CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)とは、経営陣の一員として、経営戦略を実現するための人と組織に関する戦略に責任を持つポジションです。
人的資本の情報開示をきっかけに、CHROを置く企業が増えています。しかし、人事白書2025によると、CHROを設置している企業はまだ18.1%にとどまります。アップルやユニデンで人事のトップを務め、現在は複数社の社外取締役も務めるTHS経営組織研究所の小杉俊哉氏は、「CHROになりうる人材が圧倒的に少ない」ことが最大の問題だと指摘します。
本記事では、小杉氏へのインタビューをもとに、人的資本経営で問われる人の捉え方、戦略人事が浸透しない背景、人事システムがバラバラになる問題、CHROと人事部長の違い、人事が担うべき5つの役割、そしてCHROに必要な経験について解説します。
この記事でわかること
・人的資本経営で本当に問われていること
・戦略人事が浸透しない背景と、人事システムがバラバラになる問題
・CHROとは何か、人事部長との違い
・戦略人事を実現する「人事の5つの役割」
・CHROに必要な経験と、CHRO人材が不足する理由
取材協力:小杉 俊哉(こすぎ としや)氏
合同会社THS経営組織研究所 代表社員、慶應義塾大学SFC研究所 上席所員、ビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科 客員教授(取材時)。早稲田大学法学部卒業後、日本電気(NEC)入社。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ユニデン株式会社人事総務部長、アップルコンピュータ人事総務本部長兼米アップル社人事担当ディレクターを経て独立。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授などを経て、THS経営組織研究所を設立。立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科客員教授、慶應義塾大学大学院理工学研究科特任教授などを歴任。複数社の社外取締役・監査役を務める。専門はリーダーシップ論、キャリア自律、人材マネジメント。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人的資本経営は「ようやくスタートライン」
小杉氏は、社外取締役や監査役として複数の企業に人的資本の情報開示を助言してきました。人的資本経営は、いま最もホットなテーマだといいます。
ただし、人を「資源」ではなく「資産」や「資本」と呼ぶこと自体は、小杉氏にとって本質ではありません。財務諸表で人を資産に計上するわけではなく、人件費として扱う限り、人は相変わらずリソースでありコストだからです。大切なのは、その根本にある「人と会社は対等だ」という考え方だといいます。
小杉氏は1999年の著書『人材マネジメント戦略――経営人事から発想する』(日本実業出版社)ですでに、人はリソースから資産・資本へと扱いが変わり、投資の対象となる以上、ROI(投資収益率)が問われるようになると論じていました。人的資本経営は新しい考え方ではありません。にもかかわらず、日本企業は長く変わらず、経済産業省の「人材版伊藤レポート」が突き付けたことで、ようやく動き出しました。
「ようやくスタートラインに着きましたね」という感じです。
――小杉氏
女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差といった開示項目は、まだ序の口。本当の正念場はここからだと小杉氏は言います。
戦略人事が浸透しない理由――バラバラの人事システム
小杉氏は戦略人事を、経営戦略を実現するために連動すべき、人に関する戦略と定義しています。しかし、多くの日本の大企業では、経営戦略と人事が連動しているとはいえず、戦略人事は定着していないと見ています(戦略人事の考え方は、守島基博教授の解説記事でも詳しく紹介しています)。
ツールは増えたが、統合されていない
この20〜30年で大きく変わったのは、人事系のツールが数多く登場したことです。タレントマネジメントにはこのアプリ、エンゲージメントサーベイにはこのアプリと、多くの企業がさまざまなツールを使っています。しかし、それぞれをバラバラに使っているため統合できず、どうすればよいか悩んでいるという声が圧倒的に多いといいます。
