「多様性の時代」「働き方改革」などが日本企業で声高に叫ばれているなかで、「D&I(Diversity & Inclusion)」という単語を目にする機会が増えているのではないでしょうか。
一昔前までは大手企業や外資系企業が中心の取り組みでしたが、昨今は中小企業でも積極的に取り組むケースが増えています。
むしろ報酬条件・採用ブランド・オフィス環境などのハード面での競争力が乏しい中小企業こそ、「誰でも生き生きと働ける風土」というソフト面を強化するメリットがあるといえるでしょう。
ただしダイバーシティ&インクルージョンは何かしらの制度やシステムを導入したからといって、風土形成できるものではありません。
本記事では、現在も今後も競争が厳しいビジネス環境において、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む真の意義について考えていきます。
ダイバーシティ&インクルージョンが求められる背景
ダイバーシティは、日本語で「多様性」「相違点」という意味です。
企業におけるダイバーシティとは、性別や年齢、国籍、文化、価値観など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を活用し、新たな価値を創造・提供するための戦略といえます。
近年はグローバル化や顧客ニーズの多様化といった市場変化に対応するため、ダイバーシティ経営に取り組む企業が増えています。
一方、インクルージョンは「受容」「包含」という意味です。
企業におけるインクルージョンとは、社員がお互いの個性を認め合いながら、一体化していく組織のあり方を示します。
つまり、従業員一人ひとりの多様性を受け入れることに加え、組織の一体感を醸成することで成長や変化を推進する取り組みが「ダイバーシティ&インクルージョン」です。
日本の企業が「ダイバーシティ」という言葉を用いるようになったのは、2000年以降が顕著でしょう。
当時の日本では、少子高齢化による生産年齢人口労働の減少および構成により、労働力の確保が企業の課題として浮上していました。
これを解決するため、それまで労働力の中心と捉えていなかった女性やシニア層、障がい者、外国人などの雇用に着目する企業が増えていったのです。
つまり、ダイバーシティによって多様な人材を受け入れ、インクルージョンによって一人ひとりが事業に積極的に参加する機会を創出していく。このような取り組みを通じて、個々の能力を最大限に発揮できる状態を目指す目的があります。
ダイバーシティ&インクルージョンに含まれるもの
一昔前はダイバーシティ&インクルージョンが語られる文脈は「女性活躍」や「シニア活用」が主なテーマでした。
しかし昨今は「働き方改革」のような労働観変化の影響もあり、ダイバーシティ&インクルージョンは非常に広義の意味で捉えられるようになりました。
本章では、現代のダイバーシティ&インクルージョンに含まれるものを、いくつかの観点で区分して紹介していきます。
無意識に社員個人の尊厳や権利を傷つけることがないよう、今一度チェックしてみましょう。
属性の多様性
属性とは性差や国籍などを指します。昨今は「○○ハラスメント」などの事件も話題になっているため、あらためて注意が必要といえます。
女性活躍推進
かつての日本企業は、出産や育児に追われる女性にとって、働きやすい労働環境が整っているとはいえませんでした。
そこで、女性労働者を取り巻く問題の解消を目指すため、2015年9月に「女性活躍推進法」が公布されました。
今では、女性ならではの視点を商品開発や商品提供プロセスに生かすことで、ヒット商品を生み出す企業も増えています。ワーク・ライフ・バランスの観点でも、社員全体のモチベーション向上を促すメリットもあるでしょう。
また昨今ではLGBT(性的マイノリティー)にも配慮が求められています。
LGBTであることと、社員としての能力・成果は切り離して考えることで、優秀な人材を確保することが必要といえるでしょう。
外国人活用
グローバル化が進んだことで、日本企業では国際的な競争力強化を目指して、外国人を採用するケースが多く見られるようになりました。
海外事業の推進はもちろん、外国人の雇用はダイバーシティ&インクルージョンにも大きな影響をもたらします。
日本人とは異なる文化を持つ外国人は、日本企業にはなかった視点や発想を多く持っています。外国人と日本人の知識や視点を融合することで、新たな文化の創造やイノベーションの創出を期待できるでしょう。
