シリーズ あの人この人の「働き方」

中途採用のみで急場をしのぐと
定着率が得てして上がらない

~ 小さな会社の採用、定着、育成のエッセンス (前編)~

 

本シリーズ「あの人この人の「働き方」」では、たんぽぽ不動産の松岡社長への中小企業の人材育成をテーマにしたインタビューを前編、中編、最終編の3回にわけて掲載した。今回は、これら3本の記事の中で中小企業にとってとても大切だと私たち編集部が思うものを取り上げ、さらに具体的に考えたい。

 

(前編) 退職ラッシュになった理由は、社長である私の力不足ですanother-window-icon

(中編) 宅地建物取引主任者試験合格率“日本1”の会社をつくりました!another-window-icon

(最終編) 人間力が大きく欠けている人が、リーダーをするのは罪another-window-icon

 

 

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01 ―――

中途採用のみで急場をしのぐと定着率が得てして上がらない

 

3回に及ぶ「中小企業の人材育成」をテーマにした記事の中で私たち編集部が特に重要と考えるのが、次に挙げる点である。

  1. 1.  採用
  2. 2.  定着
  3. 3.  育成

この3つは、相関関係があることを常に心得たい。たとえば、採用(この場合は新卒、中途双方)が上手くいけば、得てして定着率が高くなる。結果として、育成が進む。逆に離職率が高いと、育成は難しい。これを踏まえ、自社内で機会あるごとに自問自答をしたい。辞めていく社員が増えてきたら、「採用に問題はないだろうか」。定着しないようになったら、「育成はできているだろうか」。それぞれを個別にではなく、相関関係があることを踏まえ、考えるようにすると解決策が見えてくる。

 

たんぽぽ不動産 (愛媛県喜多郡内子町)
たんぽぽ不動産 (愛媛県喜多郡内子町)

そのうえでまず、1の採用を捉える。松岡社長は、新卒の定期採用がいかに重要であるかを述べている。通常、中小企業は新卒(高卒、専門学校、大卒など)よりは、中途採用に重きを置く。新卒採用は好業績の時期に行う場合はあるが、大企業のように毎年ではないケースが多い。松岡社長が投げかけているのは、中途採用だけではいずれは組織として行き詰まる可能性がありうることだ。1回目の記事「(前編)退職ラッシュになった理由は、社長である私の力不足です」another-window-iconでは、こう述べている。

 

「中途採用のみで急場をしのぐと定着率が得てして上がらない。10年後には、それぞれの部署で活躍する社員がほとんどいなくなるかもしれない。ある意味で人材の空洞化が進みかねない。こうなると、会社の力は明らかに弱くなります。ついには存在意義を失いかねない。ここは、多くの中小企業が陥りやすいところ」

 

「中途採用のみで急場をしのぐと定着率が得てして上がらない」といった指摘は、私たち編集部が様々な中小企業へのヒアリングでも聞く。一例を挙げたい。都内北部の鉄鋼メーカー(正社員100人)の労務担当役員は3年前にこう答えていた。

 

「中途採用のみを20年前後続けてきたが、半数は5年以内に退職する。10年勤務するのは、ごくわずか。これでは、安定した業績(売上10億円)にならない。それぞれの社員の技能に大きな凹凸があり、チームで一定の時間で製品をつくり、納品をすることができなくなる。定着率を高めるためにも、3年前から新卒(専門学校と大卒)を毎年2人している。この3年間で6人を採用し、現在まで1人も辞めていない」

 

この会社では、新卒入社のほうが30歳前後まで勤務する傾向が顕著のようだ。とはいえ、小さな会社が中途採用に重きを置くのは当然ではある。中途採用でも定着率を高めることは可能だろうが、1つの落とし穴があるのではないだろうか。

 

たとえば中途採用で入社した場合、前職が仮に同じ業界であったとしても、社内外の状況や職場の人間関係、上司の考えや評価内容や傾向は前職とは異なる。それではその社員の働きが芳しくなく、採用時の期待が外れ、「こんなはずではなかった」となるケースは珍しくない。大企業の中途採用に比べると、中小企業の場合はその可能性は高いだろう。

 

その意味でも、中途だけの採用を長年続けると離職率が総じて高止まりとなり、様々なコストが発生し続ける。たとえば、新たな採用費や入社以降の育成費だ。辞めていく人が多いと、社員間で意思疎通するのも、上司が各部署をまとめるのも苦労が大きくなる。こういうムリ・ムダ・ムラの多い職場に嫌気がさし、若手が辞めるケースも目立つ。特にここ10年前後、20代にその傾向が顕著だ。

