ここ数年のビジネスの世界では、「当たり前」といわれていた常識が次々と覆されています。
経営者、新入社員など立場を問わず環境変化を感じている状況で、現場での判断を指揮するリーダーの重要性が増しているのは想像に難くないでしょう。
「リーダーの判断が企業の明暗を分ける」と頭では理解できていても、どの程度リーダーの判断が及ぼす影響が大きいかは、渦中にいると分からないものかもしれません。
今回は、単に環境変化を論じるだけではなく、その変化を受けてリーダーが下す判断が、企業にどのような影響を及ぼすかというケースを取り上げます。
ぜひ自社の状況に置き換えたうえで、ご一読いただければ幸いです。
01 昨今のリーダーを取り巻く厳しい環境変化
VUCAの時代であるといわれて久しく、私たちを取り巻くビジネス環境はこの数年で劇的な変化を遂げています。
V(Volatility:変動性)、U(Uncertainty:不確実性)、C(Complexity:複雑性)、A(Ambiguity:曖昧性)の頭文字を取った「VUCA」は、元々軍事用語として発生しました。
2010年代に入ると、変化が激しく先行き不透明な社会情勢を指して、ビジネス界においても急速に使われるようになりました。
海外新興企業の参入による業界地図の変化、創業100年企業の業績の傾き・・・・・・。環境変化で生じたネガティブな事象は、枚挙に暇がないでしょう。
順調な経済成長があり、競争がない平坦な環境であれば、実はリーダーシップの課題はそこまで重要視されません。
たとえば高度成長期には、社員の雇用を守る年功序列制度をベースにして「皆で仲良く」定期昇給の階段を登っていけば、会社は成長できたのです。
しかし今日の最適判断が明日には変わるような時代においては、判断を下すだけでなく速やかに軌道修正すべきリーダーの存在が、会社の命運を分かつことになります。
ここからは、ここ数年で多くの企業に影響を与えた環境変化の3点について、リーダーの舵取りがどのように企業成長を左右するかを例にしながら解説していきます。
環境変化1:デジタルテクノロジーの発展におけるリーダーの判断
VUCAの時代と言われる背景のひとつは、デジタルテクノロジーの発展です。
AI(人工知能)、ビッグデータ、クラウド技術、IoT(インターネット・オブ・シングス)など様々なデジタル技術が急速に発展を遂げ、これまでにはなかった新商品やビジネスモデルが次々と誕生しています。 最近では「ChatGPT」に代表される会話型AIサービスを、ビジネスでどのように活用していくべきかという議論も、多くの企業で起こっている状況です。
テクノロジーの変化の波に襲われた際の、リーダーの言動の違いが社運の明暗をどう分けるかを解説します。
今回のケース:メーカーA社
主力商品があり、安定的に内製で売上げを立てていたA社。
社員はベテランで勤続年数が長い社員が多く、システムはスクラッチの旧来型を使用していた。
しかしオープンソース型のソフトウェアが世に出回り、システム保守の工数が会社利益の足枷になっていると気が付き始めた。世の中的に「DX」が叫ばれている状況で、競合に後れを取らないためにも何らかの手は打たなくてはならない。
こんな時、システム部門を管轄するリーダーはどのような判断をすべきなのだろうか・・・・・・?
