「組織は戦略に従う」とは、事業環境が変われば戦略が変わり、組織はその戦略を実行する手段として後から変わる、という経営学の基本命題です。中央大学大学院の犬飼知徳教授は、組織は戦略よりもはるかに変わりにくいため両者は必ずズレていき、そのズレを修正できるのはトップ・マネジメントだけだと指摘します。
人材の流動化が進み、組織の設計はますます難しくなっています。一方で、戦略の策定を外部のコンサルタントに任せきりにしている経営者も少なくありません。戦略を描いても、それを実行する組織が追いつかなければ、戦略は価値を生みません。
本記事では、デジタル技術を組織に実装する際の摩擦や企業アルムナイを研究する犬飼教授へのインタビューをもとに、「組織は戦略に従う」の意味、戦略と組織がズレる原因である「組織ルーティン」と「組織イナーシャ」、ある地方銀行の組織変革の事例、そして戦略と組織をフィットさせるためにトップがすべきことを解説します。
この記事でわかること
・「組織は戦略に従う」の意味と、戦略と組織の関係
・戦略が変わっても組織が変わらない理由「組織ルーティン」「組織イナーシャ」
・情報システム部門を経営企画に組み込んだ地方銀行の組織変革
・戦略と組織のズレを修正できるのがトップだけである理由
・ジョブ型かメンバーシップ型かを「戦略とのフィット」で考える視点
取材協力:犬飼 知徳 氏
中央大学大学院 戦略経営研究科(中央大学ビジネススクール)教授(取材時)。1975年生まれ、愛知県名古屋市出身。1999年一橋大学商学部卒業、2004年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。2009年博士(商学、一橋大学)。香川大学経済学部講師、准教授を経て、2013年4月中央大学大学院戦略経営研究科准教授、2019年4月より同教授。2022年9月よりカリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)客員研究員。デジタル技術を組織に実装する際の摩擦や、企業アルムナイ(退職者コミュニティ)を研究している。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
「組織は戦略に従う」とは――環境→戦略→組織の順で変わる
組織と戦略はどう関わるのか。経営学における最も基本的な答えが、経営史家アルフレッド・チャンドラーが示した「組織は戦略に従う」という命題です。20世紀の米国の大企業が、戦略の変化に合わせて機能別組織から事業部制組織へと移行していった姿を観察して導かれました。
| 順序 | 変わるもの | 役割 |
|---|---|---|
| ① | 事業環境 | 市場や技術、競争の変化が起点になる |
| ② | 戦略 | 環境の変化に合わせて、何でどう勝つかを決め直す |
| ③ | 組織 | 戦略を実行する手段。戦略は組織で実行されて初めて価値を持つ |
出典:犬飼教授への取材をもとに編集部作成
つまり、組織は戦略を実行するための手段であり、戦略は組織によって実行されて初めて価値を持ちます。ところが、この順番どおりにはなかなか進みません。組織は戦略よりも、はるかに変わりにくいからです。
戦略と組織がズレる理由――「組織ルーティン」と「組織イナーシャ」
組織図の箱や線、部署の名前は簡単に変えられます。例えば「情報システム部」を「デジタルイノベーション事業部」と改称するのは一瞬です。しかし、日々の仕事の進め方といった行動パターンは、そう簡単には変わりません。
頭の中の思考パターンも同じです。足で稼ぐ営業で成果を上げてきた人に「これからはデジタルマーケティングだ」と言っても、なかなか伝わりません。
| 概念 | 意味 | 組織への影響 |
|---|---|---|
| 組織ルーティン | 長年の繰り返しによって生まれた、組織の行動や思考の癖 | 正の側面:会社の個性や強みを生む/負の側面:人々の行動を縛る |
| 組織イナーシャ(慣性) | 組織ルーティンの負の側面が強まり、既存の行動様式を維持しようとする力 | 戦略が変わっても組織が追随できない。環境変化に対応できずに衰退する原因の多くはこれ |
出典:犬飼教授への取材をもとに編集部作成
組織イナーシャを克服するには、組織図を描き替えるだけでなく、日々の仕事の進め方そのものに影響を与える組織変革が必要だと犬飼教授は言います(環境変化に適応する組織能力については、庭本佳子准教授の解説記事でも紹介しています)。
DXでも起きる「摩擦」
犬飼教授が研究テーマの一つとするのが、デジタル技術を組織に実装する際に生じるコンフリクト(摩擦)と、その解消の仕組みです。DXでデジタル技術を戦略として機能させるには、組織内の摩擦を前向きに解消する仕組みが欠かせません。
