中小企業のブランドづくりは、あれもこれもと足すのではなく、強みを絞り込む「引き算」と、社内で「ブランドとは何か」という認識をそろえることから始まります。静岡県立大学の岩崎邦彦教授は、他社の成功事例をまねるのではなく自分だけの土俵で一番を目指すこと、そしてマーケティングの本質は「押す力」ではなく、顧客だけでなく社員や未来の仲間も惹きつける「引力」にあると語ります。
「品質には自信がある」――多くの中小企業がそう話します。しかし、品質の良さだけで顧客に選ばれ続けることは、簡単ではありません。
本記事では、岩崎教授へのインタビューをもとに、引き算で個性を磨き、自社の「シンボル」をつくる方法、ブランドづくりの最初のステップ、成功事例をまねずに自分の土俵で一番を目指す考え方、そして社員や採用にも効く「引力」のマーケティングを解説します。
この記事でわかること
・「色々という色はない」――引き算で個性を磨く理由
・シンボルが選ばれる理由をつくる「マーライオン効果」
・ブランドとは「品質を超えた何か」――最初の2つのステップ
・成功事例をまねるのではなく、自分だけの土俵で一番を目指す
・顧客・社員・未来の仲間を惹きつける「引力」のマーケティング
取材協力:岩崎 邦彦 氏
静岡県立大学 経営情報学部 教授、地域経営研究センター長、学長補佐(取材時)。政府系金融機関で中小企業向けの融資審査、東京都庁で地域経済と中小企業の調査・経営指導にそれぞれ約5年携わった後、研究者に。博士(農業経済学、東京農業大学)。専門はマーケティングで、地域と中小企業のマーケティングを主な研究テーマとする。日本地域学会賞、日本観光研究学会賞、世界緑茶協会学術研究大賞、日本印刷学会賞を受賞。中小企業診断士試験委員、静岡市商業振興審議会会長なども務める。著書に『小さな会社を強くするマーケティング思考』『小さな会社を強くするブランドづくりの教科書』『引き算する勇気』『地域引力を高める 観光ブランドの教科書』『農業のマーケティング教科書』(いずれも日本経済新聞出版)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
引き算で個性を磨く――「色々という色はない」
岩崎教授には、「色々という色はない」「総花という花はない」という持論があります。「いろいろあります」「何でもそろっています」と言っても、相手には具体的なイメージが浮かばず、中途半端な印象しか残りません。
例えば、「すべてのケーキがおいしい洋菓子店」よりも、「フルーツタルトが有名な洋菓子店」の方が、ブランドとして記憶に残ります。足し算ではなく引き算の発想で、強みを絞り込み、イメージを鮮明にすることが大切です。
自社だけの「マーライオン」をつくる
岩崎教授は、シンボルの力を「マーライオン効果」と名づけています。シンガポールは、岩崎教授の住む静岡市の半分ほどの面積しかなく、世界遺産も1つです。一方、隣のマレーシアは、シンガポールの数百倍の面積があります。それでも観光地として強いイメージを持たれているのは、マーライオンという明確な「シンボル」を持つシンガポールの方だというのです。
何でもできることを示そうとして、あれもこれもと足してしまうのは、自信のなさの裏返しかもしれません。自社にとっての「マーライオン」は何かを考えることが、ブランドづくりの出発点になります。
ブランドづくりは、社内の共通認識をつくることから
中小企業の多くは「品質に自信がある」と言いますが、品質だけでは顧客を惹きつけられません。岩崎教授は、ブランドを「品質を超えた『何か』」と表現します。品質は土台であり、その上に立つ「とんがり」がブランドなのです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ステップ0:ベクトル合わせ | 全メンバーで「ブランドとは何か」という認識をそろえる。経営者に尋ねても、「知名度を上げること」「ロゴをつくること」など答えはばらばらになりがち |
| ステップ1:ありたい姿を描く | 自社がどのようなブランドになりたいのかを明確にし、全スタッフで共有する |
出典:岩崎教授への取材をもとに編集部作成
同じ言葉を使っていても、思い描いているものが違う「同床異夢」の状態では、強いブランドは生まれません。まずは社内で認識をそろえることが欠かせないのです。
成功事例をまねるより、自分だけの土俵で一番を目指す
日本で一番高い山は富士山です。では、2番目に高い山は――北岳だと答えられても、その姿を思い浮かべられる人は多くありません。富士山の成功をまねても、富士山には勝てないのです。
岩崎教授は、強いブランドの条件を、「まねをするのではなく、まねをされる。まねをされても、まねができない」ことだと言います。他社の成功事例を見てすぐにまね、ブランドとは何かという社内の認識合わせ(ステップ0)を飛ばしてしまうと、失敗しやすくなります。別の土俵を見つけ、そこで一番を目指すことが大切です(独自の道で勝つ中小企業の考え方については、米倉誠一郎氏の解説記事でも紹介しています)。
