昨今、HR系メディアでの企業事例で「CHRO」「HRBP」という肩書きを目にすることが多くなりました。
特に「Chief x Officer」の略称で、Chief=組織の責任者、Officer=執行役を意味する「CxO」は、昨今見聞きする機会が一気に増えました。
「CEO(Chief Executive Officer)=最高経営責任者」「COO(Chief Operating Officer)=最高執行責任者」「CMO(Chief Marketing Officer)=最高マーケティング責任者」など、自社にも最近導入したという企業も多いのではないでしょうか。
ただし、言葉だけは知っていても、CHROやHRBPが従来型の人事トップと何が違うか分からないという声も聞かれます。
今回は人事トップに求められる新しい潮流と、その影響で人事メンバーにもどのような変化が起こるのかについて、解説をしていきます。
人事部長=「CHRO」「HRBP」ではない
かつては人事部門のトップは「人事部長」のような肩書きで、採用や労務など一通りの経験がある、人事畑のキャリアを歩んで来た社員が就任していました。
しかし今では「人事部門のトップ」だけではなく、経営の視界を持ちながら、いかに企業成長のために、人事という専門ジャンルを活用していくかが問われています。
そんな変わりゆく人事部門トップへの期待をあらわす、象徴的な2つのポジションを紹介します。
人的資本経営は誰が推進すべきか
人的資本“経営”の名称に影響され、人的資本経営は経営者あるいは経営陣が考えるべきとお考えの方もいるかもしれません。
しかし、人的資本経営は「経営」と「人事」がセットになって取り組まないと、本来的な価値が享受できないといえます。
経済産業省の提言で注目すべきは、従業員を「人的資本」(Human capital) と定義している点です。
つまり、経営者・経営陣が従業員を「資本」と位置づけるスタンスが、まずは何より必要となります。 そこからもう一段、ブレイクダウンしていきます。 従来の日本企業は、従業員を「人的資源」(Human resource) と捉え、採用費や教育費などは「費用」とする考え方が大半でした。
従来型の考え方では、「資源」という言葉の通り、従業員が身に着けた能力を、いかに効率的に「消費」するかという解釈になります。 そのため、人材に投じる資金はコストとして捉えられ、いかに支出を抑えるかがマネジメントの主眼になりがちでした。
人的資本経営下では、従業員の位置づけや定義を変えたうえで、HRや組織開発に関する予算を消費ではなく「投資」と捉えるのです。 これまで「資源」的に施していた人事制度や人事施策を、人事部門が主導で「資本」へと変更する必要があります。
人的資本経営が流行言葉で終わらず、日本企業に浸透するためには、このように経営と人事が一枚岩となって取り組む必要があるといえるでしょう。
CHROとは
「CHRO」とは、「Chief Human Resource Officer」の略称です。 その名の通り「最高人事責任者」として取締役会に入り、経営幹部として人事機能を統括する立場の方を指します。
会社によってはCHROと名乗らず、「取締役人事部長」などと呼んでいるケースもあります。
人事部長とCHROの違いは、経営陣として「経営に参画する権限」を持っているかどうか、という点にあります。
人事部長は、人事労務の実務部門の責任者です。
人事異動や昇進・昇格、採用活動や教育研修、労務トラブルの対応など、社内の人材活用に対する責任を負う役割を担っています。
人的資源を統括するという立場ですが、どちらかというと、経営戦略の立案に積極的に関与することは多くありませんでした。
それに対してCHROは、経営者と同じ目線に立ち、企業のヒト・モノ・カネという経営資産を把握した上で、経営レベルで人事戦略を考え、実践していく役割を担います。
例えば、人事部長が会社の損益計算書の数字に対して責任を取ることは、基本的にはありません。
一方、CHROは取締役会のメンバーであるため、人事戦略を通じて売り上げの拡大や利益の向上といった数字に対する「成果」が求められます。当然、株主に対する責任も負います。
「人的資本経営」へのシフトが求められる今の時代、他社との差別化をはかり、持続的な成長をしていくためには、「人」が最も重要な経営資源となります。
だからこそCHROは、経営の最高責任者であるCEOの「右腕的な存在」として、経営戦略を実現するための最適な人事戦略・人材マネジメントの実践が求められるでしょう。
