第16回

中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記

環境事業を手掛けるグループの2代目が挑むDX 

~ATホールディングス~ 

(後編)


2024/07/31

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本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦」にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。


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前回(第15回)と今回(第16回)では、産業廃棄物を軸とした環境事業を手掛ける株式会社ATホールディングス(前橋市)の代表取締役社長である堀切勇真氏を取材した内容を紹介したい。 


 ATホールディングス(AT=Advanced Technology 先進的な技術や理念をもって…)は群馬県に本社を置き、神奈川県、茨城県、山形県にグループ企業を保有し、東日本を中心に産業廃棄物の収集運搬、中間処理、最終処分場までのサービスをグループ5社で一気通貫にて提供する。2024年3月現在でグループの売上は112億円、従業員数は331人。 

 堀切社長は早稲田大学卒業後、三井住友銀行に5年勤務の後、収集運搬業に特化した株式会社アドバンティク・レヒュースに入社。創業者であり、社長である父のもと、現場作業や営業に精力的に取り組む。2013年に父の後を継ぐ形で2代目の社長に就任し、同時期に今後のM&Aニーズの受け皿として持株会社であるATホールディングスを立上げ、名実ともに社員とその家族のための会社となるよう社員持株会も発足させた。 

 現在(2024年)に至るまでに有限会社大生地産、三協興産株式会社、株式会社キヨスミ産研、株式会社日昇つくばをグループ化する。2024年3月末現在のグループ全体の売上は112億円で、アドバンティク・レヒュースが38億円、三協興産が36億、キヨスミ産研が20億、日昇つくばが14億円、そのほかにATホールディングスを含める。これらの会社で構成されるグループの力で産業廃棄物を軸とした環境事業を手掛けている。 

 

01 ―――

2代目社長就任で、売上12億円から34億円へ 

 

「2010年にアドバンティク・レヒュースに入社した時の正社員数は約40人で、売上は9億5千万円。13年に父の後を継ぎ、2代目の社長になり、約9年間務めました。就任時の売上は12億円です。私なりに改革を推し進め、今後のさらなる発展のための土台ができたと判断しましたので退任し、2022年に3代目に任せました。3代目の社長は、私と血縁関係はありません。 

社長を退任する時の売上は34億円でした。2代目になった直後から意識してきたのは、全社員の力で会社を発展させることです。父が社長をしていた時は父の力によるものが大きかったのでしょうが、それを変えたかったのです。そのために、それぞれの社員が力を発揮できるような職場にしようとしました。まずは、仕事やプライベートまで様々なことを社内で言いやすい環境や職場の雰囲気をつくることが大切と考えたのです。それを具現化する仕組みづくりには特に力を入れました」 

02 ―――

意見や問題点、不満を言いやすようにする仕組み 

 

  「その1つが、いわゆる投書箱のようなシステムです。個々の社員が仕事や会社、人間関係などについての思いや考え、問題点や疑問や不満などをどんどんと書いて、私のもとへ届くようにしたのです。この試みで重要なのは、読んだ側が本人に必ずきちんとフィードバックすることです。何らかのフィードバックがないと、社員たちは書かなくなるでしょう。  

まずは、「言いづらいことを言ってくれてありがとう」などと本人に返すようにしました。そして、「私はこう思う。どうしたら、この問題は解決するのだろうね」などと尋ねる場合もありました。ともに考えたいのです。生の声で伝えることで経営理念である “会社は社員のもの”が、全社で少しずつ共有できるようになっていったのではないか、と考えています。  

 

 もう1つの仕組みは、給与面談です。毎月の給与日に、私が「ご苦労様でした」とそれぞれの社員の1か月間の労をねぎらい、明細書を直接渡します。その後、私と社員の2人で主に1か月間の仕事について話し合うのです。数分から10分程で終わる人もいれば、30分をこえる人もいます。基本的には仕事のことが中心ですが、話の流れによってはプライベートになる場合もありえます。1日かけて全社員と話すようにしていました。 