障がい者雇用
従業員数が一定数以上の企業には、「障害者雇用促進法」によって、障がい者の法定雇用率が定められています。
ダイバーシティ&インクルージョンの観点で見ると、障がい者の雇用にはさまざまなメリットがあります。
例えばユニバーサルデザインの商品開発においては、障がい者の視点や意見が大変重要です。
また、障がいを持つ人が得意とする業務を切り出し、業務分担を進めることで、人材の効率的な配置や業務の効率化が可能になるでしょう
シニア活用
少子高齢化が進む現在、シニア層の労働力に注目する企業が増えています。
厚生労働省でもシニア層の活用に向けた「高年齢者雇用安定法」を定め、積極的な雇用を推進しています。
「人生100年時代」や「生涯学習」の言葉に代表されるように、シニア層の中には高いスキルや学習意欲を有する人材も増えています。
シニア社員は社会貢献ができ、企業にとっては若手世代の業務負荷軽減メリットもあります。また経験豊富なシニア社員と若手社員がともに仕事をすることで、思わぬ組織活性化も期待できるでしょう。
発想・価値観の多様性
同じ企業であっても、一人ひとりの社員の個性や持ち味は異なります。
そのような違いを「対立」ではなく「受容」「融合」していくことが、ダイバーシティ&インクルージョンでは求められます。
意見の多様性
意見の多様性とは、一人ひとりの意見や物事に対する見方を尊重し、組織の意思決定に生かしていこうとする考え方です。
これまでの日本企業の特徴は、均質的な組織マネジメントの影響で、人と違う意見を場に出しにくい風土がありました。しかし同調圧力があまりにも強い環境下では、新しいアイデアが生まれにくく、企業の競争力が維持しにくくなっています。
年齢や役職を超えて、自由な意見を交わしやすい環境を作ることで、社員間のシナジーが生まれやすくなるでしょう。
またグローバル展開を行う企業においては、意見の違いが生じる国の文化や宗教などのバックボーンへの配慮も必要です。
経験・キャリアの多様性
蓄積されてきた経験や知識、スキルは一人ひとり異なるものです。
多様な経験や職能を持つ人材が集まることで、均質的な組織では得られにくい「知」の力が生まれます。
例えば、異業種から転職してきた社員の提案によって、業務プロセスが改善され、生産性向上につながるケースがあります。誰もが当たり前と考えて見落としていたことに、それまでとは違う視点が持ち込まれ、気づきが生まれるわけです。
重要なのは、職種や役職が持つ先入観で人材の価値を既定しないことです。たとえ同じ職種であっても、誰もが異なる知恵を持っていると捉えましょう。
ライフスタイル・価値観の多様性
現在はライフスタイルの多様化が進んでいます。
例えば結婚・家族観は、最近の若手社員とベテラン社員ではかなり異なっているでしょう。また、高齢化世帯が増えた影響で、介護と仕事を両立したい社員も、昨今は増えています。
世帯構成に代表されるライフスタイルは、キャリアのみならず消費行動などさまざまな場面の選択において、大きな影響を与えます。
ダイバーシティの推進では、偏った見方で一方的に判断しないように注意しなければなりません。
働き方の多様性
ダイバーシティ&インクルージョンを推進する上で、ポイントとなるもう一つの視点が働き方の多様性です。
時短勤務・在宅勤務のように、働く時間や場所を選べるような制度や風土整備は、企業規模を問わずに、昨今は求められています。「働き方改革」とも連動するため、企業にとって今後さらに重要度が増すと考えられます。
それらに加えて、昨今では、社員の副業・兼業を認める動きが活発化しています。
副業・兼業とは、会社に所属しながら自ら事業を行ったり、他社に雇用されたりすることをいいます。
副業・兼業を解禁することで、社員の経験の幅を広げることにつながったり、優秀な社員の流出を防いだりする効果も期待できるでしょう。
ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む目的
ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む目的は、企業によってさまざまです。
ただし、目的がクリアに設定されていないために、“流行言葉”的に声がけだけで終わってしまうケースも散見されます。
本章ではダイバーシティ&インクルージョンで得られるメリットについて、大きく二つの観点で解説します。
人材獲得力・定着率の向上
