第12回
2024/06/10
目次
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦」にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
第1回 株式会社木元省美堂
第2回 株式会社木元省美堂
第3回 社労士法人名南経営
第4回 社労士法人名南経営
第5回 株式会社テクニカ
前回(第11回)と今回(第12回)では、ヒグチ鋼管(大阪市)の2代目の代表取締役社長である樋口浩邦 代表取締役社長(57歳)と安田 風 専務取締役(35歳)を取材した内容を紹介したい。同社は、主に鉄鋼及び非鉄金属の切断や二次加工販売を行う。鋼管・鋼材は、ショッピングモールや百貨店などの店のディスプレイや商品を陳列する什器の柱、全国チェーンの飲食店の店舗ディスプレイ資材、階段の手すりの建築金物など様々なところで使用されている。
1970年に樋口尚豊氏が創業し、2001年に樋口浩邦氏が2代目社長に就任。経営改革を断行し、就任時の売上は5億円程で、2024年6月決算では30億円を超える見込み。2015年からは、「人本経営」を始めている。社員やその家族、顧客や社外の社員、地域住民、株主や関係機関の人々の幸せを考え、実現できる取り組みをするものだ。
その一環として、社内の課題や問題点を順次、改革した。同一労働同一賃金の徹底、男女の賃金差の解消、残業の削減、人事評価制度の客観化や公平性の追求、経営情報の公開などが挙げられる。
大幅な権限移譲も行う。樋口社長は、自らの権限を執行役員や部長など幹部に移してきた。後継者不在の2社をM&Aで子会社にし、執行役員らを取締役として送る。さらに、ヒグチ鋼管の社長のほぼ全権を血縁関係のない安田風専務取締役に委譲した。安田専務は約8年で係長、課長、部長、執行役員と歴任し、23年に専務に就任した。
01 ―――
安田専務は、ITデジタルの取り組みを推進してきた責任者である。
「私が入社する前から会議などを通じて社員間の情報共有は行われていたようですが、そのスピードをさらに上げる必要があると思っていました。そこで、全社でグループウェア「POWER EGG」を導入することを提案しました。これが、弊社におけるDX化の第1号と言えます。本社内の各部署や工場、個々の社員で情報共有を進めたのです。導入時に反対意見はありませんでした。
今は「POWER EGG」がなければ仕事にならない、と多くの社員が感じていると思います。導入前は、たとえば本社から工場まで歩いていき、話を伝えることをしていたことがあります。この時期を知る社員たちは、「グループウェアは不可欠」と言っています。グループウェア内の機能のすべてを使うことを社員に求めません。情報共有をするために、必要最小限度の機能で使うだけで構わないと伝えてきたのです。このことも全社に早い時期に浸透した理由の1つだと思います」
02 ―――
「入社する前は、社内全体の業務を支える基幹システムは"事務コン"と言われるパッケージソフトを使っていました。これで売上や経費、利益を入力管理したり、伝票を作成、発行したりしていました。優れたソフトであり、大きなトラブルはなかったのです。
サーバー型ですので、社内に大きなサーバーを置いていました。仮に大きな地震があり、混乱した場合、サーバーに支障が生じる可能性がありえます。たとえば、倒れたり、壊れてしまうかもしれません。あるいは、火事や水没した際にも不都合が生じるかもしれません。データが消えてしまうことも考えられます。これでは社員、お客様にも迷惑をかけてしまいかねません。
そこで、より安全な態勢をつくるために数千万円を投資し、基幹システムをクラウド上に移行し、独自のシステムを開発したのです。この時期、事務コンの保守の契約更新の時期だったこともあり、切り替えるタイミングとしても良いのではないか、と考えたのです。事務コンに大きな不満があったわけではありません。」
03 ―――
「この時に、専用線からVPN(Virtual Private Network ※)に切り替えました。VPNであれば社内のPCからはもちろん、社外からでもアクセスすることができます。外出している外交営業の社員や、違う拠点の工場からでも接続ができます。セキュリティ対策もきちんとしており、スピーディーな意思疎通が可能です。安全を維持しつつ、情報共有のスピードを高めることができます。」
※「VPN」は「Virtual Private Network」の略で、「仮想専用線」と呼ばれる。送信側、受信側にそれぞれに設置した機器で「カプセル化」と呼ばれる処理を行うことで、第三者には見えない仮想的なトンネルを形成して通信する仕組み。
04 ―――
「全社で使う基幹システムは弊社の業務や社内事情に合う形にしようと考え、社内でゼロからつくりあげました。それを「ひぐちんオフィス」と呼んでいます。このソフトは、2020年に導入しました。
基幹システムは、以前は他社がつくったパッケージソフトを使用していたのです。この場合、その中にあるツールは弊社ではあまり使わないこともありえます。ひぐちんオフィスではそこに盛り込むものは何が必要か、どう使うのがいいのか、など様々な点から社員に聞き、意見を集めました。それらをもとにゼロからつくりあげました。ですので、自社にとって使い勝手がいいのです。クラウド版ですので導入後、状況に応じて中身を変えることもできます。つい最近も変えたばかりです。このように実情に応じて素早く対応していることも、クラウド上にあるシステムの魅力です」
