男性の育児休業が大切なのは、最初の子どもの誕生をきっかけに家庭内の役割分担を変え、男女ともに働きやすい職場をつくる土台になるからです。同志社大学の川口章教授は、ワーク・ライフ・バランスの制度を男性も使いやすくすることが、女性管理職を増やすうえで最も大事だと語ります。
前編では、人的資本の情報開示が働きやすい企業を有利にする仕組みと、労働時間の短縮の重要性を紹介しました。では、日本でワーク・ライフ・バランスやジェンダー平等が遅れている背景には何があり、企業は何から取り組めばよいのでしょうか。
本記事では、川口教授へのインタビューをもとに、長時間労働を美徳とする価値観、終身雇用の崩壊、家事・育児の男女差、男性の育児休業の現状と意義、ワーク・ライフ・バランス制度が女性活躍につながる条件、そして中小企業が働きやすさを発信すべき理由について解説します。
この記事でわかること
・長時間労働を美徳とする価値観はどうすれば変わるのか
・終身雇用が崩れつつある中で求められる新しい雇用のあり方
・日本の家事・育児の男女差と、男性の育児休業の重要性
・ワーク・ライフ・バランス制度が女性活躍につながらない理由と解決策
・中小企業が「働きやすさ」を積極的に発信すべき理由
取材協力:川口 章(かわぐち あきら)氏
同志社大学 政策学部 政策学科 教授(取材時)。1958年香川県生まれ。1982年京都大学経済学部卒業、1984年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。1991年オーストラリア国立大学Ph.D.(経済学)。メルボルン大学経済商学部講師、追手門学院大学経済学部教授などを経て、2004年より同志社大学政策学部教授。専門は労働経済学で、ジェンダー経済格差を生み出す社会構造の分析に取り組む。著書に『ジェンダー経済格差』(勁草書房)、『日本のジェンダーを考える』(有斐閣)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
「長時間労働は美徳」という価値観を変える
日本では今も、夜8時、9時まで働く社員を「熱心だ」と評価する価値観が残っています。川口教授は、残業時間の規制が厳しくなれば、企業は無駄を省こうとすると言います。例えば、上の人が決めればよいことをだらだらと話し合う会議や、海外企業との交渉の場で何も決められず「持ち帰って検討します」と答えるような、時間を使う経営のあり方を変える必要があります。
価値観は変えられる――ドイツの例
かつて先進国では、日本、ドイツ、イタリアの出生率が低く、「日独伊三国同盟の呪い」とまで言われていました。しかしドイツでは、男女の役割分担がはっきりしていた時代から、残業時間を短くするなどの努力を重ね、女性の活躍も進んできたと川口教授は言います。努力を重ねれば、人々の考えや価値観は変わっていく。特に、年功序列の中で制度を決め、評価する立場にある年長者の価値観を変えることが大切だと川口教授は語ります。
なお、ヨーロッパでも管理職は週48時間の規制が適用されず、長く働く人も少なくありません。収入も多く、子育てがひと段落した年代が多いことも背景にあるといいます。
終身雇用は崩れつつある――新しい雇用のあり方へ
ジョブ型雇用について川口教授は、「ジョブ型」の名付け親とされる濱口桂一郎氏が定義する、米国のブルーカラーに代表されるジョブ型と、今の日本が向かっている方向は違うと見ています。ただし、日本のメンバーシップ型雇用は変わりつつあり、変わらなければならないと言います。
日本の終身雇用の対象は正社員だけで、長期的には正社員の割合は減り、非正規が増える傾向にあります。そもそも終身雇用は、男性が働き、女性が家庭を守ることを前提とした時代の雇用制度です。新しい時代には合わず、崩れつつあると川口教授は指摘します。
家事・育児の男女差――日本の女性は男性の5.5倍
日本でワーク・ライフ・バランスの定着が遅れた理由として、川口教授は残業規制の緩さと、男女の役割の大きな違いを挙げます。OECDの統計によると、日本の1日あたりのアンペイドワーク(無償労働。主に家事・育児)は、男性41分に対して女性は3時間44分で、女性は男性の5.5倍にのぼります。
| 国・地域 | 女性のアンペイドワーク時間(男性を1とした場合) |
|---|---|
| 日本 | 5.5倍 |
| トルコ | 4.5倍 |
| 韓国 | 4.4倍 |
| OECD平均 | 1.9倍 |
出典:川口教授への取材より(OECDの統計。取材時点で川口教授が紹介したデータ)
ノルウェーで共働き夫婦に家事分担を尋ねると、ほとんどの人が「フィフティ・フィフティ」と答え、それが理想のカップル像だといいます。川口教授は、労働時間を短縮して男性が家事・育児をしやすくすることと、男性自身が労働時間の短縮を求めるよう意識が変わること、その両方が必要だと語ります。
