ワーク・ライフ・インテグレーションとは?働きがいと若手定着|神戸大学・上林憲雄教授

ワーク・ライフ・インテグレーションとは、仕事(ワーク)と私生活(ライフ)を対立するものとして分けるのではなく、互いによい影響を与え合う好循環を目指す考え方です。神戸大学の上林憲雄教授は、これを「ワーク・ライフ・ハーモニー」とも呼んでいます。

働き方改革によって、労働時間の短縮や休暇の取得は進みました。しかし、働く人が「仕事が楽しい」「この会社で働けて幸せだ」と感じられるようになったかといえば、まだ道半ばです。前編で、日本企業が短期思考に傾いていると指摘した上林教授は、人の幸せを軸にした経営と、長期視点での人材育成の大切さを説きます。

本記事では、上林教授へのインタビューをもとに、人々の幸せを追求する経営学の考え方、ワーク・ライフ・バランスの誤解とワーク・ライフ・インテグレーション、神戸大学の人的資本経営研究教育センターの取り組み、長期視点での人材育成と若手の定着、そして人事部が長期戦略の礎となるための考え方について解説します。

この記事でわかること

・ワーク・ライフ・バランスの誤解と、ワーク・ライフ・インテグレーションの考え方

・数値だけの働き方改革では足りない理由

・「見える化」と「働きがい」を両立させる人的資本経営の取り組み

・人材育成に10年の視点が必要な理由と、若手を定着させるための基本

・人事部が長期戦略の礎となり、自信を持つための考え方

取材協力:上林 憲雄(かんばやし のりお)氏

神戸大学大学院経営学研究科・経営学部 教授(取材時)。1989年神戸大学経営学部卒業。1991年同大学院経営学研究科博士前期課程修了。1992年神戸大学経営学部助手。1999年英国ウォーリック大学経営大学院でPh.D.を取得。2005年より神戸大学大学院経営学研究科教授。神戸大学大学院経営学研究科長・経営学部長、日本労務学会会長、日本経営学会理事長、日本学術会議会員などを歴任。2021年より経営関連学会協議会理事長、2023年より神戸大学大学院経営学研究科 人的資本経営(HCM)研究教育センター長。著書に『SDGsの経営学』(千倉書房、共編著)、『経験から学ぶ人的資源管理』(有斐閣、共著)、Japanese Management in Change(Springer、編著)など。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

人々の幸せを追求する「社会科学としての経営学」

上林教授の研究に共通する軸は、働く人たちが組織の中で幸せに過ごせるようにすることです。経営学は「会社がもうかる仕組みを考える学問」と誤解されがちですが、上林教授は、経済性や利益と並んで「社会性」の視点が欠かせないと考えています。

社会の中で組織や人に軸足を置き、人々の幸せを追求する――上林教授の研究は、いわば社会科学としての経営学です。経営学の道に進んだ頃はこうした方向性は主流ではありませんでしたが、SDGsやサステナビリティへの関心の高まりとともに、社会や組織、人間に注目が集まるようになってきました。

「世の中、お金だけではハッピーになりませんからね。」

――上林教授

ワーク・ライフ・インテグレーションとは?――バランスの誤解を解く

ワーク・ライフ・バランスという言葉が広まり始めた当初は、誤解が多かったと上林教授は言います。振り子や天秤のように、仕事と私生活をトレードオフ(二律背反)で捉えると、「私生活を充実させるには仕事を緩めなければならない」という発想になります。

上林教授は、仕事を最初から「つらいもの」と捉え、それを減らしてライフの比重を上げるという考え方は間違っていると言います。目指すべきは、仕事が私生活によい影響を与え、私生活も仕事によい影響を与える好循環です。これを上林教授は「ワーク・ライフ・ハーモニー」または「ワーク・ライフ・インテグレーション」と呼んでいます。

  誤解されたワーク・ライフ・バランス ワーク・ライフ・インテグレーション
仕事と私生活の関係 トレードオフ(一方を増やせば他方が減る) 互いによい影響を与え合う好循環
仕事の捉え方 つらいもの、減らすべきもの 私生活を豊かにする源にもなるもの
主な施策 労働時間の削減、休暇日数の増加 働く楽しさや幸せを感じられる仕事と職場づくり
評価の軸 平均労働時間や休暇日数など、測りやすい数値 働く人が楽しい、幸せだと感じているか

数値だけの「働き方改革」では道半ば

政府は、産業界の反発もあってか、ある時期からワーク・ライフ・バランスという言葉を使わなくなり、「働き方改革」に置き換えました。改革そのものはよいことですが、問題はその中身です。現在は、労働時間や休暇日数など数値で測れる側面ばかりが強調されています。