 

だからこそ、可能な範囲で新卒採用を行いたい。できれば、毎年数人のペースを試みたい。中小企業ではそれは容易ではないだろうが、挑戦してみることは尊いのではないだろうか。中途採用のみでは、いずれは組織が疲弊する。売上で言えば、社員数で50人前後、売上で5億円前後までは中途採用のみでも止むを得ない一面がある。だが、ある時点で新卒採用も並行する形にしたほうがよいのではないか。

 

 

 

02 ―――

新卒採用は会社の将来への重要な投資

 

私たちが、6年程前にヒアリングをした都内のIT系の中小企業(社員数70人)の人事担当役員はこう答えていた。

 

「新卒採用では、私たちとともに将来の経営風土や文化を作っていくことができうる人を選びたい。その思いは中途採用でも変わらないが、新卒者はより一層組織に馴染みやすいのではないかと思っている。その意味で“会社の将来への重要な投資”と考えている」

 

「投資」といった指摘を素直に受け入れるのができない時もあるかもしれない。たとえば、業績難の時期は難しいだろう。それでも、その時期を抜け出したら「将来への重要な投資」として位置づけ、試みてはいかがだろうか。この会社では、採用担当者や人事の管理職、担当役員は新卒であろうとも、入社後にどのような部署でこんな仕事を担当する、といったイメージをまず作る。その後に面接試験をする。担当者がポイントを話した。

 

「このポジションでこの学生を採用したら、こういう具合に活躍できるのではないかと思える部署や仕事を個々の学生に伝えるようにしている。早期に戦力になるためには本人の経験や得意分野、適性が生きて、その仕事にハマることが大事だと思う。このあたりまで含めて丁寧に説明し、納得してもらったうえで内定を出している」

 

この「その仕事にハマる」とは、中小企業の人事担当者がよく話す言葉である。ハマるとは、周囲から見ていても「とても合っている」と感じることを意味する。たとえば、経理の仕事をするうえで性格や気質がとても合っている人がいるのではないだろうか。得てして「ハマる」人は担当する仕事を早くマスターし、一定の実績を残す傾向はある。これが、上司や周囲の社員から認められやすくなる。仕事や職場が楽しいと感じはじめ、満足感や納得感が芽生え、定着する傾向が高くなる。

 

ハマる人を見つけるためには、ノウハウはある。まず、担当者は各部署で求められる仕事力や経験、知識や素養、性格や気質を念入りにリサーチする。そのように把握しているがゆえに、その部署や仕事にハマるか否かを判断できるのだろう。

 

採用チームとして各部署から事業部長クラスが参加し、全社として新卒採用活動を実施する。最終の意思決定は社長だが、チームメンバーで密にコミュニケーションを取り、候補者に関する情報共有を徹底する。特に力を入るのが質の高い母集団形成だ。事業や経営理念、文化、社員たちと合う学生からのエントリー者を増やし、採用できるようにしている。

 

母集団形成の1つは、人材紹介会社からの紹介だ。10を超える紹介会社の担当者と密に連絡をとり、会社として求めている人材(学生)を具体的に伝え、共有する。そのうえで紹介を受け、好ましいと思える学生には会社説明会を受けるように誘う。

 

2つめは、スカウト。学生をスカウトするウェブサイト「オファーボックス」を使用し、その中から求めている人材を選び、会社説明会を受けることを打診する。3つめとして、自社のホームページに、エントリーできるページを設けている。

 

4つめは、担当者自らが運営するTwitterだ。X(旧 Twitter)を通じての就活についての相談も随時受ける。これらを通じて情報発信を繰り返し、学生などと接点を持つようにしている。

 

以下にまとめておきたい。

  1. 1.  人材紹介会社からの紹介
  2. 2.  スカウト
  3. 3.  自社サイト、ホームページ
  4. 4.  X (旧 Twitter)

 

この会社は求人サイトに求人広告を載せることはしていない、という。依然として多くの大企業、中堅企業、ベンチャー企業、中小企業が学生を採用する際に求人サイトを使う。その意味では、差別化をしているとも言えるが、担当者はこう説明していた。

 

「新卒に限らず、求人サイトは広い範囲の人材を対象にする傾向があると私は思う。その方法は、弊社には現時点では合わないのかもしれない。私たちの事業や経営理念、風土などに合い、入社後にハマるような人を求めている。そのためには、たくさんのエントリー者をやみくもに集めるよりは、私たちにマッチする学生に採用試験を受けてもらえる仕組みづくりにこだわりたい。その意味での質を守ることは大切にしていきたい」

