リテンション・マネジメントとは、社員に長く組織にとどまってもらい、そのなかで活躍してもらうための取り組みです。人材定着の研究で知られる青山学院大学の山本寛名誉教授は、少子高齢化による構造的な人手不足のもとでは新たな人材を潤沢に採ることは難しく、今いる社員に長く活躍してもらう職場づくりが欠かせないと語ります。
人口減少で人手不足が深刻化し、採用難や転職の一般化によって、人材が定着しにくくなっています。そうしたなかで注目されているのが「リテンション(人材の定着)」です。山本名誉教授は2009年に『人材定着のマネジメント』(中央経済社)を著し、早くからこのテーマに取り組んできました。
本記事では、山本名誉教授へのインタビューをもとに、リテンションが重要になった背景である構造的な人手不足、定着の価値、働きがいと管理職の役割、リテンションを経営課題として捉える必要性、そして退職者との関係を保つアルムナイ制度と退職時の関わり方について解説します。
この記事でわかること
・リテンション・マネジメントの意味と、注目される背景
・人手不足が「構造的」で、採用だけでは補えない理由
・定着に効く「働きがい」と、管理職・1on1の役割
・リテンションを人事だけでなく経営者の課題として捉える必要性
・アルムナイ制度と、退職時に良好な関係を保つ注意点
取材協力:山本 寛 氏
青山学院大学 名誉教授(取材時)。博士(経営学)。銀行、市役所での勤務を経て大学教員となり、2001年から青山学院大学経営学部で人的資源管理論、キャリアデザイン論を担当。メルボルン大学客員研究員を歴任。日本経営協会 経営科学文献賞などを受賞。専門は働く人のキャリアと、それに関わる組織のマネジメント。主な著書に『人材定着のマネジメント』(中央経済社)、『連鎖退職』『なぜ、御社は若手が辞めるのか』『「中だるみ社員」の罠』(日経BP)、『働く人の専門性と専門性意識』『昇進の研究』『転職とキャリアの研究』『働く人のためのエンプロイアビリティ』(創成社)、『人事労務担当者のためのリテンション・マネジメント――人材流出を防ぐ実践的アプローチ』(日本法令、2025年)、編著に『働く人と組織のための人的資源管理――人的資本経営時代の基礎知識』(中央経済社、2025年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
リテンション・マネジメントとは――「定着」と「活躍」の両立
リテンションとは、もともと保持・維持を意味する言葉です。山本名誉教授が2009年に研究書を著した当時、「リテンション」という言葉は主に技術系やマーケティングの分野で、顧客を対象に使われていました。従業員を対象に、「定着と活躍」という意味で使われるようになったのは、この10数年のことだといいます。
山本名誉教授がリテンションを研究するのは、キャリア研究の「合わせ鏡」でもあります。従業員の転職は自由である一方、組織は優秀な人材に長く残ってほしいと考える。働く人のキャリアと、組織の人材定着は表裏一体なのです。
山本名誉教授は、銀行と市役所での勤務を経て大学教員となりました。就職活動への不安から職業適性検査やキャリア・カウンセリングを数多く受けた経験が、働く人のキャリアとキャリア意識の研究につながっています。職業適性は入社時の選択だけで決まるものではなく、転職を含めた「選択と適応の繰り返し」だと考えるようになったといいます。
リテンションが重要になった理由――構造的な人手不足
山本名誉教授は、少子高齢化を背景にした採用難は、もはや一時的なものではなく構造的な人手不足だと言います。人手不足を補う手立てはこれまでも講じられてきましたが、いずれも限界があります。
| 人手不足を補う手立て | 限界 |
|---|---|
| AI・ロボット | 大企業ではFA化(工場の自動化)が進むものの、中堅・中小企業では導入コストが大きく、全面的な置き換えは難しい |
| 外国人労働者 | 受け入れは増えてきたが、地方は賃金面で都市部に劣るため、期待どおりには進んでいない |
| 女性・中高年 | 労働力率はすでに先進国でもトップクラスの水準にあり、新たな人材が潤沢に加わる見込みは低い |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
さらに、物流業界ではいわゆる「2024年問題」で、ドライバーの時間外労働の上限が年960時間に制限されるなど、人手の確保はいっそう難しくなっています。だからこそ、今いる社員に長く勤めてもらうリテンションが重要になるのです。
定着の価値――育った人材が辞める損失は大きい
数年かけて研修を受け、能力を伸ばし、組織の風土や文化にも慣れた人が辞めてしまえば、組織にとって大きな損失です。少しでも長く働いてもらうことが大切だと山本名誉教授は言います。転職者についても同様で、人事担当者からは「転職者が即戦力として活躍してくれなかった」という声が多く聞かれます。転職者には早く職場に慣れ、経験を発揮し、長く勤めてもらうことが期待されているのです。