現場には、抵抗勢力や既存のやり方を捨てきれない問題があります。顧客がFAXを使うので自社もやめられない、といった例です。反対に、既存のExcel作業をRPAに置き換えただけ、ツールを導入して「DXをやっている」と言うだけで終わる例も多いと犬飼教授は指摘します。
一方、リクルートの「ホットペッパービューティー」は、電話と紙の台帳が中心だった美容室の予約を、地道な営業で導入店を増やしながらデジタル化していきました。予約システムに経営を支援する仕組みを連動させる工夫もあったといいます。デジタル技術は、組織や業界の仕事の進め方まで変えて初めて戦略として機能するのです。
事例:情報システム部門を経営企画に組み込んだ地方銀行
組織の仕事の進め方まで変えた例として、犬飼教授はある地方銀行の組織変革を紹介します。頭取は「利ざやだけではやっていけない」と考え、デジタル技術でビジネスを変えようとしました。そこで行ったのが、情報システム部門を経営企画部門の中に組み込むことでした。
| 観点 | 変革前 | 変革後 |
|---|---|---|
| 情報システム部門の立場 | 立場が弱く、営業部門から無理な要求を受け、できなければ怒られ、できても褒められない | 経営企画部門の一部となり、声の大きい営業部門から守られる |
| リソースの使い方 | 目の前の要求への対応に追われる | 全社戦略に振り向けられる |
| 経営者との関係 | 経営の意図が届きにくい | 経営者が直接話しかけ、社員が経営者の意図をデジタルの言葉で考えられるようになる |
| 成果 | デジタル人材が十分に生かされていない | デジタル人材を活用し、新事業を開発できるようになった |
出典:犬飼教授への取材をもとに編集部作成
部署の名前を変えたのではなく、部門の位置づけを変えることで、日々の仕事の進め方と人材の生かし方を変えた――これが戦略に組織をフィットさせた例です。
戦略に合わせて組織を組み直すには、誰がどの役割を担い、どんなスキルを持っているのかを把握し、戦略に沿って配置し直せる状態にしておくことが土台になります。
戦略に合わせて、役割と人材を見える化する
戦略と組織をフィットさせるには、職務や役割、社員のスキルを一元的に把握し、戦略の変化に合わせて配置や育成を見直せる仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理できるクラウドサービスです。
戦略と組織のフィットこそがトップ・マネジメントの仕事
環境が変われば戦略も変わります。しかし組織は変わりにくいため、戦略と組織のズレは放っておけば広がっていきます。M&Aで事業を加えた場合も、統合後の経営(PMI)を適切に行わなければズレが残ります。
問題は、現場の人々がそのズレを組織ルーティンとして当然のものと受け止めてしまうことです。ミドル以下の層ではズレに気づきにくく、修正は極めて難しい。組織全体を俯瞰でき、組織を変える権限を持つのはトップだけです。環境・戦略・組織をダイナミックにフィットさせることこそがトップの仕事であり、付加価値だと犬飼教授は言います。
| よくある経営の姿 | 犬飼教授の指摘 |
|---|---|
| 戦略づくりを戦略コンサルタントに丸投げする | 戦略は経営者自身が策定してこそ、それを実行する組織と連動する |
| 高額なM&Aで事業を買う | PMIまで徹底しなければ「ただの買い物」になる |
| 株主ばかりを見る | 最近の経営者は顧客や社員より株主を見すぎている。IRは伝え方を磨くより、事業が生む付加価値の中身を充実させるべき |
出典:犬飼教授への取材をもとに編集部作成
経営者の最優先課題は、本業における戦略と、それを担う組織のフィットだというのが犬飼教授の考えです。
バズワードに惑わされず、自社に合うフィットを考える
DX、SDGs、両利きの経営、人的資本経営、ジョブ型――経営の流行語は次々に生まれます。すべてが一過性のバズワードというわけではなく、定着する概念も多くあります。しかし、自社の戦略と組織の文脈に落とし込まなければ効果はありません。
新しい取り組みには、必ず組織内の摩擦が伴います。経営者は、その摩擦を乗り越えるだけの価値があるかをじっくり考える必要があります。犬飼教授は、流行に対して外向けに「やっているふり」をすることも、一つの現実的な対応だと述べています。
ジョブ型かメンバーシップ型かは「戦略とのフィット」で決める
「ジョブ型とメンバーシップ型のどちらが良いか」は本質的な問いではない、と犬飼教授は言います。問うべきは、「自社の戦略にフィットするのはどちらか」です。
| 観点 | ジョブ型組織の特徴 |
|---|---|
| 組織のイメージ | レゴブロックのように、ユニット間のインタフェースがジョブディスクリプション(職務記述書)で決まる |
| 強み | 組み替えが容易で、環境変化に素早く対応できる |
