リーダーの言動が変化すれば、社員定着率が変わる

2024年9月18日 | リーダーシップ リーダーの言動が変化すれば、社員定着率が変わる

「現場で実践できるリーダーシップ」をメインテーマにし、リーダーを素養や資質ではなく、望ましい行動として捉える当連載。

このシリーズで今回取り上げるテーマは、「リーダーの存在×社員の定着率」です。

多くのメンバーに影響を与えるリーダーの力量は、社員の離職意向を左右することは言うまでもありません。

特に労働力不足で外部からの人材調達が難しい昨今では、一人の社員が辞めることの負の影響は増しているでしょう。

前回の「リーダーを組織的に支援できれば、社員定着率が変わるanother-window-icon」では、リーダー本人ではなく、組織的な支援に焦点をあててお伝えしました。

本記事では、直接的にメンバーに働きかける立場であるリーダーの言動やスタンスを取り上げます。

 

right-icon01 退職理由で着目すべきこととは?

リーダーの振る舞い方に目を向ける前に、メンバーが退職につながる理由について考えてみましょう。

「令和3年雇用動向調査結果の概況」や「平成30年若年者雇用実態調査の概況」によると、退職理由として多いものが「賃金の条件がよくなかった」「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が挙げられています。

経済不安が続くなかで賃金の条件向上や、若者を中心としてワークライフバランスを重視している傾向が見て取れます。

そんななか、次いで多いのが「職場の人間関係」に関する退職理由です。
「令和3年雇用動向調査結果の概況」によると、「職場の人間関係が好ましくなかった」は、男性では8.1%、女性では9.6%にのぼっています。さらに「平成30年若年者雇用実態調査の概況」によると、「人間関係がよくなかった」が挙げられており、26.9%を占めています。

会社員として働く時間は少なくはありません。社内の人間関係が悪いと社員は非常に大きなストレスを抱え、離職意向が高まりやすいと考えられます。

参照:令和3年雇用動向調査結果の概況|厚生労働省 another-window-icon
参照:平成30年若年者雇用実態調査の概況|厚生労働省another-window-icon

 

上記の退職理由の中で、給与や労働時間のようないわば「労働条件」は、リーダーの努力だけでは変化させることが難しい要因といえます。

そうなると、リーダーが中心となり取り組めることは「職場の人間関係の改善」に絞らざるを得ません。
ただ、労働条件を改善するよりも、社員の職場へのコミットを高めることは、中長期的に考えてリテンション効果が高いと考えられます。

なぜなら、労働条件のような「衛生要因」と呼ばれる要素は、満たされないと不満は感じますが、満たされたからといって本人のモチベーションには寄与しにくいからです。

例えば、労働条件に満足していたとしても、職場の人間関係に不満がある社員は、社風に魅力がある他企業へ転職するリスクはあるでしょう。
しかし人間関係や仕事への効力感が高い状態の社員は、他企業から高報酬のオファーがあったとしても、転職はしばし思いとどまる可能性があります。

このような職場単位で動機付け要因を高める取り組みを考えた場合、キーとなるのがその組織のリーダーでしょう。

right-icon02グローバルな潮流から見る、
離職防止におけるリーダーの影響力

リーダーの離職防止における影響力を考える際、海外の研究発表で示唆に富んだものがあります。

1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織「ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)」の2022年のカンファレンスには、エンゲージメントとリテンションをテーマにしたセッションが増加しています。

Proven Strategies for Retaining Your Organization‘s Top Talent(優秀な人材を確保するための実証済みの戦略)」は医療情報企業Cerner社の事例紹介です。同社が継続して従業員の離職予測因子をモニターし、離職防止効果が高い施策に投資していることが紹介されました。

セッションでは「離職にはトリガー(引き金)となる出来事があり、組織マネジメントはそれを理解しておくべきである、なぜならたいていのマネジメント層は離職がもたらすデメリットを実際に発生するコストの3分の1程度にしか考えていない」といった問題意識が共有され、マクロレベルとミクロレベルのトリガーが紹介されました。

離職防止に強く働くのはマネジメント層の影響力であり、キャリア開発機会の提供、仕事の意味付けなどがリテンションを高めるとの投げかけがありました。

参考:ATD2022 バーチャルカンファレンス参加報告 大離職時代のエンゲージメントとリテンション another-window-icon

 

この研究は、リーダーと離職との強い関連性を示しているといえます。

 

right-icon03離職防止のために、
リーダーが影響力を発揮すべき3つの観点とは

前章で紹介したように、メンバー本人の退職理由にも、アカデミックな研究においても、リーダーがメンバーの離職に与える影響が大きいことは分かりました。

しかしリーダーがメンバー全員の細かい言動に目を配り、ミクロなリテンションマネジメントをすることは現実的ではありません。

そこで本章からは、メンバーが離職意向を持ちにくい、さらにポジティブに捉えると、離職意向以前に「この組織で働きたい、成長したい」という意向を抱きやすい観点を紹介します。

