ジョブ型雇用が広がると、その職務を担う能力を持たない新卒者は採用で不利になりやすくなります。北海道大学の亀野淳教授は、ジョブ型は今後確実に広がるものの、新卒一括採用や教育制度と深く結びついた日本の雇用システムが、完全にジョブ型に置き換わることはないと見ています。
人的資本経営やジョブ型雇用への関心が高まる中で、「新卒採用はどうなるのか」「自社はジョブ型に移行すべきか」と悩む企業は少なくありません。旧労働省で雇用政策に携わり、現在は大学でキャリア教育と学生の就職支援にも関わる亀野教授は、企業と大学の双方の視点からこの問題を見てきました。
本記事では、亀野教授へのインタビューをもとに、人的資本経営が注目される背景、人的資本の情報開示の限界、ジョブ型雇用の捉え方、自社に合う雇用の考え方、ジョブ型が日本で完全には移行しない理由、そしてジョブ型と新卒採用の関係について解説します。
この記事でわかること
・人を育てるのが得意だった日本企業に、いま何が求められているのか
・人的資本の情報開示だけではわからないこと
・ジョブ型とメンバーシップ型は「0か1か」ではない理由
・ジョブ型が日本で完全には移行しない理由――雇用システムの相互補完
・ジョブ型が広がると新卒採用はどう変わるのか
取材協力:亀野 淳(かめの じゅん)氏
北海道大学 高等教育推進機構 高等教育研究部 教授、キャリアセンター センター長(取材時)。1987年広島大学経済学部卒業後、旧労働省に入省し、職業安定局雇用政策課係長、労働研修所教官などを務める。その後、金融機関系シンクタンクなどで勤務しながら北海学園大学大学院経済学研究科で学ぶ。2001年7月から北海道大学へ。高等教育機能開発総合センター生涯学習計画研究部助教授を経て、2021年4月より高等教育推進機構高等教育研究部教授。大学院教育学院 教育社会論講座 職業キャリア教育論研究室教授も兼務(取材時)。人材育成における高等教育と産業社会のつながり、高度専門職業人の育成、企業の人的資源管理などを研究。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
そもそも日本企業は「人を育てる」のが得意だった
亀野教授は、経営や人事の世界では周期的にバズワードが生まれるとしたうえで、人をどう育て、大切にするかは、もともと日本企業が得意とする分野だったと言います。企業内教育や終身雇用には多くのデメリットもありますが、人を大切にしようとする姿勢は、欧米と比べても日本企業の強みでした。
従来と違うのは、人を経営戦略の中にどう組み込むか、指標や数値で人事をどう見るかという点です。人手不足に加え、求められるスキルや能力が高度化し、誰でもよいわけではなくなっています。人をどう育て、その価値を経営戦略や利益にどう結びつけるかを、見える化・数値化して見ていく必要がある――人的資本経営は、こうした日本の課題にヒットしたからこそ注目されているのだと亀野教授は見ています。
経済産業省と厚生労働省の視点の違い
旧労働省の出身である亀野教授は、人的資本経営を経済産業省が主導している点に注目します。
| 厚生労働省(旧労働省) | 経済産業省 | |
|---|---|---|
| 主な視点 | 人事・雇用 | 経営全般・企業戦略 |
| 日本的雇用慣行の捉え方 | 終身雇用・年功賃金・企業別組合には批判もあるが、一定のメリットがあったと考える | デメリットをより強く認識し、日本経済・日本企業の低迷の一因とみる |
出典:亀野教授への取材より(亀野教授の見方)
人的資本の開示は「数字だけ」ではわからない
2023年3月期から上場企業に義務づけられた人的資本の情報開示について、亀野教授は、どんな情報でも開示することはプラスだと評価しています。ただし、その数字だけで何がわかるのかは別の問題です。数字の解釈の仕方や判断基準はまだばらばらだからです。
例えば就職活動中の学生が本当に知りたいのは、数字だけでなく社風のような数値化しにくい情報です。開示の方向性は間違っていないものの、それで人的資本の中身がすべてオープンになっているとは限らない、と亀野教授は指摘します。
ジョブ型とメンバーシップ型は「0か1か」ではない
亀野教授は、ジョブ型雇用という言葉の提唱者である濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構所長)の旧労働省時代の後輩にあたります。その亀野教授は、ジョブ型雇用は人によって指す内容が違い、ひと言で説明するのは難しいと言います。
平均すれば欧米企業はジョブ型、日本企業はメンバーシップ型の要素が強いのは確かです。しかし欧米にも日本にもさまざまな企業があり、その間には多くの段階があります。一概に0と1に分けられるものではないのです。
亀野教授は、ジョブ型の議論は昔から形を変えて繰り返されてきたとも言います。かつては「成果主義」が流行し、年功賃金を見直すべきだと主張されました。しかし、それ以前の日本企業がすべて年功序列だったわけでも、成果主義的な要素がまったくなかったわけでもありません。時代ごとに生まれる問題に対応するために、さまざまな概念が生まれている――今は、メンバーシップ型のデメリットがより強く出ているため、ジョブ型が注目されているのだと亀野教授は見ています。