| 弱み | ユニット間の相互作用は、インタフェースで定められた範囲を超えにくい |
| フィットする戦略 | 複雑な相互作用よりも、環境変化への素早い対応を強みとする戦略 |
| 前提条件 | ジョブディスクリプションに合う豊富な外部人材と、それを支える労働市場が機能していること |
出典:犬飼教授への取材をもとに編集部作成
こうした戦略・組織・事業環境のフィットは、企業ごとに固有のものです。だからこそ経営者は流行に流されず、自社にとって何がフィットするのかを自ら考えるべきだと犬飼教授は強調します(ジョブ型とメンバーシップ型の選び方については、池上重輔教授の解説記事でも紹介しています)。
研究の最前線:企業アルムナイと「退職者価値」
犬飼教授のもう一つの研究テーマが、企業アルムナイ(退職者のコミュニティ)です。ソニーやニトリのアルムナイ運営者と産学連携で研究を進めています。
背景にあるのは、優秀な人材を囲い込み、自社固有の能力を蓄積して勝つという20世紀型の日本企業の勝ちパターンが、21世紀の環境変化のなかで機能しなくなったことです。境界を開いて環境に適応する「ダイナミック・ケイパビリティ」が重要とされますが、多くの日本企業は対応しきれていません。日本でも離職は当たり前になりつつある一方、伝統的な大企業では辞める社員が「裏切り者」のように扱われることもまだ多いといいます。
犬飼教授が注目するのが「退職者価値」、つまり退職後も退職者と連携し、互いに新たな価値を生み出すという考え方です。新規事業では、社内に長くいた人は既存事業の枠から出にくく、無関係なスタートアップとは共通点が少なく摩擦が起きがちです。社内の事情に通じつつ企業家精神も持つアルムナイは、既存事業と新規事業をつなぐ「のりしろ」になりうるといいます。
よくある質問(FAQ)
Q. 「組織は戦略に従う」とはどういう意味ですか?
A. 経営史家アルフレッド・チャンドラーが示した命題で、事業環境が変わると戦略が変わり、組織はその戦略を実行する手段として後から変わるという考え方です。犬飼教授は、戦略は組織によって実行されて初めて価値を持つと説明しています。
Q. 戦略を変えても組織が変わらないのはなぜですか?
A. 組織図や部署名は簡単に変えられても、長年の繰り返しで生まれた行動や思考の癖(組織ルーティン)は変わりにくいからです。その負の側面が強まると、既存の行動様式を維持しようとする「組織イナーシャ」が生じ、戦略に組織が追随できなくなります。
Q. 組織イナーシャとは何ですか?
A. 組織が既存の行動様式を維持しようとする慣性のことです。犬飼教授は、環境変化に対応できずに企業が衰退する原因の多くは組織イナーシャだとし、克服には日々の仕事の進め方に影響を与える組織変革が必要だとしています。
Q. 戦略と組織のズレを修正するのは誰の仕事ですか?
A. 犬飼教授は、トップ・マネジメントの仕事だとしています。現場ではズレが当たり前になって気づきにくく、組織全体を俯瞰でき、組織を変える権限を持つのはトップだけだからです。戦略は経営者自身が策定すべきだとも述べています。
Q. ジョブ型とメンバーシップ型はどちらを選ぶべきですか?
A. 犬飼教授は、どちらが良いかではなく、自社の戦略にどちらがフィットするかで考えるべきだとしています。ジョブ型は組み替えが容易で環境変化への素早い対応に向く一方、豊富な外部人材と機能する労働市場が前提になります。
まとめ:戦略は経営者自身が描き、組織とのフィットに責任を持つ
- 「組織は戦略に従う」――事業環境→戦略→組織の順で変わり、戦略は組織で実行されて初めて価値を持つ
- 組織図は変えられても、行動や思考の癖(組織ルーティン)は変わりにくく、組織イナーシャが戦略とのズレを生む
- 地方銀行は情報システム部門を経営企画に組み込み、仕事の進め方と人材の生かし方を変えた
- 戦略と組織のズレに気づき、修正できるのはトップだけ。戦略を丸投げせず、M&AはPMIまで徹底する
- バズワードに流されず、ジョブ型かメンバーシップ型かも「自社の戦略とのフィット」で決める
戦略と組織をフィットさせても、それを現場で具体的な行動に変えるのはリーダーです。後編では、リーダーシップは育てられるのか、若手が管理職を避ける理由、そして「行動→内省→改善」のサイクルでリーダーを育てる方法を紹介します。
戦略に合う組織と人事のあり方を相談する
戦略と組織をフィットさせるには、役割や評価、育成の仕組みも戦略に沿って見直す必要があります。DEFiDEでは、人事制度や人材マネジメントの課題について相談を受け付けています。
▶ 後編:リーダーシップは育てられるか?「行動→内省→改善」で育つリーダーと、若手が管理職を避ける3つの理由(内部リンク)
▶ インタビュー全文:戦略を実行するための組織に組み直そう(前編)(JOB Scopeマガジン)