組織改革/ジョブ型人事制度

社員の成長と企業競争力の向上を両立する日本版ジョブ型人事制度とは

 

「コア・コンピタンス経営」「デザイン経営」「人的資本経営」……。
過去も現代もさまざまな経営手法のトレンドがありますが、必ず共通しているのが「従業員にいかにアプローチするか」という点です。

従業員の成長なくして、企業の成長がないのは当然のことです。
ただし、経営視点と従業員一人ひとりの視点には果てしない距離があります。企業競争力の向上を狙うのであれば、現場の従業員にまで経営の意図や想いが届いていることが条件となります。

今回の記事では、従業員に届きやすく、また興味関心が高い人事制度に焦点を当てます。とりわけ、従業員のモチベーションに寄与することで、昨今注目されている「ジョブ型人事制度」に着目して解説します。

「経営戦略と人事戦略は切り離せない」というお題目は、掲げるだけでは従業員に伝わりません。
人事制度という具体的な形に落とし込んで、はじめて従業員の実感につながります。今回の記事が、自社の人事制度を点検する参考にしていただければ幸いです。

 


1.変化が激しい市場での経営者の視界

「経営者は孤独である」とのフレーズはよく耳にします。
ビジネスは判断の連続ですが、経営者が判断するのは会社の業績を左右する事項ばかりです。

経営者は日々精神を張り詰めながら、重要な経営判断を下し、事業を前に進めようとしています。
過去を遡っても、さまざまな企業が業績の改善や持続可能な成長の促進に向けて、オペレーションの大掛かりな見直しを行ってきました。

かつてはこうした大きな変革は、市場センチメントや大幅な人員退職など、ある種の“非常事態”が絡んだ時のみでした。

しかしここ数年、変革の本質や間隔に、ある種の“地殻変動”が生じているのです。
CEOに対する調査でも、市場ディスラプションは頻度・インパクト共に増大していると、82%もの経営者が回答しています。

参考:「EY Global Board Risk Survey 2021」

つまり企業は、ビジネス環境の変化スピードに適応していくために、以前にも増して頻繁に変革を行うようになっているのです。

しかし結局は、その意思決定に従業員がついてこないと、本来的な変革は叶いません。

ここに、「経営者の孤独」の正体が潜んでいると考えられます。
経営陣が思う変革の意気込みと、従業員の行動を一致させるには、従業員の実感が伴う形で変化を表現しなくてはなりません。

人事制度がもっとも分かりやすい例でしょう。
経営者は、新規事業に代表されるビジネスモデルの変革などは積極的に行います。しかし人事制度が旧態依然の年功序列制度の場合、従業員はどのように受け止めるでしょうか。

いくら経営者がイノベーションを推奨したとしても、現実として評価され報酬が上がるのはアイデアを出した若手社員よりも、ルーチン業務を行うベテラン社員だったとします。

こうなると、経営者の英断は末端の従業員には本気度が伝わりにくくなってしまうでしょう。

 

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経営というものは、合理性が求められます。一方で、合理のみでの判断では、経営を支えるはずの従業員の動きが伴わないこともあります。経営者の視界や、経営判断を従業員の動きにつながる人事の役割について解説します。

2.経営資源が負債になりかねない社会環境の変化

社会環境の変化イメージ

人事制度を市場変化に合わせて変革する必要性について、外部環境をもとにもう少し具体的に考えてみましょう。

先行きが不透明で、将来の予測が困難な「VUCAの時代」に突入して、久しく時が経過しました。
VUCAはもともと1990年代後半に軍事用語として発生した言葉です。2010年代に入ると、昨今の変化が激しく先行き不透明な社会情勢を指して、ビジネス界においても急速に使われるようになりました。