自社に合う雇用を考える4つの要素
どちらがよいかを決めるのではなく、ジョブ型的な要素とメンバーシップ型的な要素を自社としてどう組み合わせるかを考えることが大切です。亀野教授は、その検討の要素として次の4つを挙げています。
- 会社にとって必要なスキル:高度な技術や知識がどの程度必要か
- 今いる従業員のスキル:社内で育成できる土台があるか
- 今後の採用方針:学んできた人・経験者を採るのか、社内で育てるのか
- 賃金体系:現在の処遇の仕組みとの整合性
| 考え方 | ジョブ型が合いやすい | メンバーシップ型が合いやすい |
|---|---|---|
| 必要な人材の確保 | 高度な技術や知識を学んできた人、経験のある人を採る | 社内で時間をかけて育てる |
| 変化のスピード | IT業界のように技術の変化が激しく、悠長に育てられない | 変化が比較的緩やか |
| 職場の雰囲気 | お互いに成果を意識し合いたい | 和気あいあいとしたチームで働きたい |
出典:亀野教授への取材をもとに編集部作成。同じ業種でも企業によって合う型は異なる
地方の中小企業では、ジョブ型の導入について相談を受けることはまだほとんどないといいます。20人ほどの企業では、一人がさまざまな仕事を担わざるを得ず、「あなたの仕事はこれとこれ」と決めるのは難しいからです(中小企業とジョブ型の相性については、藤本雅彦教授の解説記事でも紹介しています)。
ジョブ型の要素を取り入れるかどうかを考えるには、まずジョブの定義から評価・報酬・育成までの全体像を整理しておくことが出発点になります。
ジョブ型の要素を、どう取り入れるかを整理する
ジョブ型とメンバーシップ型の組み合わせ方を考えるには、ジョブの定義から評価・報酬・育成までの全体像を押さえておくことが大切です。JOB Scopeでは、ジョブ型人事制度を設計するためのフレームワークをまとめた資料を無料で提供しています。
ジョブ型は広がるが、完全には移行しない理由
亀野教授は、ジョブ型雇用は確実に広がっていくと見ています。ただし、メンバーシップ型との比率が逆転するところまではいかないといいます。その理由は、人事や教育の仕組みがすべて絡み合っているからです。
| 相互に絡み合う仕組み | 内容 |
|---|---|
| 人事制度 | 人の育て方、賃金体系、異動・ローテーション |
| 採用 | 新卒一括採用 |
| 教育制度 | 大学教育、企業内教育、リスキリング |
どこか一か所だけを変えても、他が変わらなければうまく回りません。もし国が「これからはジョブ型だ」と強制的に変えようとすれば、教育も新卒一括採用もすべて変えなければ社会が大混乱に陥るはずです。そもそもジョブ型に変えれば日本社会がすべてうまくいくとは思えない、と亀野教授は言います。
ジョブ型が広がると新卒採用はどう変わるのか
大学生はジョブ型雇用をどう捉えているのでしょうか。亀野教授によると、学生の多くはよくわかっていないものの、文系と理系で受け止め方は異なります。
| 理系(特に大学院生) | 文系 | |
|---|---|---|
| 主な志向 | 大学院に進み、大手企業の研究開発職に就きたい | 入社後の経験の中で向き不向きを見つけたい |
| ジョブ型との相性 | 学んだことを生かせるため、比較的マッチしやすい | 大学で2年ほど学んだ分野が一生の職種になるとは限らず、よくわかっていない |
| よく聞かれる声 | ― | 「入社後にどの部署に配属されるかわからないのは不安」(配属ガチャ) |
学生が見落としている「新卒採用が不利になる」可能性
亀野教授が指摘するのは、学生がよくわかっていないもう一つの点です。ジョブ型になると、新卒採用は不利になる可能性があるということです。
今の新卒一括採用は、そのジョブを担う能力がなくても、社内でローテーションを繰り返しながら育成し、本人に合った仕事を見つけていく仕組みです。だから、ポテンシャルだけで採用してもらえるのです。ジョブ型では、そのジョブに対する能力がなければ職に就けません。特に文系の学生は、新卒一括採用がなくなれば不利になりかねません。
亀野教授は、ヨーロッパで若者の就職が厳しいと言われる大きな要因はここにあると言います。実際、若年層(25歳未満)の失業率は、EU平均で14.7%と、日本の15〜24歳の3.8%を大きく上回っています。
| 国・地域 | 若年層の失業率 |
|---|---|
| EU平均(25歳未満、2025年12月) | 14.7% |
| スペイン(25歳未満、2025年10月) | 25.3% |
| 日本(15〜24歳、2025年平均) | 3.8% |
出典:Eurostat(季節調整値)、総務省「労働力調査(基本集計)2025年平均」。年齢区分や算出方法が異なるため参考値
配属ガチャの不安を和らげる点でジョブ型には利点もありますが、新卒者全体にとってよいことかどうかは慎重に考える必要があります(ジョブ型とキャリア形成の関係は、坂爪洋美教授の解説記事でも紹介しています)。
よくある質問(FAQ)
