第30回
中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記
「事業継承は、
社員や家族を大切にするところから始まる」
~社会保険労務士・小林秀司 氏~
2024/11/25
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
前回と今回では、社会保険労務士の小林秀司さんに中小企業の2代目、3代目への事業継承をテーマにした取材を試みた内容を紹介したい。特に今回は、本シリーズで紹介した会社を小林さんの目を通して語っていただくことにする。
小林さんは、株式会社日本マンパワーで社会保険労務士の資格試験事業などに携わった後、1997年に退職し、株式会社シェアードバリュー・コーポレーションを設立し、代表取締役に就任した。2024年現在まで一貫して人事労務のコンサルティングに関わる。2008年からは社会人として法政大学大学院政策創造研究科で、特に人本経営について坂本光司教授から学ぶ。修士課程修了後、人本経営を行う優良企業800社以上の視察を行う。人本経営の経営指導や研修、講演を全国各地で実施している。
01 ―――
株式会社テクニカ
第5回 全国最大規模のスキューバダイビングスクールが店長に売上ノルマを与えない本当の理由
~株式会社テクニカ~(前編)
創業者が経営を担っていた時から人を大切にする経営をしていたようですが、2代目の松本行弘社長になり、それが鮮明になったように思います。事業継承について松本社長からお聞きすると、創業者からマンツーマンで学ぶ機会はあまりなかったそうです。それでも、社員を大切にする思想や理念は受け継いだのでしょうね。
同社の大きな特徴は全社員の8割が、テクニカが運営するパパラギダイビングスクールの受講生、つまり、お客さんであったことです。スクールの運営やインストラクターの教え方に好感を持ち、正社員として働くことを望んだようですが、8割に達しているところに私は着眼しました。ここまで多い会社は相当に少ないのです。
希望する職場で好きなダイビングの仕事をするのですからおのずと前向きになり、お客様への対応や接し方にも何らかの形で出るのではないでしょうか。きっと好印象を与えているのではないか、と思います。その中から、もう1度、ここで学ぼうとするお客さんが増えてきて、安定した業績につながっていくのではないでしょうか。
視察を兼ねて職場を何度か拝見しましたが、皆さんが楽しみながら働いているようで、明るい雰囲気でした。それがお客さんや取引先、地域社会にもおそらく伝わるのだと思います。この循環を感じとることができました。人を大切にする経営を行う会社でよく見られるものです。
02 ―――
宮脇鋼管株式会社
宮脇健社長は人を大切にする経営を行うためにご自身はもちろん、全管理職も人本経営の10か月間の研修を受けたのです。この研修で私は講師をしています。初期の頃はご自身が1人で参加していたのですが、全社規模で取り組む必要があると判断し、管理職が参加するようにしたようです。
研修では様々なことを学びます。1つは、支援型のリーダーシップです。このリーダーシップのあり方はたとえば管理職は部下に対し、指導をする際は丁寧に話し合い、支えていく姿勢を持つことを意味します。職場に心理的安全性をつくることでもあります。あるいは、部署やチームを率いるうえでは、部下と合意形成を大事にするようにします。宮脇鋼管の1つの特徴とも言えるのが、支援型のリーダーシップが職場に浸透していることです。
業績を上げるのを最重要視しているわけではないのでしょうが、好業績を維持しています。上司から支援型のリーダーシップを受けたことで社員たちの意識が前向きになり、仕事への姿勢がよりよくなり、一段といい仕事をするようになっていくのだと思います。納得できて、楽しい職場で真剣に仕事に取り組んでもらい、結果として業績を上げていくようにしていくのです。それがわかりやすい形で具現化されているのが、宮脇鋼管なのではないでしょうか。
03 ―――
ヒグチ鋼管株式会社
第11回 金属材料の製造・販売業の2代目が挑むDX(前編)
~ヒグチ鋼管株式会社~
樋口浩邦社長は、人本経営への取り組みが研修を受ける会社の経営者の中で相当に早かったように思います。たとえば、残業の削減や賃上げ、家族手当をはじめとした各種手当の整備、30代を役員にするなど若手登用が挙げられます。それ以前からこういう経営に関心があり、受け入れる下地があったのでしょうね。人を幸福にすることにためらいがあったりすると、幸せ軸へ移るのは難しいのです。
人を大切にする経営にすると、そのような考えをもった人が新たに入社する傾向があります。
同社の役員の30代の男性は中途採用を経て入社したようですが、樋口社長の考えや理念に共鳴したそうです。早いうちから活躍が認められ、若くして管理職になり、役員にも登用されました。最近は新卒採用においても、エントリーする学生が増えているそうです。学生の質も大きく変わったと聞きます。
04 ―――
株式会社サンヨーシステム
第13回 産業用電機機器の専門商社の2代目が挑むDX(前編)
~サンヨーシステム株式会社~
創業者と面識がありますが、人を大切にする思想をお持ちでした。現在の2代目の鈴木圭祐社長への事業継承は、10年程かけて行ったようです。私は、中小企業での事業継承は少なくともこのくらいの時間が必要であるように思います。
業績は好調ですが、売上を拡大するのを最重要視しているわけではないのです。売上を最重要視するとあらゆるお客さんと取引するようになりがちですが、その中には社員を疲弊させるケースもあります。たとえば納期が厳しすぎたり、報酬額が相場よりもはるかに低かったりすると、通常は請け負う側である会社や社員に何らかの負担やひずみが生じます。
