リーダーを組織的に支援できれば、社員定着率が変わる

2024年8月07日 | リーダーシップ リーダーを組織的に支援できれば、社員定着率が変わる

「現場で実践できるリーダーシップ」をメインテーマにし、リーダーを素養や資質ではなく、望ましい行動として捉える当連載。 
このシリーズで今回取り上げるテーマは、「リーダーの存在×社員の定着率」です。 

少子高齢化で労働力不足に悩む日本企業では、人材採用という外部調達手段のみで企業の競争力を上げるのは現実的ではありません。そのため、現状の社員をいかに引き留め、さらにはいかに持ちうる能力を発揮してくれる状態にするかは、多くの企業の注力テーマでしょう。 

社員の定着率を左右する要因のひとつとして、現場リーダーの力量や采配が重要という点に異論を唱える方はいないかと思います。
ただし、現場のリーダーにリテンションマネジメントを任せきりにしていると、ちょっとした組織異動や配置転換で、社員の離職意向が高まるリスクも否定できません。

 今回は、リーダーが現場でメンバーの状態を正しく把握し、必要な施策を先手で打てるために、組織でサポートできることを考えてみます。 

 

right-icon01 日本企業でも人材流動化は進む

「9年ぶりに離職率が入職率上回る」


このようなニュースが新聞を賑わせたのは2021年のことです。厚労省が発表した雇用動向調査によると、企業が2020年に採用した人は710万人で入職率は13.9%。離職者は727万人で離職率は14.2%でした。
東日本大震災があった2011年以来、入職率が離職率を上回る状況が続いてきましたが、9年ぶりにその率が逆転したのです。

厚労省は「コロナ禍で個人の離職と就職が抑制された。入職率より離職率が高いということは、失業状態や非労働力人口になった人が出ているということで注視が必要」と分析しています。

参考:令和3年雇用動向調査結果の概況


コロナウイルスのような避けがたい環境要因が影響している一方で、働く個人にとって転職が当たり前になりつつある意識変化も無視できません。
終身雇用制度の崩壊とともに「新卒入社した企業で定年まで」という概念は、現在の若者には薄れがちでしょう。
若者だけでなく、「人生100年時代」や「リカレント教育」の潮流を受けて、今は幅広い年代でキャリアチェンジの動きが加速しています。

事実、転職市場の動向を調査したレポートによると、IT業界を中心として15業界のほとんどの転職者数がここ10年で右肩上がりに増加しています。

参考:転職市場動向レポート「2023年 転職市場の展望」


注目すべきは、必ずしも同業界へ転職するだけではなく、他業界への転職も増えている点です。
働く個人のキャリア観は多様性を帯びてきているため、現場リーダーはメンバーの「意外な転職」に遭遇する機会も増えているのではないでしょうか。

生産年齢人口現象に悩む日本企業においては、人材獲得競争の過熱は今後も続くことが予想されます。
リーダーとしては、キャリア観の広がりは認めつつも、一人でも多くの戦力流出を防ぎたいというのが本音でしょう。

right-icon02離職防止のために、
リーダーをサポートする組織的施策とは

個人のキャリア観は多種多様なため、そこを直接的にサポートするのはリーダーの役割となります。
ただ、リーダー自身もプレイヤーとしての業務や組織の業績向上を担う状況で、メンバー一人ひとりのキャリア観や離職意向を把握し、丁寧にフォローする難易度も上がっています。

本章では、組織的に取り組むことで、リーダーがメンバーの定着率を向上させやすい施策を、「従業員満足」と「キャリア形成」「組織文化」の三つの観点で紹介していきます。

組織的に従業員満足度を上げる取り組み

従業員満足度に影響を及ぼすものとして、

  • 衛生要因=ないと不満に繋がるが、満たされるからといって満足度はあがらないもの
  • 動機付け要因=ないからといってすぐに不満が出るものではないが、満たされると仕事に前向きになるもの
に大別されます。