 

なお、私たち編集部は多数の中小企業へのヒアリングを通じて下記のシリーズ「ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」」をまとめている。ここでは、10億円前の段階でもタイミングを見はからい、新卒採用を試みることを提言している。定着率を高め、スムーズに社内の各部署が動くためである。ぜひ、ご覧いただきたい。

 

JOB Scope お役立ち記事 | ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」another-window-icon

 

 

 

03 ―――

採用段階でのミスマッチを防ぐ方法

 

私たちは新卒、中途ともに採用段階でのミスマッチを防ぎ、定着率を高めるために次のことをコンサルティングの際に提案をしている。

 

◆ 明確な企業理念・文化の伝達

採用時に経営理念や社風、仕事内容を具体的に伝え、共感する人材を選ぶ。面接や会社説明会で、理念に基づくエピソードや社員の働き方を共有し、入社後のギャップを減らす。

 

◆ リアルな情報提供

仕事のやりがいだけでなく、課題や厳しさも具体的にわかりやすく伝える。社員たちにスマホなどの動画モードを使い、インタビューをしてそれを説明会で見てもらうのもいい。

 

◆ 選考プロセスの工夫

新卒にはインターンシップや職場見学、たとえば社内の様子をスマホの動画モードで撮影し、会社説明会で流す。中途にはトライアル期間や社員との対話を設け、相互理解を深める。

 

選考プロセスで一例を挙げよう。私たちがコンサルティングの一環として、都内中心部のIT企業(正社員数150人)の人事担当者にヒアリングをした際にこんなことを話していた。これは、中途採用のことである。

 

「中途採用の場合、他社のカルチャーに染まっている人が多い。当社にもカルチャーがあるが、双方の違いが大きいとミスマッチとなりうる。採用では我々とエントリーした人との違いはどのようなものか、それとも克服できるものか否かを1日一緒に行動し、部員全員で確認する。一時期、コロナウィルス感染拡大の影響で体験入社をしなかったが、その時に入社した社員の定着率は下がる傾向があった。それを機に定着率を上げ、パフォーマンスを上げていくために大切な試験と位置づけ、最近は毎回行っている」

 

この会社は新卒採用試験でも、2年前(2023年)から1日体験入社を行うようにした。中途採用の内容とほぼ同じにした。3人のエンジニアが中心となり、行動を共にする。確認したポイントは、「双方のカルチャーに合っているか」などだ。時間は午後1時から7時までとしている。様々なスタイルがあるが、いかに自社の社風や文化に合うかを見極めるのが重要である。

 

以下は、私たちが新卒や中途に関するコンサルティングをするうえでの基本的な考えである。ご参考までに記しておきたい。

 

◆ 新卒と中途の違いを踏まえたアプローチ

新卒 :

若手は「成長」と「承認」を重視する傾向が強いため、定期的なフィードバックと小さな成功体験を積ませる。たとえば、入社1年目で小さなプロジェクトを任せ、達成時に社内で称賛する。上司は若手の部下を否定して潰すのではなく、ほめて、ほめて称えて、称え続けることに重きを置く。その中で、時々、注意指導をする。このメリハリが大切。

 

中途 :

経験者は「専門性の発揮」や「自分で判断できる裁量」を求める傾向が強いため、即戦力として活躍できる場を提供。たとえば、入社後すぐに専門性を活かした業務改善を任せ、成果を評価に反映する。大切であるのは、仕事を与えで「頼むぞ」といった突き放しをするのではなく、成果や実績を残すことができるような機会をつくること

 

なお、今回取り上げたたんぽぽ不動産の松岡社長には「2代目、3代目のデジタル改革奮闘記」another-window-iconのシリーズにて事業継承をテーマに話を伺い、下記に挙げた記事で紹介した。こちらも、ご覧いただきたい。

 

 

 

たんぽぽ不動産(前編)another-window-icon

たんぽぽ不動産(中編)another-window-icon

たんぽぽ不動産(後編)another-window-icon

たんぽぽ不動産(最終編)another-window-icon

 

連載「中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記」記事一覧へ  another-window-icon

 

JOB Scope お役立ち記事 | ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」  another-window-icon

 

売上10億円を超えたベンチャー企業の管理職たちの奮闘!  another-window-icon

 

教授インタビュー記事シリーズ  another-window-icon

 

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著者: JOB Scope編集部
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