ジョブ・クラフティングは、大きな改革ではなく、日々の仕事の1〜2割に小さな工夫を加える「スモールスタート」で始められます。京都産業大学の高尾義明教授は、車のハンドルに「遊び」が必要なように、仕事にも「ひと匙」の自由度が必要だとし、経営や人事は短期の成果にとらわれず、長い目で人の変化を見守ってほしいと語ります。
ジョブ・クラフティングに関心はあっても、「何から始めればよいのかわからない」「社員に自由を与えると統制がとれなくなるのでは」と感じる経営者や人事担当者もいるかもしれません。
本記事では、高尾教授へのインタビューをもとに、ジョブ・クラフティングを始めるコツ、組織の意思決定の現実から見た「自由度」の意味、仕事に「遊び」を持たせる大切さ、そして短期志向が強まる若手との向き合い方を解説します。
この記事でわかること
・ジョブ・クラフティングは「スモールスタート」で始める
・組織の意思決定は、すべてが体系的に行われているわけではない(ゴミ箱モデル)
・個人に自由度を与えることが、エンゲージメントや新しい発想を生む理由
・仕事に「遊び」を持たせる意味――10のうち1〜2を変える
・短期志向が強まる若手と、長い目で人を育てる経営
取材協力:高尾 義明 氏
京都産業大学 経営学部 教授、東京都立大学 名誉教授(取材時)。1967年大阪市生まれ。京都大学教育学部(教育社会学専攻)卒業後、神戸製鋼所に入社し、本社の企画管理部門で4年間勤務。京都大学大学院経済学研究科で経営学を学び、九州国際大学経済学部専任講師、流通科学大学情報学部専任講師・助教授、首都大学東京(現・東京都立大学)大学院社会科学研究科准教授・教授、同大学大学院経営学研究科教授を経て、2025年4月より現職。専門は組織論、組織行動論。組織学会理事、経営行動科学学会理事。著書に『50代からの幸せな働き方――働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』(ダイヤモンド社)、編著に『ジョブ・クラフティング――仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(白桃書房)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
ジョブ・クラフティングのコツは「スモールスタート」
ジョブ・クラフティングは、仕事を大きく変えることではありません。高尾教授は、日々の業務に小さな工夫や挑戦を加える「スモールスタート」が大切だと言います。著書では、ジョブ・クラフティングを「職場でできる小さな冒険」として紹介しました。
仕事のすべてをクラフティングする必要はありません。10のうち1つか2つの部分を変えるだけでも、仕事全体の捉え方が変わると高尾教授は言います。仕事の一部にひと匙の工夫を加えるだけで、仕事全体の手触り感は大きく変わるのです。
| 考え方 | 内容 |
|---|---|
| 大きく変えない | 仕事を丸ごと変えるのではなく、日々の業務に小さな工夫や挑戦を加える |
| 一部から始める | 10のうち1〜2の部分を変えるだけで、仕事全体の捉え方が変わる |
| 小さな冒険と捉える | 職場でできる「小さな冒険」として、気負わずに試してみる |
出典:高尾教授への取材をもとに編集部作成
ジョブ・クラフティングの研究は、日本でも広がりつつあります。高尾教授が編者を務めた研究書『ジョブ・クラフティング――仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(白桃書房、2023年)は、多くの研究者が章ごとに分担し、ジョブ・クラフティングの多面性を示した一冊です。研究書としては異例の増刷を重ね、韓国語にも翻訳されています。高尾教授は、日本でジョブ・クラフティングを研究する大学教員は20〜30人程度と見ています。
すべてが体系的に決まっているわけではない――ゴミ箱モデル
個人に自由度を与えることの意味を考えるうえで、高尾教授が紹介するのが、組織の意思決定を描いたゴミ箱モデルです。
教科書的な意思決定は、「問題を認識し、選択肢を挙げ、最善の案を選ぶ」という手順で進みます。しかし実際の組織では、選択機会、参加者、問題、解(解決策)という4つの要素が偶然に結びついて、物事が決まることも多いのです。