リテンションに効く施策――「働きがい」と管理職の役割
2025年2月に刊行した『人事労務担当者のためのリテンション・マネジメント』(日本法令)で、山本名誉教授は次のような問題意識から、リテンションの施策を論じています。
| 問題意識 | 内容 |
|---|---|
| ① 人手不足の深刻化 | 2009年の研究書以降、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』(2018年)、『連鎖退職』(2019年)を経て、採用難はさらに進んだ |
| ② 新しい施策の登場 | 転勤の見直し、アルムナイ制度、リテンションボーナス、副業・兼業の容認、テレワークなどが次々に導入されている |
| ③ 働きがい・エンゲージメント | 働き方改革は主に「働きやすさ」に注目したが、近年は成長につながる「働きがい」やエンゲージメントがリテンションに大きく影響する |
| ④ 管理職の役割 | 見過ごされがちな管理職の役割、特に1on1ミーティングの活用 |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
管理職ができること――離職の兆しに気づき、成長実感を高める
調査では、リテンションに役立つのはコミュニケーションの活性化と待遇の改善だとされています。とりわけ見過ごされがちなのが管理職の役割です。山本名誉教授は、管理職には次のような関わりが求められると言います。
- 1on1ミーティングなどを通じて、部下の離職の兆しを察知する
- 部下の成長実感を高める
- 部下をきちんと褒める
働きやすさを整えるだけでなく、成長につながる「働きがい」を高めることが、定着に大きく影響するのです(若手の早期離職を防ぐ関わり方については、尾野裕美准教授の解説記事でも紹介しています)。
定着の施策を考えるには、まず自社の離職率や定着率、エンゲージメントがどうなっているのかを指標で把握し、施策の効果を確かめられるようにしておくことが出発点になります。
定着率やエンゲージメントを指標で見える化する
リテンションの施策を効果につなげるには、離職率や定着率などの人的資本の指標を継続的に把握する仕組みが役立ちます。DEFiDEの「HRキャピタルダッシュボード」は、ISO 30414に基づく11領域58指標で人的資本を可視化できるサービスです。
リテンションは経営者・管理職にとってのキーワード
山本名誉教授の著書には「人事労務担当者のための」という副題が付いていますが、次の3者にも読んでほしいと考えているといいます。
| 読んでほしい人 | 理由 |
|---|---|
| 人事担当者 | 異動や新規配属で人事に来た人にも、リテンション・マネジメントの基礎知識(定義、定着の指標など)を身につけてほしい |
| 就職・転職を希望する人 | 会社研究の一環として、定着と活躍の観点から組織を見る参考にしてほしい。山本名誉教授のゼミ生も、志望企業の退職率を調べることが多い |
| 経営者・管理職 | 経営者が挙げる人事課題は採用や能力開発が多く、定着の優先順位は低い。危機感を持つ人事部門と同じく、既存社員の重要性を再認識してほしい |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
採用や能力開発と同じように、定着を経営の課題として位置づけること。それが、構造的な人手不足の時代に求められる姿勢です。
退職者との関係を保つ「アルムナイ制度」も有効な施策
退職した社員とのつながりを保つアルムナイ(卒業生)制度にも関心が高まっています。山本名誉教授は、アルムナイ制度は非常に有効だと考えています。特に離職者の多いIT業界では、新規プロジェクトで活躍した人が辞めることは大きな損失です。かつては元社員のネットワークを持つ企業は限られていましたが、今は多くの企業にあり、出戻りも珍しくなくなりました。リテンションの概念を広げるうえで、アルムナイ制度は必要だといいます。
| 退職者との良好な関係がもたらすもの | 例 |
|---|---|
| 再び組織に関わってもらう | 周年行事への参加、出戻り(再入社) |
| 外部から協力してもらう | 副業やアウトソーシングによる業務の受託 |
出典:山本名誉教授への取材をもとに編集部作成
退職面談は「問い詰めない」
退職時の面談で退職理由を聞くことは一般的で、職場や制度の改善に役立ちます。ただし、あまり厳しく問い詰めると本人にとってプレッシャーになり、「二度と戻りたくない」と思わせてしまうこともあります。退職代行サービスの利用が広がっている背景にも、こうした退職時の関わり方の問題があるのではないかと山本名誉教授は見ています。
退職するときも、会社と本人の双方がWin-Winの関係でいられることが望ましい――それが、アルムナイ制度を生かす前提になります(企業アルムナイの研究については、犬飼知徳教授の解説記事でも紹介しています)。
よくある質問(FAQ)
