コロナ影響での生活様式の変化、円安に代表される経済不安、少子高齢化による人材不足……。
企業にとっては昨今の環境は、事業推進が決して易しくない状況といえるでしょう。
とりわけ、資金や人員などに余力がないスタートアップや中小企業では、状況はさらに深刻です。日本では、中小企業の約7割が赤字企業で、起業から10年後の会社生存率は26%ともいわれています。
従来通りのやり方を踏襲していては、売上げを伸ばすどころか、生き残るのも危ういという実感をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
だからこそ、中小企業ならではの“勝ち抜く”ための方策が必要です。今回は人・組織に関する方策に注目し、今の時代だからこそ中小企業が考えるべき視点について解説します。
目次
1.中小企業ならではのヒト基軸の戦い方スタートアップ企業や中小企業は、優れた製品・サービスを世に投入することで成長戦略を描くことが多いかと思います。その一方で、その製品・サービスを生み出し、届ける役割の従業員に改めて目を向ける企業が近年増えています。
2022年版中小企業白書・小規模企業白書によると、経営者が着目する点として、人的資本をはじめとする無形資産やブランド構築が挙げられています。注目すべきは、中小企業経営者が重視する経営資源は「ヒト」を第一としていることです。
日本の中小企業
日本企業は古くから「顧客第一主義」風土が強く、時にはサービス残業などに代表されるように、顧客のために従業員を犠牲にする事態まで起こっていました。
しかし欧米では従業員を大切にしながら、成果を上げている企業が多くありました。たとえば『お客様第二主義。従業員第一主義。』という企業ポリシーながらも、創業以来黒字経営を継続させていたサウスウエスト航空などです。
いくら優れた製品・サービスであっても、提供するのが疲弊した社員の企業と、生き生きと製品価値を語る社員の企業では、顧客がどちらを選ぶかは自明でしょう。
中小企業はつい短期の売上げのために製品・サービス開発に目が行きがちですが、中長期で勝ち残っていく視座の企業こそ、その持久力を支える従業員の力に目を向けているのです。
>>ヒトを基軸とした戦い方が、なぜ中長期的に企業競争力を上げることにつながる理由とは?
モノや情報が飽和状態の昨今においては、新しい製品・サービスを開発し市場に投入出来たとしても、必ず先行する企業や類似品が存在します。
マーケットシェア拡大のためには、熾烈な競争を繰り広げることになります。しかし大手企業に真っ向から勝負を行うと、経営資源や知名度で劣る中小・スタートアップ企業はいずれ体力を消耗して負けてしまいます。
中小企業は、十分な体力が確保できるまでの戦い方を工夫する事で、競合企業に打ち勝つ可能性を高めることが重要です。中小企業やスタートアップ企業ならではの戦い方を決め、戦いを推進できる組織作りが求められます。
例えば戦い方の一つとして、イギリスのエンジニア、フレデリック・ランチェスターが提唱したランチェスター戦略などが挙げられます。
仮に弱者が勝つためのランチェスター戦略を採択した場合、人・組織戦略もそこに合わせる必要があります。
「戦闘力=兵力の質✕量」で決まる考え方に則ると、量で勝負できない中小企業の人事戦略は、一人ひとりの従業員の質を高める必要があります。現在人材育成に予算を持っていない企業は、開発費を削ってでも新たに教育予算を捻出する必要があるかもしれません。
このように、まずは中小企業としての企業戦略を固め、それを実現するための人事戦略を展開していくべきなのです。
戦い方に応じた人事戦略を作るということは、つまり経営戦略と人事戦略を連動させることに他なりません。しかし残念ながら、人事戦略が経営戦略と紐づいておらず、独立している企業が多いのも実情です。
人員計画、育成計画、組織開発などの人事戦略はどの企業でもあるかと思いますが、単に目の前の状況を見て問題点を洗い出している企業は意外に多いものです。これでは顕在化した問題へ対応しているだけで、企業の競争力や発展に寄与する人事戦略かは疑問が残ります。
では、経営戦略と人事戦略が連動すると具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。
例えば中途採用場面を例に挙げてみます。
外部からどんな人材を調達するかを検討する際、現場を見渡し「システム部署で退職者が出たから欠員補充でIT人材を採用しよう」などと決めているのは、単なる穴埋めに過ぎません。言い換えると、現在 (As is) 視点での策となります。
一方経営戦略と連動させて外部からの人材調達を考えると「3か年計画達成のためには、新規事業開発が必要。そのためにイノベーションが起こせる人材を採用しよう」となります。これは目指すべき姿 (To be)に立脚した策といえるでしょう。
人材を資産として生かすためには、経営戦略に則った人材戦略を描く必要があります。
「経営戦略を力強く進めるために、どんな人・組織の理想像を描くのか」
……この命題について人事と経営陣が一枚岩になって、知恵を絞るのがあるべき姿の一つでしょう。
これまで「中小企業」や「ベンチャー企業」と一括りにして論を進めていますが、どの企業でも即同じ効果が出るような魔法の人事戦略があるわけではありません。人と組織の課題は、企業の成長ステージに応じて変わります。
ラリー・E・グレイナー氏が1979年にハーバードビジネスレビューに発表した『5段階企業成長モデル』によると、企業には創業期~成熟期などの5つのステージを経て発展していきます。