ケース:古いタイプのリーダーの場合
社内の各所からシステムに関する拡張要望が増えてきており、システム部門のリーダーとしては対処の必要はあると感じていました。
ただ社内の勘定系システムは創業当時から使用しているもので、仕様がブラックボックス化している実態がありました。ある部署の要望を受け入れようと改変を行うと、他の部署の業務プロセスにどう影響が及ぶか分からない懸念があったのです。
世の中にはSaaSなどの便利な仕組みがあるのは知りつつも、社内にはソフトウェアに詳しい人材は不在でした。だからこそ、会社の全体を貫くシステムをいじることは、大きな脅威に感じてしまったのです。
新入社員から「なんでこんな複雑な仕組みを使うのですか?」という不満が出た際には、リーダーは「自社はこの方法で今まで勝ってきた」の一辺倒で押し切り、これまでの業務プロセスを押しつけるようにしていました。
ケース:変化するタイプのリーダーの場
システム部門のリーダーは、社内のシステムに手を入れるのは並大抵の労力ではないと覚悟はしていました。
ただし、その英断をするためには社内システムに詳しい人間と同等程度に、最近各種出回っているソフトウェアの知識に長けている人間が必要と考えました。
社内にはハードウェアに詳しい社員はいても、残念ながらソフトウェアに詳しい人材は皆無でした。
そこで社外の若手ソフトウェアエンジニアの採用を試みたところ、マーケット全体でIT人材の需要が逼迫していることから、厳しい人材獲得競争にさらされることに。
人材需給ニーズが高い職種を採用するためには、それなりの報酬条件を出す必要があるのですが、残念ながらA社にはそれを実現する人事制度はありませんでした。
なぜなら職能資格制度という名のもとの、実質「年功序列制度」がA社の等級制度でした。若手エンジニアを採用しようとすると、どうしても等級が低く、魅力に乏しい労働条件しか提示できなかったのです。
そこでシステム部門のリーダーは、世の中の大きな潮流を後ろ盾にして、人事制度の改定を経営に進言しました。年齢に関係なく、高付加価値を提供している人材に高収入を提供する「ジョブ型人事制度」への改定を提案したのです。
環境変化2:新型コロナウイルスの流行におけるリーダーの判断
新型コロナウイルスの流行で、ダメージを受けた企業は数多く存在するでしょう。
コロナの影響で、人々の働き方やコミュニケーション手段は一変してしまいました。一時期は、外出を控えて三密を避けることを求められ、人や物に触れない非接触が推奨されるようになりました。 「アフターコロナ」といわれる現在でも、新型コロナウィルスの影響は業界によっては色濃く残っているでしょう。
コロナによる変化の波に襲われた際の、リーダーの言動の違いが社運の明暗をどう分けるかを解説します。
今回のケース:イベント運営B社
営業力で顧客開拓してきたイベント運営B社。
コロナ禍で、慣れないオンライン営業に苦戦する状況が続いた。
しかしそれよりもリーダーが頭を悩ませていたのが、リモートワークによる働き方だった。 もともとチーム単位で密に情報共有や雑談をするなかで、業績を上げる業務スタイルだった。それゆえ、リーダーは目標の進捗やメンバーの動き・心情が見えにくくなってしまったのだ。
こんな時、営業部門のリーダーはどのような判断をすべきなのだろうか・・・・・・?
ケース:古いタイプのリーダーの場合
出社義務がなくなり、メンバーの動きが見えなくなったことに営業リーダーとして課題感は感じていました。古いタイプの考え方なので、姿が見えないと「自宅でサボっているのではないか」と疑心暗鬼になることもあります。
そこで、リーダーはメンバーの日々のスケジュール、動いた結果、目標の進捗など細かい情報を「日報」としてDBに毎日更新することをチームメンバーに強いました。 メンバーからは「マイクロマネジメント過ぎて、日報の入力に時間がかかる」との不満が上がっても、リモートワーク化では可視化が全てだと思い込んでいました。
ただ、動きが心配なメンバーがいた場合も、これまでのような小まめな声がけはできません。慣れないチャットツールもそこまで使いこなせないため、基本的に報告だけさせて、動きはメンバー任せという状態でした。
次第にメンタルに不安を訴えるメンバーや、退職意向の噂が出るメンバーが出てき始めました。
ケース:変化するタイプのリーダーの場
リモートワークを開始して3年。
営業リーダーは毎週のチーム会をオンラインで行っていましたが、これまでよりもメンバー個々人の様子や課題がつかみきれないことに頭を抱えていました。
そこで同業他社や似たような業態のリーダーにアポイントを取り、リモート化でもメンバーマネジメントができる仕組みや工夫をヒアリングしました。 そのうえで、ナレッジマネジメントやチャットツールの活用など、いくつか自チームで新しい試みを始めました。
なかでも最も効果を発揮したのが、オンラインでの小まめな「1on1ミーティング」の実施でした。 1on1で発覚したのですが、オンラインのチーム会になると「発言がしにくい」というメンバーが、実は多かったのです。 オンラインであっても二人きりで好きなことを話してもらうと、仕事の悩みはもとより、今まで聞けなかったキャリア観などさまざまな話が聞ける収穫もありました。
環境変化3:消費者ニーズの多様化におけるリーダーの判断
第3の環境変化は、消費者ニーズの多様化です。
スマートフォンやタブレットなどデジタルツールの普及によって、実店舗に足を運ばずにオンラインショップで購入するなど、人々の消費行動は大きく変化してきています。
その一方で、高齢化が進む日本においては、デジタルツールをあまり活用しないシニア層の消費行動も無視できません。
消費者ニーズの多様化という変化の波に襲われた際の、リーダーの言動の違いがどう社運の明暗を分けるかを解説します。
今回のケース:ギフト販売C社
「お中元」「お歳暮」などに活用される、高級ギフトを販売していたC社。
もともと富裕層向けということもあり、店舗販売や百貨店での売上げが中心だった。しかしコロナ禍で店舗販売の売上げにかげりが見え始めた。
これまでも辛うじてECの販路もあったものの、商材の良さが伝わらないという理由であまり力を入れてこなかった。また、顧客もシニア層が中止のため、実店舗に頼っていたのが実態だ。
こんな時、販売企画部門のリーダーはどのような判断をすべきなのだろうか・・・・・・?
