第6回

ジョブ型雇用のデメリット

2023/06/07

grid-border grid-border

01 ―――

ジョブ型雇用のメリットのおさらい

 

前回、ジョブ型雇用のメリットをテーマに取り上げた。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業にはメリットが多いのだが、デメリットもある。それらの中には、誤解もある。例えば、「ジョブ型雇用をすると、他の職務への人事異動ができなくなる」と指摘する人もいる。果たして、それは事実と言えるだろうか。今回は、そのような懸念を取り払うためにも、デメリットをテーマとする。

 

 

02 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その1) 

 
●辞める人が増える?

ジョブ型雇用のメリットは、職業意識や職務遂行への責任感、使命感、プロ意識が高くなることだ。実は、これはデメリットにもなる。

こういう社員は得てして業界や市場、競合他社の動きにアンテナ(情報収集網)をはりめぐらすようになる。同一業界の他社の社員とのつながりを持つ機会も増え、互いに社内の状況を話し合うかもしれない。賃金や労働時間、有給休暇など労働条件や福利厚生、オフィス環境を知るうちに「隣の芝生は青い」の心理になり、そこに転職することもありうる。他のさらに労働条件のいい企業に移ることもあるかもしれない。

意識が高くなり、視野が広がるがゆえに離職率が高くなる可能性がある。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の大きな課題は離職率を下げ、定着する社員を増やすこと。双方には矛盾があるように見える。このような時はどうすべきか。

まず、退職の理由に目を向けたい。人が辞める理由は、大きく2つにわけられる。

1つは「仕事がキツイ」「上司が自分をわかってくれない」と不満を持ち、退職するケース。

もう1つは職業意識を高め、プロ意識を持ち、他社でも十分通用しうる経験や技能、知識、実績を兼ね備えたから、自分をさらに高めることができる環境に移りたいと願い、辞めるケースがある。

前者は後ろ向き、後者は前向きな退職理由と言えるだろう。

後者のケースならば、ジョブ型雇用の成果と言える。育て上げた人が辞めるのは、損失ではある。だが、その社員が在籍中に残した成果や実績は小さくないはずだ。他の社員の意識や考え方に影響も与えただろう。ここまで視野を広げると、損失でなく、大きなメリットであったことに気づく。

1人だけが意識が高くなったのではない。他の社員もまた総じて意識が高くなり、仕事への姿勢がずいぶんとよくなったはずだ。それが部署やチームの業績向上につながったはず。意識の高い、優秀な社員が在籍していたことで仕組みが多少なりともできたと見ることができる。
 
 
 

03 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その2) 

 

column_yoshida_6_1●学ぶ環境を整備するコスト

ジョブ型雇用を継続することで職業意識の高い社員が増えてきたとする。すると企業の側も変わっていかざるを得ない。その1つが、社員が学ぶ環境の整備だ。漫然と仕事をしているだけで、仕事のレベルが上がらない。それでは、意識の高い社員は満足しない。

例えば、上司の部下育成力を上げていく必要がある。上司は、社員にレベルの高い指導や育成ができないといけない。上司の部下育成力を上げるための教育研修も必要になる。管理職への昇格基準を見直し、部下への指導や育成ができる人のみを昇格させることも検討すべきかもしれない。指導や育成ができない上司は他部署へ異動させることも考えるべきだろう。

意識の高い社員が増えるならば、会社全体が変革を迫られるようにもなる。例えば、社内外の教育支援機関や企業の力を借りて職業意識の高い社員の期待に応えるような環境を整備することも必要だ。

これは、ある意味ではデメリットと言えるかもしれない。だが、10億円を乗り越えようとするならば職業意識の高い社員の期待に応える職場にしないといけない。そうしないと定着率を高め、組織としてチームとして業績を上げることはできない。

 

 

 

04 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その3)

 

●人事評価のあり方を変えるコスト

人事評価のあり方にもメスを入れなければいけない。通常、1人の社員を評価する時、1次考課者、2次考課者、3次考課者などがいる。企業の規模により違いがあるが、1次が直属上司、2次がその上司の上の役職者、3次が人事部や担当役員などのケースが多い。

プロ意識の高い社員が増えるならば、自分を正当に評価してほしいと願う思いが強くなる。仮に2次や3次の考課者の評価が、査定評価全体で大きなウェートを占めると、社員たちは納得しない。「日ごろ、自分の働きを見ていない人がなぜ、評価するのか。それで賃金や昇進・昇格が決まるのは解せない」となるだろう。