これはアメリカの心理学者であるフレデリック・ハーズバーグが、産業化が急速に進んだ19世紀に提唱した「二要因理論」という考え方です。後者の動機付け要因は現場リーダーが担うべきものかもしれませんが、前者の衛生要因は組織的に整えるべきものです。

本章では、衛生要因に該当し、社員の定着率に効果が高い取り組みを3点紹介します。

1.働きやすい環境作り
多くのビジネスパーソンにとって、仕事をしている時間はプライベートな時間よりも多いため、働く環境は満足度を左右しやすい要素です。
かつては洗練されたきれいなオフィスを整えることで、外部からの社員獲得の材料にする企業もありました。
しかし働き方が多様化する昨今においては、必ずしも「出社前提」で環境を整えるだけでは足りません。

昨今の潮流を踏まえると、具体的には以下のような点が求められています。
  • リモートワークやワーケーションのような、働く場所や時間を社員が選べる環境
  • フリーアドレスで、気分や業務に応じてデスクを変えられる環境
  • 経費申請がオンラインで行え、出社の制約がない仕組み
  • チャットツールやオンラインミーティングなど、選べるコミュニケーション手段

リーダーとしても、会社が働きやすい環境を整えることで、メンバーに自信を持って「自社は、こんなに社員のことを考慮して、環境整備しているんだ」と、会社コミットメントを高めやすいコミュニケーションがとれるでしょう。

2.適切な評価や報酬の整備

評価や賃金への納得感は、社員の離職意向を生むきっかけとなりやすい衛生要因の一つです。
いくらリーダーが言葉を尽くして評価の根拠やメンバーへの期待を伝えたとしても、もともとの人事制度の納得感が薄かったら効果は薄まります。

例えば、どれだけ頑張って成果を上げても、年次の高い社員を超えられない評価・賃金制度であれば、リーダーの言葉は空回りする可能性もあります。

現場のリーダーが、透明性を担保しながらメンバーに説明できるような制度になっていなければ、あらためて会社として制度の見直しが必要といえるでしょう。


3.ワーク・ライフ・バランスの健全化

「働き方改革」が声高に叫ばれる昨今、会社としてもワーク・ライフ・バランスの健全化には積極的に取り組まなくてはなりません。

現場のリーダーも長時間勤務のメンバーには個別フォローをするかと思いますが、組織的な支援も必要です。例えば、以下のような取り組みが推奨されます。

  • 一定時間以上の社員には人事側から状況を聞く面談を行う
  • 社外カウンセラーやコーチの窓口を設置する
  • セルフストレスチェックやストレスマネジメントの施策を展開する

 

特に仕事へのモチベーションやリーダーへの信頼が高い社員は、本人も気がつかないまま心身がすり減っているリスクもあります。現場とは距離がある立場を生かして、どのようなフォローができるかを考える必要があるといえるでしょう。



組織的にキャリア形成を促進する取り組み

社員は誰しも「明日は今日よりも成長実感を持ちたい」と思っています。
現場リーダーもジョブアサインメントでメンバーの成長を支援しているかと思いますが、そこに組織的な仕組みが整っていると、さらにパワフルな成長が期待できます。

本章では、組織的に実施すべきキャリア形成施策について2点紹介します。

1.昇格・異動を通じたスキルアップの機会創出

さまざまな職種や兼務を通じて、ゼネラリスト型人材を育成するのは、日本型企業の特徴です。

その柔軟性からプロフェッショナルが育ちにくいなどの課題はありますが、うまく活用すれば、社員のモチベーション向上にも寄与することは可能です。

かつての日本企業は、社員の成長実感を促しやすくするため、細かい昇格レンジを刻むことが一般的でした。たとえ若手社員であっても習熟のみで階段を上れるため、モチベーションを維持する仕組みと認識されていたのです。

しかし昨今は「細かい階段」よりも「納得ができる階段」が求められています。レンジを刻むことではなく、「どうなれば昇格する」という昇格基準を明確にするようにしましょう。
異動も同様で、やみくもに異動をさせるだけでなく、リーダーと連動してメンバーのキャリアビジョンを確認し、意味のある配置転換をするようにしてください。

