人的資源管理が重要なのは、戦後の日本の経済成長を支えた「日本的経営」の中核であり、管理職になれば誰もが必ず関わる、組織経営の基盤だからです。青山学院大学の山本寛名誉教授は、人的資源管理はこの四半世紀で大きく変わったとしたうえで、年齢にとらわれず活躍できる「エイジレス組織」を、若手が上司や経営層に教える「リバース・メンター制度」から実現していきたいと語ります。
コンプライアンス、ハラスメント、人権――人が関わる問題がSNSで拡散すれば、会社のブランドや価値は大きく損なわれます。人的資源管理の知識は、人事部門だけのものではなくなっています。
本記事では、山本名誉教授へのインタビューをもとに、人的資源管理が重要な理由、この四半世紀で起きた5つの変化、山本名誉教授が編著を手がけた人的資源管理の基礎書の特徴、そしてエイジレス組織の実現に向けた「リバース・メンター制度」の役割、メリット、導入のポイントを解説します。
この記事でわかること
・人的資源管理が組織経営の「一丁目一番地」である理由
・この四半世紀で人的資源管理に起きた5つの変化
・「エイジレス」が最も進んでいない理由と、エイジハラスメント
・リバース・メンター制度とは何か――歴史と3つの役割
・リバース・メンター制度のメリットと、普及させる4つのポイント
取材協力:山本 寛 氏
青山学院大学 名誉教授(取材時)。博士(経営学)。銀行、市役所での勤務を経て大学教員となり、2001年から青山学院大学経営学部で人的資源管理論、キャリアデザイン論を担当。メルボルン大学客員研究員を歴任。日本経営協会 経営科学文献賞などを受賞。専門は働く人のキャリアと、それに関わる組織のマネジメント。主な著書に『人材定着のマネジメント』(中央経済社)、『連鎖退職』『なぜ、御社は若手が辞めるのか』『「中だるみ社員」の罠』(日経BP)、『働く人の専門性と専門性意識』『昇進の研究』『転職とキャリアの研究』『働く人のためのエンプロイアビリティ』(創成社)、『人事労務担当者のためのリテンション・マネジメント――人材流出を防ぐ実践的アプローチ』(日本法令、2025年)、編著に『働く人と組織のための人的資源管理――人的資本経営時代の基礎知識』(中央経済社、2025年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人的資源管理はなぜ重要か――組織経営の「一丁目一番地」
山本名誉教授は、人的資源管理の重要性を次の2点から説明します。
| 重要性 | 内容 |
|---|---|
| ① 日本の経済成長を支えてきた | 戦後の高度経済成長を支えた「日本的経営」の三種の神器(終身雇用、年功処遇、企業内労働組合)は、いずれも人的資源管理に属する |
| ② 管理職なら誰もが関わる | 非管理職はIT、人事、営業などさまざまな仕事をするが、管理職になると業務指導、業績評価、リーダーシップなどで必ず人的資源管理に関わる。多くの人が管理職的な立場になるため、ある程度知っておくべき分野 |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
近年は、社会保険労務士(社労士)の存在感も高まっています。給与計算などの業務がIT化で減るなか、社労士は人事に関するコンサルティングへと役割を広げており、人事担当者と議論できる知識が求められています。ある社労士は、最近「コンプライアンス」「ハラスメント」「人権」という言葉がよく使われるようになったと指摘しているといいます。人が関わる問題は会社のリスクマネジメントそのものでもあるのです。
人的資源管理の基礎を体系的に学べる一冊
山本名誉教授は、全国社会保険労務士会連合会から、全国の社労士(約4.5万人)向けの研修の仕組みづくりを依頼されたことをきっかけに、編著『働く人と組織のための人的資源管理――人的資本経営時代の基礎知識』(中央経済社、2025年)を手がけました。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 構成 | 労働安全衛生など社労士が関わることの多い分野も含め、全18章を13名で執筆 |
| 現代的なテーマ | 人的資本経営、タレントマネジメント、組織開発(OD)、同一労働同一賃金、健康経営、従業員エンゲージメント、キャリア自律など |
| 現場の施策 | リモートワーク、1on1ミーティング、社内公募制度、アルムナイ制度、ハラスメント対策など |
| 新しい理論 | 個人と組織の適合(P-E fit)、組織(再)社会化、シェアド・リーダーシップ、自己効力感など |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
この四半世紀で人的資源管理に起きた5つの変化
2001年から青山学院大学経営学部で人的資源管理論を担当してきた山本名誉教授は、この四半世紀で人的資源管理に次の5つの大きな変化が起きたと言います。
| 変化 | 内容 |
|---|---|
| ① 集団管理から個別管理へ | 春闘やモデル賃金を基準とした一律の管理から、社員一人ひとりを個別に扱う時代へ。価値観や考え方にまで配慮が求められる |
| ② 経営戦略との適合 | 人事は経営戦略と一体で考えるべきものに。例えば海外に進出するなら、現地でどんな人材をどう採用するかを戦略に組み込む必要がある |