HRビジネスパートナー(HRBP)とは
HRビジネスパートナーとは、「Human Resource Business Partner」という言葉の略です。
直訳すると「人事(ヒューマン・リソース)に関するビジネスパートナー」という意味になります。
HRBPは、アメリカのミシガンビジネススクール教授、デーブ・ウルリッチが定義した概念です。
著書『Human Resouses Champion(MBAの人材戦略)』において、人事の機能を4つに分けています。管理エキスパート、従業員チャンピオン、変革推進エージェントに並ぶ機能として、HRBP(HRビジネスパートナー、またはStrategyパートナー)を挙げています。
人事部門は事務処理を行うだけではなく、経営者の意思決定をサポートするパートナーであるべきとウルリッチは述べています。また、現場に近い場所で職務を担い、人事の視点から各部門の課題解決をはかる機能であるとも定義しています。
HRBPに求められる役割は、企業によって異なる点も押さえておきたいポイントです。
事業成長のサポートといっても、企業によって抱えている課題は異なるため、HRBPが携わる部門や職務は柔軟に変わります。
人事を専門的に手助けすることもあれば、営業部門に近いポジションとして人事目線で助言を行うこともあるのです。
また、経営陣と現場をつなぐ架け橋としての役割もあります。
HRBPが経営者と現場の社員の間に立つことによって、現場の声を経営者に届け、経営者の戦略やビジョンを社員に伝えることが可能です。
企業規模が大きい場合には、HRBPが各部門・部署のマネージャーといったキーパーソンと関係を築き、現場の情報収集や経営戦略の共有などを円滑に行うことが求められます。
このように、HRビジネスパートナーは各事業・部門の担当者にとっても、良き理解者としての役割を担います。
“いま”の時代で人事トップに必要な力とは
もう少し具体的にCHROやHRBPに必要となる力について、紹介していきます。
さらに、人事トップとして人事を戦略部門として機能させるために、人事メンバーをはじめとした人事部門の組織デザインについてもお伝えします。
現場経験 & 経営・ビジネス知識
前述したように今の時代の人事トップは「現場社員」と「経営陣」との双方の視点が強く求められます。
そのため、まずは組織図にある各部門のことをよく理解することが必要になります。
昨今は、ジョブ・ローテーションなどで人事以外の部門を渡り歩いた人が、人事トップに就任するケースもあります。
現場経験がない場合でも、人事トップは各事業のリーダーへのヒアリングなど、接点を多く持ちながら、人材や組織に関する課題を把握する必要があるでしょう。
ときには顕在化・言語化されていない問題も見抜き、トラブルが起こる前に対処することも重要です。
ただし、現場に詳しいといっても、決して現場の声を吸い上げるだけの役割では、今の人事トップは足りません。 企業全体の戦略と人事戦略が連動するように調整をはかる機能が、いまの人事トップには求められています。 人事の判断や組織の状態が経営戦略とズレているようであれば、修正したり人事施策の見直しを図ったりするのが主な役割です。 そのため経営側の視界や知識、さらに求めるならば他社や他業界を含めた幅広いビジネス知識も必要となります。
リーダーとしての胆力
「経営と現場の橋渡し」と聞くと、やや御用聞きのような印象を抱かれるかもしれません。
しかし、現代の人事トップは自身にも「ポリシー」や「ビジョン」を持ち、自らのリーダーシップのスタイルを確立する必要もあります。
今の人事には、かつての人事のように階層別研修などのルーチンを着実に実行する以上のものが求められるからです。 具体的には、ビジョン・パーパス・カルチャーなど可視化が難しい領域の戦略推進力が求められる傾向があります。 このような組織開発や風土改革のような施策は、「なぜやるのか」という強い理念や現場を動かす根拠が必要となります。
当然、人事トップの想いや情熱が伝わらないと、現場はついてきません。
人事が力強く旗を振って現場をリードしていけるよう、自らの胆力も磨くようにしましょう。
人事メンバーの専門性と事業経験
人事トップに「経営」と「現場」の視界が求められることと同様に、人事メンバーには専門性と事業経験が求められます。