同社は、お客さんをいい意味できちんと選んでいると思います。(前述の)テクニカや宮脇鋼管、樋口鋼管、ATホールディングスなど人本経営をする会社は、基本的にお客さんを選んでいます。自分たちと「人を大切にする」という点で共通認識を持てる相手かどうか、を見定めているのです。相思相愛にならないと、難しいと判断するのでしょう。無理難題を押しつけられ、社員を傷めるような相手とは取引はしないのです。「社員第一」の考えを徹底させていると言えます。ですから、社員や家族から支持されるのです。
05 ―――
株式会社ATホールディングス
ここはいわば先方からの持ち込みのM&Aでその会社をグループ化してきたのですが、業績拡大を最重要視し、規模をひたすら大きくしようとしてきたわけではありません。ですので、グループに参加する会社を慎重に選んでいます。「社員やその家族を大切にする経営」に共感してもらえるか否かは、特に確認しているそうです。
堀切勇真社長の父上が、ATホールディングスの中核である株式会社アドバンティク・レヒュースの創業者です。私が関係者から伺う限りでは、大変な人格者です。社員を大切にする考えを明確にお持ちで、社員たちから慕われていたそうです。この時期に社員を大切にする風土がおそらくできていたのでしょうね。
堀切社長はその理念や思想をきちんと受け継ぎ、決してブレることがありません。理念として「幸福総和No.1企業を創る。」を掲げています。私は、「総和」が大きなポイントと見ています。この総和とは、社員や家族をはじめ、顧客や取引先、株主、地域社会を含めたものです。それを実現しようとしているのです。
06 ―――
ホテル松本楼
ご夫婦で経営をしていて、何度もお会いしています。その都度、すばらしい方たちと思っています。宿泊したことがあるのですが、ホスピタリティを隅々まで感じます。ご夫婦の理念や思いによるものなのでしょう。それぞれの社員やパート社員への配慮や感謝も十分に伝わってきます。
10年以上前ですが、社員やパート社員が次々と辞める時期がありました。お二人は困り、相談をした先輩の経営者から「辞めた人をどう思うか?」と尋ねられ、「うらんでいます」と答えたそうです。その経営者は「それでは新しい人が来てくれないし、今いる社員も辞めるかもしれない」と言ったようです。その日以降、2人は退職した社員たちを思い起こすようにしたのです。
たとえば、「あの社員は宴会後の後片付けや整理を夜遅くまで懸命にしてくれていたな」「あの人は暑い日に駐車場で泥だらけになり、清掃をしてくれていた」といったように。すると、感謝の思いが湧いてきて涙をこぼす時もあったそうです。それで、社員への接し方が変わっていったのです。こういう振り返りの前から社員たちへの感謝の思いはあったのでしょうが、それが足りなかったと感じたのでしょうね。お二人のようになるのは、なかなか難しいように思います。それだけにすばらしいのです。
07 ―――
人本経営を1人でも多くに伝えたい
お二人に限らず、社員を大切にする経営を行う会社の経営者は私よりもはるかに人格識見が優れた方ばかりです。私は、こういう立派な経営者やその取り組みを幸せ軸へと改革したい方たちにお伝えするのが使命と考えています。
法政大学大学院の坂本教授のもとで人本経営について学び、800社を超える優良企業を視察させていただきました。いずれも、社員や家族を最優先にした経営を行っています。これを一人でも多くの人に知っていただきたいのです。その意味での水先案内人になりたいのです。
私は、今後の時代を担う社会保険労務士にも人本経営についてお教えしています。その中には自らの事務所で人本経営を試み、ある程度の成果や実績を出して、その後に顧客である会社に指導、助言をしようとする方がいます。その思いはわからないでもないのですが、自らの事務所で成功した後で顧客である会社にお伝えしようとすると、ずいぶんと先になるかもしれません。その時に顧客を幸せ軸にシフトさせようとしても、もう遅いかもしれないのです。だからこそ、早く取り組んでいただくようにしたほうが、その顧客にとってもよいように思います。
本シリーズでは、放送局の映像編集をする株式会社白川プロを今後取材するようですが、この会社の試みも注目すべきです。介護をする社員が増えてくる時代を見据え、介護をしながら働き続けられるように就労環境を早いうちから整えています。
団塊の世代が70代半ばとなり、その子どもたちである50~30代は親の介護について考える機会が増えるはずです。すでに介護に取り組む人も多数いるでしょう。これから、この人たちの多くは管理職や役員になっていきます。それぞれの会社がその対策や態勢を整えていかないと、経営が成り立たないかもしれません。白川プロは、そこに目をつけているのです。
これまでにも日本の企業では介護をするために勤務する会社を退職せざるを得ないケースがあったのですが、今後はその数がさらに増える可能性はあります。介護に関する制度を整備するのも大切ですが、白川プロのように互いに助け合う風土や文化をつくるのはさらに重要です。「お互い様」が、本当にお互い様にならないといけない。特定の人だけがいい思いをするのではなく、全員が助けられ、助ける関係にするのです。人を大切にする経営を日頃からしていくと、こういう会社になると私は信じています。2代目、3代目への事業継承は、社員や家族を大切にするところから始まるのではないでしょうか。
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著者: JOB Scope編集部
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