第10回
中小企業 2代目、3代目
経営者のデジタル改革奮闘記
創業108年の印刷会社の3代目が挑むDX
~株式会社ツジマキ~(後編)
2024/04/10
目次
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦」にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
第1回 株式会社木元省美堂
第2回 株式会社木元省美堂
第3回 社労士法人名南経営
第4回 社労士法人名南経営
第5回 株式会社テクニカ
前回(第9回)と今回(第10回)では、株式会社ツジマキ(横浜市)の3代目の代表取締役社長である辻巻晋輔氏を取材した内容を紹介したい。
ツジマキは、1916年にシルクスカーフの製版会社として横浜市で創業した。その後、製版技術を応用した「シルクスクリーン印刷業」に業態を変える。独自性のある印刷技術と高い品質を維持しつつ、現在、業態のさらなる変革に取り組んでいる。
辻巻晋輔氏は明治大学を卒業後、PR会社や広告代理店を経て2009年に入社。2代目である父のもと、経営全般を学びながら特に営業に力を注ぐ。2016年に3代目として就任以降、社名を変えたり、売上を3倍に増やすなど積極的で、野心的な改革を次々と試みている。
01 ―――
”怖いもの知らず”でスタート
「同じことを繰り返していても、弊社のような規模の場合は経営が続かないのかもしれない。先々代(祖父)、先代(父)にもその思いがおそらくあったのでしょうね。だからこそ、印刷という業務は変えないのですが、その中身である業態を時代のニーズにあわせて変えていくことをしてきたのだろう、と思います。
私も3代目として前者2代で培った実績、信用、ブランドを強みとして生かしながら、新しいことに挑みたいのです。2016年に社長になった時にプレッシャーはありましたが、それを乗り越えないといけないと自らに言い聞かせてきました。
弊社の場合、売上の規模がもともと大きくはないですから、現状に満足し、守りの姿勢になることはなかったですね。2016年は、ある意味で”怖いもの知らず”でスタートしたとも言えるように思います。
実は、私は後を継ぎたいとは思っていなかった時期があるのです。特に20代の頃は広告代理店で数千万円、時に数億円の予算のイベントやプロジェクトに関わり、やりがいを感じていました。忙しい日々で、父と話し合う機会は少なかったのです。
その後、姉から父の体調が芳しくないことを聞かされました。毎年数千万円ほどの売上でしたから、資金繰りなどに精神的な気苦労があったのかもしれませんね。しだいに後を継ぐことを真剣に考えるようになったのです。100年近い歴史のある看板をおろすのは、惜しい気がしました」
02 ―――
経営の壁
「社員は2016年当時が4人で、23年末現在で9人。規模がやや大きくなり、社員間で意思疎通がやや難しくなったのかな、と感じる場面は多少あります。私だけが営業をしているだけでは売上が伸び悩むだろうな、と思うことも増えてきました。
父が社長をしていた時は約6年間にわたり、私は営業に力を注ぎました。社長になった後も、基本的には営業を中心にして日々の仕事をしています。売上は、2016年当時から約3倍にはなりました。一方で、しだいに組織として、全員で稼ぐようにしていく必要があると考えています。今、組織化を迫られているのです。
社員の年齢が高齢化しているのも考えるべきことです。たとえば、総務・経理は身内が担当していますが、80歳を超えています。代わりに人を雇うことも考えますが、人件費の管理も必要です。そこで、社員らの勤怠記録はデジタル化も検討が必要と思います。あるいは、工場の中心的な存在の職人は、60代前半です。私としては、社員らの今後のことも考えないといけないのです」
03 ―――
デジタル印刷機を順次導入
「そこで特に力を入れるようになったのが、ITデジタルへの取り組みです。デジタルを上手く使いこなすと、これまでよりも少人数で、従来以上の大きな仕事をすることができるのではないか、と思ったのです。
2013年から助成金を活用して、デジタル印刷機、レーザー彫刻機などを年々導入しています。2013年から2024年まで11年間で9台の機械を購入しました。そのうち3台は、モデルチェンジやさらに高精度なものに切り替えたため、廃棄しています。
2013年は、次の3つです。①UVインクジェットプリンター(紫外線硬化型プリンター)、②溶剤インクジェットプリンター、③Co2レーザー彫刻機。
2015年は、④半自動シルクスクリーン印刷機と⑤UV照射機(シルクスクリーン印刷したインクに紫外線を照射して、インクを硬化させる機械)
2020年は、⑥溶剤インクジェットプリンター(2013年に購入した溶剤インクジェットプリンターの後継機)と⑦Co2レーザーマーカー(2013年に購入したCo2レーザーマーカーよりも広範囲で加工できる機械)。2021年は、⑧ファイバーレーザーマーカー(金属にマーキングさせることができる機械)。
2023年に神奈川県の補助金で導入した⑨多機能デジタルカッターは、数千万円の高価なものです。樹脂、木材、革、マグネットシート、段ボールなど様々のカットができます。車にたとえると、国産の小型に乗っていたのを高級外車のポルシェやフェラリーに乗りかえるようなものです。導入した当初は機械の操作に少々てこずる時がありましたが、今はそれはありません」
機械の種類でまとめると、次のようになる。
[デジタル印刷機]
PCで編集したデザイン・データーをフルカラーで印刷する機械。
