シリーズ あの人この人の「働き方」
定着率を高めるために
特に力を入れていたこと
~ 小さな会社の採用、定着、育成のエッセンス (後編)~
本シリーズ「あの人この人の「働き方」」では、たんぽぽ不動産の松岡社長への中小企業の人材育成をテーマにしたインタビューを前編、中編、最終編の3回にわけて掲載した。今回は、これら3本の記事の中で中小企業にとってとても大切だと私たち編集部が思うものを取り上げ、さらに具体的に考えたい。
・(前編) 退職ラッシュになった理由は、社長である私の力不足です
・(中編) 宅地建物取引主任者試験合格率“日本1”の会社をつくりました!
・(最終編) 人間力が大きく欠けている人が、リーダーをするのは罪
3回に及ぶ「中小企業の人材育成」をテーマにした記事の中で私たち編集部が特に重要と考えるのが、次に挙げる点である。
- 1. 採用
- 2. 定着
- 3. 育成
前回の記事「小さな会社の採用、定着、育成のエッセンス(前編)」では、主に採用と定着を中心に取り上げた。今回は、育成やそれにともなう評価について深く掘り下げる。
01 ―――
定着率を高めるために特に力を入れていたこと
前述の2の定着を考えるうえで、注意すべき点がある。それは、事業の成長に人の成長が追いつかない場合だ。これは、中小企業の広い範囲で見られる。たとえば、売上5億円前の段階で中途採用のみを継続し、業績を拡大するケースがある。止むを得ない面もあるのだが、この時、得てして大きな壁にぶつかりやすい。たとえば中途で入り、経験やそのレベルがバラバラであるがために組織が大きく混乱し、機能不全になること。松岡社長は自らが経営をしていた不動産会社が急拡大した時期を1回目の記事「(前編)退職ラッシュになった理由は、社長である私の力不足です」でこう振り返っている。
「社内の態勢や仕組み、経営理念やビジョン、様々な方針が整い、社員の意識に浸透していない段階での拡大は、ゆがみをもたらします。結果として、個々がバラバラな行動をとるのです。これではいけないと思い、コントロールをしようとすると不満を持つのか、辞めていく。この繰り返しで退職ラッシュでした。トップダウンで進める私に社員たちがついてこなかったのです。全ては、私の力足らず。あの頃は部下の意見を次々と否定していましたから、辞めるのは当然だったのでしょうね。否定している限り、人は定着しないし、育つこともないのです」
そして、定着率を高めるために特に力を入れていたこととして次を上げている。
- 1. 中核になる店長の意見やアイデアを可能な限り、聞くようにした
- 2. 社長からのトップダウンをできるだけ避ける
- 3. 段階的に権限移譲をした。特に全社で合意をしたことについては基本的には任せる
- 4. 店舗の業績がよくなったりした場合は、評価する
- 5. 退職時の本人との面談。不満を聞き、次に活かす
- 6. 経済団体の学習会に部下たちと参加し、経営やマネジメントを学ぶ
- 7. ほかの会社の社長や役員と学習会でその会社の経営のあり方を聞く
松岡社長は、当時を振り返っている。

松岡秀夫社長
「このような試みを繰り返すプロセスでも退職者はいたのですが、しだいに減っていきました。まずは、店長など組織の中核になる人材を育てたかったのです」
「創業から7~8年後の2016年前後になり、店長が定着するようになりました。すると各店舗の社員の定着が進み、全体の底上げができます。社員全体の定着率が上がると業績もある程度、上がるものなのです。好循環になるのでしょうね」
この指摘のように、人材を育成する際に真っ先に力を注ぐべきは組織の中核になる社員である。たとえば、店長や所長、部長や課長などだ。これらは社長や役員らの下に位置するケースが多く、組織の結節点といわれる。
ここがきちんと機能していないと、指揮命令が混乱し、ムリ・ムダ・ムラが相当に生じる。中核になる社員がある程度のレベルに達していると、各部署や支店などが機能する。全社の機能がスムーズになる。全社員の育成や定着を考えるうえで外せぬポイントとなる。特に20代~30代前半までの定着率を上げるためには、その上司である店長や所長、部長や課長らの部下育成力を強化することが必須だ。
特に力を入れたことの5の退職時の面談であるが、私たちは退職時には確かに面談が必要ではあるものの、それ以前の時点での面談こそが大切だと考えている。中小企業へのコンサルティングで次のようなことを話している。
◆ 定期的な満足度調査