こういう不満が多い職場では定着率は高くはならないし、人も育たない。ふだんから、社員のそばで仕事をしている1次考課者の評価を最も大きくするのが妥当だ。そして、1次考課者の査定スキル(社員を評価する力)のレベルを上げ、社員の納得感を可能な限り高めるようにしたい。

このような人事評価にするためにはコストが発生する。ジョブ型雇用のデメリットと言えるだろうが、必要なコストである。

 

 

 

05 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その4) 

 

●必要以上に職務にこだわることのリスク

職務を媒介として労働契約を交わすのが、ジョブ型雇用である。これは、欧米の企業ではかねてから浸透している雇用スタイルだ。この「職務を媒介」を具体的に考えたい。

例えば欧米の有名なレストランでは、店内がいくつかのエリアにわかれている。それぞれには担当の店員が1~2人いる。店員は、自分の担当するエリアにだけ関わる。ほかのエリアが忙しく、支援が必要な時でも手伝おうとはしない。エリアごとの担当者がいて、それぞれのエリア内の仕事のみを担当すると労働契約を交わす時に決まっているからだ。また、職務記述書にはその旨が書かれてある。

これはレストランだけでなく、工場やオフィス内でも見かける光景だ。かねてから、日本の企業経営者や経済界、経営学者らは職務に厳格にこだわる欧米流を疑問視してきた。例えば、日本経済が勢いがあった1980年代後半は、多くの経営者たちが新聞やテレビのインタビューで「欧米の職務を媒介とした雇用スタイルでは顧客のニーズには応えられない」と指摘していた。

必要以上に自らの職務にこだわり、それ以外に意識が回らないならばデメリットであり、大きな問題ではある。10億円の壁を乗り越えようとするベンチャー企業は、欧米企業のスタイルでのジョブ型雇用をそのまま導入するのは避けたほうがいい。日本流にアレンジすべきだ。

10億円以下のベンチャー企業は仕組みが十分にはできていないために、例えばエンジニアとして雇われた社員が社内の状況に応じて一時期、総務になることもありうるかもしれない。その時に「私はエンジニアとして契約を結んだのだから、総務はできない」となると、一定のスピードで組織が前に進まない。ベンチャー企業は、スピードが重要だ。まして、10億円以下ならばなおさらだ。

ジョブ型雇用である以上、職務を媒介として労働契約を結ぶことに変わりはないが、入社前に少なくとも次のことはしておきたい。

 

  • 会社説明会や面接、内定後の話し合い、労働契約を交わす時には「状況に応じて一定期間、臨時や応援として他の職務に関わることがある」と伝え、本人から了承した旨のサインをもらう。

  • 労働契約書には「臨時や応援として他の職務に関わることがある」といった意味合いの文言を盛り込んでおく。入社後、機会あるごとに全社員にその旨を伝える。


このあたりは労使双方で誤解をうまないようにしておきたい。ベンチャー企業は、大企業に比べると労使紛争になるケースが多いだけに注意したい。



06 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その5) 

 

●転勤やグループ会社への出向・転籍が難しくなるコスト

10億円以下の企業では可能性は低いのかもしれないが、その壁を乗り越え、30億円前後になるまでには転勤やグループ会社への出向・転籍が増えてくるだろう。ここも、労使間であいまいなままにしておくとトラブルになりやすい。

10億円の壁を乗り越えようとするベンチャー企業は近い将来を見据え、今のうちから整備しておきたい。会社説明会や面接、内定後の話し合い、労働契約を交わす時に説明し、転勤やグループ会社への出向・転籍がありうることを伝える。後々の誤解を防ぐために、本人からサインをもらい、労働契約書を締結することを心がけたい。

ただし、転勤先やグループ会社で携わる職務は原則としてそれまで関わってきた職務が好ましい。ジョブ型雇用は様々な職務を経験する総合職(メンバーズシップ)ではない。特定の職務のエキスパートを養成するための雇用スタイルである。

 

 

07 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その6)

 