具体的には「風土形成」「やりがい醸成」「未来創造」の3つの観点で、メンバーをリードできれば、細かいリテンションマネジメントよりも、メンバーのモチベーションを引き出すことができるのです。

では、一つひとつの観点について、具体施策も含めて紹介していきます。

 

【風土形成】コミュニケーションの強化

前述した退職理由の調査でも「職場の人間関係」という、組織風土に関する不満は上位に挙げられていました。

すなわち、リーダーはメンバー心理的安全性を保ちながら、良好なコミュニケーションが成立する風土に気を配る必要があるのです。

そのための2つのポイントを紹介します。

1.部下に対する情報共有・面談機会を持つ


リーダーは全てのメンバーに偏りなく情報を共有し、個別のメンバーと面談などのコミュニケーション接点を多く持つ必要があります。

ただし、数多くの面談をすればいいわけではありません。優れたリーダーのコミュニケーションに着目すると「LEX理論」を活用している共通点があります

LEXは「leader-Member Exchange」の略で、リーダー・メンバー交換理論と訳されます。

つまり、リーダーがメンバーからの信頼を得ようとする一方、メンバーもリーダーから信頼を得たいという心理です。

従来型リーダーとの交換関係は、リーダーが「命令」し、メンバーが「服従」する構図でした。
しかしLMX理論においてはリーダーが「報酬(金銭的なものに限らず、賞賛や激励を含む)を提供」し、メンバーは「報酬受領」するという関係にあります。

報酬というと聞こえは悪いですが、要は業務の指示命令だけではなくリーダーは「期待」「賞賛」を渡し、メンバーは「貢献意欲」「承認欲求」などを受け取るということです。

このような心理的なフィードバックコミュニケーションは、メンバーの成長意欲や組織コミットメントを高めやすいでしょう。


2.チームや部門間の軋轢を解消する


いくらリーダーが所属する職場が活性化していたとしても、会社全体として部分最適な組織になると、部門間の対立構造が起こりがちです。

対立構造があると解決のための内部工数が増加し、最終的に企業の生産性低下や業績悪化を招いてしまいます。

リーダーは、常に全体最適の観点を持ち、起こる現象に対してフラットな目線でいるべきです。そのためのキーワードは「制約条件理論」です。

これは全世界で1000万部以上売れた『ザ・ゴール』の著者、エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱した理論です。

制約条件とは「ボトルネック(ひずみ)」とも言い換えられます。
優れたリーダーは対立構造が起こった時に、感情論や組織事情を一旦排除し、問題現象の一番弱い部分(ひずみ)を見つけ、そこを強化できる施策を考えます。

あくまで「何を対処すべきか」の合意だけを取りに行き、その後に「その対処に最適な部門はどこか」という順序でコミュニケーションをとります。

往々にして組織間対立がこじれるケースでは「どの部門がやるか」の議論が先行しがちです。
どこかの部署のリーダーが「押しつけられた」という感情を抱けば、そこの所属メンバーにもポジティブに伝えられないでしょう。

その結果「こんな面倒な部署を押しつけた○○部門とは、一緒に仕事ができない」と、組織間対立はメンバーレベルにも波及してしまいます。

優れたリーダーは、全体最適視点で組織間を連携させ、メンバーも含めて協力体制が起きやすい風土を目指すべきでしょう。

 

 

【やりがい醸成】仕事内容や役割の不明確

ある調査では、リーダーのジョブアサインメント行動がうまくいっている組織は、業績が上がりやすいとの結果が出ています。

つまり、リーダーがメンバーに適切にジョブアサインメント(仕事の割り当て)を行うことで、メンバーの行動が変化し、最終的に業績向上につながるのです。

本章では、仕事マネジメント場面で、リーダーがとるべき2つのポイントについて紹介します。
組織の責任範囲や役割を明確にし、メンバーのやりがいへつなげる
個別メンバーへの仕事の割り当ては完璧に行うものの、そこから上層部へのつながりが途切れがちなリーダーは意外に多いものです。

MBO(目標管理制度)を導入している企業なら理解できると思うのですが、企業内にある仕事は、すべからく経営目標に「連鎖」する必要があります。

つまり、新入社員が行う簡易な事務作業であっても、連鎖を辿っていくと企業ミッションや当該期の経営目標につながるべきなのです。

優れたリーダーは、個別メンバーへの仕事を組織的な視点で語ります。
そうなると、メンバーは自分の仕事が企業成長に繋がっているという、広くて高い視座で目の前の業務を捉えるようになるでしょう。
目標設定や業績評価をメンバーの成長機会として活用する
最も理想的なリーダーシップを発揮するためには「目標達成」と「集団維持」の2つの機能を満たす必要があります。

