さまざまな人事業務に携わっている方は多いかと思いますが、人事制度設計をゼロから行ったという経験をお持ちの方は稀なのではないでしょうか。
たとえば、人事評価制度を10年以上改定していないという企業の比率は5割以上にも登るという調査結果も出ています。
参考:「人事評価制度運用に関する調査」(株式会社あしたのチーム)
ややもすると、今の人事制度が誤った設計になっていたとしても、長年の運用で馴染んでしまい、気づけないリスクもあります。
この状態であらためて人事制度を見直そうとして、参考にすべき指針がなくお困りの企業も少なくはありません。
今回は、人事制度のセオリーに立ち返り、「ゼロから人事制度を設計するなら」という観点で設計ポイントを解説します。
全ての人事制度を一気に変更することは現実的ではない場合でも、あらためて自社の人事制度の状況を顧みながらご一読ください。
目次
人事制度で決めるべき事項は多岐にわたります。
仮に部分的に人事制度のどこかを変更したとしても、他の施策にも影響を及ぼすため、最終的に広範囲な人事制度改定に至るケースも多いでしょう。
おおよそ、人事制度設計で決める必要があるのは以下の図の通りです。
人事制度設計の出発地点となるのは経営理念や経営戦略です。
最終的には職務等級やコンピテンシーなど具体的な要素も決める必要はありますが、細かい議論に入れば入るほど、上流の考え方が重要となってきます。
この図のように決めるべき全体像は理解しつつも、出発地点は必ず経営理念・経営戦略と位置づけるようにしましょう。
人事制度設計の議論で陥りがちなケースとして、「総論賛成・各論反対」のような現象です。
大きな考え方には賛同していたものの、日々マネジメントとして活用する評価項目レベルの解像度になると、物言いが入る現象が散見されます。
このような事態を防ぐためにも、経営理念や経営戦略レベルを制度設計関係者で咀嚼し、理解を深めることが重要です。
そのステップがあれば、詳細の制度設計に入っても「その行動は経営理念の実現に近づくのか?」という議論が自然と起こるようになります。
当記事では、この中でもとりわけ設計段階で重要となる人事ポリシー(考え方)、組織設計と計画(人材ポートフォリオ)、等級制度と職務設計、人事評価制度、賃金制度(給与制度・賞与制度)、昇格・昇進ルールについて、具体的にポイントを解説していきます。
企業や経営者の人に関する指針が人事ポリシーです。
具体的には、ビジョンやミッションを実現することを目的に、組織や人に対する企業としての捉え方や方向性を指し示したものといえます。
人事ポリシーは、人事に関連する仕組みを構築していく上での大方針となります。
例えば人事制度を改定する際、人事ポリシーは個別の項目を検討・決定していく上での判断基準になるでしょう。
さらに、ビジョンやミッションと人事制度の整合が図れているかを確認する上でも、重要な役割を担っています。
人事ポリシーの表現方法は、おおよそ以下の3タイプに分類されます。
人事ポリシーの表現方法は、人材採用に積極的な企業であれば企業WEBサイトで公開していることが多いため、参考にしてみてもよいでしょう。
【人事ポリシー例:ソフトバンク株式会社】「勝ち続ける組織」の実現 300年続く企業になるために、「勝ち続ける組織」を実現します。 「挑戦する人」にチャンスを 自らの成長に向けて挑戦する人を本気でバックアップします。 「成果」に正しく報いる 仕事の成果に正しく報います。 |
【人事ポリシー例:株式会社リクルート】人材マネジメントポリシー リクルートの人材に対する考え方の中核を成す概念です。「価値の源泉は人」であるという考えを中心に、価値の創造を継続的に最大化するため、個人と会社の関係性として双方がどのような約束を果たし合うべきかを想定しているものです。個人に対しては、リクルートに在籍する限り個人/チームの進化を続けることを求めます。会社としては、個人の能力をいかんなく発揮するための機会・環境を提供することを約束しています。 |
