第10回

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業が誤解する採用の裏側

2023/07/07

grid-border grid-border

01 ―――

母集団形成がいかに大切か

 

新卒採用活動を行う企業、特に大企業やメガベンチャー企業のほぼすべてが母集団形成を行う。本シリーズの前回に説明した通り、母集団形成とはエントリー者の総数を増やすことを意味する。この数が増えるほどに内定を獲得する倍率が高くなり、難易度は上がる。その企業にとって優秀な人材を雇うことができる可能性が高くなる。

金融、商社、IT、テレビ、広告などは新卒採用においてここ数十年、人気がある。各業界の売上、正社員数のランキングで各業界最上位3番以内の企業は、プレエントリーが10万人を超えるケースが多い。20万人に迫る企業もある。その中から正式にエントリーする学生は1~3万人に及ぶ。この母集団から書類選考や適性検査、面接、筆記試験を行い、内定者を選ぶ。


このようなふるいにかけられ、入社する人材は比較相対的に優秀と思われる。潜在能力が高いと見られる。確かに基礎学力や業界、会社や職種への適性、人間関係処理能力や責任感、規律心、協調性、リーダーシップなどの総合力は同世代と比べると、高い場合が多い。いわゆる採用ミス、つまり、何らかの手違いで入社してしまう人も一部にいるのかもしれない。だが、それは極めて少数であり、入社する人の平均値は明らかに高いことは間違いがない。


これらは、大企業やメガベンチャー企業のここ数十年の業績で裏付けられているのではないだろうか。

 

02 ―――

「密度の濃い競争の空間」をいかにつくるか

 

column_yoshida_10_1それでも、これを認めない人たちがいる。例えば、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の採用担当者は母集団形成をベースにした採用手法をこう語る時がある。

「大企業は母集団形成をして数千人、数万人の学生を集める。その多くが、数年以内に辞める」

結論から言えば、これは事実誤認と言える。このシリーズで説明してきたように厚生労働省が大卒の新卒入社の社員の定着率を調べると、社員数が1000人を超える企業(大企業)はそれ以下の規模の企業のそれよりもはるかに高い。むしろ、「多くが数年以内に辞める」のは社員数が300人以下の企業である。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の大半は150人以下であり、この範疇に入る。

定着率が高いと採用コストをはじめ、様々な経費を抑え込むことができる。社員間や部署間のコミュニケーションコストを削減し、ムリ・ムダ・ムラを省くことになる。社内全体に社員たちの納得感や満足感が浸透し、個々が組織としての一体感を感じとることができる。

これが、定着率をさらに押し上げる。いわゆる「密度の濃い競争の空間」となる。個々の社員が互いに支え合いながら競争意識を持ち、自らのスキルや実績を高める。次々に辞める人がいる密度の薄い空間で一定水準にまで育成するのは、相当に難しい。社員も働きがいや成長実感を感じ取れずに退職するケースがある。

人材育成で常に考えるべきは、「密度の濃い競争の空間」をいかにつくるかーだ。言い換えると、チームで、部署で、組織でいかに稼ぐか。個々の社員の経験やノウハウ、情報や知識を共有し、精度の高い仕事ができるか否か。これらを検討したい。

「個々の社員の力を上げれば、組織の力が強くなる」と考えるのも誤解だ。人を集めれば、組織になると捉えるのは安易すぎる。例えば優秀な個人事業主(自営業)を100人集めた組織より、ごく平凡な力の社員30人の組織のほうが業績は高いケースが多いだろう。個々がバラバラに動いたところで、稼ぐ力は頭打ちになる。会社はあくまで組織の力を生かさないと業績拡大はできないようになっている。

 

03 ―――

ギャンブルから精度の高い採用へ 

 

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の採用担当者は、次のように話す時もある。


「母集団形成は、少子化の時代にはなじまない手法。大量に学生をかき集め、大量に不採用にする。学生の数が減っている以上、少数のエントリー者になるのは当然。その中から丁寧に選べば、優秀な人を獲得できる」


これも事実誤認だ。学生の数が減っている以上、優秀な人材に巡り合う確率が低くなる。だからこそ、母集団形成が一段と重要になるのだ。その結果、意中の人材を採用できる可能性が高くなる。