平均労働時間が減った、休暇が増えたから達成した、というのはおかしい――人々がいかに働いて楽しい、幸せだと感じているかが最も重要なのに、そこまで議論が進んでいないと上林教授は指摘します。長時間労働の削減は第一歩としては必要でも、そればかりに集中していてはよい結果は出ないのです。

「見える化」と「働きがい」を両立させる――人的資本経営研究教育センター

上林教授がセンター長を務める神戸大学大学院経営学研究科の人的資本経営研究教育センターは、産業界からの寄附をきっかけに、2023年4月に設立されました。センターでは、次の3つのプロジェクトに重点的に取り組んでいます。

プロジェクト 内容
① 見える化促進プロジェクト 企業で働く人々の実態を科学的に測定し、開示する
② 働きがい向上プロジェクト 見える化や指標だけでは追求できない、働く人の個人的な悩みや課題を解決し、働きがいを高める(ワークエンゲージメントやウェルビーイングの追求)
③ 真の人的資本経営プロジェクト ①と②を長期的に結びつけ、働く人にも経営側にも幸せな、本当の意味での人的資本経営を追求する

見える化と働きがいの向上は、両立しにくい面もあります。だからこそ時間をかけて結びつけ、働く人と経営の双方が幸せになる経営を実現したい――3つのプロジェクトには、上林教授のそうした理想が込められています。

自社でも、数値の開示にとどまらず、社員が働きがいをどう感じているかまで把握することが、その第一歩になります。

数値だけでは見えない「働きがい」を可視化する

労働時間や休暇日数だけでなく、社員が仕事に楽しさや働きがいを感じているかを把握することが、本当の意味での人的資本経営につながります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。

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人材育成には「10年」の視点が必要

日本企業は長らく、社員同士が信頼し尊敬し合いながら働く仕組みを維持してきました。そこに米国流の市場ベースの仕組みが入り、共同体から個人間の競争へと変わってきました。競争自体は悪いことではありませんが、行き過ぎれば互いに疑心暗鬼になり、日本企業の強みだったチームワークも乱れてしまいます。上林教授は、協調して一丸となる仕組みとのバランスが重要だと言います。

そのうえで欠かせないのが、長期の視点で人を育てるという気構えです。

期間 人材育成で起こること(上林教授の見方)
1〜2年 研修を行っただけでは、人は変わらない
5年程度 少しずつ変化の兆しが見え、ようやく行動が変わってくる
10年程度 1人の人間を変えようとするなら、このくらい先を見据える必要がある

覚悟を決め、腰を据えて取り組まなければ、人の成長を見届けることもできないと上林教授は語ります。

若手が定着しない――リテンションの基本は「会社を好きになってもらう」こと

一方、若手社員が3年以内に辞めてしまうという悩みは、多くの企業に共通しています。厚生労働省の調査では、大学を卒業して就職した人の33.8%が3年以内に離職しています。特に、規模の小さい事業所ほど離職率は高くなっています。

事業所の規模 大卒就職者の3年以内離職率
5人未満 57.5%
5〜29人 52.0%
30〜99人 41.9%
100〜499人 33.9%
500〜999人 31.5%
1,000人以上 27.0%
全体 33.8%

出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」

もう少しで成長できるのに、そこまでもたずに辞めてしまう――上林教授は、リテンションで最も重要なのは自分の会社を好きになってもらうことだと言います。お金をもらえるから働くのではなく、「この会社に入って本当によかった」と思ってもらう。顧客だけでなく、従業員にも会社のファンになってもらうという視点が、意外と欠けているのではないかと指摘します。

「社員は家族」という言い方は今どきではないと思われるかもしれません。それでも、入社する人に「この会社でよかった」と感じてもらえる仕組みを考えることが、リテンション施策の土台になると上林教授は語ります。

人事部こそ長期戦略の礎――経営者に意見を言える人事へ

人的資本経営を進めるうえで最も重要なのは、人的資本経営という考え方を正確に理解することです。なぜ必要なのか、なぜ人的資本の中身を開示するのか、開示したうえでどうするのかを、人事担当者が経営者と一緒に考えていく必要があります。

人事部は、給与や福利厚生といった日常業務に加え、人材の育成、さらには戦略の立案の基礎となる仕事を実際に担っています。上林教授は、人事部こそ長期戦略の礎であり、会社の長期プランを考えるポジションだと認識するだけで、大きく変わると言います。