マーケティングは「押す力」ではなく「引力」
岩崎教授は、マーケティングで大切なのは「押す力」ではなく「引く力」、つまり「引力」だと言います。「買ってください」と押すのではなく、顧客に「買いたい」と思ってもらうことです。
この「引力」は、顧客だけに向けたものではありません。
| 惹きつける相手 | 考え方 |
|---|---|
| 顧客 | 「買ってください」ではなく、「買いたい」と思ってもらう |
| 社員(インナーマーケティング) | 働く人の満足なしに、顧客の満足はありえない。社員にも自社の魅力を伝え、惹きつける |
| 未来の仲間(採用) | 学生や求職者にも、マーケティングの発想で自社の魅力を伝え、惹きつける |
出典:岩崎教授への取材をもとに編集部作成
岩崎教授のもとには、学生から「就職活動とマーケティングは実は似ている」、企業の担当者から「採用活動はマーケティングだとわかった」という声が寄せられているといいます。マーケティングの力は、人材を採用する力、そして定着させる力にも結びつくのです(若い世代が会社を選ぶ理由については、小々馬敦教授の解説記事でも紹介しています)。
社員を惹きつけ、定着につなげるには、社員の満足や定着の状態を継続的に把握していくことも大切です。
社員の定着と満足の状態を見える化する
インナーマーケティングの効果を確かめるには、社員の定着や満足、採用の状況を継続的に把握する仕組みが役立ちます。DEFiDEの「HRキャピタルダッシュボード」は、ISO 30414に基づく11領域58指標で人的資本を可視化できるサービスです。
地域の知を社会へ還元する
岩崎教授がセンター長を務める静岡県立大学の地域経営研究センターは、「地域経営の新しいモデルをつくる」ことを掲げ、経営、公共政策、データサイエンス、観光の専門知識を組み合わせて研究と教育に取り組んでいます。社会人向けの講座も企画・運営しており、取材時点で、前年度の受講者の満足度は90%を超え、リピート率は約5割だといいます。
よくある質問(FAQ)
Q. 中小企業のブランドづくりは何から始めればよいですか?
A. 岩崎教授は、まず全メンバーで「ブランドとは何か」という認識をそろえること(ステップ0)、次に自社がどのようなブランドになりたいのかを明確にして全スタッフで共有すること(ステップ1)を勧めています。
Q. ブランドとは何ですか?
A. 岩崎教授は、ブランドを「品質を超えた『何か』」と表現しています。品質は土台であり、その上に立つ「とんがり」がブランドです。品質に自信があるだけでは、顧客を惹きつけることはできません。
Q. なぜブランドづくりには「引き算」が必要なのですか?
A. 「いろいろあります」「何でもそろっています」では、相手に具体的なイメージが浮かばないためです。岩崎教授は「色々という色はない」「総花という花はない」とし、強みを絞り込んでイメージを鮮明にすることが大切だとしています。
Q. 他社の成功事例をまねてはいけないのですか?
A. 岩崎教授は、強いブランドの条件を「まねをするのではなく、まねをされる。まねをされても、まねができない」ことだとしています。成功事例をまねても元のブランドには勝てないため、別の土俵を見つけ、そこで一番を目指すことが大切です。
Q. マーケティングは採用にも役立ちますか?
A. 役立ちます。岩崎教授は、マーケティングの本質は「押す力」ではなく「引力」であり、顧客だけでなく社員や未来の仲間も惹きつける力になるとしています。マーケティングの力は、人材を採用する力、定着させる力にも結びつきます。
まとめ:引き算で個性を磨き、引力で人を惹きつける
- 「色々という色はない」。足し算ではなく引き算で強みを絞り込む
- 自社だけの「マーライオン」というシンボルを持つ
- ブランドは「品質を超えた何か」。まず社内で「ブランドとは何か」の認識をそろえる
- 成功事例をまねず、自分だけの土俵で一番を目指す
- マーケティングは「引力」。顧客だけでなく、社員と未来の仲間も惹きつける
前編では小ささを強みに変える発想を、中編では小さな会社が生き残る条件を見てきました。小ささは弱さではなく、強さになり得ます。自分だけの土俵で一番を目指すことは、中小企業へのエールでもあるのです。
社員と未来の仲間を惹きつける人事を考える
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▶ 前編:中小企業のマーケティングとは?規模の小ささを強みに変える発想と、「大は小を兼ねない」時代の地域ブランド(内部リンク)
▶ 中編:小さな会社が生き残る条件とは?廃業者434人の調査から見えた明暗の分かれ目と、「水」と「春」で考えるマーケティング(内部リンク)
▶ インタビュー全文:小ささを強さに変えるマーケティング思考――地域と企業を元気にするブランド戦略と経営哲学(後編)(JOB Scopeマガジン)