本来、全社の情報をつなぐ役割を担うのがERP(統合基幹業務システム)です。ところが、人事機能をうまく組み込めず、組み込んでも自社に合わせたカスタマイズに莫大なコストがかかり、使いこなせないケースが少なくありません。
| よくある日本企業の進め方 | 本来効率的な進め方 | |
|---|---|---|
| 考え方 | システムを自社の制度に合わせて修正する | 標準(ベストプラクティス)に自社の制度や仕組みを合わせる |
| 結果 | カスタマイズに莫大なコストがかかる | コストを抑え、標準化が進む |
| 運用 | 他のアプリと連携できず、業務ごとに別のツールを使う | 人事の情報が一元化され、横断的に活用できる |
人事の情報がつながっていなければ、経営戦略と人事を連動させることも難しくなります。制度とツールを一体で考えることが、戦略人事の土台になります。
人事制度とクラウドを「一体」で設計する
人事の仕組みを経営戦略と連動させるには、制度とツールを別々に整えるのではなく、一体で設計・運用することが近道です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを一気通貫で支援する人事制度改革プラットフォームです。
CHROとは?――人事部長との違い
CHROとは、経営陣の一員として、経営戦略を実現するための人と組織に関する戦略に責任を持つ最高人事責任者です。経営戦略と人材戦略を連動させるうえで、小杉氏はCHROの存在が重要だと強調します。「人材版伊藤レポート」でも、CHROの設置に加え、各事業部門にHRBP(HRビジネスパートナー)を配置して事業を支えることが提言されています。
| 人事部長 | CHRO | |
|---|---|---|
| 位置づけ | 人事部門の責任者 | 経営陣の一員 |
| 主な関心 | 人事部門の業務を確実に遂行すること | 経営戦略を人と組織の面から実現すること |
| 経営との関係 | 経営者・役員の補助機関になりやすい | 経営トップや他部門と対等に議論する |
小杉氏は、人事部がバックオフィスや経営者の補助機関という位置づけにある限り、人事部長が執行役員になっただけではCHROにはなれないと指摘します。経営トップや他部門に対して、対等にものが言えないからです。
CHROの設置はまだ一部の企業にとどまっています。
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| CHROを設置している企業(全体) | 18.1% |
| 従業員5,001人以上の企業 | 約50% |
出典:HRビジョン『日本の人事部 人事白書2025』
戦略人事を実現する「人事の5つの役割」
現場に精通した人事が少ないという問題は、25年以上前に、当時米ミシガン大学教授だったデイビッド・ウルリッチが著書『MBAの人材戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)で指摘していました。ウルリッチは人事の役割を4つに分けて定義しています。小杉氏はそこに、自らの経験から「システムデザイナー」を加えた5つの役割を示しています。
| 役割 | 内容 | 日本企業の現状(小杉氏の見方) |
|---|---|---|
| ① 管理エキスパート | 人事サービスを提供し、プロセスを管理して効率化する | この役割ばかりを担う人事が多い |
| ② システムデザイナー(小杉氏が追加) | 新たな人事制度や組織を設計する | 優秀な人事パーソンでも、多くはここまで |
| ③ 戦略パートナー | 経営者や事業部門と連携し、戦略の具現化を支援する。HRBPはその出先 | 担える人材は限られる |
| ④ 変革のファシリテーター | 会社を横断して見られる唯一の部門として、変革の推進者・触媒となる(ウルリッチは「変革エージェント」と呼ぶ) | 経験者はかなり少ない |
| ⑤ 従業員チャンピオン | 社員の声を代表する立場を持つ | 日本企業で圧倒的に不足している |
特に小杉氏が問題視するのが、従業員チャンピオンの不足です。社員の声を代表する立場を持たなければ、どんな人事施策も社員に届かず、むしろ逆効果になって社員が辞めてしまうこともあります。かつての成果主義の失敗も、社員の声を無視して制度だけを変えたことが原因だったといいます。
CHROは、この5つの役割をすべて理解し、できれば経験しているべきです。そうした視座で取り組まなければ、戦略人事は実現しないと小杉氏は語ります。