ケース:古いタイプのリーダーの場合
業績低迷に打開策が見つからない状況で、販売企画リーダーは若手のマーケターから「今こそEC強化すべき」と訴えられていました。
しかしリーダーの頭を悩ませたのが、数十年来の取引がある高齢層の顧客の存在です。 その顧客群はインターネットを使用しないであろう層ということに加え、「C社さんの商品は品質に安心感がある」「フォローが親切で丁寧」などがリピートの理由でした。
目先の状況だけを考えるとEC販路に舵をきることも考えたものの、古いロイヤル顧客の離反リスクが高いとリーダーは判断しました。 メンバーにも「ECよりも感染対策だ。感染対策を徹底的にやり、シニア顧客が安心して足を運べる店舗作りをすべき」との方針を伝えました。
一方、競合のD社は大型ECモールへの出店をいち早く行って、これまで取り込めていない若手層の顧客開拓を行っていました。
ケース:変化するタイプのリーダーの場
「EC強化をするべきでは」とのメンバーからの提案に心は動かされつつも、拙速にEC化を進めて、これまでのリピート顧客からの信頼を損なうことはリスクと認識していました。
そこで販売企画リーダーは郵送での顧客アンケートを行い「ネットの使用状況」「自社を選ぶ理由」などのリサーチを実施しました。 リーダーが着目したのが、シニア顧客のネット使用率の高さと、自社の選択理由でした。シニア顧客は、自社を選択する理由として「商品の品質・こだわり」を最も重視していたのです。
自社のECサイトに「バーチャル商品紹介」や「QAチャットでのフォロー」などを搭載し、今まで以上に細かく、生産者の情報や商品のスペック情報を伝達するようにしました。 ECモールなどの出店は控え、その分自社サイトの機能を拡充させる方針にしたのです。
シニア顧客からは「情報が豊富に掲載されているため、自宅でじっくり商品選びが出来る。今までより便利」と、概ね前向きな感想が寄せられています。 さらに、最新型のECサイトが話題となりメディアで取り上げられたことで、若手層の注文も徐々に増えてきました。
02 リーダーが変わらないことの功罪
ビジネス全体が環境変化に対応していこうとすると、人・組織の舵取りをするリーダーの判断は会社業績に直結するといっても過言ではありません。
例えば、10年以上前に階層別研修を受講してリーダーシップのスキル開発をした社員が、現在もそのスキルを使いながら現場を指揮していたら、どのようなことが想定されるでしょうか。
「上から降りてきた目標をそのままメンバーに下ろす」「ウォーターフォール型の業務設計で、スピードが遅い」「期中にメンバーをサポートすることはなく、進捗確認のみ」などの現場の声があちこちの企業から聞かれます。
やや極端な例かもしれませんが、10年以上前のリーダーシップスキルだけでは、現代のビジネス環境を勝ち抜けるかは疑問が残ります。 直接的な業績影響もさることながら、企業のビジョンや発展性への疑問も社員は抱きかねません。
つまり、今の環境に合わせてリーダーも変化が求められ、今の環境に合わせたリーダーシップ開発を行う必要があるのです。
03 まとめ
優れたリーダーに共通する特徴は数多くありますが、今回紹介したケースのように「ゼロベース思考である」ことは、重要な要素といえます。これまでの常識を捨て去り、フラットに目の前の状況を眺めた時にこそ、発想の転換が生まれるのでしょう。
リスキリングの世界では「リスキリングの一歩目は、アンラーニング(学習棄却)」ともいわれています。
つまり、これまで獲得したスキルや経験・価値観を一度捨て去って、脳内に空き容量を確保してから、新しい知識を注入するのです。
ただ、もともと持っているものを捨て去るのは、現実的にはそれほど簡単ではありません。
行動経済学によると、人間には「保有効果」という、一度所持したモノや既得権益に対して「価値が高い」と思い込む性質があるのです。
総じて、今持っているものを捨てるのは勇気が要ることです。だからこそ、リーダー自身にゼロベースの発想の転換が必要になるのかもしれません。
「古いものを捨てる抵抗」ではなく、「新しいものを獲得する喜び」という捉え方をすれば、変化にもアグレッシブに立ち向かえるのではないでしょうか。
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