男性の育児休業は「家庭の役割分担を変える」最大のきっかけ
川口教授は、日本のワーク・ライフ・バランスには希望もあると言います。若い男性社員の多くは育児休業の取得を望んでいるからです。男性の育児休業取得率は、取材時点では2割に満たない水準でしたが、その後大きく伸びています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 男性の育児休業取得率(2024年度) | 40.5%(前年度30.1%) |
| 女性の育児休業取得率(2024年度) | 86.6% |
| 政府目標 | 2025年に50%、2030年に85% |
出典:厚生労働省「令和6年度 雇用均等基本調査」、こども未来戦略
もう一つの課題は取得期間です。取材時点のデータでは、女性はほとんどが6カ月以上取得している一方、男性は半数以上が2週間未満でした。川口教授は、男女とも6カ月以上取得するのが理想だと言います。
「やはり、最初の子供が生まれた時だと思います。」
――川口教授
子どもが生まれる前は、家事はそれほど多くありません。しかし子どもが生まれると、育児を含めた家事の時間が一気に増えます。そのときに男性がもっと家事をするようになれば、意識を変える非常に大きな機会になる――だからこそ企業は、若い男性社員の「育児休業を取りたい」という希望をかなえるべきだと川口教授は語ります。
なお、2025年4月からは、男性の育児休業取得率の公表義務が、従業員300人超の企業にも広がっています(改正育児・介護休業法)。
ワーク・ライフ・バランス制度が女性活躍につながる条件
日本のジェンダー平等はまだ大きく遅れています。取材時に川口教授が紹介した日本生産性本部の調査では、上場企業のうち女性管理職比率が5%未満の企業が48.2%、15%未満が84.1%を占めていました。意外にも、大企業のほうが女性管理職の割合が低く、中小企業のほうが高い傾向があるといいます。
制度を使うのが女性だけだと、女性活躍は進まない
ワーク・ライフ・バランスの施策は、女性の定着には大きな効果があります。しかし、それで女性が活躍するかといえば、そうとは限りません。むしろ女性の活躍が進まなくなるケースさえあると川口教授は指摘します。
- ワーク・ライフ・バランスの制度を導入すると、利用するのはほとんどが女性になる
- 女性は休んだり勤務時間を短縮したりできるが、男性はなかなかできず、しわ寄せが男性に行く
- その状態で男女が平等に昇進すると、男性が「不平等だ」と感じてしまう
だからこそ、ワーク・ライフ・バランスの制度を男性ももっと利用しやすくする職場風土をつくることが、女性管理職を増やすうえで一番大事だと川口教授は語ります(女性リーダーの育成については、関口倫紀教授の解説記事でも紹介しています)。
男性も制度を使いやすい職場になっているかを知るには、社員が制度の使いやすさや職場の雰囲気をどう感じているかを把握することが出発点になります。
制度の「使いやすさ」と職場風土を、データでつかむ
制度を整えても、使いにくい雰囲気があれば男性の利用は進みません。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、職場の風土や働き方への意識を迅速にきめ細かく可視化します。
中小企業こそ「働きやすさ」を積極的に発信しよう
川口教授は、大企業よりも中小企業のほうが、「わが社は働きやすい会社です」と情報開示したときの効果は大きいと言います。統計上、中小企業はワーク・ライフ・バランスの施策が十分に整っていないことが多いため、働きやすい中小企業は目立つからです。中小企業の働きやすさにはばらつきが大きく、だからこそ働きやすい企業は、上場していなくても積極的に開示すべきだといいます。
| 発信の例 | ポイント |
|---|---|
| 男性の育児休業取得率 | 「男性の育児休業取得率100%」など、具体的な数値で示す |
| 有給休暇取得率 | 「有給休暇取得率90%」など、働きやすさがひと目でわかる指標を示す |
| 発信の場 | 自社サイトのほか、厚生労働省のWebサイト「両立支援のひろば」でも情報を公開できる |
出典:川口教授への取材をもとに編集部作成
ベンチャーや中小企業に興味を持つ大学生も、「働きにくいのではないか」「給料が安いのではないか」と心配しています。働きやすさに自信がある会社が、その情報を積極的に開示すれば、よい人材が集まりやすくなる――それが川口教授からのメッセージです(中小企業が人的資本経営に取り組むメリットは、岩本隆特任教授の解説記事でも紹介しています)。
よくある質問(FAQ)
