管理会計とは、経営者や管理者が判断や意思決定を行い、組織の業績を評価するために役立つ情報を提供する会計です。大阪学院大学の山本浩二教授は、管理会計は数字を管理するための道具にとどまらず、意思決定の精度を高め、組織の文化を変えていく手段にもなると語ります。
会計というと、決算書をつくり、株主や税務署に報告するための仕組みを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、会計には、社内の意思決定を支えるというもう一つの大切な役割があります。
本記事では、管理会計と原価計算を長年研究し、企業や医療機関の経営支援にも携わってきた山本教授へのインタビューをもとに、管理会計の意味と財務会計との違い、意思決定に生かす考え方、原価企画やVE、制約理論といった代表的な手法、そして管理会計を組織変革の手段として生かす方法を解説します。
この記事でわかること
・管理会計とは何か、財務会計とどう違うのか
・管理会計の2つの目的――意思決定と業績評価
・原価企画・VEの考え方と、コストが先行するビジネスでの活用例
・「ボトルネック」に焦点を当てる制約理論(TOC)
・管理会計を、組織の文化を変える手段として生かす方法
取材協力:山本 浩二 氏
大阪学院大学 経営学部 教授、大阪府立大学(現・大阪公立大学)名誉教授(取材時)。1983年神戸大学大学院経営学研究科修了。香川大学商業短期大学部助教授、大阪府立大学助教授を経て、1996年同大学教授。経済学部長、現代システム科学域副学域長・マネジメント学類長、特命副学長などを歴任。2017年より大阪学院大学経営学部教授を務め、大学院商学研究科長、経営学部長などを歴任。公認会計士試験委員、大阪府代表監査委員、日本原価計算研究学会副会長なども務めた。専門は管理会計、原価計算、経営戦略。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
管理会計とは――意思決定に役立つ情報を提供する会計
山本教授が管理会計に惹かれたきっかけは、米国会計学会が1966年に公表した報告書『基礎的会計理論に関する報告書(ASOBAT:A Statement of Basic Accounting Theory)』でした。そこでは、会計が次のように定義されています。
会計とは、情報の利用者が事情に精通したうえで判断や意思決定を行うことができるように、経済的な情報を識別し、測定し、伝達する過程である。
――米国会計学会『基礎的会計理論に関する報告書(ASOBAT)』(1966年)の定義を要約
会計の本質は、情報の利用者の判断や意思決定を支えることにある。この考え方を社内の経営に向けたものが管理会計です。外部に向けて決算を報告する財務会計とは、目的も利用者も異なります。
| 観点 | 財務会計 | 管理会計 |
|---|---|---|
| 主な利用者 | 株主、債権者、税務当局など社外の関係者 | 経営者や管理者など社内の意思決定者 |
| 目的 | 企業の財政状態や経営成績を外部に報告する | 経営の意思決定と業績評価に役立てる |
| ルール | 会計基準や法令に従って作成する | 法的な決まりはなく、目的に合わせて自由に設計できる |
| 扱う情報 | 主に過去の実績 | 過去の実績に加え、将来の予測や計画、金額以外の情報も扱う |
出典:山本教授への取材と、米国会計学会『基礎的会計理論に関する報告書』をもとに編集部作成
管理会計の2つの目的――意思決定と業績評価
山本教授は、管理会計の主な目的は意思決定と業績評価の2つだと説明します。意思決定は、経営に限らず、日々の暮らしのなかでも行われています。
例えば、旅行の交通手段や宿泊先を選ぶとき、私たちは金額だけで決めているわけではありません。かかる時間、快適さ、便利さといった金額以外の質的な要素も考えて選んでいます。山本教授は、最終的に判断するのは意思決定者自身であり、安いものが常に最適とは限らないと言います。
| 意思決定で考える要素 | 例 |
|---|---|
| 金額(量的な要素) | 費用、売上、利益、コストの差 |
| 金額以外(質的な要素) | 時間、快適さ、便利さ、品質、安全性、リスク |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
管理会計は、こうした判断に必要な情報を整え、意思決定の精度を高めるための仕組みです(中小企業の経営に財務の視点を生かす方法については、中井透教授の解説記事でも紹介しています)。
管理会計の代表的な手法
山本教授は、原価計算や管理会計の手法を研究するとともに、それらを日本企業にどう導入するかについて、企業とも議論を重ねてきました。研究で取り上げてきた主な手法は次のとおりです。
| 手法 | 概要 |
|---|---|
| 原価計算基準 | 日本の企業が原価計算を行う際のよりどころとなる基準 |
| 活動基準原価計算(ABC) | 製品やサービスを生み出す「活動」ごとにコストを集計し、より正確に原価を把握する方法 |
| 原価企画 | 製品の企画・設計の段階で原価を作り込み、目標とする利益を確保する活動 |
| VE(バリューエンジニアリング) | 製品やサービスの機能とコストの関係を分析し、価値を高める活動 |
| 制約理論(TOC) | 業務の流れのなかで最も弱い部分(ボトルネック)に焦点を当て、全体を最適化する理論 |
| バランスト・スコアカード(BSC) | 戦略目標を4つの視点で整理し、戦略を実行につなげるマネジメントの仕組み |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
このうちバランスト・スコアカードについては、後編で詳しく解説します。
原価企画とVE――日本で生まれた原価の作り込み
原価企画とは、製品の企画・設計の段階で原価を引き下げ、会社の目標利益を確保する活動です。トヨタ自動車で生まれた、日本発の管理会計の考え方として知られています。製品の原価の多くは設計の段階で決まるため、つくり始めてからコストを削るよりも、上流で作り込むほうが効果が大きいのです。
