求められるリーダーシップ像は、その時々の社会背景や環境によって変化しています。
例えば、昭和の時代に多かった「背中を見て学べ」スタイルのリーダーシップだけで、現在のZ世代を中心とした若者のモチベーションに着火できるかどうかは、疑問が残るでしょう。
現在は、V(Volatility:変動性)、U(Uncertainty:不確実性)、C(Complexity:複雑性)、A(Ambiguity:曖昧性)の頭文字を取ったVUCA時代といわれています。
このような、先行きが不透明で将来の予測が困難な時代に、開発すべきリーダーシップはどのようなものなのでしょうか。
本記事では、リーダーシップ理論の変遷と概要をご紹介しながら、今後開発すべきリーダーシップについて考えてみます。
01 いつの時代でもリーダーシップは求められてきた
「もっとリーダーシップを発揮して欲しい」
「あなたのリーダーシップに期待している」
現在のようなVUCAの時代にかかわらず、いつの時代でも「リーダーシップ」という言葉は企業内で多用されてきました。それほど、「リーダー」という存在は、企業の成長を左右する重要な立場だからです。
一方、「リーダー」はそれほど人数は必要ないかもしれませんが、「リーダーシップ」は立場や役割を問わず、日常的に求められるものです。例えば「リーダーシップ」という言葉で抱かれるイメージは、おおよそ以下のようなものではないでしょうか。
・組織や人を導くための能力
・自分自身の生き方や仕事のスタイル
・発揮できる人と発揮できない人がいる
・影響力があり組織の上に立つ
これらの印象はおそらく、過去に企業のみならずプライベートなコミュニティで出会った「リーダーとして動いていた人」に起因していると思われます。
リーダーシップ自体は、明確に形として見えるものではなく、また「あなたは〇点です」と定量化できるものでもありません。そのため、概念を定義し実体をつかむことは簡単ではありません。
それでも、いつの時代のどのような組織にもリーダーと呼ばれる人が存在し、「リーダーシップが重要である」と認識されてきました。
現代も例外ではありません。VUCAの時代で求められるリーダーシップの傾向はあれど、現実的に一社または一部署で求められるリーダーシップは異なるものでしょう。
そのような前提のもと、これまでの時代で求められてきたリーダーシップ理論を振り返っていきます。
02リーダーシップ理論の変遷を紐解く
前章で「リーダーシップは目に見えるものではない」と述べたように、リーダーシップは概念のようなものです。しかしそれだけでは捉えようがなく、リーダーシップ開発施策の拠り所にはなり得ません。
その際、各時代で注目されたリーダーシップ理論を紐解くと、自社の取り組みを検討する参考になるかもしれません。
ここからは、リーダーシップの輪郭を捉えるために、リーダーシップ理論の変遷を大まかに辿ってみたいと思います。
特性理論(~1940年代)
特性理論は、リーダーといわれる人物に共通する資質や特性を探求するアプローチです。
「優れたリーダーとはどのような人物か」「リーダーとリーダーでない人は何が違うのか」を明らかにし、適切なリーダーを選出し、集団のパフォーマンス向上を狙う考え方です。
パーソナリティ研究として身体的・性格的・知的特性などについての研究が進む中で、「MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)」や「ビッグファイブ理論」「ストレングス・ファインダー」などが開発され、リーダーシップの特性把握に役立てられました。
現在、人事評価に取り入れられている「コンピテンシー」の概念も、このような特性理論に端を発しているといえるでしょう。
ただし、人格特性は曖昧かつ抽象的で測定や観測が困難なこと、そもそも人格特性がリーダーシップの全てなのか疑わしいという課題は残りました。
行動理論(1940年代~1960年代)
特性理論が優れた人物の資質や性格特性に着目する一方で、行動にフォーカスを当てたアプローチが行動理論です。
1948年、アメリカの心理学者ストッグディル(R.Stogdill)の研究により「人物特性とリーダーシップとの関連には一貫性が見られない」との提言がなされました。 すると、次に多くの研究者が、優れたリーダーたちの「行動」に着目するようになったのです。
具体的には「有益なリーダーシップ行動と、そうでない行動は何がどう違うのか」「リーダーのどのような行動が、フォロワーの成果達成を導くのか」を明らかにする研究が進みました。
この時代の代表理論:PM理論
この時代の代表的な理論は、日本発で広く知られる「PM理論」です。
P=Performanceは集団の目的達成や課題解決に関する行動、M=Maintenanceは集団の維持を目的とする行動を表し、この2軸のマトリクスでリーダーの行動を類型化しています。
PM理論では、P機能とM機能の両方が低い「pm型」のリーダー行動は目標達成への効果が最も低く、反対に、P機能とM機能の両方が高い「PM型」のリーダー行動こそが、最も目標達成への効果が期待できるリーダー行動であると定義されています。
