことが、組織能力を高めることなのです。
トヨタはなぜ強いのか――「何が強いのかわからない」強さ
日本企業で組織能力が非常に強い企業として、秋山准教授はトヨタを挙げます。トヨタ生産方式に象徴されるように、生産部門だけでなく、研究開発、販売、マーケティング、経営者など、さまざまな部署や人が有機的に結び付いて車を作っています。
要素が複雑に組み合わさっているため、外から見ると「何が強いのかよくわからない」状態になります。かつて米国の大手自動車メーカーの幹部がトヨタの工場を視察した際、「設備はうちのほうが新しい。どこが強いのかわからない」と語ったという話もあるといいます。
| 組織能力の特徴 | 内容 |
|---|---|
| 目に見えにくい | 互いに協力し合う労働慣行は地味で、すぐに競争力として見えるものではない |
| 模倣されにくい | 多くの要素が複雑に組み合わさっているため、他社が真似しにくい |
| 持続する | 模倣されにくいため、競争力が長く続く。トヨタではコスト削減能力の高さとして収益につながっている |
出典:秋山准教授への取材をもとに編集部作成
秋山准教授は、トヨタがEVの開発や自動運転への取り組みを進め、介護ロボットなど将来に向けた種まきもしている点を評価し、他社も見習う必要があると言います。一方で、車載の情報・エンターテインメント系のOSを他社に握られるなか、駆動系のソフトウェアでどこまで競争力を保てるかは不透明だとも指摘します。かつてパソコンで、組み立てを担うメーカーではなく、OSやCPUを担う企業に利益が流れたように、付加価値の源泉を他社に握られれば、組み立てるだけの存在になりかねないからです。
組織能力を稼ぐ力に――単品売りから「リレーションシップ・マーケティング」へ
前編で見たように、日本の製造業はモジュラー化・コモディティ化によって低価格競争に巻き込まれ、ITや金融の分野でも米国と戦うのは容易ではありません。秋山准教授は、単品売りでは立ち行かないと言います。テレビを1台売って利益を得るようなビジネスでは、規模の経済を生かせる中国を中心としたアジア企業に勝てないからです。
| 観点 | 単品売り | 持続的な収益モデル |
|---|---|---|
| 収益の源泉 | 製品を1台売るごとの利益 | サブスクリプション、またはリレーションシップ・マーケティングによる継続的な取引 |
| 顧客との関係 | 売ったら終わり | 長期的な関係を築き、顧客固有の要望に一緒に解を見いだす |
| 競争の軸 | コストと価格。規模の経済を持つアジア企業が有利 | 顧客との関係の深さと、顧客ごとの解決策 |
出典:秋山准教授への取材をもとに編集部作成
リレーションシップ・マーケティングとは、既存の顧客との関係を深め、顧客の生涯価値を最大化する手法です。顧客と長期的な関係を築き、顧客固有の要望に対して一緒に解を見いだしていくことが、日本企業の生き残りや成長の秘訣になると秋山准教授は言います。
国内の大手家電メーカーの中にも、単品売りから抜け出せずに厳しい状況に置かれた企業があります。秋山准教授は、家電各社はテレビ事業、スマホ事業といった製品単位ではなく、関連するものをまとめてビジネス・ユニットとし、研究開発・製造・販売からアフターサービス、ソリューションサービスまで含めて顧客と付き合う形に変えるべきだと提案します。
アジア進出の成否を分けるのは「給与」と「収益力」
多くの製品で国内需要は飽和し、人口減少で国内市場は縮小傾向にあります。秋山准教授は、国内市場の縮小に対しては新しい製品・サービスを作るか、海外に出ていくかの二択しかないとし、進出先としてアジアは良い選択肢だと言います。ゼンショーや丸亀製麺、くら寿司など、中国市場への展開に意欲的な外食企業もあります。
ただし、アジア進出には人材面の課題があります。アジア諸国では中途採用が非常に活発で、研修で能力を身につけた後、その能力を武器にジョブ・ホッピング(短期間で転職を繰り返すこと)をする人も珍しくありません。
| 課題 | 必要なこと |
|---|---|
| 研修後のジョブ・ホッピング | 給料を上げていく。アジアの人材は日本人より給与へのインセンティブが高く、給与を非常に気にする |
| 給料を上げる原資 | 収益力を高める |
| 収益力を高める方法 | リレーションシップ・マーケティングを実践する。単品売りのまま進出すれば、韓国や中国の企業との低価格競争に負ける |
出典:秋山准教授への取材をもとに編集部作成
人材の定着、給与、収益力、そして売り方は一つにつながっています。単品売りのまま海外に出ても、低価格競争に負けてしまう――ここでも、リレーションシップ・マーケティングが鍵になるのです。
給与を上げて人材を定着させるには、収益力を高めると同時に、成果や役割に見合った評価と報酬の仕組みを整えておくことが欠かせません。
役割と成果に見合う評価・報酬の仕組みを整える
人材の定着には、役割や成果と処遇を結びつける仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理できるクラウドサービスです。
ジョブ型よりも「経営資源を結合できるゼネラリスト」を育てる
秋山准教授は、個人的な見解として、ジョブ型雇用が良いことだとは思っていないと言います。職務分掌を厳格にすると「私の仕事はこれ」という発想になり、日本企業に求められる人材像と合わないからです。
| 観点 | 職務を厳格に分ける働き方 | 秋山准教授が求める人材 |