経済やビジネス、個人のキャリアに至るまで、ありとあらゆるものが複雑さを増し、将来の予測が困難な状態にあります。

例えば、グローバルの流れに目を向けても、さまざまな国で政治の先行きが不透明となり、今までスタンダードだと思われてきたことが、崩れつつあります。

さらに、新型コロナウイルスの流行や、地球温暖化に伴う気候変動や異常気象、台風や地震といった災害など、予測が困難な事象が次々と起こっています。

また、日本や先進国では、少子高齢化が深刻な問題として取り上げられています。
働き方においても、従来の日本の企業では当たり前だった終身雇用もなくなりつつあり、人材の流動性も高まっています。

これらの事象が今後、世界や日本社会、個人にどう影響を及ぼしていくか、全てを見通すことは難しいでしょう。

こんな状況下で、「企業資産の負債化」という、経営資源が足枷となる現象があちらこちらで起きています。
これまで企業は「設備投資をする」「必要な人材を雇用し育成する」などを行い、それらを固有の資産とし、競争優位を築いてきました。

しかし、テクノロジーの著しい進化によって、経営資源として抱えていたものが意味を持たなくなるような製品・サービスが次々と生まれています。

経営資源は、即座に組み替えることは不可能です。
例えば、「過剰だから」という理由で従業員を半分解雇とするような英断は、ほとんどの企業では難しいでしょう。
そうこうしている間に、新興企業は新しいビジネスモデルでマーケットバランスを揺るがしはじめます。そして、既存プレイヤーの破綻や撤退が起き始めているわけです。

今まで「常識」だと思っていたものが「非常識」に、今まで「非常識」だと思っていたものがこの先の「常識」になっていく……。

この時代で求められる人事制度は、変化に対して柔軟に対処できるかどうかという点に尽きるでしょう。

 

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VUCAの時代では、具体的に個人、経営者、組織、人事はどのような変化を求められるのでしょうか? 個人(従業員)の変化、経営者の変化、人事の変化で考えていきます。

3.日本型人事制度の現代における問題点

その昔、日本的な経営や人事制度の特徴として「三種の神器」と呼ばれたものをご存じでしょうか。

終身雇用、年功序列、企業組合のセットのことです。その裏側に含意があるのはいうまでもありません。

すなわち、日本以外の国ではより良い待遇を求め、労働者が頻繁に転職する、評価においては勤続年数や年齢は考慮されず実力主義である、組合は職業別あるいは産業別である、と暗に示しているのです。

この三種の神器は、実はアメリカ人が書いた本で発見されました。
1958年に経営学者のジェームス・アベグレンが、日本の産業について予備知識が全くないアメリカ人を対象に、『日本の経営』という本を書いたのです。

それほどに日本独特の人事制度は、アメリカをはじめとした日本以外の国には不思議に映ったのでしょう。

日本企業の多くは、まだ年齢や年次によって賃金が決まる年功序列の考えが根深く残っています。
かつては年功序列には、一定の合理性がありました。なぜなら、経済は安定して成長しており、経験や見識などが仕事の成果を左右していたからです。

しかし前章で示したように、市場はかつてとは一変しました。
世界的な経済成長の鈍化、国内においてはDXの遅れなどを背景に、日本の賃金が上昇しないことがあらためて話題に上ることが増えています。

長らく続いてきた日本型の「三種の神器」も、「三種の足枷」と姿を変えようとしているのです。
もちろん日本型人事制度特有のメリットがあることも事実です。

日本的な人事制度の特徴「三種の神器」

メリットを理解しつつも、今のマーケットに対応できる人事制度にどうトランスフォーメーションできるかというのが、多くの経営者の命題でしょう。

「変化に打ち勝つ」という経営者の想いが、人事制度という形で従業員に届けられるかどうかが、この先の明暗を分けるのではないでしょうか。

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総じて「日本型人事制度」の典型的な特徴は、VUCAの時代と逆行する特徴があります。日本型人事制度の変遷や特徴をひもとき、どのような点がいまの時代にフィットしにくいかについて解説します。