人事担当者には、人柄がよく、謙虚で控えめな人が多いといいます。だからこそ、自分たちが会社の長期プランをつくっているのだと積極的に捉え直すことが大切です。経営者は営業成績には目を向けても、社風や制度、仕組みといった変えにくいものは見過ごしがちです。そこに目を向けるよう経営者を促すことも、人事の役割です。人事担当役員が役員会で発言しやすい会社や、人事に携わる人が経営トップと頻繁に対話している会社では、それができているといいます。

中小・中堅企業へのメッセージ――人事はもっと自信を持て

「端的に言えば、日本企業、特に人事はもっと自信を持てと言いたいですね。」

――上林教授

自信を失っているから周りばかりを見てしまい、人事は流行に従ってしまう。さらに日本には、「外国は正しい」という思い込みもあると上林教授は指摘します。他社や他国でうまくいったからといって、自社で成功する保証はありません。上林教授が勧めるのは、次のような姿勢です。

  1. 自社の内部環境と外部環境を冷静に分析する:自社から少し離れた目線で、客観的に置かれた状況を見つめる
  2. これまでの強みを全否定しない:よかったところは生かし、修正すべきところはきちんと変える
  3. 歩んできた道を振り返り、皆で議論する時間を設ける:経営層、特に人事や組織に携わる人が、これから進むべき方向を真剣に考える

日本の文脈に合った制度や仕組みを、自社の強みを生かしながら考えていく。それが、流行に流されない人事への第一歩です。

よくある質問(FAQ)

Q. ワーク・ライフ・インテグレーションとは何ですか?

A. ワーク・ライフ・インテグレーションとは、仕事と私生活を対立するものとして分けるのではなく、仕事が私生活に、私生活が仕事に互いによい影響を与え合う好循環を目指す考え方です。上林教授は「ワーク・ライフ・ハーモニー」とも呼んでいます。

Q. ワーク・ライフ・バランスとワーク・ライフ・インテグレーションの違いは何ですか?

A. ワーク・ライフ・バランスは、天秤のように仕事と私生活をトレードオフで捉え、私生活を充実させるために仕事を減らすという発想に陥りがちです。上林教授は、仕事をつらいものと決めつけず、仕事と私生活の好循環を目指すワーク・ライフ・インテグレーションこそが本来の目指す姿だとしています。

Q. 働き方改革だけでは不十分なのはなぜですか?

A. 上林教授によると、現在の働き方改革は労働時間や休暇日数など数値で測れる側面ばかりが強調されています。最も重要なのは、働く人が仕事を楽しい、幸せだと感じているかどうかであり、そこまで議論が進んでいないため、まだ道半ばだと指摘しています。

Q. 若手社員を定着させるには何が大切ですか?

A. 上林教授は、リテンションで最も重要なのは、社員に自分の会社を好きになってもらうことだと述べています。お金のためだけに働くのではなく、「この会社に入ってよかった」と思ってもらえるよう、顧客だけでなく従業員にも会社のファンになってもらう視点が大切です。厚生労働省の調査では、大卒就職者の33.8%が3年以内に離職しています。

Q. 人材育成にはどのくらいの期間が必要ですか?

A. 上林教授は、1〜2年研修をしただけでは人は変わらず、5年ほどで少しずつ変化の兆しが見え、1人の人間を変えようとするなら10年くらい先を見据える必要があると述べています。長期の視点で、覚悟を決めて人を育てる気構えが重要です。

Q. 人事部にはどんな役割が求められますか?

A. 上林教授は、人事部こそ長期戦略の礎であり、会社の長期プランを考えるポジションだと認識することが重要だとしています。人的資本経営の考え方を正確に理解して経営者と一緒に考え、経営者が見過ごしがちな社風や制度にも目を向けるよう促すことが、人事の役割です。

まとめ:人の幸せを軸に、長期の視点で人を育てる

  • ワーク・ライフ・インテグレーションとは、仕事と私生活の好循環を目指す考え方。トレードオフで捉えるのは誤解
  • 数値で測れる側面だけの働き方改革は道半ば。働く人が幸せを感じているかが最も重要
  • 人的資本経営には、「見える化」と「働きがいの向上」を長期的に結びつける視点が必要
  • 人材育成には10年の視点が必要。若手の定着には、従業員に会社のファンになってもらうことが基本
  • 人事部こそ長期戦略の礎。もっと自信を持ち、自社を冷静に分析して強みを生かす

人を大切にしてきた日本企業の強みを生かしながら、働く人の幸せと経営の成果を長い時間軸で両立させていく。それが、人的資本経営の本来の姿だといえます。

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JOB Scope編集部

Written By: JOB Scope編集部

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