山本教授は、日本バリューエンジニアリング協会の研究会で顧問を務め、製造業を中心に原価企画の導入と定着を支援してきました。そこで課題になるのが、組織の風土や文化と会計の関係です。
事例:売上より先にコストが発生する、おせちのビジネスモデル
山本教授は2019年に、冷凍おせちの通信販売を手がける「板前魂」のビジネスモデルを、原価企画やVEの視点から分析した論文を発表しています。同ブランドのCEOが、山本教授の社会人大学院のゼミの学生だったことがきっかけでした。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 売上が年末に集中 | 店舗を持たず、夏以降に予約を受け付け、12月30日前後に一斉に配送する |
| コストが先行する | 年末まで食材の調達、調理、冷凍保管を続けるため、売上が立つ前にコストが発生する |
| 配送のリスクが大きい | 冷凍で届けられる配送業者が必要で、年末に届かないことは致命的。コストをかけてでもリスクを避ける必要がある |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
どこにコストをかけ、どこで抑えるのか。リスクとコストの両面から判断する必要があるビジネスでは、管理会計の情報が意思決定の質を大きく左右します(商品が消費者に届くまでの流れ全体を見直す考え方については、河合亜矢子教授の解説記事でも紹介しています)。
制約理論(TOC)――ボトルネックに焦点を当てる
制約理論(TOC)は、イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱した理論です。1984年に米国で出版された小説仕立てのビジネス書『ザ・ゴール』で広く知られるようになり、日本でも2001年に翻訳が刊行されました。
制約理論では、業務の流れのなかで最も処理能力の低い部分、つまりボトルネック(制約)が、全体の成果を決めると考えます。部分ごとに効率を上げても、ボトルネックが改善されなければ全体の成果は上がりません。山本教授も当初は在庫管理への問題意識からこの理論に注目し、企業の生産性を高めるための業務プロセスの改善を支援してきました。
管理会計は、組織を変える手段にもなる
新しい管理会計の仕組みを導入しても、なかなか定着しないことがあります。山本教授は、その妨げになるのは多くの場合、従来の組織文化だと指摘します。仕組みを運用するのは人の組織であり、会計の問題と組織の問題は切り離せないのです。
だからこそ、管理会計は逆に、組織の文化や風土を変えていく手段としても使えると山本教授は言います。新しい仕組みを入れることが、これまでの考え方や仕事の進め方を見直すきっかけになるからです。
数字で組織の状態を捉える考え方は、お金の流れに限らず、人材にも当てはまります。人への投資とその成果を数値で把握できれば、経営の意思決定にも生かしやすくなります。
人的資本を数字で見える化する
人材への投資を経営の意思決定に生かすには、人材の状態や施策の成果を数字で把握する仕組みが役立ちます。DEFiDEの「HRキャピタルダッシュボード」は、ISO 30414に基づく11領域58指標で人的資本を可視化できるサービスです。
よくある質問(FAQ)
Q. 管理会計とは何ですか?
A. 経営者や管理者が判断や意思決定を行い、組織の業績を評価するために役立つ情報を提供する会計です。山本教授は、管理会計の主な目的は意思決定と業績評価の2つだと説明しています。
Q. 管理会計と財務会計の違いは何ですか?
A. 財務会計は、株主や債権者など社外の関係者に向けて、会計基準に従って企業の財政状態や経営成績を報告する会計です。管理会計は、経営者など社内の意思決定者に向けて、目的に合わせて自由に設計し、将来の予測や金額以外の情報も扱う点が異なります。
Q. 原価企画とは何ですか?
A. 製品の企画・設計の段階で原価を引き下げ、会社の目標利益を確保する活動です。トヨタ自動車で生まれた日本発の考え方として知られています。製品の原価の多くは設計段階で決まるため、上流で原価を作り込むことが効果的です。
Q. 制約理論(TOC)とは何ですか?
A. イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱した理論で、業務の流れのなかで最も処理能力の低いボトルネック(制約)に焦点を当て、全体を最適化します。著書『ザ・ゴール』で広く知られるようになりました。
Q. 管理会計を導入しても定着しないのはなぜですか?
A. 山本教授は、新しい仕組みの定着を妨げるのは、多くの場合、従来の組織文化だと指摘しています。仕組みを運用するのは人の組織であるため、会計と組織の問題は切り離せません。逆に、管理会計を組織の文化を変える手段として使うこともできるとしています。
まとめ:管理会計で意思決定の精度を高め、組織を変える
- 管理会計とは、経営の意思決定と業績評価に役立つ情報を提供する会計
- 社外への報告を目的とする財務会計に対し、管理会計は社内の意思決定者のために自由に設計できる
- 意思決定では、金額だけでなく時間や品質などの質的な要素も考え、最終判断は意思決定者が行う
- 原価企画は上流で原価を作り込み、制約理論はボトルネックに焦点を当てて全体を最適化する
- 管理会計の定着を妨げるのは組織文化。だからこそ、組織を変える手段にもなる
では、管理会計の仕組みを使って、戦略を日々の行動にどう落とし込めばよいのでしょうか。後編では、戦略目標を4つの視点で整理するバランスト・スコアカード(BSC)の考え方と、医療・サービス業への応用、そして経営者が管理会計を学び直す意義を紹介します。
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▶ 後編:バランスト・スコアカード(BSC)とは?4つの視点で戦略を実行につなげる方法と、医療・サービス業への応用(内部リンク)
▶ インタビュー全文:管理会計は意思決定の精度向上につながる(前編)(JOB Scopeマガジン)