一方でPM理論は、状況に含まれる様々な変数が含まれておらず、複雑な課題を単純に捉えすぎているという批判も挙がりました。
条件適合理論(1960年代~)
行動理論の研究が進むなか、特性や行動が同じであるにも関わらず、リーダーシップを発揮できる人とできない人がいることが分かりました。
そこで次に、リーダーが置かれている「状況」に着目した条件適合理論が生まれたのです。
条件適合理論では、「リーダーとメンバーの関係性」や「リーダーに与えられた権限の大きさ」など、リーダーを取り巻く状況が、どのようにリーダーシップの効果に影響するかを考えた理論です。
つまり「どのような条件下で、どのようなリーダー行動が有効なのか」という、条件と行動のマッチングを明らかにし、個人特性や行動だけではなく、集団が置かれた状況や条件に注目したアプローチといえます。
例えば「パス・ゴール理論」は、「集団が置かれた環境」と「部下の性格や能力」の掛け合わせで、有効なリーダーの行動(指示型・支援型・参加型・達成志向型)が決まることを示唆しています。
この時代の代表理論:SL理論
SL理論は、「リーダーは、メンバーの状態に応じて働きかけ方を変えた方が効果的である」という理論です。
この理論では、メンバーの状態をその能力や意欲などから大きく4つの状態に分類し、それぞれの状況に適したリーダーシップ(働きかけ)の在り方を下図のとおり結論づけています。
納得度の高い理論であることから、企業のリーダーシップ教育に取り入れられるなど、実践の場で広く普及しています。
リーダーシップ交換・交流理論(1970年代~)
職場の実態としては、リーダーシップはメンバーがリーダーを受け入れてこそ成り立つものといえるでしょう。1970年代のリーダーシップ研究では、こうした「リーダーとメンバーの関係性」に着目した交換理論に関する研究が広がっていきました。
「リーダーとフォロワーのどのような価値交換が、リーダーシップの発現に有益か」を明らかにする理論です。つまり、リーダーとメンバー双方の立場(立場を交換した)に着目しています。
この時代には、今では対人コミュニケーション場面で一般的に使われる「信頼残高」という言葉の語源となった「信頼蓄積理論」などが生まれました。
変革型リーダーシップ理論(1980年代~)
1980年代、アメリカでは厳しい経済状況が続きました。
多くの企業において経営環境は激変し、リーダーにはこの状況を打開するため、カリスマ性が高く変革意欲が強いリーダーシップが求められるようになっていったのです。
こうした時代背景のもと誕生したのが、変革型リーダーシップ理論でした。
この理論では、メンバーのマインド面から変化をもたらしていくという、これまでのリーダーシップ論とは視点が大きく異なる理論として注目を集めました。
ハーバード大学のジョン・コッターは、リーダーシップとマネジメントの共通点と具体的手法の違いを明確にした上で、変革型リーダーシップには「ビジョン(方向性)の設定」「人心の統合」「動機づけと啓発」が求められると整理しています。
おそらく、「リーダーシップ」という言葉で思い浮かべるリーダー像は、この時代のリーダーシップ理論の影響を色濃く受けているのではないでしょうか。
現代においても、市場が円熟期を迎え、消費者のニーズも細分化・多様化の一途をたどっています。従来は通用していたビジネスの手法を維持するだけでは、安定的な成長を保つのが難しくなっている状況で、現状を打破するリーダー像が求められるようになったといえます。
倫理型リーダーシップ理論(1980年代~)
最後に、倫理観や精神性に軸足を置くリーダーシップを紹介します。
強いリーダーを求める一方、リーダーへの不信感が募る社会風潮を背景に、「リーダーとはどういう存在であるべきなのか」という観点を反映した理論が多いのが特徴でしょう。
これまでのリーダーシップ論では、優れたリーダーの特性や行動をもとに研究を行う、いわば「リーダーありき」の理論でした。しかし、最新のリーダーシップ論では「リーダーシップは成長させられるもの・リーダーは育てるもの」という考えが主流になっています。
この時代の代表理論:サーバントリーダーシップ
サーバント(召使い)・リーダーシップは、「リーダーとは、まず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」という考えのもと、リーダーがメンバーの支えとなる支援型リーダーシップの形です。リーダーはメンバーがそれぞれの能力を発揮できるよう、サポート体制をとります。
この理論を提唱したグリーンリーフによる、サーバント・リーダーシップ10の特徴は以下の通りです。
【サーバント・リーダーシップ10の特徴】
- 傾聴 メンバーの声に耳を傾け、望んでいることを聞き出す
- 共感 メンバーの立場に立って理解を寄せる
- 癒し メンバーが不調のときは寄り添い、支援する
- 気づき 先入観や偏見にとわられず本質を見抜き、気づきを得る
- 説得 権限を振りかざすことなく、メンバーの納得を得ようとする
- 概念化 組織のあるべき姿を概念的に捉え、メンバーに示す
- 先見力 過去の出来事から未来を予測し、組織の方向性を示す