例えば、創業期は数名のメンバーで開発や販売など全ての業務を担っていたとしましょう。少数精鋭で意思疎通がしやすく、スピーディーな事業推進が強みになります。
しかし事業が急拡大し、新たな人員を雇用して規模の拡大を狙い始めると、従来のようなコミュニケーション方法では、事業運営が頓挫しがちになります。
体制・会議体など企業としての社内ルールを整備したはいいものの、以前のようなスピーディーな意思決定ができないジレンマに陥ることでしょう。
このように、一括りで「中小企業」などと言っても、企業の成長ステージによって課題の優先順位があるのです。
あらゆる産業や業種においてデジタル化が進んでいる時代は、多くの企業がBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)する必要に迫られています。
BPRとは、業務内容や組織構造、情報管理など業務フローに関わるあらゆるものを見直し再定義、再デザインすることです。
BPRをしようとして多くの日本企業で障壁になるのは、業務の可視化が進んでいない点でしょう。
BP
BPRであるべき組織を作るためには、人事制度で大きな転換が必要です。従来型の職能をベースとした人事制度なのであれば、ジョブ型の概念を持ち込むことが推奨されます。
各部門の役割や部門業務、成果責任を明確化した職務定義などを通じて、まずは現状をつまびらかにしていきます。そのうえで、企業目標を達成するための組織体・業務オペレーション・情報システムなどを抜本的に再構築する必要があるのです。
前述した通り、中小企業でもヒト(従業員)の可能性に目を向ける動きが加速している状況で、「人的資本経営」という考え方に注目が集まっています。
欧米やアメリカなどの海外では、2017年以降に人的資本経営を導入する企業が増加しています。日本では2020年に経済産業省が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を発足するなどしたことで、企業にも取り組みの波が広がっていきました。
従来の日本企業は、従業員を「人的資源」(Human resource) と捉え、採用や教育費などは「費用」とする考え方が大半でした。経済産業省の提言で注目すべきは、従業員を「人的資本」(Human capital) と定義している点です。
資本である従業員に対して適切な「投資」を行うことで、現在よりも高い企業価値を生み出すのが人的資本経営です。特段目新しい考え方ではないものの、人的資本の可能性を真摯に引き出そうとするかどうかが、中長期的な企業競争力の明暗を分かつことでしょう。
これまで経営や人事の視点で中小企業の採りうる戦略を述べてきましたが、従業員の視点では「魅力ある組織」とはどのようなものなのでしょうか。
ここでは、従業員エンゲージメントに着目してみます。
従業員エンゲージメントとは、人事や組織開発の分野では、従業員の「会社のビジョン・目標達成に向けての自発的な貢献意欲」という意味合いで使われます。
日本で急速に従業員エンゲージメントが注目されたのは、米国の調査会社ギャラップ社が2017年に実施した従業員エンゲージメント調査です。この調査では、日本企業は「熱意あふれる社員」の割合がわずか6%であり、139ヵ国中132位と最低ランクに近い順位であることがわかりました。
この衝撃的な調査は日経新聞でも報じられ、日本企業でも従業員エンゲージメントは広く認知されるようになりました。報酬や仕事への単なる満足を越え、従業員自身の「やりたい」を引き出すエンゲージメントは、多くの日本企業では目新しい概念だったのです。
今一度、従業員の立場に立った際に、「この組織で働きたい」「この組織のために自己成長したい」と思える企業になっているかは、ぜひ点検したい観点でしょう。
最後に、競争力を高めるための組織間の関係性について触れます。
営業、開発などの部門が各々の組織目標を達成すべく奔走することは良いことですが、部門成果の足し算が企業の成果となっては、それ以上の成果は見込めないでしょう。
足し算ではなく、掛け算として企業成果の総和を広げるためには、部門を横断するバリューチェーンを志向する必要があります。
部門横断で大事な点は、顧客中心設計で業務プロセスを検討する事です。
まず取り組むべきは、マーケティング、営業、カスタマーサービスのあらゆる活動の指針となる共通のペルソナの定義です。すなわち、製品やサービスを販売する相手は誰かを表すターゲットペルソナを、自社の社会的役割を出発点に考えます。
共通のペルソナを各部門で共有することにより、マーケティング、営業、カスタマーサービスを1つに統合して機能する働きが期待できます。
マーケティング、営業、カスタマーサービスのすべての部門で、潜在顧客~ロイヤル顧客までナーチャリング(育成)するような、一気通貫した活動が展開できます。
今回は中小企業、スタートアップ企業ならではの課題に着目し、企業競争力を上げるヒントを解説してきました。
やや総花的な内容になっている部分もありますが、まずは自社ならどのような分野から着手すべきかの参考にしていただけると思います。
ただし人・組織戦略はどこかを変更したら、必ず別のどこかに影響を与えます。つまり今回ご紹介した施策は、どの企業でも必ず全て考えなくてはならない視点とご認識ください。
もちろん一気にすべての施策をダイナミックに実行できれば良いですが、それほど余力がある企業は多くないことでしょう。
一つひとつ優先順位を組み立て、自社に馴染みやすい人・組織戦略を描いていただければ幸いです。