この可能性をいかに高くするかー。採用の本質は、これに尽きる。


言い換えると、常にギャンブル性を含んでいる。例えば前述のような採用ミスもあれば、入社後に期待した活躍ができない場合もあるだろう。だが、企業活動である以上、ギャンブル性を可能な限り排したい。そのためには母集団形成の成功が最重要とも言える。

 

04 ―――

成長の勢いの止まった中小企業は…

 

売上が10億円以下で、成長の勢いの止まった中小企業の経営者や役員、採用の責任者がこう語ることもある。


「その人が現場(各部署)で通用するか否かは、採用してみないとわからない。書類選考や適性検査、面接、筆記ではつかめない」


言わんとしていることはわからないでもないが、ギャンブル的な考え方ではないだろうか。現場で通用するか否か以前に、適性の有無は採用試験の段階で判断したい。


正社員を雇う時に、「採用してみないとわからない」といったアプローチでは数年以内に辞める人が後を絶たないだろう。成長の勢いの止まった中小企業がはいあがれない一因は、ここにある。


辞めると、また採用をする。この繰り返しでは、いつまでも組織で稼ぐ態勢にはならない。10億円の壁を乗り越えるのは、難しい。


こういう中小企業の多くは、採用では新卒よりは中途に重きを置く。中途は新卒よりは離職率が高い傾向があり、チームビルディングが難しいのだが、それでも中途採用をする。ここにも、10億円を超えることができない一因がある。

 

05 ―――

誤解をする本当の理由

 

なぜ、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の採用担当者やその上司らは、新卒採用において誤解をするのだろうか。


大きな理由は、大企業やメガベンチャー企業の新卒採用の実態を正確に把握していないことがある。採用担当者や上司らのプロフィールを見ると、大企業やメガベンチャー企業の人事部に勤務した人が少ない。一部にはいるが、在籍期間は数年以内が多い。人事部での管理職経験者は、ほとんどいない。


これでは、新卒採用のノウハウを正確に体得することはできていないだろう。結果として、限られた情報やわずかな経験で自分たちに都合のいいように事実を変えてしまうのではないか。


その象徴が例えば、前述の認識だ。


「大企業は母集団形成をして数千人、数万人の学生を集める。その多くが、数年以内に辞める」
「母集団形成は、少子化の時代にはなじまない手法」


これらは、明らかに事実関係に誤りがある。

 

06 ―――

誤解を加速させてしまう人

 

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では、誤解を加速させてしまう人がいる。それは、採用担当者やその上司に目立つ。


例えば、母集団形成である。自社のホームページや求人サイトにアップしただけで200~300人のエントリー者が集まったかのように考えている担当者らがいる。実は、前回の記事で説明したように「スカウト手法」をしたり、会社説明会を10~30回実施し、エントリー者をかき集めたりした結果、その数に達したのだ。


ほとんどの大企業やメガベンチャー企業は、さすがに会社説明会を何十回も開催はしない。10億円の壁にぶつかるベンチャー企業とは、別世界と言える。


ところが、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では自分たちがあたかも同じ土俵で競い合っているかのように受け止めている担当者がいる。得てして、大企業やメガベンチャー企業の知名度や社会的な信用、売上や営業利益などの業績を軽く見ている傾向がある。つまり、怖さを知らないのだ。本来ならば、徹底してベンチマークすべき対象なのだが、軽く見ているならば10億円を超えるのは難しいのかもしれない。


仮に10億円の壁にぶつかるベンチャー企業が真剣にその壁を突破しようとする場合、どこかのタイミングで誤解を誤解として認識しない、あるいは、できない採用担当者を変える必要がある。できれば、早いほうがいい。この人たちにいつまでも任せていたのでは、新卒採用において一定の成果は出ないだろう。


理想を言えば、大企業やメガベンチャー企業で15~20年程、新卒採用に深く関わった人を雇いたい。さらなる理想を言うと、管理職として少なくとも課長やマネージャーとして5年以上の経験がほしい。


次に挙げるのは、時間内で高いレベルで確実にできる人材が必要だ。

 

  • 採用計画の作成

  • 役員やほかの部署の管理職との採用における方針や予算、進め方などについて合意形成

  • 母集団形成(会社説明会の運営、各大学や専門学校への説明、マスメディアやSNSを使ってのPRなど)