| ③ 企業業績への影響の重視 | 以前は人事施策の効果が業績に表れるまで時間がかかり、関係は問われにくかった。近年は業績との直接の関係が強く問われる |
| ④ 施策同士の整合性 | 年俸制を導入しながら年功的な給与を残すのは「アクセルとブレーキを同時に踏む」ようなもの。採用、育成、退職の施策は同じ方向を向く必要がある |
| ⑤ 人的資本の情報開示と価値向上 | 女性管理職比率や男女の賃金格差などの開示が進んだ。情報を出すだけでなく、施策→エンゲージメント向上→定着率向上→業績向上という流れをステークホルダーに示す必要がある |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
このほか、リスキリングや専門性の重視、組織による社員の専門性のマネジメントも重要なテーマになっています(経営に資する人事のあり方については、守島基博教授の解説記事でも紹介しています)。
採用から育成、評価、定着までの施策を同じ方向に向けるには、社員一人ひとりの職務やスキル、評価の情報を一貫して扱える仕組みが土台になります。
採用・育成・評価の施策を、一貫した仕組みでつなぐ
人事施策の整合性を保つには、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理し、施策同士をつなげて見られる仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理できるクラウドサービスです。
3つの「レス」で最も進んでいないのが「エイジレス」
山本名誉教授が今後取り組みたいテーマが、エイジレス社会への一里塚としての「エイジレス組織」の実現です。年齢による区別や差別をなくし、意欲や能力に応じて誰もが活躍できる組織をつくりたいといいます。
現代には「エイジレス」「ジェンダーレス」「ペーパーレス」という3つの「レス」がありますが、最も進んでいないのがエイジレスです。年功序列は減ったとされるものの、年齢による区別は今も残り、若手が活用されない問題や、年齢を理由にした嫌がらせ「エイジハラスメント(エイハラ)」も起きています。
| 対象 | エイジハラスメントの例 |
|---|---|
| 若手に対して | 「若いんだから○○すれば」と言う、若さを理由に雑用をさせる |
| 中高年に対して | 「その年齢でまだ○○なのか」と言う、定年が近いことを理由に仕事を回さない |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
若手も中高年も、年齢を理由に力を発揮する機会を奪われれば、組織にとっては損失です。構造的な人手不足のなかで、年齢にかかわらず一人ひとりを生かすことが欠かせません(中高年の活躍と企業の育成責任については、守屋貴司教授の解説記事でも紹介しています)。
リバース・メンター制度とは――若手が上司や経営層に教える
リバース・メンター制度とは、通常とは逆に、若手社員がメンター(指導・助言役)となって、年長の上司や経営層に知識やスキルを伝える仕組みです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1999年 | 米国ゼネラル・エレクトリック(GE)で、年長者がICTの使い方を若手から学ぶ目的で始まった |
| その後 | P&G、デル、マイクロソフト、ロシュなどに広がった |
| 2017年ごろ | 日本でも制度化する企業が増えた |
| コロナ禍 | 台湾のデジタル担当大臣だったオードリー・タン氏が、若いリバース・メンターの助言を生かして初期のコロナ対策を進めたことで注目された |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
なぜ今、リバース・メンター制度が求められるのか
根本にあるのは、世代や年齢が異なる相手と日常的にコミュニケーションを取らないため、ジェネレーションギャップを理解できないという問題です。人手不足が深刻になるなか、世代を越えた交流や協力の必要性は高まっています。
| リバース・メンターの役割 | 内容 |
|---|---|
| ① 若手が得意な分野の伝授 | ネット検索、オンライン会議ツール、SNSの活用法など |
| ② 最新の知識・技術の伝達 | AIやRPAなどDXに関する知識を若手から経営陣へ伝え、DX経営の知見を深める |
| ③ 子育て世代から経営者・管理職への伝達 | 育休の経験がほとんどない経営者や管理職に、仕事と育児の両立の実態を伝え、現実的なワーク・ライフ・バランス施策づくりにつなげる |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
リバース・メンター制度は、ICTのスキルや技術を移転する第1段階、それ以外の専門知識の移転や意見交換を行う第2段階を経て、今はダイバーシティやインクルージョンなどの価値観を共有し、異なる価値観の相互作用からイノベーションを生み出すことを目指す第3段階にあるといいます。
リバース・メンター制度のメリットと、普及させる4つのポイント
| 対象 | メリット |
|---|---|
| 若手社員 | コミュニケーション能力が向上する |
| 上司・経営者 | マネジメントされる側の気持ちを理解でき、部下を指導・育成するスキルが向上する |