- 奉仕 自分の利益よりも相手の利益のために尽くす
- 成長への関わり メンバーの特性や可能性を見極め、成長を支援する
- コミュニティづくり メンバー同士が連携し、互いに成長できる場所をつくる
これまでの理論では、変革型リーダーシップ論のようにリーダー個人がチームをけん引するようなイメージでした。 一方サーバント・リーダーシップでは、リーダーが目立たない存在として力を発揮する、正反対のイメージへと変化したことが分かります。
いわば「縁の下の力持ち」のようなリーダーが、チームの心理的安全性を醸成し、結果的にパフォーマンスにつながると考えられるようになったのです。 この時代の代表理論:オーセンティック・リーダーシップ オーセンティック(本物)・リーダーシップは、「モラルを保ちながら、自分自身の価値観や信念を軸に発揮するリーダーシップ」です。
2000年代のアメリカにおいて企業破綻が相次いだとき、その原因の一つとされたのが、リーダーの高額すぎる年収など倫理観に関わる問題行為でした。 こうした時代背景のもと、「リーダーは個人の利益(報酬や名声など)にとらわれることなく、自分自身の価値観や信念に正直であるべきだ」とされたのが、このオーセンティック・リーダーシップの理論が生まれたきっかけでした。
【オーセンティック・リーダーシップの特性】
- 自分自身に正直である
- 個人的利益にとらわれず、信念によって動機づけられる
- 人の真似ではない、オリジナルの価値観や信念をもつ
- 自分なりの価値観にもとづいて行動する
誠実で、人間性に優れているリーダーが、メンバーのチームに対するコミットメントを高めると考えられるようになったのです。
この時代の代表理論:シェアド・リーダーシップ
シェアド・リーダーシップは、その言葉どおり「複数のメンバーでリーダーシップをシェア(共有)する」、共創型のリーダーシップです。
これまでのリーダーシップ論では、リーダーシップはカリスマ性をもった個人が発揮するものでした。
しかし、サービスや雇用形態などあらゆる面での多様化が進む現代では、個人に頼りきる形では立ち行かなくなりました。
そこで、メンバー全員をリーダーシップの担い手と捉える「シェアド・リーダーシップ」の考え方が広まっていったのです。
また、シェアド・リーダーシップでは、メンバー全員が同時にリーダーシップを発揮するわけではありません。 メンバーはそれぞれが適所でリーダーシップを発揮し、その他のメンバーはリーダーシップを発揮しているメンバーをサポートする「フォロワー」側にまわります。
変化が激しい時代では、必要に応じて複数のメンバーがリーダーシップを発揮し、組織の柔軟性を高めるという必要があるといえます。
03VUCA時代に意識すべきリーダーシップとは
前章で紹介した以外にも、「○○リーダーシップ」と呼ばれる理論は数多く存在します。
時代を紐解くと、各時代の労働環境や求められる人材要件に応じて、リーダーシップ理論はさまざまな変化を遂げてきました。
VUCA時代の特性を踏まえると、近年のリーダーシップには2つの大きなシフトが見られます。
1つは、「個人が導く」から「集団を動かす」へのシフトでしょう。
VUCA時代では、ビジネス分野が横断的になり課題が複合化されてきたことや、激しい変化の中で求められる知識やスキルが流動的になってきた特徴があります。
リーダー一人の力だけでは課題に対処しきれなくなってきたため、一人のリーダーで「どの範囲での集団を動かすことができるのか」が重要になってきたのです。
もう1つは、「権限による支配」から「信頼による支援」へのシフトです。
現代では働く個人の自律的キャリアや労働観が広がり、心理的安全性がチームの業績向上に寄与するという研究が増えてきています。
先行きが不透明なVUCAの時代だからこそ、社員の主体性や組織への信頼感を高めるリーダーシップの重要性が増しているといえます。
「○○リーダーシップ」は数多くあれど、VUCA時代にリーダーシップ開発に取り組むのであれば、この2点は意識しておくべきポイントといえるでしょう。
04まとめ
リーダーシップは、個人の特性や行動、フォロワーを含む環境との相互関係、そして特定の状況や時代背景などの観点から、さまざまなアプローチで研究され、今も研究され続けています。
つまりリーダーシップにおいては、最も優れた絶対的な解が存在するわけではないのです。
言い換えると、どのようなリーダーシップが適切なのかは、各社・各部署・各人の状況に依存するといえます。
TEDの人気講義『WHYから始めよ!!』のなかでサイモン・シネック氏が語るには、リーダーたちや、人々を熱狂させる製品・サービスを提供し続ける人は、お金儲けではなく「信念」「情熱」といった心の奥底から湧き上がる動機(すなわちWHY)が重要と述べています。
今回のように多くのリーダーシップ理論を知ると、ついつい「何のリーダーシップを開発すべきか(WHAT)」を注視しがちです。
同時に「何のためにやるのか(WHY)」も大事にすると、リーダーシップを企業競争力につなげやすいのではないでしょうか。
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