Q. ジョブ型雇用が広がると新卒採用はどう変わりますか?
A. 亀野教授は、ジョブ型ではその職務を担う能力がなければ採用されにくいため、新卒者、特に文系の学生は不利になる可能性があると指摘しています。今の新卒一括採用は、ポテンシャルで採用し社内で育てる仕組みですが、ジョブ型ではそれが難しくなるためです。ヨーロッパで若者の就職が厳しい大きな要因もここにあるとしています。
Q. 日本企業はジョブ型雇用に完全移行しますか?
A. 亀野教授は、ジョブ型は確実に広がるものの、メンバーシップ型との比率が逆転するところまではいかないと見ています。人事制度、新卒一括採用、大学教育や企業内教育などの仕組みがすべて絡み合っており、どこか一か所だけを変えてもうまく回らないためです。
Q. ジョブ型とメンバーシップ型はどちらがよいですか?
A. 亀野教授は、どちらがよいとは一概に言えないとしています。欧米と日本の企業の間には多くの段階があり、0か1かではありません。必要なスキル、今いる従業員のスキル、今後の採用方針、賃金体系などを踏まえ、両方の要素を自社としてどう組み合わせるかを考えることが大切です。
Q. 人的資本の情報開示で何がわかりますか?
A. 亀野教授は、情報の開示自体はプラスだとしつつ、数字だけでわかることには限界があると指摘しています。数字の解釈や判断基準はまだばらばらで、例えば就職活動中の学生が本当に知りたい社風のような情報は、数値では表しにくいためです。
Q. 中小企業でもジョブ型を導入すべきですか?
A. 亀野教授によると、地方の中小企業からジョブ型導入の相談を受けることはまだほとんどありません。20人ほどの企業では一人がさまざまな仕事を担うため、職務を細かく決めるのは難しいという規模の問題があります。自社に必要なスキルや採用方針から、取り入れる要素を考えることが現実的です。
まとめ:ジョブ型は「部分的に」広がる。新卒採用への影響も見据えて
- 人を育てることは日本企業の強み。違いは、人を経営戦略に組み込み、数値で見ていくこと
- 人的資本の開示はプラスだが、数字だけでは社風など本当に知りたいことはわからない
- ジョブ型とメンバーシップ型は0か1かではない。必要なスキル・人材・採用方針・賃金体系から組み合わせを考える
- 人事・採用・教育の仕組みが絡み合っているため、ジョブ型は広がっても完全には移行しない
- ジョブ型が広がるほど、ポテンシャル採用が難しくなり、新卒者は不利になりうる
後編では、大学生の就職先選択の多様化と悩み、インターンシップを採用に生かす意義と現状の課題、大学教育が人的資源を高める理由、そして中小企業が人材の確保・育成で差別化すべき理由について解説します。
自社に合う雇用と人事制度を、プロと一緒に考える
ジョブ型か、メンバーシップ型かの二者択一ではなく、自社に必要なスキルや採用方針に合わせて人事制度を設計することが大切です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
▶ 後編:インターンシップを採用にどう生かす?学生の多様化と「面接の限界」、中小企業が差別化すべき理由(内部リンク)
▶ インタビュー全文:人をどう活かしていくか。日本企業は改めて、その問いに向き合う姿勢が求められている(前編)(JOB Scopeマガジン)