|---|---|---|
| 発想 | 「私の仕事はこれ」 | 自分の仕事の枠を越えて、何ができるかを考える |
| 強み | 特定分野を専門的・効率的にこなす | 多くの部署を巻き込み、組織内に眠る経営資源を集めて、やりたいことを推進する |
| 人材像 | スペシャリスト | 経営資源を有機的に結合できるゼネラリスト |
出典:秋山准教授への取材をもとに編集部作成
求められるのは、自分を中心に多くの部署を巻き込み、組織内の経営資源を集めて皆を引っ張り、やりたいことを推進できる人材です。昔のようにゼネラリストを育てる必要があると秋山准教授は言います。なお、ジョブ型が合うかどうかは企業の戦略によっても変わります(戦略と組織のフィットという観点については、犬飼知徳教授の解説記事でも紹介しています)。
深化と探索を両立する「両利きの経営」
| 活動 | 内容 |
|---|---|
| 深化 | 現在の事業の延長線上で、技術を高めていくこと |
| 探索 | 新規事業を生み出し、現事業が衰退した後の「カネのなる木」を育てること |
出典:秋山准教授への取材をもとに編集部作成
この深化と探索の両方を実現することを「両利きの経営」と呼びます。秋山准教授は、両方を実現できることが企業にとって非常に重要だと言います。トヨタがガソリン車で稼ぎながら、EVや自動運転、介護ロボットに種をまいているのは、その実践例といえます(環境変化に適応する組織能力については、庭本佳子准教授の解説記事でも紹介しています)。
中小・中堅企業へのメッセージ――規範的リーダーシップで自律的な組織を
最後に秋山准教授は、中小・中堅企業の経営者や人事責任者に向けて、次のように語ります。
制度やルールで従業員を管理することは前提として必要です。しかし理想は、それ以上に規範意識や道徳観によって、従業員が自律的に自らを管理できる組織です。そのためには、経営者自身が規範的にリーダーシップを発揮し、従業員のロールモデルになることが重要です。従業員が「そうありたい」と思えば、自らを律し、考えて行動できるようになります。
経営者が模範となれば、従業員も自分の仕事の枠にとらわれず、他の人の仕事を助けるようになります。「今の仕事の枠組みを越えて何をすべきか」「枠組み自体をどう変えるべきか」を現場の一人ひとりが考えられる企業をつくること。それこそが、組織能力を高めることにつながるのです。
よくある質問(FAQ)
Q. 組織能力とは何ですか?
A. 限られた経営資源を活用・蓄積・開発し、画期的な製品やサービスを生み出す組織の力のことです。秋山准教授は、事業間の縦割りや上下の階層を越えて互いに協力し合う労働慣行こそが、組織能力の正体だとしています。
Q. 組織能力はなぜ競争力になるのですか?
A. 組織能力は多くの要素が複雑に組み合わさっていて目に見えにくく、他社に模倣されにくいため、競争力が長く続くからです。秋山准教授はトヨタを例に、外から見ると「何が強いのかわからない」ことこそが強さだと説明しています。
Q. 日本企業はなぜスマートフォンで先行できなかったのですか?
A. 秋山准教授によれば、当時の日本のエレクトロニクス・メーカーにはスマホを製品化する技術があったものの、組織が縦割りで、事業部の壁を越えて協力したり経営資源を結合したりできなかったためです。一方、アップルは組織内の資源をiPhoneという一つの製品に有機的に落とし込みました。
Q. リレーションシップ・マーケティングとは何ですか?
A. 既存の顧客との関係を深め、顧客の生涯価値を最大化するマーケティング手法です。秋山准教授は、単品売りでは規模の経済を持つアジア企業に勝てないため、顧客と長期的な関係を築き、顧客固有の要望に一緒に解を見いだすことが生き残りと成長の秘訣になるとしています。
Q. 日本企業はどんな人材を育てるべきですか?
A. 秋山准教授は、特定分野を効率的にこなすスペシャリストよりも、多くの部署を巻き込み、組織内に眠る経営資源を有機的に結合できるゼネラリストを育てるべきだとしています。そのため、職務分掌を厳格にするジョブ型雇用には慎重な見方を示しています。
まとめ:協力し合う労働慣行で資源を結び付け、顧客と長く付き合う
- 組織能力とは、限られた経営資源を活用・蓄積・開発し、画期的な製品やサービスを生み出す組織の力
- 技術があっても、縦割りで資源を結合できなければ勝てない。組織能力の正体は、縦割りや階層を越えて協力し合う労働慣行
- 単品売りから、サブスクリプションやリレーションシップ・マーケティングによる持続的な収益モデルへ。アジア進出でも収益力が人材定着の鍵
- 経営資源を有機的に結合できるゼネラリストを育て、深化と探索を両立する「両利きの経営」を目指す
- 経営者が規範的リーダーシップを発揮してロールモデルとなり、自律的に動く組織をつくる
ネットワークの組み方(前編)と、資源を結び付けて顧客と長く付き合う組織能力(後編)。いずれも、部門や会社の枠を越えてつながる力が、日本企業の次の強みになることを示しています。
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▶ 前編:社会ネットワーク論とは?「系列」とGoogleに見るネットワークの密度の違いと、低価格競争・労働生産性の低さに直面する日本企業の課題(内部リンク)
▶ インタビュー全文:組織能力をいかに高めるかが、日本企業の課題(後編)(JOB Scopeマガジン)