| 双方 | 働きがいとエンゲージメントが向上する |
| 部署・チーム・組織 | 階層が逆転することで、通常の階層に依存しない関係を築け、相互学習や知識・文化・世界観の共有が進む |
| 社会全体 | エイジレス社会・組織を実現する突破口になる可能性が大きい |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
ただし、日本での実施はまだ非常に少ないのが現状です。富士通総研が2017年に行った調査では、リバース・メンタリングを「何らかの形で経験がある」人は7.4%にとどまりました。一方で、経験者からの評価は高く、効果を実感する声が多く挙がっています。
| 経験者が挙げた効果 | 割合 |
|---|---|
| 互いに信頼できる関係を築くことができた | 48.2% |
| 仕事上の課題を克服し、より効果的なアプローチをとることができた | 44.5% |
| 会社・部署全体に有益な結果や成果をもたらす | 44.1% |
出典:富士通総研の調査(2017年)をもとに編集部作成
普及しない理由は、年齢や勤続年数による序列意識が根強く、上意下達の仕組みや「年上が知っていて若手に教える」という意識が残っているためです。「リバース・メンター制度」という名称が堅いことも一因で、山本名誉教授は「ヤング・メンター制度」と言い換えると親しみやすくなると提案しています。国内では、P&G日本法人、資生堂、住友化学、岩手県庁、富士通ソフトウェアテクノロジーズなどが導入しています。
| 普及させるポイント | 内容 |
|---|---|
| ① トップの働きかけ | シニア社員や経営トップが問題意識を持って働きかける |
| ② 官公庁での実施と成果の公開 | 官庁などで実施し、成果を公開する |
| ③ 実質的な取り組みの発掘 | 制度化されていなくても、実質的に行われている例を探して推奨する |
| ④ 人事部門の調整 | 人事部門が調整役として重要な役割を担う |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
よくある質問(FAQ)
Q. 人的資源管理はなぜ重要なのですか?
A. 山本名誉教授は、戦後の経済成長を支えた日本的経営の三種の神器(終身雇用、年功処遇、企業内労働組合)がいずれも人的資源管理に属すること、そして管理職になれば業務指導や業績評価、リーダーシップなどで誰もが必ず人的資源管理に関わることを挙げています。
Q. 人的資源管理はこの四半世紀でどう変わりましたか?
A. 山本名誉教授は、①集団管理から個別管理へ、②経営戦略との適合、③企業業績への影響の重視、④施策同士の整合性、⑤人的資本の情報開示と価値向上、の5つの変化を挙げています。
Q. リバース・メンター制度とは何ですか?
A. 若手社員がメンターとなって、年長の上司や経営層に知識やスキルを伝える仕組みです。1999年に米国のGEで、年長者がICTの使い方を若手から学ぶ目的で始まり、日本でも2017年ごろから制度化する企業が増えました。
Q. リバース・メンター制度にはどんなメリットがありますか?
A. 若手のコミュニケーション能力の向上、上司や経営者の部下育成スキルの向上、双方の働きがいとエンゲージメントの向上、階層に依存しない相互学習などが挙げられます。山本名誉教授は、エイジレス社会・組織を実現する突破口になりうるとしています。
Q. リバース・メンター制度を導入するポイントは何ですか?
A. 山本名誉教授は、経営トップやシニア社員の働きかけ、官公庁での実施と成果の公開、実質的に行われている取り組みの発掘、人事部門による調整の4点を挙げています。名称を「ヤング・メンター制度」と言い換えると親しみやすくなるとも提案しています。
まとめ:人的資源管理を経営の基盤とし、年齢にとらわれない組織へ
- 人的資源管理は、日本の経済成長を支え、管理職なら誰もが関わる組織経営の「一丁目一番地」
- この四半世紀で、個別管理、戦略との適合、業績への影響、施策の整合性、情報開示と価値向上の5つが変わった
- 3つの「レス」で最も進んでいないのがエイジレス。年齢による区別やエイジハラスメントが残る
- リバース・メンター制度は、若手が上司や経営層に教えることで、世代間の理解と相互学習を進める
- 普及の鍵は、トップの働きかけ、成果の公開、実質的な取り組みの発掘、人事部門の調整
前編で紹介したリテンションも、本記事のリバース・メンター制度も、根底にあるのは「人」を理解し、生かす人的資源管理です。年齢や立場にかかわらず、一人ひとりが意欲と能力に応じて活躍できる組織が、構造的な人手不足の時代を乗り越える力になります。
人的資源管理の仕組みづくりを相談する
採用・育成・評価・定着の施策を経営戦略と一体で設計し、年齢にとらわれずに活躍できる組織をつくるには、人事制度全体の見直しも欠かせません。DEFiDEでは、人事制度や人材マネジメントの課題について相談を受け付けています。
▶ 前編:リテンション・マネジメントとは?構造的な人手不足時代に人材を定着させる方法と、管理職の1on1・アルムナイ制度の生かし方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:組織経営の一丁目一番地は、人的資源管理の理解なり(後編)(JOB Scopeマガジン)