Q. リテンション・マネジメントとは何ですか?
A. 社員に長く組織にとどまってもらい、そのなかで活躍してもらうための取り組みです。山本名誉教授によれば、もともと顧客を対象にマーケティングの分野で使われていた「リテンション」が、従業員の「定着と活躍」という意味で使われるようになったのは、この10数年のことだといいます。
Q. なぜ今、リテンションが重要なのですか?
A. 少子高齢化による採用難が構造的なものになっているからです。山本名誉教授は、AI・ロボット、外国人労働者、女性・中高年の活用にはそれぞれ限界があり、新たな人材を潤沢に採ることは難しいため、今いる社員に長く活躍してもらうことが重要だとしています。
Q. 人材の定着に効く施策は何ですか?
A. 調査では、コミュニケーションの活性化と待遇の改善がリテンションに役立つとされています。山本名誉教授は、働きやすさだけでなく成長につながる働きがいやエンゲージメントを高めること、管理職が1on1などで離職の兆しを察知し、部下の成長実感を高め、褒めることを挙げています。
Q. アルムナイ制度にはどんなメリットがありますか?
A. 退職者との良好な関係を保つことで、出戻りや周年行事への参加、副業やアウトソーシングによる業務の受託などにつながる可能性があります。山本名誉教授は、アルムナイ制度はリテンションの概念を広げるうえで必要だとしています。
Q. 退職面談で気をつけることは何ですか?
A. 退職理由を聞くことは職場や制度の改善に役立ちますが、厳しく問い詰めると本人にとってプレッシャーになり、「二度と戻りたくない」と思わせてしまうことがあります。山本名誉教授は、退職時も双方がWin-Winの関係でいることが望ましいとしています。
まとめ:採用だけに頼らず、「今いる社員」が長く活躍できる職場をつくる
- リテンション・マネジメントとは、社員の「定着」と「活躍」を両立させる取り組み
- 少子高齢化による人手不足は構造的。AI・外国人・女性や中高年の活用にも限界があり、定着が重要になる
- 定着には、働きやすさに加えて成長につながる「働きがい」と、管理職の1on1・褒めることが効く
- リテンションは人事だけでなく、経営者・管理職が取り組むべき経営課題
- アルムナイ制度で退職者との関係を保ち、退職面談では問い詰めない
リテンションをはじめ、人に関わる課題に向き合ううえで土台となるのが、人的資源管理の理解です。後編では、人的資源管理がなぜ重要なのか、この四半世紀でどう変わったのか、そして年齢にとらわれずに活躍できるエイジレス組織をつくる「リバース・メンター制度」について紹介します。
社員の働きがいの源泉を把握する
定着に大きく影響する「働きがい」は、一人ひとりが仕事に何を求めているかによって変わります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」では、従業員が仕事に求める価値観を分析し、定着と活躍につながる施策を考えるヒントを得られます。
▶ 後編:人的資源管理はなぜ重要か?この四半世紀の5つの変化と、エイジレス組織をつくる「リバース・メンター制度」(内部リンク)
▶ インタビュー全文:組織経営の一丁目一番地は、人的資源管理の理解なり(前編)(JOB Scopeマガジン)