他社を参考にする場合でも、自社のポリシーを設計する際は必ず経営陣で議論を行い、自社なりの言葉で魂を込めた表現にするよう留意しましょう。
人事は「正解がない」世界です。正解がない状況で最適解を選ぶためには、拠り所となる人事ポリシーは必ず必要といえます。本コラムでは、人事ポリシーの意義や表現方法、具体的なメリットを解説します。
組織設計とは「成果を上げやすくするための組織づくり」のことです。
「組織は戦略に従う」――これは、アルフレッド・D・チャンドラーJr.が著書『Strategy and Structure』の中で述べている考え方です。つまり「組織」は理念やビジョンに基づき策定された「戦略」に従うという考え方です。
この言葉の通り、組織設計は既存の組織図のみならず、自社の経営戦略やビジョンを実現しやすい「理想の組織」を描くことが要諦になります。
また組織設計で大事なことは、組織のなかにいる社員が、成果を上げやすくすることです。組織はあくまで、働く社員のパフォーマンスを高めるための道具や箱として考えたほうがよいでしょう。
つまり、形だけの組織構造の探求ではなく、組織の中で働く社員が成果を出しやすくすることこそが、組織設計の本質です。
そのため、どのような社員がいるかが把握でき、どこの組織に位置づけるのかを計画する人材ポートフォリオが必要となります。
人材ポートフォリオの目的は、企業成長に欠かせない要素である人的資源を見える化し、人事に関わる業務や戦略の効率性・生産性を高めることです。
その観点において、人材ポートフォリオも現状だけでなく、未来志向が重要になります。
経営目標を達成するうえで「どのような人材がどのくらい必要なのか」を分析するようにしてください。
人事制度のポリシーが決まったら、ポリシーを推進する組織や人材を考えます。 ”組織と人”の根本的な考え方に焦点をあて、組織設計の考え方と人材ポートフォリオの設計方法を解説いたします。
「等級制度」とは、社員をその能力・職務・役割などによって区分・序列化し、業務を遂行する際の権限や責任、さらには処遇などの根拠となる制度です。
また、その組織がどのような人材を必要としているのかというモデルにもなり得ます。いわば、人事制度の骨組みともいえるでしょう。
等級制度において社員を序列化する基軸には、大きく「能力」「職務」「役割」の三つの軸があります。
複数の等級制度を組み合わせることもありますが、昨今欠かせないのが「職務(ジョブ)」基軸の等級の概念です。
「職務等級制度(またはジョブ型等級制度)」は、職務一つひとつの中身や難易度を明確化し、それぞれに対応する給与テーブルを用意する等級制度です。
そのため、職務等級を導入する場合は、あらゆる職務について詳細な「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」を作成する職務設計を行う必要があるのです。
ただし、新卒採用文化がある日本では、職務100%の等級制度は馴染まないのも事実です。職務価値に応じて等級を決めてしまうと、就労経験がない新入社員は著しく低い等級・賃金になってしまうからです。
若手社員は、習熟に応じて安定的に等級が上がる職能資格制度をベースにしながら、ある職種やある年次から、職務等級制度を導入する企業がほとんどでしょう。
※もしくは、新卒採用対策としては、最も低い職務等級の賃金を、大卒初任給の水準に合わせる方法もあります。
人事制度の設計フェーズで、真っ先に検討するのが「何の等級制度を採択するか」ではないでしょうか。等級制度を誤解したまま人事制度設計を進めてしまうと、どこかで歪が生じたり、検討が頓挫したりすることにもなりかねませんので、改めて等級とは何かを確認します。
人事評価制度は、社員の能力や企業への貢献度を評価するものです。
多くの場合、評価制度は等級制度や賃金制度と連動していて、評価が良ければ等級・賃金が上がります。もちろん評価が悪ければ、下がることもあり得ます。
評価制度の構成要素としては、以下の3つが主なものです。
【評価制度の構成要素例】