4.人の成長を促すジョブ型人事制度の設計方法

一昔前に「ジョブ型」や「成果主義」という人事のトレンドは、従業員の努力を反故にするネガティブな用語として日本に広がっていきました。

しかし本質は全く別のところにあります。
ジョブ型や成果主義の人事制度の標榜することは、「何に頑張れば、どのくらいの報酬を払うのか」の基準が、従業員と明確に握手できることにあります。

人は成長することに喜びを感じます。しかし、基準が明確でないと、闇雲に走り続けることはできないのです。

従来型の日本型雇用システムは「メンバーシップ型雇用」と呼ばれ、労働時間や勤務地、職務内容を限定しない働き方です。転勤、異動することも当たり前で、就職ではなく、いわば就社ともいえます。

対する「ジョブ型雇用」とは、従業員に対して職務内容を明確に定義し、労働時間でなく職務や役割で評価する雇用システムです。職務内容を基準として報酬が支払われる(Pay for Job)である、という違いがあります。

ジョブ型雇用に転換するためには、大きな流れとしては、以下の6点が挙げられます。

  1. 組織設定
    一歩目として、経営戦略に基づく「組織設計」をする必要があります。
    経営戦略に基づき組織戦略・機能戦略を実現する最適な部門と、職種別の職務ポジションを定義することです。

  2. 職務定義
    続いて職務と成果責任の定義を行います。
    職務遂行に必要なタスク(課業)、タスクを実行する上でのスキルやコンピテンシーをまとめる職務記述書を作成します。

  3. 職務等級の設定
    洗い出した業務ごとに職務評価を行います。
    職務の実行難易度や責任のウェイトを定量的な職務評価を実施して、ジョブグレード(職務等級)を設定します。

  4. 賃金の決定
    職務等級に応じた賃金を決定します。
    自社内の役割だけでなく、マーケット内の相場や求めたい働き方などの観点で決めることが望ましいでしょう。

  5. キャリアマネジメント(評価制度)設計
    制度を運用するための評価制度を設計します。
    業績評価やプロセス評価を、従業員のスキルやモチベーションの観点から、年間の評価運用計画を組みます。

  6. キャリアアップ支援
    従業員が現状に甘んじることなく、絶えず成長をめざすための支援策を策定します。個人努力に任すのではなく、会社として必要な支援をすることが重要です。
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今こそが「日本らしいジョブ型人事制度の確立期」といえるのかもしれません。 今回は日本におけるジョブ型人事制度の変遷と、ジョブ型人事制度に一歩踏み出すための設計プロセスを確認します。

5.ジョブ型人事制度を機能させる運用とは

ジョブ型人事制度を導入したとしても、制度構築そのものは終わりではありません。

企業を形成しているのは組織であり、組織を形成しているのは一人ひとりの従業員です。組織開発の研究者エドガー・シャインは「共通の目的や目標を達成するために、分業や職能の分化を通じて、多くの人々の活動を合理的に協働させること」と、組織を定義しています。

組織の名称の通り、その中にいる従業員は「組む(目的を共有している)」「織りなす(協働している)」活動を通じて、組織業績に貢献しているのです。

つまり、制度という仕組みを構築しただけでは、仕組みで狙った成果が出るわけではないのです。

人間の根源的なやりがいを示唆する事例として、第一次世界大戦後の好景気に沸く1920年代のアメリカで行われた「ホーソン実験」というものがあります。

ホーソン実験では様々な実験を行っていますが、組織の人間関係が、生産性や製品の品質に影響を及ぼすという結論が導き出されています。
この結果は、心理的安全性がチームの生産性を高める重要な要素であるといった直近の組織学の動きと関連性があるといえます。

このように人事制度は単なる箱・骨組みであり、そこに魂や血を通わせるには運用する人間次第なのです。

仮にジョブ型人事制度へと改定した場合、人事部門は制度変更の社員説明会を実施して「ようやく終わった」と、運用を現場に丸投げしてしまうケースも少なくはありません。

ジョブ型制度が従業員の成長に寄与させるには、運用が要となります。
具体的には、ジョブ型人事制度を導入すると「評価」「賃金」「採用」「日常マネジメント」「働き方」など、多くの範囲に影響を及ぼします。

