>サプライチェーン全体の価値最大化が、より良い未来を切り拓く(前編)
基本的に、モノが店頭に並ぶためには、メーカーや問屋、物流会社、小売店など、さまざまな組織が関わる。この一連の流れを、「サプライチェーン」と呼ぶ。当然ながら、いかにその流れを円滑かつ適切にし、価値を高めていくかが重要になってくる。それが、「サプライチェーン・マネジメント」と呼ぶ考え方だ。この概念を長年研究しているのが、学習院大学経済学部の河合 亜矢子教授だ。実際に物事を動かすことは、今や当たり前のように捉えられがちだが、その背景には多くの企業や関係者の努力がある。しかし、時代が大きく変わりゆく中、もはや企業努力や人的努力だけでは解決できない課題が生じつつある。それが何なのか。どう向き合っていけば良いかを河合氏に聞いた。インタビューの前編では、河合氏がサプライチェーンの研究に惹かれた経緯や今取り組んでいる研究の概要などを語ってもらった。
目次

01サプライチェーンを究めるために、社会人を経てから大学院に進む
河合先生はサプライチェーン・マネジメント、オペレーションズ・マネジメント、経営情報システムの研究を手掛けるに至った経緯をお聞かせください。本当にコンビニでのバイトがきっかけだったのですか。
そうなんです。学生の時に、セブンイレブンでアルバイトをしていました。セブンイレブンはPOSシステム(POSとはPoint of Salesの略称。販売時点情報管理と訳される。店舗での販売実績や在庫情報をリアルタイムで確認できるシステム)を導入した先駆けであり、トッププレーヤーです。私が大学生の時なので1990年代後半の話です。その当時は、まだPOSシステムは、あまねく行き渡っていた時代ではありませんでした。しかし、セブンイレブンではコンビニのレジシステムも全部POSですし、発注もハンディターミナルを使って需要予測したものをレコメンドしてくれるようなシステムでした。それが、すごく新鮮だったんです。
しかも、パンとかおにぎりなどを頼むと一日3回時間通りに、小さな容器に入ってレーン別に確実に届きます。「その仕組みもすごいなあ」「このシステムはどうやってできているんだろうか」と感銘を受けてしまいました。あまりにも面白かったので、情報システム会社と物流会社、コンビニの運営会社のいずれかに就職したいと考えました。
それで、総合ロジスティクス企業に入社され、基幹システムの開発に従事された後、SCMを学ぶために大学院に行かれたわけですね。
そうです。私はどういうふうに計画をして、それをアップデートしていくかという計画系の領域に興味を持ちました。その物流会社で働いていたときに、モノの流れやそれが情報システムでどういうふうに流れて、どんな指示書が出てきたり、在庫を管理するとか、そういう仕組みのところを実地で学ばせていただきました。
物流会社だったので色々な問題が社内にあるわけです。在庫の管理と言っても、荷主さんが言う通りのものを在庫管理していくしかないのですが、倉庫の中には売れないものが山のように積まれていたりします。そうかと思うと、ものすごく足りなくなって大騒ぎになったりすることも度々ありました。今であればわかるのですが、物流には波動があって人をどのように手配するかとかいうのもありますし、すごく暇な日があったり、すごく忙しい日があったりでものすごく大変なわけです。「何とかしないといけない」と言うのはわかるものの、その時私は大学を卒業したてで、半年間の現場経験といくばくかの情報システム設計業務を経験しただけだったので、ソリューションが頭の中に全く浮かばなかったんです。
現場に課題があるのは分かります。でも、それをどうすれば良いのかという答えが、どうしても見つけられませんでした。それで、大学院に進学し、その答えを探し出そうと考えたんです。
そこから研究者としての人生が始まったわけですね。
未だに、自分が研究者というのが歯がゆいと言うか、「あまり研究には向いてない」と思っているので、お恥ずかしながら研究者と言われると、自分のことではないようです。