CHROに必要な経験と、CHRO人材が不足する理由
CHROになりうる人材が少ない最大の理由は、人事しか経験していないことだと小杉氏は言います。人事の中でも採用だけ、研修だけ、人事企画だけと、特定の機能しか経験していなければなおさらです。小杉氏が挙げるCHROに必要な経験は次のとおりです。
- 人事の業務をひと通り経験する:大企業では業務が細分化されがちだが、採用・育成・制度企画などを幅広く経験する
- 現場を経験する:営業や製造現場など、社員が働く現場を知らずに人事は務まらない。労働組合の経験も有効
- 社外でさまざまなポジションを経験する:複数の会社でさまざまな立場を経験したうえで人事部長となった人が、CHRO候補として迎えられる流れが近道
しかし、実際にはそうしたキャリアを歩んだ人材は非常に少なく、ニーズに対して供給が追いついていないのが現状です。
それでも希望はある
一方で小杉氏は、日本でも戦略人事は定着していくと希望を持っています。転職を経てCHROとして成功する人たちが現れ、カゴメの有沢正人氏や、ロート製薬でCHROを務めた髙倉千春氏などがよく知られています。こうした人たちがロールモデルとなり、若い世代の中にもCHROやHRBPを目指す人が増えているという実感があるといいます。
世界的にも、人事の役割の転換は大きな課題です。EYが世界26カ国のCHRO160人以上に聞いた調査では、85%が今後5年間で戦略的な人事機能が成功の鍵になると考え、89%が人事部門の抜本的な変革が必要だと答えています。
よくある質問(FAQ)
Q. CHROとは何ですか?
A. CHRO(Chief Human Resource Officer)とは最高人事責任者のことで、経営陣の一員として、経営戦略を実現するための人と組織に関する戦略に責任を持つポジションです。人事白書2025によると、CHROを設置している企業は全体の18.1%にとどまっています。
Q. CHROと人事部長の違いは何ですか?
A. 人事部長は人事部門の責任者で、部門の業務を確実に遂行することが主な役割です。CHROは経営陣の一員として、経営トップや他部門と対等に議論しながら、人と組織の面から経営戦略を実現します。小杉氏は、人事部が経営の補助機関にとどまる限り、人事部長が執行役員になってもCHROにはなれないと指摘しています。
Q. 人事の5つの役割とは何ですか?
A. デイビッド・ウルリッチが定義した人事の4つの役割に、小杉氏が「システムデザイナー」を加えたものです。管理エキスパート、システムデザイナー、戦略パートナー、変革のファシリテーター、従業員チャンピオンの5つで、CHROはこれらをすべて理解し、できれば経験しているべきだとされます。
Q. なぜCHROになれる人材が不足しているのですか?
A. 小杉氏は、多くの人事担当者が人事、しかも採用や研修など特定の機能しか経験していないことを最大の理由に挙げています。CHROには、人事の幅広い業務に加え、営業や製造などの現場経験、さらに社外でのさまざまなポジションの経験が求められますが、そうしたキャリアを歩んだ人は非常に少ないのが現状です。
Q. HRBPとは何ですか?
A. HRBP(HRビジネスパートナー)とは、各事業部門に配置され、事業の戦略を人と組織の面から支える人事の担当者です。経済産業省の「人材版伊藤レポート」でも配置が提言されています。小杉氏は、人事の5つの役割のうち「戦略パートナー」の出先がHRBPだと位置づけています。
まとめ:戦略人事の実現は、5つの役割を担えるCHROから
- 人的資本経営は新しい考え方ではなく、日本企業は「ようやくスタートライン」に立ったところ
- 戦略人事が浸透しない背景には、人事系ツールがバラバラで統合されていないという問題もある
- CHROとは、経営陣の一員として人と組織の戦略に責任を持つポジション。人事部長が役員になるだけではなれない
- 人事の役割は、管理エキスパート、システムデザイナー、戦略パートナー、変革のファシリテーター、従業員チャンピオンの5つ
- CHROには、人事の幅広い経験、現場経験、社外での経験が必要。こうした人材が不足しているのが最大の課題
後編では、リーダーシップ1.0から4.0への変遷、会社と個人が対等になった時代のキャリア自律、全員がリーダーシップを発揮する「セルフリーダーシップ」、そして人事に求められる越境経験について解説します。
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