ゴミ箱モデルの目的は、こうした意思決定の良しあしを判断することではありません。まず組織の現実を認識し、そのうえでどこから改善するかを考えるための見方です(ゴミ箱モデルの仕組みについては、安藤良祐助教の解説記事でも紹介しています)。
模範から外れたところに、イノベーションの種がある
高尾教授によれば、3Mのポスト・イットの開発を、ゴミ箱モデルで読み解いた研究もあります。模範的な手順から外れた意思決定から、イノベーションの種が生まれることもあるのです。
物事の多くが偶然に左右されるのであれば、すべてを型にはめて管理しようとしても限界があります。だからこそ、個人に一定の自由度を与えることが、エンゲージメントや新しい発想の源になると高尾教授は言います。
長い目で、少しずつ自由度を与える――仕事の「遊び」
ジョブ・クラフティングには、個人が自分のWillやCanを仕事に混ぜ、仕事を自分なりに変えていく側面があります。短期的には、経営者や管理職にとって面倒に感じられることもあるでしょう。人事や経営者は、どうしても社員を「型にはめたい」と考えがちです。
しかし高尾教授は、少しずつ自由度を与えることで、長期的にはエンゲージメントや新しい発想につながり、良い循環が回ると言います。
ハンドルの「遊び」のように
高尾教授がたとえに使うのが、車のハンドルの「遊び」です。ハンドルに遊びがなければ、わずかな動きにも車が過敏に反応し、かえって事故につながりかねません。仕事にも同じように、「ひと匙」程度の遊びが必要だというのです。
| 観点 | 自由度がない職場 | 「ひと匙」の遊びがある職場 |
|---|---|---|
| 仕事の進め方 | 言われたことや決まったことだけをこなす | 仕事の一部に、自分なりの工夫を加えられる |
| 働く楽しさ | 生まれにくい | 仕事の手触り感が高まり、楽しさが生まれる |
| 組織への効果 | 短期的には管理しやすい | 長期的にエンゲージメントや新しい発想が生まれる |
出典:高尾教授への取材をもとに編集部作成
部下に任せる範囲を少しずつ広げ、工夫を受け止めることは、管理職のマネジメントの力にも関わります。
部下に任せ、工夫を引き出すマネジメントを学ぶ
部下に自由度を与え、主体的な工夫を引き出すには、管理職一人ひとりのリーダーシップが欠かせません。DEFiDEでは、高い収益を上げる企業のリーダーシップの実践をまとめた資料を公開しています。
短期的なものの見方に偏りつつある若手
高尾教授は、若い世代の仕事への向き合い方の変化にも目を向けています。ある企業の採用担当者は、新卒採用の面接で「好きではないけれど、取り組まなければならない仕事に、どう工夫して取り組みますか」と尋ねているそうです。その答えは、年々変わってきているといいます。
| 時期 | 多かった回答の傾向 |
|---|---|
| 3年ほど前 | 「嫌いな仕事なんてありません。すべて勉強ですから」 |
| その後 | ゲームのように、仕事の中に面白さを見つける |
| 最近 | 仕事を終えたら、自分にご褒美を与える |
出典:高尾教授への取材(採用担当者から聞いた話)をもとに編集部作成
高尾教授は、乗り気でない仕事が長い目で見て自分のスキルにつながる、という発想を持つ人が減っている印象を受けると言います。報酬や罰といった外からの動機づけ(外発的動機づけ)に頼る傾向が強まっているのです。大学の授業でも、「自分が変わった」という実感を持つ若者が少ないと感じるといいます。
今の仕事とは関係のない、経験したことのない仕事に取り組み、自分が変わる経験をしてほしい。一方で、無理強いすれば離職につながりかねません。その匙加減が難しいところだと高尾教授は言います。
中小・中堅企業の経営者、人事責任者へ
高尾教授は、経営者や人事責任者に向けて、短期の成果にとらわれず、長い目で人の変化を見ること、そして型にはめすぎず、少しずつ自由度を与えることを呼びかけています。
ジョブ・クラフティングは、仕事を変える技法であると同時に、人と仕事の関係を編み直していく姿勢でもあります。今の仕事に満足しているかと問われて、自信を持って「はい」と言えないなら、まずは仕事にひと匙の工夫を加えることから始めてみてはいかがでしょうか。
よくある質問(FAQ)