02理想のSCMを各論として落とし込む難しさを痛感
ちなみに、“答え”は見つかったのですか。
だいぶ見つかりました。ただ、それを世の中で本当に実装しようと思うと大変です。総論は賛成なのですが、各論に入ると実際に実行するのは難しいという現実が、ようやく見えてきた感じです。
その答えは、後ほど色々と紐解かせていただきます。河合先生はSCMをメインにオペレーションズ・マネジメント(企業最適の視点から一気通貫のオペレーションを追求する手法)、経営情報システムなども研究されておられますが、実際どんな研究をされておられるのか、もう少し教えていただけますか。
“答え”を探すために、現在は広いSCMではなくてご縁があった流通業のSCMにフォーカスし、それが上手く回るためにはどうしたら良いかを研究しています。具体的には、必要な時に必要なものが必要なところにあるという状況を、社会全体で上手く作り出すためには、組織同士の協働をどういうふうにしないといけないかが、今の一番大きな研究テーマになっています。
オペレーションズ・マネジメントという意味では、皆がもう少し計画的にシンクロさせながら、世の中の在庫の状況をしっかり見える化していかないといけません。具体的には、最終の消費者のところには、需要予測をして当てに行かないといけない部分もあるのですが、その後ろにあるサプライチェーンの人たちはもう少し確定需要に基づいて世の中を動かせるはずなので、そこを計画的に動かして要らないものを作らないようにすべきです。
また、持続可能でミニマムなサプライチェーン・マネジメントを築くためには、経営情報を上手く使ったり、シェアしながら回していかないといけません。そのためには、どうすれば良いのかということを机上で考えるだけでなく、実際どういうところに落とし込んで、皆で協力してもらえば良いのか、その方法について検討しています。

03サプライチェーン・マネジメントの重要性がより問われる時代に
河合先生は、「サプライチェーンマネジメントは世の中を良くするために存在する」と指摘されています。今の時代において、なぜサプライチェーン・マネジメントがより重要になって来ているのでしょうか。
環境への配慮や働き手の減少が加速する時代において、「足りないなら沢山作って置いとけば良い」とか「例外的な処理には人手をかけていけば良い」というような無駄遣いできる資源が、どんどん減って来ています。そういう意味では、今もだいぶ汚れてますけれど、将来の世代の人たちに少しでも綺麗な生活環境や働きやすさみたいなものを継承していくためには、今の時点で業務の整理・整頓・清掃という3つの「S」をしないといけません。
これからは、働き手が少なくなっていく時代なのですから、人がやらなくても良いような仕事や作らなくても良いようなもの、動かさなくても良いようなところ、それらを上手く整理した上で、それこそ持続可能な世の中への布石を作って継承していくことが、すごく大事になって来ています。そういう意味で、今このサプライチェーン・マネジメントが、重要であると思います。
また、持続可能というところに焦点を当てて、資源が足りなくなるとかエコとか、そういうこと以外に、「レジリエンシー」(ダメージを受けるような危機における回復力、復元力)が今すごく指摘されていると思います。世の中がこれだけ不安定になると、何かがあったときにも、私たちの国の人たちがやはり食べて生きていかないといけないですよね。そういう意味では、グローバルに広がり切ったサプライチェーンを、もう少し広がっても使えるし、狭まっても使えるという柔軟性を活かし、回復力のある「レジリエンシー」を保ちながら、経済を回していく形を模索しないといけないタイミングに来ていると思っています。この二点によって、サプライチェーン・マネジメントが、今すごく注目されていると捉えています。

04サプライチェーンへの配慮の欠如が物流へのしわ寄せを引き起こす
サプライチェーン・マネジメントの重要性を今語っていただいたのですが、その重要性を踏まえて、現状において日本企業で見られるサプライチェーン・マネジメントの取り組みがどうなのか、どんな課題があるのかをご説明いただけますか。
ここ数年話題になっているのが、「物流の2024問題」(2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の960時間上限規制が適用され、輸送能力が著しく不足する事態)です。結局、この問題は依然として何も解決されないまま2025年に持ち越しとなっています。ドライバーが足りなくなるというのは、何も2024年に限った話ではありません。遡ると、既に2018年くらいから「ドライバーが足りなくなる」と、ずっと言われ続けてきました。
「なぜ足りなくなるのか」と言うと、要するに人気がない職種、若い人がなりたがらない職業だからです。なので、どんどん高齢化が進んでいます。若い人に人気がない理由は、長時間労働でありながら、お給料がなかなか上がらないからです。
サプライチェーン・マネジメントと物流は違う概念と言いながら、私がどうして物流の話をするのか言うと、最終的にはモノを運ぶ物流のところでサプライチェーンの無理・無駄の皺寄せが顕在化されるからです。本来であれば、サプライチェーン・マネジメントを企業の人たちがもっと意識をして、無理・ムラ・無駄が起こらないよう、たとえばもう少し計画的な発注を行うとか、共同配送をするとか、もう少し計画的に、色々な工夫をすれば物流現場の人たちがこれほど無理をしなくても済みます。しかし、実際には無計画に指示が飛んで来るので、最終的には誰かがその負荷を背負い込んで届けないといけなかったりします。
なので、物流現場の人たちが夜中に届けたり、色々無理なことをしてくれてる状況がずっと続いていたわけです。それを見かねて、最終的に物流の現場の人たちやトラックドライバーの人たちに「こんな働かせ方をしたらダメだ」「しっかりとした規制をしよう」ということで、指摘され始めたのが「物流の2024年問題」です。ついに、ドライバーの人たちが残業ができなくなるという状態になって、ますます物流の資源が足らなくなっているというのが、今の状況です。
これまでは流通業界においてセルワン・バイワン(商品が一つ売れる度に一つを補充する仕組み)のような方式が商慣習として当たり前のような状況でしたので、小口の多頻度輸配送が行われていたわけですが、いよいよ物流リソースの枯渇に拍車がかかって、物流費が高騰したり、実際にもう運べないということになってしまったところで、ようやく自分たちが物流にかなりの負荷を掛けていたことに気づいたというのが、2022, 23年ごろの話だと思います。
この2年くらいで明らかに潮目が変わって来ています。流通の経営陣の間にも「このままでは本当にモノが運べなくなってしまう」という問題意識が高まり、共同配送の取り組みを始めたり、計画的に届けるように発注をした方が良いのではないかと勉強会を始めたりしています。それによって、組織間でもう少し情報を共有して、サプライチェーンをスムーズに回すような方法がないだろうかと着荷主が模索し始めています。本当にスイッチが入って来たというのが、この2年くらいの出来事だと思っています。物流の問題で、物流企業だけでできることは限られていますので、荷主、特に着荷主の意識が積極的に問題解決に向くということが非常に重要です。