社員対象の匿名アンケートや面談で社員の満足度や不満を把握。「仕事のやりがい」「職場環境」「上司との関係」などを聞く。頻度は年数回で、それを記録にし、経営陣は常に把握し、解決すべき点は早急に正す。管理職らにも、部分的に公開することも検討。変化を感じとるためには、年に数回実施するのが好ましい。
◆ 離職予兆のモニタリング
出勤状況やコミュニケーションの変化を観察し、離職リスクが高い社員に早期アプローチ。モチベーション低下が見られる場合、1on1(ワン・オン・ワン)で本音を引き出す。出勤状況は上司だけでなく、人事部などでも把握し、異変を感じたら上司と話し合い、本人(社員)へのヒアリングやケアをする。
◆ 退職者インタビュー
退職者から理由を上司以外の管理部門の役員や管理職が聞き、改善点を見出す。中小企業では離職が大きな影響を及ぼすため、原因を分析し再発防止につなげる。「辞めていく人に問題がある」と結論づけるのは避ける。あくまで今後の改善策を見つける機会であるので、「どこに問題があったのか、ではどうすればいいのか」といった視点で取り組みたい。
このヒアリングでは、本人が上司らへの不満や批判を口にしたとしても、それをそのままに上司に伝え、叱責をするのは避けるべき。そもそも、その言い分が事実であるか否か、わからない。たとえ、事実であろうと、上司の言動は問題がないケースもありうる。
中小企業ならでは、の強みを活かすようにもしたい。たとえば、以下のようことだ。
◆ スピード感ある意思決定
大企業に比べ、規模が小さいのだから改善提案がすぐに反映されやすいはず。社員の声を迅速に取り入れ、働きやすい環境を整備する。賃金や労働時間だけでなく、人間関係や職場に雰囲気、チームワークにも配慮したい。
◆ 家族的な雰囲気
小規模な組織ならではの温かみを活かし、社員同士の信頼関係を築く。たとえば、誕生日会や家族向けイベントを開催。時間や労力、予算の面で負担にならない範囲にする。SNSでも可能なレベルでこれらのイベントを掲載し、新卒や中途で入ろうとする人に向けてアピールする。掲載前に、社員たちにはその旨を伝え、了解をとっておくとよい。
02 ―――
「優秀」な人は中小企業にとってマイナスになる人材?
松岡社長は不動産の経営をする一方で、中小企業のコンサルティングをしている。その一環として社長や役員、社員らを対象とした研修を行い、次のような問いかけをする。
下記のA、Bのうち、どちらが会社員として優秀だと思いますか?
- A:会社の経営理念や経営方針、事業、社風に共感しているが、仕事のレベルが平均。
- B:会社の経営理念や経営方針、事業、社風に共感をしていないが、仕事のレベルが高い人
松岡社長は3回目の記事「(最終編)人間力が大きく欠けている人が、リーダーをするのは罪」では「Aの社員こそが優れていて、大事にしたほうがいい」と述べ、その理由を語っている。
「ベストであるのは経営理念や経営方針に共感し、そのうえで仕事のレベルが高い人ですが、中小企業でこういう社員は限られています。小さな会社では優秀であるか否かを判断する時、その期間における成果や実績だけで見るのは好ましくないのです。成果や実績は数字で表せるケースが多いから、高い数字になっていると「優秀」と思い込みやすい。しかし、数字では表せないものがあります。たとえば経営理念や経営方針を理解し、共感し、それにもとづく行動をとれるか否かも大切な判断基準です」
そして仮にBの社員を「優秀」と判断し、ほかの社員よりも相当に恵まれた処遇にしたことを想定している。
「ほかの社員からは疑問や不満が早いうちに出るはずです。「あんな言動でいいのか?結局、この会社は数字だけがよければいいのだな」と思う人が増えるのではないでしょうか。それでは、組織として動くことができなくなりえます。中長期に捉えると、Bのタイプの社員を優遇すると組織にはマイナスになるほうが多いと思います。数字だけでなく、経営理念や経営方針への理解や共感といった、ふだんはなかなか見えないところにまで視野を広げたうえで判断し、評価することが大切なのです」
私たちも上記の考え方は重要だと考えている。ここからは、私たち編集部が中小企業へのコンサルティングで話すことでもある。中小企業の場合、その経営状態や成長のステージ、労使関係、社員の質にも左右されるが、社員を評価するうえで少なくとも次のことは心がけたい。
◆ 定量・定性のバランス