社長にとって不愉快なこと?確かにそのようなことが書かれてあったり、言われたりする場合もありますが、受け入れるようにしていました。もともと感情的になるタイプではありませんが、フィードバックする時は通常どおり、冷静であるようにしていました。感情的な反応をすると、いわゆる心理的安全性がなくなってしまいかねません。社員たちには不満や批判を言ったとしても、社長は怒らないし、不利益を被ることはないのだと感じとってほしかったのです」 

 

 

03 ―――

10億円、30億円をこえるために大切なこと 


「10億円や30億円の壁を強く感じることはありませんでしたが、振り返って思うことは、力学を一人もしくは数人の力から全員の力に変えたことが挙げられます。10億円をこえるために大切なのは社長である私や一部の社員に依存する態勢ではなく、全社員で業績を拡大していこうとする仕組みをつくることです。そのためにいかに社員たちが力を発揮することができるか。ここに力を注ぎました。 

ただし、制度やルールを必要以上につくり、社員を従わせようとする意味での仕組みではありません。様々な意味で社内は自由度が高く、管理を徹底させようとしてきたわけでもないのです。むしろ、皆が納得し、安心し、積極的に能動的に働くことができる仕組みづくりを心掛けてきました。 

30億円をこえた頃はその仕組みがある程度出来上がり、私への依存がほとんどなくなっていましたし、私自身もそれを目指して経営してきました。私がいなかろうと全社は通常どおり動き、業績も維持することができるようになっていたと思います。株式を除けば、ゆるがない態勢になっていたのです。 

2013年に社長に就任した際に、全社員にこう伝えました。「1日も早く、私に依存しない会社にしたい。明日、私に何かがあったとしても皆さんが自立、自走できる会社を目指したい」。それが、30億円前後の時点である程度、現実のものとなっていたのではないかと思っています」 



04 ―――

DXに取り組み、基幹システムを改良する 

 

「2013年の社長就任時よりも前からITデジタル化に取り組んできましたが、就任以降は一層に力を入れました。基本的な考えは、ネガティブな理由で取り組むのは避けることです。たとえば人が足りないからITデジタル化で補おう、といったものです。むしろ、人ができることは必要に応じて基本的には人がすればよいのではないか、と思います。ですからその時の社内外の状況を考慮し、社員を採用しています。 

  

収益をより上げるためや社員が安全に効率よく働くことができるためといったポジティブな理由で取り組むべきと考えているのです。その1つが、業界の基幹システムといえるスタンダートのシステムを弊社のグループにとって使いやすいように改良をしたことです。前々から、業界の多くの会社が同じ基幹システムを使い、対応しています。 

 

これもある意味で優れたシステムではあるとは思いますが、弊社のグループの社員にとってより一層に使いやすいように改良したほうがいいのではないか、と考えました。また、社員からもそのような声がありました。グループ会社にITデジタルに精通し、DXに相当に強い社員がいますので、外部のスタッフと共同でシステムをつくり直したのです。社員らの声を随時聞き、使い勝手がいいように改良を繰り返したことで基幹システムが出来上がったのです」 

 

05 ―――

ITデジタル化やDXをする原点 

 

「導入時には、試行錯誤する部分はありました。「以前のシステムに慣れていたから使いにくい」などと口にする社員が少数ですが、いました。その時に私が考えたのは、そもそもITデジタル化やDXを何のためにするのか、といった原点です。その1つは、人が安全に効率よく働くことができるためでした。社員が抵抗感を示すにも関わらず、強引に導入することは避けたいのです。 

ですので、グループの中の1社への導入はこの時点ではしませんでした。ほかのグループ2社には導入に向けて今現在進めています。この使用状況を今後検討し、結果いかんではグループのほかの会社への導入を考えてみたいと思います。あるいは、業界の発展のためにも同業他社に格安で販売することも視野に入れていきたいのです」 

 

06 ―――

社長を譲り、ホールディングスの運営に 

 

「2013年に持株会社であるATホールディングスを立上げ、5社をグループ化してきたのですが、そのうちの4社の社長を同時期に務めていました。この頃は、グループ全体のことを考える機会が増え、それぞれの会社のことを検討する時間は減りつつあったのです。そこでまず、父の後を継いだアドバンティク・レヒュースの社長を退任し、3代目にバトンタッチしました。 