人事制度の運用とは、それらの範囲に関する動きの変化のことです。ジョブ型人事制度の狙いに応じて、日々の動きを変化させる必要があるのです。

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ジョブ型人事制度の導入は前向きに捉えつつも、運用がイメージできないという声もよく聞かれます。 ジョブ型人事制度の導入における課題と、スムーズに導入するための運用ポイントについて解説します。

6.ジョブ型を企業競争力につなげている事例

最後に簡単にですが、ジョブ型人事制度を導入した3社の導入概要をご紹介します。

事例1.日立製作所

日立製作所は、2021年3月までにほぼ全社員の職務経歴書を作成し、2024年度中には完全なジョブ型への移行をめざしています。

2008年度、過去最大の赤字に陥ったことを契機に抜本的な経営再建を図り、ものづくりの会社から「社会イノベーション事業」を軸にしました。このことでインフラサービスの会社へとして、主軸を国内市場からグローバル市場へのシフトを狙っています。

現在、同社の売上高の半分は海外が占め、社員30万人中14万人が海外人材です。海外諸国で一般的な「ジョブ型雇用」への転換は、必然ともいえるでしょう。

事例2.ソニー

ソニーの現人事制度であるジョブグレード制度は、2015年に等級制度を導入、それに基づく評価制度が2016年からスタートしました。

この当時、多くのHR関連の雑誌やWEBメディアに取り上げられていたため、ジョブ型といえばソニーを思い浮かべる方も多いのではないでしょう。

当時のソニーはスピードの低下、カルチャーの保守化などへの課題意識がありました。経営改革の一環で、人事制度をジョブ型へと転換しました。
「よりよい自社を次の世代に残す」の言葉通り、経営を体現する存在として従業員に焦点を当てていることが分かります。

事例3.資生堂

資生堂は2021年1月から社員の専門性を強化し「グローバルで勝てる組織」を目指し、日本国内の管理職・総合職を対象としたジョブ型の人事制度に移行しました。

社員のレベルを測るものさしを「能力」から「職務(ジョブ)」に移行することで、グローバルスタンダードに沿った、客観的な格付けや処遇を可能にしています。

各部署における職務内容と必要な専門能力を明確化することで、社員一人ひとりのキャリアの自律性を高めることを狙っています。

上記の事例は、比較的大手企業で、よくメディアに露出している有名な話かもしれません。しかし、ジョブ型人事制度は今や中小企業やベンチャー、スタートアップ企業も続々と導入を進めています。

なお「ジョブ型」が世間で最初に話題を集めたのは、2013年です。政府の規制改革会議が雇用改革の切り札として取り上げたからです。

その時から、約10年が経過しています。
ジョブ型人事制度のバリエーションもさまざま広がり、今やどのような規模や業態の企業でもフィットする形で導入が可能でしょう。

今回の事例はあくまで“表出している”主な取り組みです。当メディアの別記事では、実際にジョブ型を導入するプロセスやメリットを、よりリアルな情報としてお届けすることを予定しています。

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ジョブ型人事制度を導入した企業事例を、背景や導入プロセスを含めて紹介します。他社事例にはなりますが、導入の課題やメリットは?

まとめ

最近は政府からもジョブ型を推奨する動きが目立っています。
2020年に経団連が『経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)』にて「Society 5.0時代にふさわしい働き方を目指して、日本型雇用システムを見直すべき」と提起しました。

さらに2022年度の経団連の同報告書では、さらにジョブ型雇用について踏み込んだ方針をまとめ、「導入・活用の検討が必要」とも報告しています。

このように、昨今は社会的に日本型雇用の見直しを推進するべき潮流がうかがえます。

だからこそ、“はやり言葉”的にジョブ型人事制度を取り入れるのではなく、ジョブ型人事制度の真の意図を理解する必要があります。
そのうえで、自社に馴染みやすい方法や形式でジョブ型人事制度を取り入れるのはいかがでしょうか。

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JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

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