Q. なぜ男性の育児休業取得を進めるべきなのですか?
A. 川口教授は、最初の子どもが生まれたときに男性が家事・育児に関わることが、家庭内の役割分担と意識を変える大きな機会になるとしています。日本では女性のアンペイドワークが男性の5.5倍にのぼり、この差を縮めることが、男女ともに働きやすい社会の土台になります。
Q. 男性の育児休業取得率はどのくらいですか?
A. 厚生労働省の「令和6年度 雇用均等基本調査」によると、2024年度の男性の育児休業取得率は40.5%で、前年度の30.1%から大きく上昇しました。女性は86.6%です。政府は2025年に50%、2030年に85%を目標としています。
Q. ワーク・ライフ・バランスの制度を整えれば女性管理職は増えますか?
A. 川口教授は、制度を利用するのがほとんど女性だと、男性にしわ寄せが行き、男女が平等に昇進すると男性が不公平だと感じるため、女性の活躍が進まないことがあると指摘しています。制度を男性も利用しやすい職場風土をつくることが、女性管理職を増やすうえで最も大事だとしています。
Q. 終身雇用はこれからどうなりますか?
A. 川口教授は、終身雇用は男性が働き女性が家庭を守ることを前提とした時代の制度であり、正社員の割合が長期的に減る中で崩れつつあると見ています。新しい雇用のあり方をジョブ型と呼ぶかどうかは定義次第だとしつつ、日本のメンバーシップ型雇用は変わらなければならないとしています。
Q. 中小企業は働きやすさをどう発信すればよいですか?
A. 川口教授は、働きやすい中小企業は上場していなくても、男性の育児休業取得率や有給休暇取得率などを積極的に開示すべきだとしています。中小企業は働きやすさのばらつきが大きいため、開示の効果は大企業より大きく、厚生労働省の「両立支援のひろば」なども活用できます。
まとめ:男性も制度を使える職場が、女性活躍と人材確保の鍵
- 長時間労働を美徳とする価値観は、残業規制と努力の積み重ねで変えられる。特に年長者の意識改革が大切
- 終身雇用は男性稼ぎ手モデルを前提とした制度であり、崩れつつある
- 日本の女性のアンペイドワークは男性の5.5倍。男性の育児休業は家庭の役割分担を変える最大のきっかけ
- ワーク・ライフ・バランス制度を女性だけが使うと女性活躍は進まない。男性も使いやすい職場風土が鍵
- 中小企業ほど、働きやすさを開示したときの効果は大きい。数値で積極的に発信しよう
働きやすさは、もはや福利厚生ではなく、人材を集め、生かすための経営の土台です。男性も女性も制度を使いやすい職場をつくり、その姿を自信を持って発信することが、これからの企業の競争力につながります。
男女ともに制度を使いやすい人事制度を、プロと一緒に
ワーク・ライフ・バランスの制度を男女ともに使いやすくするには、制度を使った人が不利にならない評価や、業務の分担を見直す人事の仕組みが欠かせません。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 前編:人的資本の情報開示のメリットとは?働きやすい企業に人材が集まる仕組みと、長時間労働を見直すべき理由(内部リンク)
▶ インタビュー全文:働きやすさに自信がある会社ほど、人的資本情報を開示する効果が大きい(後編)(JOB Scopeマガジン)