  • 採用試験の実施

  • 結果にもとづき、問題や課題を見つけ、改善策を検討し、次回以降に生かす

 

これらをひとりで対応するのはできない。管理職である以上、部下や外部スタッフをまとめ、チームとして動くようにできる力も兼ね備えていないといけない。この技能は、転職後にすぐに身につくものではない。前職で最低でも数年以上の経験は不可欠だ。前職で一般職(非管理職)であった人では、難しいのかもしれない。


ところが、売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業は管理職の経験が乏しい人を管理職として採用する場合がある。これも、大きな誤解だ。それほどに採用の責任者を務めあげるのは容易ではない。


とはいえ、自社のホームぺージや求人サイトに広告を載せても、売上10億円以下のベンチャー企業には部下や外部スタッフをまとめ、チームとして動くようにできる力を持つ人がエントリーする可能性は低い。


そこで、1つの方策として派遣会社や人材ヘッドハンターに依頼し、採用することを試みたい。そのほうが、リスクを多少なりとも低くすることができるだろう。ただし、採否を決める時は慎重であるべきだ。売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業は採否を安易に決めてしまう傾向がなきにしもあらずだ。

 

07 ―――

採用は会社全体で行うもの

 

ここまでで説明をしてきたように、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の採用担当者やその上司らは、誤解をしているケースが多い。経験が浅く、視野がやや狭いから、仕方がないのかもしれない。


ある意味で不幸な一面もある。それは、会社全体の支援を受けることができない場合があるのだ。社長や役員が新卒採用に熱心ではないケースもある。こういう中、数人で取り組まざるを得ない。これでは限界や制限、制約があり、大きな成果を出すことは難しいだろう。


本来、新卒や中途の採用は会社全体で、つまり、各部署の可能な限りの協力を得て進めていくものだ。大企業やメガベンチャー企業に比べて見劣りするベンチャー企業ならば、なおさらではないか。


だが、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では採用に関わる数人と社長と役員以外、大半の社員が正確に把握していないケースが目立つ。これでは、大企業やメガベンチャー企業と張り合うことはできない。


本来は、次のようなことは取り組みたい。

 

  • 採用試験について役員会で話し合い、合意形成をする

  • 合意内容やそこにいたる過程を可能な限り、全管理職に伝え、共有する

  • それらを可能な範囲で(できるだけ多いのが好ましい)、一般職に会議や社内のイントラネットを通じ、説明

  • 各部署の会議や打ち合わせの際、管理職が部下である社員たちに採用試験について補足する

  • 人事の採用担当者やその上司を中心としたチームを結成。各部署から少なくともひとりは参加する。管理職が好ましい

  • チームで話し合った内容や合意事項を役員会や全管理職に伝え、共有する

  • 会社説明会や面接試験には、各部署から少なくともひとりは参加する

  • 内定者の懇親会や入社前、入社後の研修には各部署からひとりは参加

  • これらの様子を社内イントラネットにアップ

  • 採用試験の結果について、採用担当者を中心としたチームで話し合い、さらなる躍進を目指し、PDCAサイクルを回す

 

 

 

column_yoshida_10_2

08 ―――

組織で行う採用を壊す人は誰か 

 

これらの取り組みは、多くのベンチャー企業では行われていない。実施したとしても、短い期間で終わってしまう。その大きな理由は、社長が潰してしまうためだ。特に創業者で、大株主である場合に目立つ。確かに経営について多大な責任があるのだから、社員たちがチームを組んで時間をかけて話し合っていると、腹が立つのかもしれない。相当な時間を使ったにも関わらず、期待したほどの人材を採用できないと、「もう止めろ」と打ち切ってしまう場合もあるだろう。


その姿勢や考え方が、10億円を突破できないようにしていることに気がつかないといけない。しかし、これは難しい。創業者で、大株主の社長には苦痛をともなうものであるはずだ。耐えることができるか否か。多くはできないのだ。ここに、10億円を超えることができない真意がある。

 

 

 

grid-border
著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
grid-border

 

 

次の記事

第11回10億円の壁にぶつかるベンチャー企業が最も力を入れるべきこと



経営・人事に役立つ情報をメールでお届けします