05 ―――
「使い勝手がいいと評判がいいようになるための工夫をしてきました。1つは、プロジェクトチームをつくり、制作したことです。全社の共有意識を高めるために、各部署から少なくとも1人はチームメンバーに入れるようにしています。その1人は、ITデジタルに興味関心が強く、やる気のある人にしてきました。役職や勤続年数は、重視していません。
もう1つの工夫は、ひぐちんオフィスの中身は弊社の業務に合うような内容にしていることです。鉄鋼の卸売を主にしているのですが、弊社は特に加工に特化しています。加工方法、寸法、品目(品種)は何万に及ぶほどに多種多様で、膨大な量になります。これらを各社員がひぐちんオフィスに入力する時に打ち込もうとすると、相当な時間がかかります。
したがって、すべての加工方法、寸法、品目(品種)を分類し、そのうえでさらに分類し、小分けを繰り返し、グループにわけ、コード化をしました。このように細分化をする際も社員の声を聞き、進めたことで理解が高まり、各自が入力するスピードが大幅に速くなりました」
06 ―――
「弊社には、多くのお客様がいます。取引額が、年間数百万円規模のお客様が多数です。これら多くのお客様から毎日、大量の問い合わせや注文の電話やメール、ファックスをいただきます。そのことは大変にありがたく、いつも感謝しています。
うれしい悲鳴であり、ジレンマではあるのですが、膨大な量になるために、すべての注文に対して「承りました。納品日は、この日です」といった請書の返事がすぐにできないことがあるのです。お客様からすると、たとえば弊社がいつ納品をするのかわからない、とご不満を感じるでしょう。情報共有や教育を徹底はさせていますが、あまりにも量が多い時は迅速には対応できない場合があり、たいへん申し訳なく思っています」
07 ―――
「お客様の数が増えると、注文が増え、対処する社員の数を増やすのですが、昨今の人手不足の中、思い描いた人を次々と雇うのは難しいものがあります。とはいえ、お客様へのサービスの質を低下させることはできません。
そこで立ち上げたのが、お客様向けのシステムページであるひぐちんネットです。お客様がこのシステムページにログインしていただき、注文や見積もりなどができるものです。これまではメールや電話での注文をこちらの社員が受けて、パソコンを使い、伝票に入力していました。今後はお客様ご自身が入力するといったイメージに近いかと思います。
弊社にだけ、メリットがあるわけではありません。お客様からすると、24時間いつでも注文ができるのです。決められた時間に電話やメールをする時間や労力、コストを減らすことができます。納入日や価格の情報もシステム内のページを通して把握することが可能です。お客様にとっても社内の労働生産性を上げることでもできるのではないでしょうか。互いにメリットを出せることにこだわってスタートしたのです。
数年前から社員やお客様の意見を聞き集め、つくってきました。現時点(2024年2月)で完成寸前のところまできています。2024年1月からは、テスト版を一部のお客様にご利用いただいています。その使い勝手やご意見、今後の検討課題をお聞きし、それらを何らかの形で反映し、完全版を春には仕上げたいと思っています。夏には全国に向け、ひぐちんネットを情報発信していく予定です。
これらの取り組みはサービスの質の維持や発展が大きな狙いではありますが、仕事のムリ・ムダ・ムラを省くことで労働生産性を高めようとするものでもあるのです。お客様の労働生産性を高めるものですので、双方の信頼関係をより強くすることにもなっていくことを期待しています。弊社ではひぐちんオフィスとひぐちんネットの2枚看板が、DX化の大きな柱です。」
08 ―――
「Tデジタル化を推し進めると、会社が進化、発展しているといった印象を社員たちに与えていくと考えています。実際、社内のあり方や仕事の進め方も大きく変わってきていますが、社員がうちの会社はどんどんと変わっていくと思うことこそが、とても大切なのです。採用にも好影響を与えています。新卒、中途ともに採用試験を状況に応じて行っているのですが、特に10~20代の層はITデジタルに敏感ですので、会社として取り組んでおくと、多くの人に知ってもらえます。入社後、仕事を覚えるスピードも一層に上がります。」
樋口社長は、こう締めくくる。
「お客様からの注文を受ける受注チームが、大量の電話対応に追われるのはかねてからの弊社の課題でした。全員が懸命に対応をしてくれているのですが、その数が相当に多いこともあり、迅速に対処できないこともあったのです。今後、ひぐちんネットでそれが大きく変わることを願っています。受注チームに限らず、ITデジタル化を進めると、パソコンなどの機器がこれまでの人間の仕事をしてくれます。社員たちには、人にしかできないような仕事をしてほしいですね。それが、労働生産性を高めることにもなります。
弊社は売上30億円を1つの目標にはしてきましたが、中身のない売上では意味がありません。ですので、30億円というよりは、営業利益3億円を大きな目標としています。それを実現させるための1つが、ITデジタル化であったのです。ITデジタルを進めるうえで、社外の大切なパートナーに恵まれたことも大きいと思います。ひぐちんオフィスとひぐちんネットをはじめとしたDX化は社員の意識に貢献し、刺激になっています。会社としても大きな挑戦と受け止めています」
第1回 株式会社木元省美堂
第2回 株式会社木元省美堂
第3回 社労士法人名南経営
第4回 社労士法人名南経営
第5回 株式会社テクニカ