組織が継続的に目標達成をしていくためには、リーダーには的確な指示を与えるP機能(Performance)と、組織内での摩擦や障害を調整して良好な状態に保つM機能(Maintenance)の2つが必須です。

目標達成のためにメンバーへ命令ばかりをして、組織の人間関係が悪化してしまうリーダーは「P型」です。
一方、メンバーへの気遣いに重点を置き、目標達成に率いることができないリーダーは「M型」です。

優れたリーダーは目標達成に向けてのアドバイスを行いながらも、その目標を達成することがメンバーにとってどれほどの成長機会になるのかも伝えます。

このようなPM型リーダーがいる組織は、継続的な目標達成をしながらも、メンバー一人ひとりがモチベーションが高い活性化した状態となるでしょう。

 

【未来創造】メンバーのキャリアパス支援

メンバーに限らずですが、全てのビジネスパーソンには「未来はこうありたい」というビジョンがあるはずです。

単に「ある期間、同じ組織で働く社員」としてメンバーを捉えるのではなく、メンバーが描く未来像から逆算して、今の期間を捉えることがリーダーには求められます。
具体的なポイントを2つ紹介していきます。

 

1.部下の将来的なキャリアパスを把握する


人は、やりたいことをやっている時に能力を発揮するものです。
そのため、リーダーはメンバー各々のモチベーションリソース(やる気の源泉)を把握する必要があります。この際、優れたリーダーは「今時点」のやる気の源だけではなく、中長期の目線から今の仕事を捉える傾向にあります。

当たり前ですが、メンバーの人生はこの先も続いていきます。
5年後、10年後の「ありたい自分」「歩みたい人生」があって、そこに向けて現時点で何をすべきかを考えているでしょう。

リーダーは、メンバー一人ひとりが描くキャリアパスをまず把握するべきです。
その上で、将来に向けて現在の仕事がどのような意義があるのかを、メンバーとともに考えます。

メンバーが「未来とのつながり」から現在の仕事を捉えることができれば、ちょっとした退職意向が発生しても、自然解消されやすいといえます。

時にキャリアプランが曖昧なメンバーがいる場合は、自身の過去エピソードなどをもとに、中長期を一緒に考えるスタンスでいるよう努めましょう。


2.現在(As is)と将来目標(To be)のギャップを埋めるサポートをする


メンバーのキャリアパスを把握したとしても、現実の仕事にはさまざまな制約があるため、すぐにメンバーが希望する仕事を与えられるとは限りません。

そんな際、リーダーは「WILL-CAN-MUST」のフレームをうまく活用し、メンバーコミュニケーションをとっています

やりたいこと(WILL)とできること(CAN)とやるべきこと(MUST)が、完全一致している状態が望ましいのはもちろんです。しかし、ほとんどの場合はどこかがズレてしまいます。

ここに前述したキャリアパスという「時間軸」を使って、現在だけの視点ではなく、将来に向けて今の仕事を捉えるようにします。

例えば組織事情でメンバーに担ってほしいこと(MUST)があった場合、メンバーの中長期の目標にむけてやる意義や意味を説明します。
または「この仕事をできるようになったら、先々仕事の幅が広がる」とCANの視点で語ったりします。

そのようなフレームを使うことで、メンバーは将来像に向けて足りないピースを意識するようになり、より自律的思考が生まれるでしょう。

 

right-icon04まとめ

今回ご紹介したリーダーの望ましい動きは、何も「離職防止」だけに目的を絞ったものではありません。

ただし、職場の風土・雰囲気に満足し、自分の仕事にやりがいを感じ、キャリアパスから仕事の意味づけができれば、多くの社員は離職意向を持たないことでしょう。

前述した「ATD」のカンファレンスでは、「離職のドミノ効果」という興味深い考え方も発表されています。

つまり、象徴的な人材の離職が他の人々の離職を誘発するというものです。
「誰か一人の退職」が、少々の不全感を抱いている大勢の社員の離職意向を高めるトリガーとなってしまう現象に、心当たりがある方も多いのではないでしょうか。

同じようなことはリーダーの存在にも置き換えられます。
制度や働き方を変えるのは労力も時間も必要ですが、リーダーの言動を変化させることは、どの企業でも取り組めるはずです。

リーダーは一人かもしれませんが、その一人の存在が「離職ドミノ」のような間接的要因も含めると、大勢の社員に影響を与えていることを忘れないでください。