売上や成果(定量)だけでなく、理念への共感やチームへの貢献(定性)を評価に組み込む。たとえば、360度評価や定期的な面談を通じて、社員の行動や姿勢を多角的に把握する。「なぜ、定性評価を盛り込むのか」を社員には繰り返し伝え、理解を深める。特に20代~30代前半までくらいは、定量で大きな実績を残すことが「実力」と考えがち。確かにその意欲や姿勢は大切ではあるが、会社はあくまで組織として、チームとして稼ぐ。そうしないと、発展はしない。そのことは、きちんと理解させたい。
◆ 長期視点での評価
3年以内のような短期的な成果だけでなく、5~10年の中長期的な組織への影響も考慮する。Bのような社員が短期的に成果を上げても、組織文化や他の社員への悪影響を及ぼす場合、総合的な評価は低くなる可能性を本人や社内全体に明確に伝える。「なぜ、短期だけでなく、中長期の軸でも評価するのか」をそれぞれの社員に伝え、理解を募る。
◆ 育成と連動した評価
評価は単なる「ジャッジ」ではなく、「社員の成長を促す機会」と捉える。決して評価の結果に一喜一憂するべきではない。Aのような社員には、仕事のスキルを伸ばす研修や機会を提供し、Bのような社員には理念の理解を深めるコミュニケーションを行う。Bのようなタイプを辞めさせるのではなく、さらなる戦力となるように工夫をしたい。少子化である以上、代わりの人材を雇うのは容易ではない。
◆ 透明性とコミュニケーション
説明会を開き、評価基準を全社員に明確に具体的にわかりやすく伝え、納得感を高める。繰り返し伝えることが必要。上司などから本人に定期的なフィードバックや対話を通じて評価を理解し、改善点を見出せるようにする。
03 ―――
「稼いだ者勝ち」をいかに変えるか
Bのような「稼ぐことができる社員を優遇する」文化=「稼いだ者勝ち」が根付いている場合、以下のようなアプローチで風土変革を進めると効果がある。これも、私たち編集部が中小企業にコンサルティングで伝えることだ。
◆ トップの意識改革
社長や経営幹部が、短期的な成果偏重のリスクを認識し、理念やチームワークを重視する姿勢を示す。リーダーの言動が組織文化を形成する鍵。トップの意識があいまいで、ぶれると風土を変えるのは難しい。
◆ チーム戦を強化する仕組み
個人の成果だけでなく、チーム全体の成果を評価する仕組みを導入する。たとえば、チーム目標の達成度や協働の成果を報酬や評価に反映させる。「なぜ、チーム戦なのか」といった問いかけを社員にすることで、個々が考えるようにしたい。
◆ 依存リスクの分散
トップセールスマンへの依存を減らすため、ナレッジ共有や後進育成を強化する。トップパフォーマーが持つスキルやノウハウを体系化し、他の社員に伝える仕組みを作る。トップパフォーマーを認め、称える文化をつくることも大切。このことは、個人プレーを奨励するものではない。チーム戦が重要であるのだが、個々の社員のレベルは高くなるのを目指すべき。
◆ 理念の浸透
定期的な研修やミーティングを通じて、経営理念や方針を繰り返し伝え、社員の共感を醸成する。理念に基づく行動を具体的な事例として共有し、模範を示す。時折、ゲーム感覚で実施するのも、よし。たとえば、社員のこういう行動は経営理念に合致しているか否か、 とクイズ形式で尋ね、チームで競い合うのもよいだろう。
なお、松岡社長には「2代目、3代目のデジタル改革奮闘記」のシリーズにて事業継承をテーマに話を伺い、下記に挙げた記事で紹介した。こちらも、ご覧いただきたい。
連載「中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記」記事一覧へ
今回の記事は、このシリーズの下記の記事と重なる部分がある。ぜひ、ご覧いただきたい。
金属材料の製造・販売業の2代目が挑むDX(前編)~ヒグチ鋼管株式会社~
特に以下の言葉の部分だ。いつまでも、見失いたくない姿勢ではないだろうか。
「あの頃は、基本的には私ひとりで営業をしていたのです。社員を巻き込むことができなかったのです。たとえば自分の力でなんとかせねばならない、社員を頼ることはできないと思っていたのかもしれません。ですから、社員には上から目線で接し、「こうせよ」と指示をすることがあったように思います。私としては必死であったのですが、心の余裕がないこともあり、社員たちからの意見を聞くのではなく、指示をするのみ。これでは、組織として稼ぐことはできないでしょう」
JOB Scope お役立ち記事 | ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」
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