実は、社長就任の2013年から数年間の頃の熱い情熱がしだいになくなりつつあったのです。それにも関わらず、アドバンティク・レヒュースの社長に安住するのは社員やその家族、お客様などへの背任行為になりうると考え、自ら退任を決意しました。父から譲り受けたアドバンティク・レヒュースの代表を、4社のうち真っ先に譲ったのは私なりに意味があります。グループの会社の社員やその家族をはじめ、関係者の皆さんに私の本気、真剣さをご理解いただきたいと思ったのです。 

今後、ほかのグループの3社の代表を随時、状況に応じて次の方にバトンタッチしたいと考えています。ATホールディングスは持ち株会社であるのに対し、グループのそれぞれの会社は事業会社ですから、その会社のことに100%専念できる人が社長になるべきなのです。 

たとえば意思決定をしたら、速やかに具現化に向けて行動をとることができなければいけないでしょうね。その意味では、ほかにいくつもの事業会社の代表をしている私は不適格といえます。自分の仕事の経験や性格、志向性からしてもむしろ、ホールディングスの運営に専念するほうがグループ全体や社員にとっても好ましいように考えました」 

 

07 ―――

丁寧に人を育てていけば30億円をこえることもできうる 

 
「10億円、30億円と業績を拡大しようとするうえで様々な考え方があります。たとえば、設備投資の額を大きくすれば、それに応じてある程度、売上が増える場合があります。それも1つの手法でしょうが、私としては父の理念を大切にした経営をしていきたい。つまり、人を大事にしたいのです。 


たとえば社員など仲間の力をいかに引き出していくか。それぞれの特性や能力をどのように生かし、力を存分に発揮してもらえるようにするか、そのための仕組みづくりはどうあるべきか。これらは大型の設備投資をした時よりも、効果があらわれるのには時間がかかるはずです。それでも、丁寧に人を育てていけばやがては組織が出来上がり、30億円をこえることもできうると思います。 

経験論からいえば人の可能性を信じ、採用や育成などに時間や予算などを費やしたほうが、10億円はもちろんのこと、30億円の壁を乗り越える可能性も高くなるのではないでしょうか」 

 

 

08 ―――

2代目や3代目の存在意義と使命 

 

「今回の取材の冒頭で述べた通り(前回の記事で説明)、資本主義のあり方を多少なりとも変えることができれば、と思っています。通常は会社が潤えば、出資者であるオーナーや株主、社長、役員などいわゆる資本家がまずはその恩恵を被るものです。それは法律上の権利であり、当然のことなのでしょうが、そこに問題意識をかねがね感じているのです。 

組織構成上、会社のいちばん上に立つ人は社員たちを幸福にできてはじめて恩恵を被る権利を持つと私は考えています。これは、資本主義のこれまでの考え方の逆ともいえるでしょうね。幸福だと思っている社員だからこそ、お客様に質の高いサービスを提供できるのです。お客様に喜ばれ、感謝されるから次の仕事につながります。売上や利益の向上になるのです。その結果として、資本家が潤うのです。はじめに恩恵を被るのではなく、最後に恩恵を得るのです。 

私はこのような思想が隅々にまで流れる会社を、グループをつくっているのです。グループの社員たちには、株式を譲渡しています。私が何らかの理由でいなくなったとしても、残された社員が路頭に迷わないようにするためでもあります。私がいつまでも一定数の株式を保有したままでいなくなった際、それがグループに関係がなかったような人や会社が保有することになり、経営をすることがありうるのです。それで社員が幸福になるならばともかく、不幸になるケースは多々あるのです。私は、それは避けたいのです。父の教えであり、当時からの経営理念であるように“会社は社員のもの”なのですから。 

私は、父から多くのことを学びました。尊敬できる経営者でした。そばで見ていただけに相容れないところもありましたが、そこは受けつがなければいい。2代目や3代目は創業者のいいところを継承し、会社をさらによくしていくことができるのです。そこに存在意義や使命があるのではないでしょうか。2代目や3代目は創業者のように資金繰りなどで苦しむ機会は少ないでしょうから、広い視野で社内外を見て、よりよき姿に会社をしていくべきだと思います。それができるはずなのです。私は、そう信じています」 

 

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著者: JOB Scope編集部
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