Q. ジョブ・クラフティングは何から始めればよいですか?
A. 高尾教授は、大きな改革ではなく、日々の業務に小さな工夫や挑戦を加える「スモールスタート」を勧めています。仕事のすべてを変える必要はなく、10のうち1〜2の部分を変えるだけでも、仕事全体の捉え方が変わるとしています。
Q. 社員に仕事の自由度を与えると、どんな効果がありますか?
A. 高尾教授は、組織の意思決定は偶然に左右されることも多いため、すべてを型にはめて管理するには限界があり、個人に一定の自由度を与えることがエンゲージメントや新しい発想の源になるとしています。短期的には面倒に感じられても、長期的には良い循環が生まれます。
Q. ゴミ箱モデルはジョブ・クラフティングとどう関係しますか?
A. ゴミ箱モデルは、選択機会・参加者・問題・解の4つの要素が偶然に結びついて意思決定が行われるという組織の現実を描いたモデルです。高尾教授は、模範から外れた意思決定からイノベーションの種が生まれることもあり、だからこそ個人に自由度を与えることに意味があるとしています。
Q. 仕事の「遊び」とは何ですか?
A. 高尾教授が車のハンドルの遊びにたとえて説明する、仕事の中の「ひと匙」程度の自由度のことです。ハンドルに遊びがないと事故につながりかねないように、言われたことだけをこなす職場では働く楽しさが生まれにくく、少しの遊びが仕事の手触り感を高めます。
Q. 短期志向の若手社員にはどう向き合えばよいですか?
A. 高尾教授は、報酬などの外発的動機づけに頼る若者が増え、乗り気でない仕事が長期的なスキルにつながるという発想が薄れていると見ています。未経験の仕事で自分が変わる経験をしてほしい一方、無理強いは離職につながるため、長い目で人の変化を見守り、少しずつ自由度を与える匙加減が大切だとしています。
まとめ:小さく始め、遊びを持たせ、長い目で人を育てる
- ジョブ・クラフティングは、日々の仕事に小さな工夫を加える「スモールスタート」で始める
- 10のうち1〜2の部分を変えるだけでも、仕事全体の捉え方が変わる
- 組織の意思決定は偶然に左右されることも多く、個人の自由度が新しい発想の源になる
- 仕事にもハンドルのような「ひと匙」の遊びが必要。型にはめすぎず、少しずつ自由度を与える
- 短期志向が強まる若手に対し、経営と人事は長い目で人の変化を見守る
前編ではジョブ・クラフティングの効果を、中編では職場と人事による支援とミドル・シニアの活性化を見てきました。小さな一歩を認め、偶然や余白を受け入れる組織こそが、一人ひとりの「ひと匙」を引き出し、人と仕事の関係を豊かにしていきます。
一人ひとりの役割と成長を、実際の画面で確かめる
社員の職務や目標、評価、育成の状況を一元的に把握できれば、一人ひとりの工夫や成長を長い目で見守りやすくなります。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
▶ 前編:ジョブ・クラフティングの効果とは?仕事に「ひと匙」を加えて手触り感を高め、エンゲージメントとキャリアを育てる(内部リンク)
▶ 中編:ミドル・シニアの活性化はどう進める?ジョブ・クラフティングを後押しする職場と人事の支援、エイジズムの回避と越境の効用(内部リンク)
▶ インタビュー全文:自分の仕事にひと匙を入れる大切さを理解しよう(後編)(JOB Scopeマガジン)