直属のリーダーに異動意向を言いにくい社員がいる場合は、「自己申告制度」「キャリアチェンジ制度」など、マネジメントラインを通さない異動制度も効果的でしょう。

2.成長のためのトレーニングや教育プログラムの実施

仕事を通じた成長はもちろん必要ですが、時にはOff-JTでの成長支援も必要です。
特に若手社員の場合は仕事で成果がでるまで時間を要するため、なかなか実践での成長実感が持ちにくいといえます。

仮に研修や講習会で支援するなら「スキル」「マインド」のバランスを整えて、プログラムを考案することが重要となります。

教育と考えると、とかくスキル偏重な内容になるケースもありますが、会社の成長のためにはマインドも開発する必要があります。
「中堅社員としての自覚」や「後輩育成のポイント」「ボスマネジメント」など、リーダーを補助する、または次のリーダーを育てるために、必要なマインドも忘れてはなりません。

right-icon03組織的に企業文化をデザインする取り組み

リーダーが動きやすくするためには、企業文化が大きな下支えになります。

人事施策と聞くと、HR(Human Resources)を思い浮かべる方が多く、企業文化や風土は意図的に作り出せないとお考えの方も多いかもしれません。

しかし企業文化や組織間の連携を強化するOD(Organization Developmen)に戦略的に取り組むことは、HR施策よりも会社のダイナミックな成長に寄与しやすい可能性があります。

本章では、リーダーがより旗を振りやすくするような企業文化を、どう形成していくかについて、2点お伝えします。

1.「全員リーダーシップ」を推奨する

シェアド・リーダーシップとは、メンバー全員がリーダーシップを発揮している状態のことです。

メンバー各々が積極的に周囲に働きかけ、多様なメンバーと協働し、チームとしての成果を出すことができる、VUCA時代に注目されるリーダーシップスタイルの一つです。

かつては、リーダーは率先してチームをけん引することが求められていました。

しかしシェアド・リーダーシップでは、メンバーの一人ひとりが周囲の状況を確認し、困っている人がいれば積極的にサポートをするなど、協働意識を持って主体的に行動することが求められています。

この考え方が社員一人ひとりに浸透していけば、リーダーの職場では「全員リーダーシップ」状態となります。よりクリエイティブでイノベーティブなアイデアが生み出されやすくなるでしょう。

2.会社としての価値観や行動基準を示す

ビジョンやミッションを共有することはもちろん必要ですが、「足並み」レベルで社員の行動を揃えるためには、もう一段のブレイクダウンが必要です。

例えば人事評価項目では、求めたい価値観や行動項目を盛り込むことがおすすめです。
社員には「ビジョン実現のために、こういう言動が求められているのか」がクリアに認識できるようになります。
自ずと、評価項目を通じてリーダーもメンバーマネジメントがしやすくなるでしょう。

ただし、あまり細かく設定しすぎると、社員の行動を制御することにもなりかねません。

目安としては、異なる職種でも違和感がない程度の粒度がちょうどよいでしょう。
その項目をもとに、各部門のリーダーが「これは、うちの部門でいうと○○という動きに該当するよね」と、メンバーに伝えられる状態をめざしてください。

right-icon04まとめ

労働力不足に悩む日本企業では、社員の離職防止は喫緊の課題です。

ただし、明確な理由があって離職を希望する社員を慰留することは、現実的ではないといえます。
一方で、確固たる離職理由があったというわけではなく、小さな不満やほのかな外部への希望が積み重なって、最終的に退職を決意する社員も多いものではないでしょうか。

そのような「積もり積もって」を防ぐためにも、人事制度や教育制度の組織的なサポートの影響は少なくはないと思われます。

直接的な離職防止はリーダーの役割かもしれませんが、このような「離職予備軍」を生み出さないためにも、適切な組織としての整備を進めるようにしましょう。