|
人事評価には、何より合理性が求められます。
昨今は能力やプロセスの評価が曖昧となっていることから、成果評価に軸足を置く企業が増えています。
また能力やプロセス評価においても、職務ごとに成果を上げやすい行動特性をもとにした、コンピテンシー評価を導入するケースもあります。
また、人事評価は賃金に連動することから、社員に応じて比率を変えるケースも増えています。
すなわち、賃金が大きく変動するリスクを避けるために、若手社員は能力・プロセス評価の比重を高めます。一方、管理職以上は企業経営陣と見なして、変動が大きい成果評価の比重を高める、などの対応です。
人事評価制度を10年以上改定していないという企業の比率は5割以上にも登るという調査結果も出ています。10年前と現代で、求められる能力・行動・結果は果たして全く同じなのでしょうか。今回は、人事評価について目指すもの、設計ポイントなどを解説します。
等級や評価に基づいて、給与や賞与を決定するのが賃金制度です。
ゼロから賃金制度を立ち上げる際は、以下のようなプロセスを経て設計を行います。
【賃金制度設計の代表的なプロセス】
|
そのうえで、人事評価結果を賃金制度のどこにどれだけ反映させるかを決めます。
【賃金の反映先の例】
|
この際、重要となるのが「月例給与」「賞与」への反映比率でしょう。
月例給は基本給とも呼ばれ、日本では毎月固定的に支給される賃金です。一方賞与は、年に2回など、一時的に支給される賃金です。
変動要素が強い、成果や業績評価結果を月例給に反映することは、日本企業ではあまり見られません。月例給が変動すると、社員は生活設計がしにくくなるからです。
つまり、能力やプロセス評価は主に月例給に反映し、成果評価は賞与に反映するケースがほとんどでしょう。
ただし評価制度同様、一般社員と管理職で反映方法を変えるなど、企業ごとのメッセージ性を強めるケースもあります。
支給ルールは策定しているものの「自社は何に対して賃金を払っているのか」という根幹ポリシーは漠然としている企業は、意外に多いものです。今回は賃金制度の思想や考え方に着目して、設計ポイントを解説します。
昇格周りでは、まずは言葉の定義を理解することが重要です。
【昇格・昇進・昇級の違い】
|
昇格を決定する際に重視されるのは、過去数年間の人事評価歴、現在の等級での滞在年数、上司や部門責任者からの推薦、アセスメントの結果などです。
このような「何を見て、どうなったら昇格・昇進・昇級するのか」をルール化します。
また職務(ジョブ型)人事制度を採択した場合は、概念上「昇格」は以下のような捉え方になります。
【ジョブ型人事制度における昇格場面の例】
|
上記の考え方に則ると、ジョブ型人事制度の場合は「昇格」のみならず「降格」もあり得ることになります。厳密にいえば、職務に賃金が紐付いているため、ジョブチェンジと捉えます。
ただし本人責務ではない異動で、低い職務を担うこともあり得るため、日本企業ではそこまでドラスティックに運用をしている企業は稀でしょう。
そのため「移行措置」などのルールも整備し、自社が現実的に運用しきれるかを考えるのが重要となります。
多くの中小企業において、昇格・昇進の仕組みはあまり機能していない実態もあります。オーナーや経営幹部が、自身の経験・勘や恣意的な判断で等級を勝手に上げたり、管理職に任命したりしていないでしょうか。今回は、センスとルールの境目が問われる昇格・昇進のルールを取り上げます。
今回は、人事制度の設計段階で決めるべき事項について、なるべく平易に解説をしてきました。
人事制度の設計業務は「木を見て森を見る」というスタンスが必要となります。
細かい人事施策の検討のプロセスでは、たびたび“森”という企業視点に常に立ち戻る事が必要となるでしょう。逆に“森”ばかりを見ていると、現実の運用や社員の視点を忘れがちになってしまいます。
まずは自社の経営戦略やビジョンを描いた上で(=森)、現状を踏まえてどのような施策が運用に乗せやすいのか(=木)の視点を織り交ぜていってください。