・UVインクジェットプリンター、溶剤インクジェットプリンター
[レーザーマーキング(=彫刻機)]
PCで編集したデザイン・データーを彫刻やカットできる機械。
・Co2レーザーマーキング(アクリル、木材、革)、ファイバーレーザーマーキング(金属)
[多機能デジタルカッター]
PCで編集したデータで、樹脂、木材、革、マグネットシート、段ボール、発泡材など様々な素材がカットできる機械。
デジタル印刷1_UVインクジェットプリンター
04 ―――
アナログから、デジタルにシフト
「ベテランの技術者は従来どおり、シルクスクリーン印刷の機械を動かし、若い世代の技術者がデジタル印刷機を操作しています。工場から離れたところから、パソコンを通じて動かす遠隔操作ができるようにもしています。少人数でも、工場が安全にスムーズに稼働することを考えているのです。
デジタル印刷機により、シルクスクリーン印刷では対応できないフルカラー印刷が可能となり、印刷の質をさらに高めることができました。それにともない、仕事の依頼は増えています。高価な機械ですから経営する立場としてはリスクがないわけではないのですが、こういうことを試みないと、会社はさらに上のステージには上がれないと思うのです。
デジタル印刷機を最初に導入した時には私が時間をかけながら、1人で操作をしていました。営業を終えた後、夕方以降にいじる程度でした。私も使わない日があり、しばらくは使う人がおらず、動かない機械となっていました。
ある時、キーホルダーの印刷、制作の依頼を受けたのですが、それはデジタル印刷機でないと対応ができません。私1人では難しいのです。そこでデジタル印刷にくわしい知人に入社してもらい、対応をしてもらうことにしました。これを機に、デジタル印刷に経験がある人材を雇うようになり、工場はしだいにアナログから、デジタルにシフトしつつあります」
05 ―――
「会社の成長は止めないほうがいい」
「実は、数千万円の多機能デジタルカッターを導入する時に迷うものがありました。そこで先輩の経営者(株式会社スリーハイの男澤 誠社長)に相談をしたところ、「会社の成長は止めないほうがいい」とアドバイスを受けました。大きな額の先行投資は怖いことですが、今は業績が拡大している最中であり、チャンスでもあると思うようになりました。
父は社長退任以降は、私の経営の仕方に介入することはほとんどなかったのですが、高額な機械を購入することは心配をしているようでした。それでも、強く反対をすることはなかったのです。導入をする際には、支援団体の相談員からも様々な助言をしていただき、慎重に進めました」
06 ―――
自分の価値を高めたい
「私もオーナーですから、高価な機械の導入に怖く感じることがあります。大丈夫かな、と不安がよぎる時はあるのです。広告代理店の時の先輩の一部が退職後、起業をしていますが、「怖い時もあったが、挑戦し、乗り越えてよかった」と話していました。こういう先輩たちからもいい意味で影響を受け、私なりに挑戦をしたいのです。
やや話が広がりますが、毎週3~4日はスポーツジムに行きます。体を鍛えることに加え、モチベーションを維持するのが大きな目的です。自分への投資とも言えるでしょうね。社員たちには、「残業を減らすようにしましょう」と機会あるごとに言っています。早めに仕事を終えて、その時間を使い、自分を高めてほしい。本を読んだり、映画を観たりするのでもいいのではないでしょうか。いずれにしろ、投資は状況に応じてしていくことで、自分の価値を高めることをしていきたいですね」
07 ―――
守りに入ったらいけない
「印刷業界や製造業界は、特に中小企業の場合は新しいことをためらう風潮やその意味で保守的な部分があるように思います。そこで現状に甘んじていると、弊社のような規模ならば業績などに悪い影響が出てくるのかもしれません。守りに入ったらいけない、と自分には言い聞かせています。
私は現在、49歳。心身ともに健康で、充実している時に経営者として少なくともあと1~2つの山を乗り越えたいと思っています。その意味での賭け、つまり、山を登るか否かの判断を迫られる場合があるはずです。あるいは今後、組織化をしていくと会社として乗り越える山も見えてくるかもしれません。その時点での状況にもよりますが、登れるようにしたいのです」
08 ―――
今後は、在庫の管理にもデジタル化
「今後の課題をデジタルの観点から言えば、まず、在庫の管理です。シルクスクリーン印刷をする印刷会社は印刷だけを受注するケースが多いのですが、弊社は製品や商品をゼロからつくる依頼を受けることが増えています。その場合は、材料を仕入れるところからスタートするのです。材料などを保管する倉庫が、最近は満杯になりつつあります。依頼が多いためですから、うれしい悲鳴とも言えます。現在、支援機関に相談し、デジタル機器を使い、在庫を正確に把握し、管理をするようにしています。
デジタル化を進めると、作業が効率的になり、以前よりは短時間で終えることができます。その時間を活かし、さらにさらにクリエィティブなことができるはずです。その思いで今後も取り組んでいきます。
2024年3月14日に経済産業省で弊社が「はばたく中小企業・小規模事業者300社」として授賞されます。その日は、奇しくも去年11月末に他界した父の誕生日です。これまで支えてくださった社員に感謝し、祖父、父が残してくれた会社をより飛躍できるよう、新しい「ツジマキ」になるようにしていきたい、と思っています」
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