ダイバーシティ&インクルージョンを推進する企業は、総じて人材の獲得力が高い傾向にあります。
採用場面のみならず、入社してからの定着率も高いため、組織の活性化および結束力が高まりやすくなります。
採用面では、多様な働き方を受容している企業は、応募する側からするとライフプランも含めた「自分が求める働き方」が実現しやすいと認識されます。
そして実際入社してさまざまな雇用形態・働き方・考え方の社員とともに働くことで、自律意識が芽生え、持っている力を発揮したいと前向きな気持ちになります。
結果的に生き生きと働く社員が増えることで、風土活性化や業績向上など、分かりやすいリターンにつながりやすくなるでしょう。
イノベーションの創出
ダイバーシティ&インクルージョンを推進することで、イノベーション創出につながる利点もあります。
立場や視点が異なる社員の知恵が結集することで、思わぬ化学反応が起き、アイデアが生まれやすくなるのです。
事実、リクルートワークス研究所「人材マネジメント調査2015」では、女性活躍推進・外国人活用・シニア人材活用の指標を目標に設定している企業と、イノベーションに因果関係があることが分かっています。
現代のビジネス環境では、顧客のニーズは複雑かつさまざまで、ニーズを捉えるための社員の目線も、できるだけ増やすことが重要なのです。
顧客の多様性を組織に投影した形でダイバーシティ推進を行うことで、多様な顧客ニーズの共感を捉える商品・サービス提供が期待できるでしょう。
ダイバーシティ&インクルージョン推進の注意点
前述したように、均質的な組織マネジメントを展開してきた日本企業には、ダイバーシティ&インクルージョン推進の際に「目に見えない壁」のような風土に妨げられることもあります。
本章では日本企業ならではの注意したい点を紹介します。
ダブルシグナルに注意する
ダブルシグナルとは、伝える言葉と実際の行動が一致していない状況です。
そのような状況では、相手が混乱し不安やストレスを感じてしまいます。
【ダブルシグナルの例】
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ダイバーシティ&インクルージョンの推進は、まさに「言っていることと、やっていることが違う」状況に陥りがちです。
「多様性を認める」という総論に異論を唱える方は少ないと思いますが、実際の現場での各論が展開できないようなケースです。
ある特定業務が非正規社員に集中していたり、産休・育休取得社員に対して周囲から理解不足のような状況もあったりします。
心理学者アーノルド・ミンデルの著書『紛争の心理学』によると、ダブルシグナルが発生した場合「ランク」が関係しているそうです。
ランクとは、つまり強者のことです。企業に置き換えると、経営幹部や上司、あるいは圧倒的多数の集団などが該当します。
特にトップダウン体質の企業ほど、掲げた方針を上層部から自ら実践することが重要でしょう。
不確実性を許容する
異文化理解のフレームワークに「ホフステードの6次元モデル」というものがあります。
その6つの尺度に「不確実性の回避」というものがあり、日本はこの尺度が世界で4番目に高いことが分かっています。
つまり、日本人は不確実性で曖昧なことを嫌う特性があり、白黒をつけたがるのです。
企業内においても、不確実性が脅威と感じるため、取り除くためにルールや規則を作りたがります。また、正解を欲しがる傾向もあります。
そのため、ダイバーシティ&インクルージョンを推進し始めると、当初は曖昧な状況に戸惑いを覚える社員も多いかもしれません。
風土改革は時間を要しますが、一つの考え方に固執するのではなく、「違いを味わう」感性を社員全員が持つことが大事になるでしょう。
まとめ:ORではなくANDで考える
不確実性が高い日本企業では「リモートワークor出社」や「正規社員or非正規社員」のような、「いずれか」で捉えがちです。
ダイバーシティ&インクルージョン推進においては、OR(AかBか)ではなく、AND(AもBも)で捉えるスタンスが重要になります。
「AもBも」取り込もうという目線で課題を眺めることで、はじめてCやDという、これまで存在していなかった新たな選択肢が生まれることにつながるのです。
元来、人間は一人ひとり異なって当たり前です。
自分と違ったタイプやキャリアに遭遇したら、新たな何かを生み出すチャンスと思い、思い込みを捨てて楽しんでみましょう。
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