05サプライチェーンの改革に向け、リスクとコストの見える化を探求
その課題解決に向けて、どう取り組んでいけば良いのでしょうか。
私たちの研究グループでも「どう進めていけば良いのか」「こういうことをしてみては」などと議論しています。ただ、教科書ベースで何をすべきかという提案は、幾らでも皆さん思いつくものの、それを実際にやろうと思ったときに、「どういうリスクがあるのか」「どれだけのコストが掛かってくるのか」が見えないと、言ってることは分かっても、「それを実行するのは難しい」ということで足踏みをしてしまうと思います。
例えば、共同配送の取り組みは、もちろん進めた方が良いのですが、これをするということは、スーパーマーケットチェーンAとBがあって、この二つが共同配送するとなるとどちらかが先になって、どちらかが後になるわけです。そうなると、「なぜうちが先ではないのか」という話にどうしてもなります。「先に持って来てくれないと運営上困るんだよ」となるかもしれません。
でも、一旦始めてしまうと、それを元に戻すということは簡単にはできないものです。なので、最初の一歩に踏み込めないのです。そこで、どういうリスクが起こり得るのか、どういうコストが掛かりそうなのか、どの辺りの条件を少し緩和すると誰も損をせず、少しは良くなるのではないかなど、そういう実行したときの結果が、シミュレーションや計算機実験みたいなもので予め見える化できると、それを参考にして皆で落としどころを探すためのディスカッションしていけると思います。そのディスカッションの先に、「ならばやってみようか」という試みが1つでも生まれ、歩き始めると良いなと思います。
なので、それをどういうふうに話し合いをして、どのようにシミュレーションスタディ(実際の条件下で設計の実行可能性を解析するために設定する必要のある、すべての動作を評価・検証すること)で可視化をして、皆の妥協点として腹落ちするポイントを探っていくのかが、今私たちの研究グループが取り組もうとしているところです。なので、どういう提案というよりは、実際の産業の人たちと一緒に、皆さんのお困りごとを上手くコンピューターで、シミュレートし可視化をして、その可視化の結果を持って皆でディスカッションをしていく必要があります。研究者として一方的にやるのではなくて、実際に困っている当事者の人たちと一緒に、シミュレーターを作り上げていき、ディスカッションを進めていくことができないかという試みが、今私たちが提案しようと思っているメソッドです。
ちなみに、その研究会にはどういった方々が参画されているのですか。
日本小売業協会という名称の協会があります。そこが立ち上げた流通サプライチェーン政策研究会で、メーカーや卸、小売りなどの領域で、いずれもそれなりの規模の幹部が入った研究会です。それに加えて、アカデミアと言われている学術関係者がコーディーターとして、私を入れて3名入っています。なので、あまり大きなグループではありません。最近流行の言い回しで言えば、皆で2枚のピザをシェアできるぐらいの大きさです。
構想を練って、それが上手くいったら流通の色々な人に試みてもらい、横展開していく。そういう流れで、今進めているところです。

河合 亜矢子氏
学習院大学経済学部
経営学科 教授
2000年筑波大学第三学群社会工学類を卒業後、物流企業に入社。3年間勤務した後、2003年に同社を退職。筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程に入学する。2005年修士課程を終え、同博士課程へ。続く、2008年博士課程を修了。博士(工学)。筑波大学サービス・イノベーションプロジェクト研究員に就任。2010年高千穂大学経営学部に准教授として着任。2017年から現職。専門は、サプライチェーン・マネジメント、経営情報システム。