●特定の職務のエキスパートを目指すことのリスク

特定の職務のエキスパートになるのは尊いが、全員がそのようになれない場合もある。一例を挙げよう。

ITベンチャー企業(正社員数70人、売上6億円)で、ある問題が生じた。8年前、新卒入社11人のうち、7人をIT技術者としてジョブ型雇用で雇い入れた。社内に育成や研修の態勢がないために、全員をプログラマーを育成する専門学校に3か月間通わせた。学費は、会社が負担する。

7人のうちの1人は、入学難易度は最上位の私立大学の理工学部を卒業した男性だった。人事部は期待していたのだが、裏切られる。専門学校は3か月間で20回前後、習熟度を確かめる試験を行ったが、男性は毎回、最下位だった。講師からの評価は、厳しいものとなる。それを聞かされた人事部は動揺した。

3か月を終えた後、7人を本社に戻す。それぞれをプロジェクトに入れ、ビギナー向けのプログラミングを任せた。6人は時間をかけながらも対応できたが、男性はまったくできなかった。それが、半年ほど続いた。

ついにプロジェクトのリーダーは、「もう面倒をみれない」とあきらめた。人事部が男性を引き受けるプロジェクトを探したが、1つもない。各リーダーがプログラミングのレベルを警戒し、拒む。男性は出社しても、することがない。職場の雰囲気はしだいに悪くなる。

社内には総務や経理、営業のセクションがあるが、ジョブ型雇用であるために、男性をそれらの部署へ異動させることができなかった。人事部は顧問弁護士に相談をしたが、「解雇は避けたほうが賢明。そのような理由で、わずか1年目の社員を解雇にすると、不当解雇になる可能性がある」と言われた。

最終的に本人は入社1年を終えた時点で、依願退職した。人事部の責任者は「彼も、私たちも苦しかった。特定の職務で雇うのは、新卒では難しいのかもしれない」と話していた。

だが、他の6人はその後も在籍し、8年経った今、4人がプロジェクトリーダーとして活躍している。この企業の事例をどう捉えるか。様々な見方ができうるだろうが、プロ意識の高いITエンジニアに育成しようとしたから、生じた問題なのだ。6人の成功にこそ目を向けたい。


 


column_yoshida_7_2

 

08 ―――

ジョブ型雇用のデメリット(その7) 

 

●セクショナリズムが発生するリスク

特定職務のエキスパートが多数生まれるのは、特に10億円の壁を乗り越えるうえで大切であるのが、社内にセクショナリズムが生まれるリスクがある。各職務での採用(新卒、中途)となり、原則として他の職務への異動がない。

営業職として入社した場合、営業から営業企画などの配置転換はあるかもしれないが、総務や経理に移ることはほとんどない。この状態が長く続くと、社内にいくつかの会社があるような感覚になる場合がある。

総合職での採用(メンバーズシップ)ならば、例えば営業から総務、広報から営業などへの異動は頻繁にあり、部署や職務の間の壁を取り除くことができうる。

10億円の壁を乗り越えるうえで、セクショナリズムがあるとマイナスに作用する可能性が高い。この規模の企業は安定的に稼ぐ仕組みが、大企業のようにはできていない。個々の社員が独自の判断でバラバラに動く傾向があり、これが仕組みをつくれないようにしている。セクショナリズムがあると、この状況がますます悪化する。

ジョブ型雇用をする10億円以下の企業は、次のような試みはしたい。

 

  • 部署や職務を横断する委員会やプロジェクトチームを5~10はつくる。

  • 全部署の管理職が参加する会議を少なくとも月1回は実施する。

  • 全社員が参加する会議やイベントを年に数回は開く。

  • 社内のイントラや社内報を通じて、全社員の仕事やプライベートを紹介する。

 

 

 

09 ―――

ジョブ型雇用のデメリットのまとめ 

 

前回、ジョブ型雇用のメリットをテーマとしたが、それらはデメリットとも言える。確かにマイナスの要因にはなりうる場合はあるが、長所として機能するように工夫をしたい。

例えば、セクショナリズムが発生するリスクがあるならば、前述のように委員会やプロジェクトチームをつくることで、社員が職務を超えて接する機会を増やす。これは全社の風通しをよくする。社員間のコミュニケーションも活発になる。

10億円の壁にぶつかる企業は、このような仕組みもつくることが必要である。その有効な手立てとして、ジョブ型雇用があると言える。 

 

 

grid-border
著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
grid-border

 

 

次の記事

第7回メンバーシップ型雇用のメリット



経営・人事に役立つ情報をメールでお届けします