人事部に人事分野の専門性が高い人材と、事業経験のある人材の両方が配置されている場合に、戦略人事の実現度が高まりやすいといわれています。
人事部はサステナビリティを追求するコーポレート経営陣の戦略・要請に応えるとともに、事業責任者の戦略・要請に応えることが期待されています。
そのため、事業戦略・要請への対応にはアジリティ(機敏性)が求められます。人事施策を推進するうえで事業理解が欠かせず、そのためには事業部門との緊密な連携が必要でしょう。
同時に、メンバーレベルで現場と対峙する際には、自分の畑(人事)のプロフェッショナルであることも重要です。
人事部門には「事業経験・事業知識」と「人事の専門性」を高められるような人材の配置や人材育成を施すと、CHROやHRBPの動きをダイナミックにサポートしてくれることでしょう。
また昨今は自社の人事メンバーのみならず、外部のプロフェッショナルを活用する重要性も高まっています。
HRTechやジョブ型雇用など新しい領域に着手しようとすると、社内にノウハウがないことが考えられるからです。 そのため、その時々の掲げた経営戦略や人事戦略に応じて、社内外のプロを活用しながら人事組織をデザインすることが、人事トップには求められるでしょう。
人事としての「人」との向き合い方とは
人事に押し寄せる変革の波を象徴する事例を、もう一つお伝えします。
それは、欧米企業など海外での、マーケティング部門と人事部門を融合する動きです。
マーケティングも人事も、向き合う対象は“人”です。
マーケティングではお客さま、人事では社員が対象になります。何を思い、何を課題に感じているのかとうインサイトを深掘りし、共に課題を克服していくことで新しい価値を生み出す。この一連のプロセスが、マーケティングと人事は酷似しているのです。
マーケティングの「カスタマージャーニー」と、人事の「エンプロイージャーニー」を比較してみると、イメージしやすいかもしれません。
マーケティングでは、商品やサービスを発見・認知してもらい、無料体験などのトライアルで納得してもらい、購入に至ります。購入後も、お客さまフォローなどでロイヤリティを向上しながら、継続取引につなげていきます。
お客さまに商品やサービスのファンになってもらい、さらには次のお客さまを連れてきていただけるような強い関係性をつくるマーケティングのサイクルは、「顧客=社員」に置き換えると、そのまま人事にも当てはまるわけです。
新卒採用を例にとりましょう。
会社を認知・発見してもらい、面接で相性を確認し、内定承諾書を渡す。ひと昔前の新卒一括採用の終身雇用モデルなら、入社が決まれば一段落だったかもしれません。
しかし現代では、人材獲得競争の激化、「3年3割」などの早期離職問題の影響で、「採用マーケティング」に力を入れる企業が増えています。
採用マーケティングでは、効果的な情報提供やコミュニケーションを重ね、いかに「この会社に入ってよかった」と思ってもらえるかが重要になります。
社員のエンゲージメントを高めることで雇用を安定させるだけでなく、リファラル採用やSNS広報など、新しい手法も取り入れる必要もあるでしょう。
このような例からも、従来の人事のみの視点ではなく、顧客目線や現場の視点が、今後の人事には強く求められることがご理解いただけるかと思います。
まとめ:社員が幸福であることが企業成長の条件
現代では労働人口の減少や価値観の多様化などを背景に、いかに社員の会社ロイヤリティを高め、多様な人材が活躍できる組織をつくれるかが、どの企業でも課題となっています。このため、人事は従来の「管理する人事」から「経営視点を持ちながら、現場を動かす人事」への転換が求められているわけです。
ただし、CHROやHRBPのポジションを作ったとしても、今も昔も変わらないのは「社員が生き生きとしていること」が大前提となります。
いくら最先端で斬新な人事戦略を描いても、社員が疲弊していたり、気持ちがネガティブだったりすると、何の意味もないからです。
海外では人事を「Employee Experience(EX)」と呼ぶ企業もあります。「Customer Experience(CX)」から派生した言葉ですが、EXが満たされてこそ、CXが満たされます。
社員がハッピーになって初めて、顧客に満足していただける商品やサービスが生まれるということを、人事としては忘れないようにしましょう。
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